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93.敬語

※ただただ甘いだけ



 とある日の休日。


 いつも通り6時に目が覚めたつもりが、枕元の懐中時計を見ると1時間遅かった。


 船上で寝ている時は早く起きることはあれど寝坊などしなかったのに。この屋敷で眠るようになってから寝過ごす事が増えている。


 原因は分かっている。セリウスのせいだ。

毎夜あいつの求めるがままに情欲を注がれ気絶するように眠り、気が付いたら朝という流れが常態化してしまった。


 なのにあいつときたら5時には起きて鍛錬をこなし、しかも妙に肌ツヤまでいいのだから恐ろしい。


 一度は本気で心配になって

「なあほんとに早死にするぞ。ちゃんと寝ろ」

と気遣ってみたのだが

「なぜです?欲求が解消されてすこぶる健康ですが」

といい笑顔で返され、もはや怖くなって心配するのをやめた。


 そんな事を思い出しながら、あたしはベッドから降りて軽く伸びをする。腰の痛みも身体が慣れたのか、最近は感じなくなってきた。人間、どんなものにも順応していくもんなんだなあ...。

 


 あたしは枕元に脱ぎ捨てられた薄い夜着をかぶるように着て部屋を出る。


 ドアを開け、階段を降りながらセリウスを探す。

 おそらく鍛錬はもう終わっているだろう。階下を見回すと、玄関口で騎士達と話す彼の姿を見つけた。



「今朝方、砦の東側に設置した罠に魔物がかかっておりました。まだ若い魔狼のようですが...」

「例年通りだな。領地に被害が及ぶ前に恒例の討伐をしておくか」


 どうやら森から魔物が出たらしい。

セリウスは真剣な顔で騎士達と向かい合っている。そんな彼の姿を見ていたくなり、あたしはそっと柱の陰に隠れた。


「編成はどう為されます」

「俺とアイネスを筆頭に囲い込む形で行う。後ほど詳細を決めよう。14時に会議室へ」

「承知いたしました」

 


 斜め後ろから眺める彼は、ただ立っているだけでも様になる。

 すらりと高い背に、質量を持って流れ落ちる滑らかな黒髪、ひやりと冷たい切れ長の目元。感情を感じさせない冷淡な面立ち。


 見慣れたはずのセリウスの姿をわざわざ隠れて見ている理由。それは、彼があたしの前では常に柔らかな笑みを浮かべるようになったおかげで、最近ではスンと澄ました姿の方が珍しく感じるからである。


 かつては仏頂面の彼が少しでも微笑むとドキリとしていたのに、今や逆に仏頂面が見たいだなんておかしな話だ。


 彼らの会話が終わるのを待って姿を現せば、騎士達がこちらに気付いて驚いたように目を見開いた。


「失礼いたしました、奥様!」


 慌てて礼をしながら目を瞑る二人にきょとんとしていると、背を向けていたセリウスもこちらを振り返った。

 彼はあたしを見るなり焦った様子でこちらに駆け寄る。

 

「ステラさん!ガウンはどうされたのです!」

「え?...ああ、忘れてた」


 セリウスはバッと上着を脱ぐとあたしの肩にかける。

そう言えば、この夜着になってからはガウンを羽織って降りろと言われていたんだっけか。



「いつまでも俺のシャツで寝かせるわけには」

と着せられたこの純白の“ナイトドレス”とやらは、袖もなく胸と背中が大きく開いたシンプルなドレスだ。

実になめらかで上質なシルクであつらえられている。


 夜着の好みはあるかと聞かれて、「下着で寝てたから邪魔にならなきゃなんでもいい」と答えた結果、ある日戻れば用意されていたのである。



「なあ、これ着心地はいいけど、一枚で降りれないのは面倒だ。やっぱりお前のシャツに戻さないか?」


 あたしが不満気に零すと、彼はあたしを隠す様に上着の前をぎゅっと引っ張って閉じる。

 

「何をおっしゃいますか。妻をいつまでも夫の古着で寝かせるわけにはなりません」

「じゃあ袖付きのやつにしようぜ。ほら、ルカーシュが着てたみたいな...」


 と彼を見上げて言えば、セリウスはじっとこちらの目を見つめ返した。


「よくお似合いですので、そのままで」

「いやでも」

「そのままで」


 彼の金の目からやたらと圧をかけられて、あたしは若干引きつつも「わかったよ...」と渋々答える。なんでこいつはこの夜着にやたらとこだわるんだ...。ていうか結局選ばせてくれないじゃないか。


 その間を見計らって

「では、私たちはこれで」

と騎士達はこちらに笑顔を向けてそそくさと去って行く。


 その姿を見送りながら、ふと疑問が沸いた。


「そう言えば、いつになったらお前は敬語をやめるんだ?」

「えっ...」


 セリウスは突然の問いに目を丸くする。


「だってさっきまで騎士達とは普通に喋ってただろ?あたしももう“前王の関係者”からお前の妻になったんだしさ。名前だって呼び捨てでいいだろ」


 あたしが何の気無しにそう言うと、セリウスはぐっと言葉に詰まって少し後退りをした。

なんだよ、そんなに嫌なのかよ。


「...それは、その」


「もはや慣れてしまって難しいと言いますか...」


 セリウスは目を泳がせてぼそぼそと答える。

なんだ、そんなことか。慣れの問題なら簡単じゃないか。


「よし、じゃあ練習だな!今日一日敬語なしな!」

「えっ、いえそれは...」

「やる前から文句言うなよ」

「...はい」

「“はい”じゃないだろ?」


 あたしが指摘して見上げるとセリウスは言葉に迷ってからこくりと頷いた。

そこはいつもみたいに「ああ」じゃないのか。


「ともかく、湯浴みに起きられ...起きたの、だろう」


 セリウスはやりづらそうに言い直す。


「着替えを持って...来る、から...浴室へ」


 なぜだか一言一句を迷いながら話す彼にあたしは笑ってしまう。さっきまで普通に喋ってたくせに、まるで話し方を忘れてしまったかのようだ。


「ふふっ、変なやつ。戻るまでに練習しとけよ」


 




 湯浴みを終えていつもの服に着替え、濡れた髪を拭きながら部屋に戻る。セリウスはこちらに気づくと、ソファで目を通していた書類から視線を上げた。


「...髪を乾かそう」


 書類を置いてあたしの側まで歩み寄り、そっと髪に触れる。その途端、髪が風に包まれて巻き上がり、暖かな空気を含んでふわりと背に舞い降りた。


「...ありがと」


 にっと微笑んでセリウスに抱きつけば、彼も嬉しそうに抱きしめ返しあたしの額にキスを落とす。

 あたしも彼の唇にキスを返すとその胸をとん、と押して彼の腕から離れた。




 名残惜しそうに手を宙に浮かせた彼を置いて、あたしは鏡台の前に座り引き出しから紅を出す。

 すると何を思ったか、セリウスもわざわざ隣の鏡台から椅子を寄せて座った。後ろからもたれるようにあたしを抱きしめ、肩越しに鏡を覗き込む。


「何してんだよ、やりにくいって」


 笑いながらそう言うと彼はあたしの頬に口付けた。


「駄目か?」


 突然彼の低い声で耳元に囁かれ、思わずドキリとしてしまう。


「い、いいけどさ。...敬語じゃないと随分雰囲気が変わるな」


 あたしは少し照れてしまった事を誤魔化して、薬指できゅっと唇に紅を塗る。彼はその姿をじっと見つめながら複雑そうな顔をした。


「なかなか...慣れるのが難しい。俺にとっては貴女は妻であり、憧れ敬う存在でもあるというか...」

「ええ?お前、あたしを敬ってたのかよ。割と強引に扱われてた気がするんだけど」


 驚いて鏡越しに彼を見ると、セリウスは考え込む様な顔をする。


「それとこれとは別というか、なんというか...。信仰対象を所有物としたい...と言えばいいのか」

「...し、信仰...。なんか怖いなお前...」


 あたしは彼の言葉選びと仄暗い欲求を告げられ、少しぞわりとしてしまう。彼は全く気にかける様子もなく、はあとため息を吐いた。


「すぐにどこかに行ってしまいそうな貴女が悪い。せっかく手に入れた憧れは、俺から去らないように縛り付けて置かなくては」


 抱きしめる腕に力を込めながらセリウスはあたしにすり、と頬擦りをする。


 彼の頬擦りを受けながら、いつかルドラーに“えげつない独占欲の男”と彼を評されたのを思い出す。


 (もしかして思った以上にまずい相手に捕まってしまったのでは...?)と思うものの、それを可愛らしいとも思ってしまうのだから、あたしも相応にまずい女なのだろうか。


「...じゃ、所有物らしくただの名前で呼んでみたら?」


 あたしが冗談っぽく言えば、彼は困ったようにぐ...と唸った。


 そしてしばらく目を瞑ると眉根に皺を寄せ、長いため息を吐く。名前を呼ぶだけなのに、そんなにも彼にとって呼び捨てにする事は難しいことなのだろうか。


 その後やっと決心したのか、眉を下げたまま彼はゆっくりと口を開いた。


「...ステラ」


「...っ!」


 低いその声で名を呼ばれ、ぞくりと背をくすぐられたような気分になる。なんだ、この感覚。名前を呼ばれただけじゃないか。


 彼はそんなあたしの様子を見るや否や、先ほどの困り顔から打って変わってにまりと口の端を上げた。


 そしてわざとらしくまた名前を呼ぶ。


「顔が赤いな。...ステラ」


 その声にまたぞくぞくっとしてあたしは肩を縮こめる。そして誤魔化す様にパチン!と紅の蓋を閉じて立ち上がった。


「うっ、うるさいな!ちょっとびっくりしただけだ」


 彼は立ち上がったあたしを眺めて、悪戯っぽく金の瞳を細める。下から見上げられているというのに、何故だか勝てない気がしてあたしは目を逸らした。


 やけにドキドキするのは、慣れないだけだ。きっとそうだ。


「...そっ、そろそろ朝飯に降りようかな!お前は早く起きてたしもう済ませただろ。」

「いや、ステラを待っていた。降りようか」


 気恥ずかしいのを誤魔化したいのに、彼はまた名前を呼んで手を差し出す。


「...う」


 空気に当てられたおかげで、なんだか急に彼の指先まで色っぽく見えてたじろいでしまう。

慣れてないだけ。何度か呼ばれれば、きっとなんてことはなくなる。


あたしはあえて目を逸らしたままその手を取った。






 食堂に降り、食事が配膳されて温かい紅茶に手をつければ、先ほどまでの動揺もようやく治まってきた。


 ふう、と息をついて机の上を眺めれば、皿の上にはあたし用に出されたパンが一つと小さなオムレツ。そこに添えられた鮮やかな葉野菜を見て勝手に頬が綻ぶ。



「ここの良いところは、いつでも生野菜が食べれるとこだよなあ」


 あたしは皿の上の野菜をフォークに刺し、その瑞々しい緑をうっとりと眺める。

 葉野菜というものはほとんどが日持ちせず、すぐに萎れてしまう。そのため船上では生野菜なんてめったに食べる事など出来ない。それはそれは貴重な食材なのだ。


 セリウスは野菜なんかに喜ぶ姿がおかしいのか、ふふ、と笑みを溢した。


「貴女が喜ぶおかげで畑担当のライアンがやけに張り切っている。温室を作り種類を増やしたかと思えば、この前などは畑の面積を広げたいと訴えて来た」


 セリウスはそう笑いながら上品にパンを小さく割る。あたしは彼の言葉に改めて皿の野菜を見てみると、その種類の豊富さに気付く。


 言われてみれば確かに、屋敷に戻るたびに出てくる野菜の種類が増えている。最初はキャベツくらいだったのに、いつの間にか高価なキュウリや育てにくいレタスやチコリ、最近伝わったばかりのトマトまで鮮やかに加わっているではないか。

 あたしはますます嬉しくなって口元を緩ませた。


「ライアンに礼を言わなきゃな。船の上じゃ潮風で育たないし、野菜ってのはほんっとうに貴重なんだよ...」


 そう言って目を瞑って味わえば、セリウスはまたおかしそうにこちらを眺める。


「貴女の見た目はどう見ても肉食だというのに、そんなにも野菜を喜ぶとは」


「別になんだって好きだよ。ただ、普段食えないものってやけに嬉しいだろ?お前は食事に困らないからそんなの無いかもしれないけどさ」


 そう口を尖らせると、彼は思い当たるように顎に手を当てた。


「いや、確かに...。野菜ではないが、戦場で一月も過ごして戻ると甘いものにうっかり涙が出そうになる」

「あはは、それはちょっとわかるな。まあうちは砂糖については困らないんだけど」


 あたしが笑って答えると彼は思い出したように顎から手を離す。


「そう言えば、たしか精糖工場をお持ちでしたね」

「うん、しかも最近カカオの取引を初めてな。いつでもショコラが飲める海賊船なんて他にないぜ」


 自慢げにあたしが口の端を上げれば、彼は唖然とした顔をする。


 なぜならショコラはこの国にもたらされてまだ浅く、貴重ゆえに金に匹敵するほどの価値を持つのだ。そんな物を日常的に飲めるのは王侯貴族か、直接仕入れているうちの船員くらいのものだ。


「なんと贅沢な...。陛下によると何物にも例え難い甘露だそうですが、金に匹敵する程とはいったい...」

「なんだ、飲んでみたかったのか。じゃあ今度...ってお前、口調が戻ってないか」


「...あ」


 彼の間抜けな声に、お互いが顔を見合わせぷっと吹き出してしまう。


「自然過ぎて途中まで気付けなかったなあ」

「やはり慣れませんね。...意識しないとどうにも難しい」


 そう言ってしばらく笑い、食堂を後にした。




 食事を終えて彼の執務室へと向かうと、いつも通り長机の椅子へ掛けたセリウスが両手を広げた。


 「はいはい」と笑って側に寄ると、慣れた手つきで抱き込まれる。セリウスはあたしの額に軽くキスを落として、羽ペンにインクを付けた。


 机に向かい、ぱらりと静かに書類をめくる彼をあたしは見上げる。


 視界に映る、首元に張り出た喉仏。細く通っているのに男らしさを感じさせる引き締まった顎の形。 低く優しい声色をあたしにくれるその喉が、一度怒れば地鳴りのように響き、獅子のように吼える事を思い出させる。


「...そう言えばさ。あたしの浮気を疑った時はすんなり敬語を外してなかったっけ」


 あたしがそう言うと彼は手を止め、「う...」と気まずそうに言葉を漏らした。


「それは怒りのせいと言うか...衝動的に...。意識して外すのはまた別と言いますか」


 目を逸らしながらもごもごと誤魔化す彼に「ふうん」とあたしは瞼を細める。


「けどさあ、前から時々敬語と入り混じってるよな?なのに意識しないと難しいのか」


 じいっと眺めてそう言えば、彼はむぐ、と言い淀む。


「己の独白や感想のようなものは、また別ですから...」

「ふうーん...」


 じろりと彼の目を見つめるとセリウスは書類へと目を逸らす。彼はカリカリと羽ペンを滑らせてその後の沈黙を誤魔化した。



 セリウスは先ほど笑い合ってからすっかり敬語に戻ってしまった。練習だって言ったのに、これじゃいつまでも変わらないじゃないか。


 納得のいかないあたしは敢えて彼を下から覗き込み、上目遣いで訴えてみる事にした。


「なあ、セリウス?いつまでも敬語だと距離があるみたいで寂しいな。他と喋ってる時は気安いのに、あたしにはお堅いだなんてひどいじゃないか?」


 あたしは精一杯目をきゅるる、とさせてあざとくセリウスを見上げてやる。

 彼は一瞥すると「...その目は反則では」とため息を吐いた。


「そんな事を言われましても、もう慣れきってしまった身としては変え難いのです。貴女を大切に扱いたい俺にはこの方がしっくり来ますし...」


「じゃあ名前くらいちゃんと呼んでくれてもいいだろ。確かにさっきは慣れなかったけど、いつまでも“さん”なんて付いてるのはよそよそしいじゃないか」


 あたしが拗ねたように口を尖らすと、彼はこちらを見下ろし「むう...」と唸りながら眉根に皺を寄せる。


 そしてしばらくして、何かを思いついたようにこちらへと視線を戻した。


「...そこまで言うのなら」


 あたしがその言葉にぱっと目を輝かせて「やった!」と微笑むと、セリウスはこちらをじっと金の瞳で見つめる。     

 不思議に思って目を丸くすると、彼は少し咳払いをした後、静かに形の良い唇を開いた。


「...ステラ」


 重く甘美なヴァリトンが吐息と共にあたしの名を呼ぶ。


 あまりにもいい声で呼ぶものだから、耳からじわりと痺れるようで、思わず「うあ...」と情けない声が出てしまった。ぞくぞくと声の余韻のようなものが肩を粟立たせる。


 ...な、なんだ、この色っぽさ...!?

さっき呼ばれた時よりも輪をかけて誘惑的じゃないか...!


 名前を呼び捨てにされるなんて珍しくもないのに、こいつが呼ぶと淫靡さすら感じてしまう。


 あたしが固まって怯んでいるとセリウスは微笑みを浮かべ、するりとこの頬を撫でた。


「急に静かになったな、...ステラ」


 セリウスは味を占めたようにあたしの名を呼ぶ。

 蕩けるような、胸の内からくすぐるような低い声。

 わかりやすく頬が火照る感覚。あたしは思わず目を背けた。


「どうした?ステラ」

「な、なんでもない...!」


 優しくからかうような彼の呼びかけに、あたしは誤魔化しながら彼の手を退けて熱い頬を押さえる。


「可愛いな、ステラ」


 甘く囁くように名を呼ばれ、耳から脳までぴりりと痺れる感覚にぎゅっと目を閉じる。


「ほら...こっちを向け。ステラ」


 あやすように柔らかく名を呼ばれ、いよいよ耐えきれない。焦って腕から逃げようとした途端、するりと長い指で顎を掴まれてしまった。

 無理矢理に彼の方に顔を向けられ、セリウスの端正な面立ちは妖艶な笑みを湛えてこちらを見下ろす。


「っ...」


 艶やかな墨色の睫毛の内から、金の瞳が優艶にこちらの瞳を捉える。そして彼の唇がゆっくりと、あたしの名を形作った。


「...ス、テ、ラ」

「〜〜〜〜〜〜〜ッ」


 真正面から微笑まれ、甘やかな低い響きが耳に響く。まるで弱いところをゆっくりと撫で上げるような彼の囁きに、ぞくぞくぞくっ、と腰からうなじまでを痺れが駆け巡り、同時にぼわわっ!!と全身が火照った。


「あ...、う」

 

 真っ赤になってなんとか絞り出した声は言葉にならず、瞳まで潤んでしまう。今すぐ彼の腕の中で蒸発してしまいそうだ。


 セリウスはその姿をじっと見つめた後、勢いよく吹き出した。


「っふ、ふふ...!!ははは!」


 あたしの顎から手を離し、いつになく声を上げて笑い出す。あたしはかああっと顔がまた火照るのを感じ、思わずセリウスの胸を叩いた。


「笑うな、ばか...!」

「ははっ、無理です、可愛らし、すぎて、ふふふっ」


 あたしがむくれて彼の服をぎゅうと握るとセリウスはますますおかしそうに震える。


「ふふ、名前を呼んだくらいで、ははは...!その顔は、俺だけの為に取っておかなくては...っ」


 そう言って彼は苦しそうに身を屈め、口元に手を当てる。

そしてしばらくしてようやく、はあ...と息をついて、こちらを見下ろした。


「それにどうにも...、敬語をやめると俺は貴女を虐めたくなってしまう。貴女もそれは困るでしょう?」


「これからも俺は貴女に敬語で接しますが、よろしいですね」


 息を整えた彼ににっこりと微笑まれて、ぞわりと背筋に悪寒が走る。こいつの“虐める”は容赦がないのだ...避けて通るに越したことはない。


 慌ててこくこくと頷くしかないあたしに、セリウスは口の端を吊り上げた。


「ふふ、ああもう可愛いらしい。あなたのそういうウブなところはたまりませんね」


 彼はあたしの髪をまるで猫でも愛でるように両手で撫で回し、頬や髪にいくつもキスを降らせる。


「うう、やめろ...馬鹿にしてるだろ...」


 あたしが身を捩って抵抗するも、セリウスは被さるようにこの身体を抱え込んでしまう。

 そして身動きの取れなくなったあたしの耳元で、彼はわざとらしく囁いた。




「夜にはまた呼んで差し上げます」

「......!!」



 

 

 

評価や感想、リアクション等もらえますと大変喜びます〜!いつもお読み頂きありがとうございます!!


セリウスに敬語をやめさせてみるお話でした。

一度書きましたが、セリウスの声は声優の速水奨さんのイメージで書いています。とにかくめちゃくちゃ声が良い。YoutubeのASMRを聴いて腰が砕けました。第二章でなんらかの事件を二人に解決させたいなと思っていたものの、なーんにもネタが浮かばず甘い話が続いています。どうしよう、ネタを下さいの気持ち。


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