91.観劇 後編
その後も舞台の上の物語は、誇大された恋愛駆け引きと魔法の演出を駆使した派手な戦闘が繰り広げられた。
夜会での令嬢達とのダンスシーンに香水工房への潜入、ラディリオとあたしのやり取りや合図を受けたセリウスによる工房の破壊までがドラマチックに描かれていく。
そして最後に、“操られたセリウス”と“ステラ”の生死をかけた戦闘後の口付け。それを盛り上げる壮大なオーケストラによって、立ち上がる観客達の拍手喝采と共に幕が閉じられた。
同じく立ち上がって拍手を送っていたルカーシュの隣で、あたしとセリウスは両手で顔を覆いながらシュウ...とその場に湯気をのぼらせて、椅子の上で完全に力尽きていた。
「いやあ素晴らしい作品でしたね。二人とも、観客に手を振ってはいかがです?」
ルカーシュが笑いながら声をかけるが、真っ赤にうつむいたあたしとセリウスはもはや一言も発せない。
羞恥心を現界突破するまで煽られて、逃げも出来ないこの状況。舞台上に送られていた拍手は、いつのまにかすっかりこちらの貴賓席に向けられている。
拷問か?拷問なのか、これは...?
「今日の初演を皮切りに、明日から貴族以下にも広く公開する予定です。これで君たちはまごう事なく救国の英雄夫妻として国内外に名を轟かせ、その英雄達が仕える国王の支持も高まるというものですよ。」
上機嫌に言う彼はにっこにっこと笑みを浮かべている。
いや、だからって、これはやりすぎだろ...。はっきりいって辱めが過ぎるしあんまりだ...。
「お前の支持集めの為なら、お前を主役にすりゃいいだろうに...。なんであたし達なんだよ...」
ぼそぼそとあたしが泣き言を言うと、ルカーシュはやれやれといった顔をする。
「わかっていませんね。当代の国王を主役になどにすればプロパガンダと丸わかりでしょう。それに比べ英雄譚というのは物語に適している上に、ロマンスは演劇で最も好まれる題材です」
「あなたがたの絆の成長と駆け引きに胸を締め付けられ、最後はハッピーエンドの大団円!ご令嬢方や庶民が胸を打たれない訳がありません。その上これで国防を握る二人に破局は許されなくなったのですからね。いやあ安泰安泰!」
満足そうにあたし達に拍手を送るルカーシュにあたしとセリウスはぞっと顔を青ざめさせた。
...この、タヌキ野郎...!!
「さあ、二人とも行きますよ。ロビーで観客に囲まれるでしょうからしっかり覚悟をなさい。」
にこお、と微笑むルカーシュにあたしとセリウスは怯えて思わず手を握り合う。
「おや?それ、なかなか良いじゃありませんか。そのままついていらっしゃい。」
あたしとセリウスはお互いを絶望した顔で見やる。
そして振り向かずにロビーへと向かうルカーシュの後ろをとぼとぼと着いて行くのだった。
ルカーシュの後ろについたあたし達がよろよろとロビーに姿を現すと、その場に待ち構えていた客達より大きな歓声が上がった。
あたしとセリウスは冷や汗をかきながら思わず後退りするが、ルカーシュに袖をぐっと掴まれてしまう。すると見覚えのある金髪が群衆の中から現れた。
「陛下!そして二人とも!いやー実に素晴らしい劇でしたねえ!」
群衆をかき分けてファビアンがこちらに歩み寄り、にっこりと笑みを向ける。その隣でヴィオレッタが潤んだ目尻にハンカチを当てながら、彼の腕に支えられカーテシーを取った。
「うう、素晴らしいお話でした...!まさかお二人が、あんな過酷な任務で感動的な結ばれ方をしていらしたなんて...!」
「ほらもうこの通り、うちの妻なんてすっかり感動しちゃって!僕も感動しちゃったなあ〜?ねえセリウス、君のあの告白シーンは実に名場面だったねえ?」
「...ッ!!!」
セリウスはばっ!!と顔を背けて、ただでさえ赤い顔をさらに赤くする。あたしもあの“セリウス”の歌を思い出してかあっと頬が熱を持つ。
その姿を見たファビアンはくつくつと笑い、ヴィオレッタはさらに目を潤ませた。
「そんなお二人が今こうしておられると思うと、うっ、うう...」
震えて涙をこぼす彼女の背中を撫でながら、ファビアンは耐えきれずあははと笑い声を漏らす。
いつもなら憎まれ口の一つでも返してやるところだが、注目が集まりきったこの場で口を開くなんて絶対にしたくない。
すっかり笑いものにされたあたし達が目元に手を当てて耐えかねていると、その場にいた令嬢達もヴィオレッタの言葉に釣られるように口を開き出す。
「本当に素晴らしかったわ、特に二人のバルコニーでのやり取り...!参加していた夜会であんな駆け引きがあったなんて、たまりませんわ...!」
「その上、工房でのステラ様のお心の強さも...!」
「信頼に応えたセリウス様が魔法を解き放つ場面なんて、たまりませんでしたわね...!」
「そして最後の場面の対決と結末ときたら...!」
や、やめてくれ!羞恥心でどうにかなりそうだ!
令嬢達が所々で口々に手を取り合って熱く語り合う姿に、あたしは堪らなくなってルカーシュにすがりつく。
「頼む、ルカーシュ!勘弁してくれっ!お願いだからもう帰らせてくれ...!!」
なりふり構わず彼の手を取るあたしは、この場にあることが恥ずかしすぎて目尻に涙が滲んでしまう。
ルカーシュはあたしの必死の訴えにふふふ、と口元に手を当てながら笑うと、こちらを振り返った。
「まったく。仕方ありませんね。...ま、早めに退場して名残惜しさを持たせるのも主役の役目でしょう」
その言葉にあたし達は二人同時にほっとため息をつく。
やっと、これで解放される...!!
黄色い声が沸き立つ中をルカーシュに隠れるようにして、そそくさとその場を後にするのだった。
ようやく王城まで馬車でルカーシュを送り届け、衛兵により彼の部屋の扉がゆっくりと閉められる。
ルカーシュはというと結局最後まで上機嫌で、あたしに感謝は述べるものの許可を取らなかった事について謝罪する事はなかった。おそらく、謝罪をすれば恨んだあたしにふっかけられることを見越しているのだろう。
扉の前で並び立っていたあたしとセリウスの間にしばらくの沈黙が流れ、あたしたちは無言のままルカーシュの部屋の前から歩き出す。
そして、そのまま一言も交わさずに兵舎の厩の前まで辿り着いた。すっかり夜も更けたこの時間の厩には人影もなく、ただただ静かだ。
「...セリウス」
「はい」
あたしの低めた声にセリウスがいつになく声を強張らせて返事をする。あたしが両の手をぐぐっと握りしめるとセリウスがびく、と身をすくませた。
「おっまえなあ!!!!」
「申し訳ありません!!!」
あたしが怒鳴り声を上げるとセリウスが予測していたように勢い良くあたしの前にひざまずいた。あたしはそのしゃがんだ首根っこを勢い良く掴み上げる。
「普段喋らねーくせにベラベラと...ッ!!あんなことまで喋っちまいやがって!!!いくら逆らえないとはいえ馬鹿正直にもほどがある!!」
「話せる!!内容!!くらい!!考えろッ!!!」
思い切り怒鳴りながら彼の襟首を掴んで全力で揺すると、セリウスはがっくんがっくんと前後に揺られながら「申し、訳っ、ありま、せん」と返事をする。
「何かもうちょっと...もうちょっと濁すとか言い換えるとか出来ただろ!?なんであんなにド正直に何もかも喋っちまったんだこの大馬鹿ッ!!」
そう言いながら立ち上がらせたセリウスの胸をドンドンと殴るが、セリウスはなすがままに受け止めている。
「お前のせいでっ!海賊なんて威迫で勝負みたいなもんなのにっ!これから!どんな顔して!敵に凄めばいいんだよっ!」
「英雄だなんて祭り上げられただけでもむず痒いのに、国内外にこんなのが知れ渡るなんて!馬鹿っ!馬鹿!馬鹿やろお...っ!ううう〜〜〜ッ....」
そこまで言って唸りながら彼の胸に埋まると、セリウスは少し黙った後に、おそるおそるあたしの頭を幼子を宥めるように撫でた。
「...濁そうとは、しました。しかし貴女も陛下の性格はご存知でしょう...。祖父の代から続く忠信を問われれば、陛下直属の騎士である俺に逃げ切ることなど不可能です」
「......」
あたしは撫でられながらその言葉に黙り込む。
あのタヌキのルカーシュの事だ。それはもう真実味を帯びた表情でセリウスの忠信を問いただしたのだろう。
あたしは言ってしまえば賊であり、ルカーシュから受勲したとは言え彼の友人であって忠信を持っているとは言えない。
しかし“騎士道”が全てと育てられ人生を歩んできた生粋の堅物騎士であるセリウスが主君を欺くなど、それがどんな内容だろうとあってはならないのだ。
主君と脚本家の前で、全てを包み隠さず話すことを何回にも渡って強要され、さらに今日あれを見せられたとなれば正直あたしよりかなり不憫ではある...。
「...わかったよ...」
そう答えれば、セリウスがはあ...と安心したようにあたしを抱き寄せて肩に頭を埋めた。
「正直、お前がずっと劇が出来上がるまでこっちに許可も取らずに黙ってたのはむかつくが、まあそれもルカーシュの命令なんだろ。あたしの意思より王命のが重いのは仕方ないよな」
あたしが皮肉を込めてそう言うとセリウスは
「う゛...っ」
と気まずそうな声を出す。
「そのようなことは...」
「あるだろうが。ルカーシュにあたしを殺せと命令されてもどうせ殺すんだお前は」
「おやめ下さい、なぜそのような極端な話を...」
困り果てたように眉を下げ、泣きそうな目であたしの肩を抱くセリウスをじっと見てあたしはため息をついた。
...しょうがない、このくらいにしておいてやるか。
「冗談だよ。これで勘弁してやる」
「冗談でそのような事を言うのはおやめ下さい...。肝が冷えました...」
「ふん、罰だ罰」
厩の扉を開けてあたしがそう言えば、セリウスは「罰ですか...」とため息を吐きながら馬の元へ向かう。
馬を解いて跨るとあたしを引き上げ、王城を後にした。
セリウスの体温を背中に感じながら馬は帰路を辿っていく。劇場では開幕から赤くなったり青くなったりと忙しく、精神攻撃のようなものを長く受けたおかげですっかり疲弊してしまった。
暗い夜道で辿る街道で、ほんのりとセリウスの魔法で照らされた道の先を見ているとだんだん眠くなってくる。
あたしがあくびをしてもたれかかると、セリウスはそっと右手で抱きしめた。
「劇場内ではお聞きできなかったのですが、...あの、香水工房での錯乱魔法の場面は、...辛くありませんでしたか」
セリウスが頭上で気遣うように囁きかける。
「ああ...あれな。思い出したのはまあ、そうだが...。途中からはライトや効果音で錯乱を表現してることに興味が移ったかな」
あたしが返すと、セリウスはほっとため息をついた。それからぼそりと彼は続ける。
「...俺は、正直辛く感じました。あの時何もできず耳で聞いていた貴女が苦しみ叫ぶ姿を、映像として見せられているようで...」
「あの時はお前、やたらと自分を責めてたもんな。責める必要なんかないのに」
少し力の込められた彼の腕をそっと撫でてやりながら、あたしは続ける。
「お前はあたしを救ったってあの日に言ったろ?むしろ誇るべきなんだよ。未来の妻の命を救ったんだってさ」
笑ってそう言ってやれば、彼はほんの少し頬を綻ばせる。
「俺こそ、貴女の前向きさに救われてばかりだ。あの女に操られた時も、その気概と機転がなければ押し負けていたでしょう」
その言葉にあたしは少し照れて笑い、そしてあの場面を思い出してぽつりと口を開いた。
「...あたしは、むしろそっちの場面の方が効いたかな」
「お前が香水に叫び声を上げてうずくまったあの時、...実を言うと、すごく怖かった。お前が壊れちまうんじゃないかと思ってさ」
「完全に慢心してお前を先に地下牢にやっちまったからな。濃縮した原液を持ってるなんて、少し考えれば想像がついたのに...って」
「そんなことを...」
セリウスがあたしに回した右手で、ぎゅうと強く抱き寄せる。あたしは彼に抱きしめられながら、安心させるように笑った。
「まあでも劇を見てみて、あの時生き残って良かったなって思ったよ。...二人ともな」
その言葉に、セリウスもゆっくりと頷く。
「ええ、そうですね。そうでなければ、こんな未来はありませんでしたから...」
セリウスはそう言ってあたしの手を取り、その甲に口付ける。あたしはふふ、と笑うと彼の頬をそっと撫でた。
「愛してるよ、あたしの騎士様」
「愛しています、俺の姫君」
セリウス、なんとか許されました。よかったね!
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