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89.幕間

ここから先は直接的な描写はありませんが、軽い性的表現が含まれます。成人向けではありませんが苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。



覆い被さる彼が大きく身を震わせて、あたしの肩越しに熱い息を吐いた。


そしてしばらくの震えの後、腰を鷲掴んでいた彼の手の力が緩められる。


あたしもぎゅっと瞑っていた目を微かに開け、すっかり上がってしまった息を逃す。無意識に彼の背に爪を立てていた事に気付き、力を抜いて爪痕をそっと撫でた。


セリウスがゆっくりと顔を上げ、荒い息を整えながら汗ばんだ体を起こす。


彼はあたしの頬に張り付いた長い黒髪を、指先でそっと取り除きながら微笑んだ。


「...愛しています。」


薄い唇から発せられる低い囁きと、うっとりと細められる金の瞳。

あたしは力の抜けた目で見つめ返し、息も切れ切れに「...愛してるよ。」と吐き出すように返してやる。


彼はその返答に嬉しそうに口付けを落とすと、あたしの背に腕を回す。先ほどまでの荒々しさが嘘のように、布団からこの体を優しく起こした。


「荷下ろしに遅れてしまいましたね。」


あたしの髪を弄びながら悪びれずに言う彼に、

「わかって押し倒した癖に。」

とあたしは睨んでみせる。


彼が笑いながら

「副船長殿に礼を言った方がよろしいですか?」

と返すので、あたしはその脇腹を肘でズンと突いた。




絞った布で汗を拭い衣服に身を包めば、彼もベルトを止めて髪に櫛を通し、さらりと背に流す。

何事もなかったかのようにきっちりと軍服を着込み、涼しい表情を浮かべる彼がなんだか少し腹立たしい。


じとっと睨めば彼が微笑む。

あたしはため息を吐いて、机の上の海賊帽を片手で被った。



こちらも何事もなかったかのように表情を整え、ふう、と気合を入れてから扉を開く。


姿を現したあたしを見た途端、甲板から目が合った船員達がにやりとした。

上甲板から降りて来るあたしを見て彼らは囁き合う。


「荷下ろしに遅れるなんて船長らしくないな?」

「一体二人で何してたんだか〜?」


案の定、リックとフィズがわかりやすく冷やかすので、あたしは目を瞑ってため息をついた。


「ルカーシュの命令で夜から劇場とやらに付き合わなきゃならん。観劇の心得はないからな、作法の確認をしてたんだよ。」


そう答えてやると、彼らはつまらなそうに「なーんだ、そんな事かよ。」と口を尖らせる。

セリウスはその様子に背後で口元に手を当てた。

一見考え事をしてるようにしか見えないが、笑ってるな、お前。


鳩尾を殴りたいのをこらえながら、あたしは桟橋へと降りて行く。


「コンラッド!悪いな。」

「おう、もう大体終わらせたぜ。」


コンラッドが羽ペンの先を舐めて、書類にチェックを入れる。

セリウスがわざと「時間を取らせて申し訳ない。」と表情を崩さずに言うと、コンラッドは「お前な。」と彼を睨んだ。


「まあいい、お前が居たらあいつが動きにくいからな。“船長”、最終確認を頼む。」


コンラッドから書類を受け取り、あたしは仕分けされた木箱の周りを歩きながら数える。

リゼが木箱の影にしゃがみ込んでいるのを見つけ、若干不憫に思いつつ、セリウスに見えないように「ご苦労」と囁いてその頭をぽんと撫でた。


...ふむ、問題ないな。


リゼが来てから荷の数が合わないと言うことがほぼ無くなった。ああ見えて荷の管理にうるさいコンラッドとも気が合うようだ。


あたしは最終チェックの欄に軽くペンを入れると、コンラッドに差し出した。


「問題ない。一応客の元に卸す時にリストの控えを持たせろ。商船の荷とうちのが混ざらんようにな。」

「おう、わかった。」

「悪いがルカーシュから呼び出しが掛かっててな。王都で別れる事になる。ステンドット商会の護衛契約の更新手続きを頼めるか。書類はリゼに預らせてる。」


あたしがそう言うと、コンラッドは頷いて懐から出した手帳にさらさらと書き込む。


「了解。しかし好調だな。戦艦を増やしてもいいんじゃないか?」

「客に事欠かないぶん、確かに回り切らんな。来週あたり造船所に顔でも出すか。百砲艦が欲しい。」

「南方の戦で沈んだやつはどうする。回収させるか?」

「今あの海域を刺激するのは厄介だ、巻き添えは食いたくない。下手に動かすな。」


あたし達が顎に手を当て真面目な会話をするのを、セリウスは静かに目を瞑って聞いている。話し合いがひと段落し、幌馬車に荷を積ませるとあたしは馬を解く彼の元へと戻った。


「待たせたな。後は王都まで見届けたら終わりだ。」


セリウスは差し出された手を取って、あたしを馬へと引き上げる。


「貴女の仕事ぶりを眺めるのも良いものだ。その凛々しい横顔が俺の手で()()()()のだと実感できるのですから。」

「...どんな目で見てんだよ。」


あたしの悪態に彼は背後で肩を震わせる。

幌馬車が動き出し、彼が手綱を握るとゆっくりと馬はその後ろを追いかけた。






船員達の仕事を見届けて王都で別れ、ルカーシュの居る王城へと向かう。


国王となったルカーシュは、多忙極まりない。


父親が亡くなってすぐ兄が真逆の政策を取り、短い期間でルカーシュへと王権が移った為に、政の尻拭いが膨大に残っているのだ。


大臣達に引っ張りだこの彼の手が空くのは、自室での食事の時間くらいのもので。

その為あたしが諸々の報告に上がる際は、友人として食事を共にするという名目になっている。


そして劇場に赴くのは夜なのに、なぜ昼食時に向かっているのかと言うと。

セリウス曰く、劇場開演前の諸侯達との食事会が彼を縛っているからである。



ルカーシュが国王となった事はもちろん喜ばしい。


しかし、かつて彼とゆっくり茶を飲みながら会議をしていたのが遠い日のようだ。


今や彼の一挙一動は、すべてが政のために費やされている。


そして思えば、セリウスとの婚姻を賭けた決闘の際に現れたのも娯楽を優先したと見せかけて、あれは政策の一環だった。


勲章を授け、英雄として祭り上げたとは言えど、所詮海賊は賊なのだ。

あたしの気が変わりいつ反旗を翻すかわからないリスクがある中で、忠信厚い王国騎士のセリウスの妻となるのは、彼にとって都合が良すぎたのだろう。


無害でおだやかな笑みを湛えておきながら、堅実で策略的な彼の性質は割と嫌いではない。

王になるには、こういった男が一番向いているのだ。



衛兵に通されて向かった部屋には既に彼が席につき、華やかな食器やカトラリーが食卓に並べられていた。


「やあ、時間通りでしたね。どうぞお掛けなさい。」


ルカーシュは変わらぬにこやかな笑みを浮かべる。

あたしとセリウスは促されるまま席についた。


「報告だが、王都港の海域共に、地方の領海内も安定している。アガルタの船は領海外で待ち構えてたやつをいくつか沈めておいた。ファスリエ島付近に現れた賊も対処させている。おそらく問題ない。」


あたしが美しく折られたナプキンを開きながらそう言うと、彼は笑顔で頷く。


「いつもながら流石ですね。こちらももう少し戦艦を増やしたいところですが内政でなかなか...。」


苦笑して見せる彼に、あたしはにっと笑ってやる。


「任せな。お前の多忙さはわかってるつもりだ。」

「ふふ、頼もしい。」


ルカーシュは笑うとしばらくして、ふう、とため息をついた。


「実際、かなり目まぐるしくて困りますね。今宵の観劇の楽しみがなければ、やっていられませんでしたよ。」


「ふうん、よっぽど面白い内容なのか?そう言う流行りは令嬢達から入りそうなもんなんだが、一つも聞いてないぞ。」


あたしが目を丸くすると、ルカーシュはおかしそうにくすくすと笑う。どう言うことかと隣のセリウスを見るも、気まずそうに唇を噛んでいる。


「なあ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか。あたしなんかが行く必要があるのも何故なんだ。」


料理が運ばれてくるのを脇目で追いつつ、ルカーシュなら教えてくれるのではと訪ねてみる。しかし彼はにこにこと笑みをこちらに向けるだけだ。


「話したいのは山々ですが、劇場に着いてからのお楽しみですよ。」


その言葉を受けてあたしがますます困惑した顔をすると、ルカーシュはまたくすくすと笑うのだった。




昼食を終え兵舎へと向かえば、せっかく来たのだからとファビアンに捕まり、アイザックに投擲(とうてき)を教える事となる。


「ステラさんは投げナイフだが、戦において投擲そのものは覚えていて損はない。身に付ければ同時に魔法の照準精度も上がるだろう。」


ファビアンがそう言うと、アイザックは真剣に頷く。


「基本使う指は三つだ。親指、人差し指、中指。物の重さの差はあるが、投げるフォームを覚えてしまえば咄嗟の時に役立つはずだ。」


あたしがそう言いながら手本を見せる。

振りかぶって投げたナイフは、矢のように真っ直ぐ的の中心へとタン!と突き刺さった。


「これが基本形。手首のスナップが重要だ。...見とけ。」


「まず縦方向。」


左足を出して立った状態から、ナイフを握る右手首を縦に振って、タン!と的に当てる。


「次に横方向。」


次は右足を出しながら、同じく右手首を体の左側から横に滑らせるようにして、タン!と当てた。


「これらを応用すると、」


あたしはコートの懐の内に両手を入れて同時に投げ、瞬時に身を低くして太もものホルダーから抜き放ち一投すると、立ち上がりながら蹴りのフォームと共に素早く回転して一投する。


タタン!タン!タン!


と投げられた四本すべてのナイフが、中心の周りに綺麗に円を描いて刺さった。


「どこから抜いても、動きながらでも的に当たる。片手剣で左手が自由なお前にはきっと都合がいい。」


そういって振り向けば、アイザックは「おお...」と感嘆しながらパチパチと手を叩いた。セリウスが隣で、まるで自分の戦技かのように自慢気に頷いている。


「素晴らしい...!ぜひ習得させて頂きたいです!」


アイザックが両手を握り、目を輝かせる。

最初から堅苦しくフォーム指導に入るよりも、まずは実践的な動きを見せて「やってみたい」と思わせる事。あたしに教えたアルカ爺さんの受け売りは、やはり正しかったらしい。


「じゃ、詳しくフォームを教えよう。おいで。」


「はい!」


アイザックがこちらに歩み寄り、あたしは彼の手にナイフを握らせるとその指を支えて持ち方を指導する。


意欲も高く、真面目に頷くアイザックには教えがいがあり、自然と笑みが溢れた。

...いずれ子供ができれば、こんな感じになるのかね。


そうしていると、ふとセリウスと目が合う。


アイザックへ手取り足取り、といった状況にワトキンズに向けるような目をしているかと思いきや、彼はあたしを柔らかな視線で見つめていた。


ファビアンが彼に何かを耳打ちし、セリウスが目を見開いて顔を赤らめる。


あたしが頭に疑問符を浮かべると、セリウスはこちらに向かって首を振り、また頬を綻ばせるのだった。




日常で繋ぎましたが、次の話で劇場についてわかる予定です。予定通りセリウスの怒られが発生します。


リアクションや感想、評価をいただけますと大変喜びます!頂いた反応に興奮して、めちゃめちゃ筆が進んでおります。いつもお読みいただきありがとうございます!

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