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14.氷解


「本当に良いのですか?このまま賓客として滞在なさればいいのに...」


 夜会帰りの馬車の中。

ルカーシュは困った顔をあたしに向ける。


「いや、いい。落ち着かないし、庭に出るにもずっと堅苦しい服でいなきゃいけないだろ。それにあたしもそろそろ船に帰りたいんだ」


 夜会が行われるまでの二日間、あたしはルカーシュの計らいで城塞内の別邸に寝泊まりしていた。


 ふかふかの天蓋付きのベッドで朝からメイドに優しく起こされ、軽い湯浴みと着替え、豪華な朝食、その後はルカーシュの執務の合間にセリウスを交えての話し合い。


 貴族のマナー等をセリウスの小言付きで教わり、午後は高級な茶菓子と紅茶が出され、夕食の後またメイド達の手で湯浴みをし、清潔なシーツで眠る。

まさに貴族の生活だった。


 上げ膳据え膳といえば聞こえはいいが、はっきり言って息が詰まる。


 メイド達はこぞってあたしの世話を焼いてくれるのだが、ただでさえ女っ気もなく粗暴な男どもの船で育って来たあたしとしては、繊細な砂糖菓子のような彼女達への振る舞いはどうも気を使うのだ。


 船員達にはルカーシュの部下が事情を伝えてくれているとは言え、顔も見ずにこのまま好き勝手に動き回り続けては船長としての信用を欠いてしまう。


「そうおっしゃるのであれば仕方ありませんね...。しかしもう日を跨いでいますので、明るくなってから送らせましょう」

「ああ、すまないな」

「セリウス、頼めるかい?」

「はい」


 セリウスは真顔で頷く。

 ということはこいつも三日連続で城の兵舎で寝ることになったのか。前王の近衛の息子で騎士団長ともなれば城持ちだろうに、あたしに付き合わされて帰ることもできないなんて可哀想なやつ。


 あたしが憐憫の目で見ているとセリウスは不思議そうな顔をする。


「何か」

「いや、苦労をかけるな」

「ステラさんが気になさる事ではありません」


 そういうとルカーシュの目が輝く。


「おや!少し距離が近づいたかな?」

「いえ、嬢呼びを嫌われるので殿下に倣って...」


 そうぼそぼそと言いながらもセリウスはうつむく。


「彼は厳しい騎士家系の男親のみで育ったので、女性が苦手でしてね。この調子で慣れていけるといいね、セリウス」

「.........」


 心底嬉しそうに微笑むルカーシュに、セリウスは俯いたまま黙り込んだ。


 上級騎士の城では使用人の仕事も雇われ騎士や騎士見習いが全て務めるという。それで女主人もいないとなれば、鍛錬ばかりで社交界に出るまで女に関わる事がろくになかったのだろう。


「ま、そういう事なら仕方ないか。あたしは男みたいなもんだし気楽にやりな」

「......」


 あたしが覗き込んで笑うと、セリウスは分かりやすく目を逸らした。まだまだ道のりは長そうだ。





 次の日の朝。

 着慣れた革の上下に袖を通し真紅のコートを羽織る。跳ねて広がる髪を軽く整えると腰の辺りで細い革紐で縛る。仕上げに羽飾り付きの海賊帽を被った。うん、やはり自分にはこの格好が一番しっくりくる。


「男装もお似合いでしたが、そちらの装いは流石の貫禄ですわね...」

「ギャップが癖になりそうですわ...!」


 メイド達が両手を胸の前に合わせてほう、とため息をつく。


「すっかり世話になったな。次来る時は何か土産を持って来よう。」

「まあ、よろしいんですの?」

「今日でもうお戻りになられるなんて、名残惜しいですわ...」


 別れを惜しむ若いメイド達の頭をポンポンと撫でると、あたしはセリウスの待つ馬車の元へと向かう。


 セリウスはこちらを見つけると少しの間ぼんやりしていたが、あたしと目が合うやいなや目を逸らす。もうこれにも流石に慣れて来たな。


「朝からご苦労なこった。あたしは馬車だけでも十分なんだが」

「女性を付き添いなしで送るなどという不躾な真似を殿下は好まれません」

「不躾ねえ...」


 そう呟きながらもセリウスの手を取り馬車に乗り込む。エスコートといい、こういう事は照れずにできるんだよな。変わったやつだ。

 扉が閉められ、馬車がゆっくりと動き出す。


「はあ〜!やっと船に帰れる!昨日のご令嬢たちとの相手といい、肩が凝ったよ。服装も落ち着かないし何もかも世話を焼かれるし、飯を食うにも堅っ苦しくてかなわん!」


 あたしが馬車の中で軽く腕を伸ばすと、セリウスの口元が少し微笑んだ気がした。


「本当に、女性らしくないのですね」

「悪いかよ。あたしは男の中で育ったんだ。今さら女らしくなんてできるか」

「いえ、そうではなく...」

「じゃあ何だよ」


 昨日もバルコニーで同じような事を言っていたな。女らしくない女がよっぽど珍しいのか。セリウスは自分の手元を見て話し出す。


「...令嬢達は美しく身を整えたり、エスコートされたり、世話を焼かれる事を好みます。しかしステラさん...はドレスを嫌がり、何でも自分でやりたがり、エスコートを拒む」


「俺に怯えたり、逆に付き纏ったり、構われないと言って気分を害すこともない。...そのような女性は初めてです」


 そう言い終わると、セリウスはこちらをじっと見つめた。いつも目を逸らすばかりだったというのに、急に綺麗な顔に真っ直ぐ見つめられて、あたしは怯んだ。


「そ、そうか。そりゃよかったな」


「...牢に囚われた時も、王に処罰を下された時も狼狽えず、泣き叫ばなかった。その上で自身と身内を侮辱されたと憤り立ち向かう様は実に誇り高く、騎士道に通じるものがありました」


 鋭い金の瞳はあたしの目を捉え続けている。

その騎士道とやらがあたしに何の関係があるんだ。常に無言だったくせに、急に饒舌になる様子はちょっと怖い。


「ど、どうしたんだよ。今日はよく喋るな」


あたしが若干後退りしながらそう言うと、セリウスはハッとして顔を赤らめる。


「...すみません」


 そうしてまた目を逸らして、気まずそうに椅子に居直る。


「...つ、つまり。俺は女性は苦手ですが貴方の行動は好ましく思っている...と言う事です」


「俺の行動は、嫌われていると勘違いさせやすいようですから...今までの非礼をお詫びします」


 なんだ、そういう事か。

あたしはほっと息をついた。


「なんだ、気にしてたのか。最初は確かに嫌われてるかと思ったが、お前のその環境じゃ仕方ないだろ」


 あたしはそういうとセリウスの肩をポンポンと叩いた。


「仕事はまだまだ終わらなさそうだからな。

改めて、よろしく頼む。セリウス」


 あたしが手を差し出すと、セリウスはそっとその手を握り微かに微笑んだ。


「...はい。ステラさん」





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