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79.菓子と誘惑

ここから先は直接的な描写はありませんが、軽い性的表現が含まれます。成人向けではありませんが苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。




「ステラさん。」

「んー。」


ベッドにうつ伏せになり本を読んでいると、セリウスに抱きしめられる。でも今ちょうどいいところなんだ。あたしは生返事をして読み耽る。


「ステラさん。」

「んー、うん。」


耳元で呼ばれているような気もするが、主人公がようやく愛する人と再会したところで本を閉じれるわけもない。感動の再会に涙する二人、そして...。


「聞いているのですか?」

「うひゃあ!?」


セリウスに耳をはむっと食まれて素っ頓狂な声が出る。


「なにすんだよ!?」

「ステラさんが本に夢中なのがいけないのでしょう。」


ばっと振り返ればセリウスがあたしを抱きしめたまま、金の目を不機嫌そうに顰めた。


「だって今いいとこなんだよ、二人が再会するちょうどクライマックスだったんだから!」

「珍しい。恋愛物を読んでいるのですか?」


目を丸くする彼にあたしはうっ、と詰まる。


「...間違えて買ったけど、読んでみたら意外に面白くてさ。お前と結婚したせいか、ヒロインの気持ちがちょっとわかるようになったというか...。」


そう返せばセリウスは嬉しそうににまりとした。


「俺のおかげで乙女心が芽生えたなら悪い気はしませんね。...しかし、物語の恋愛もいいですが、貴女には俺がいるでしょう。」


彼はあたしの顎を引き寄せると口付ける。

すぐに唇を割って舌を這わされるのをなすがままに受け入れれば、満足そうに唇を離した。

あたしはそんなセリウスに向かって息を整えながら口を開く。


「...だって、最近のお前はすーぐそうやって淫らな空気にしたがるだろ。実際そういう事になるし。物語の方が色々綺麗だしときめくんだよな。」


大きくため息をついて言えば、セリウスがショックを受けたような顔をした。


「俺と触れ合うのが嫌なのですか...!?」

「嫌って程じゃないけど、なんていうかなあ。お前、あたしとやりたいだけじゃないのか?」


不機嫌な顔で返すあたしに、セリウスは顔をさあっと青くする。


「違います!いえ、確かに貴女に触れたい思いは常にありますが、愛しているからこそで...!」

「そうなのかもしれないけどさあ。毎晩毎晩、下手すりゃ昼間まで求めてくるだろ。寝ても覚めてもそういう事ばっかり。」


「あーあ、あの時の純粋で可愛かったセリウスはどこに行っちまったのかねえ。流石に嫌になっちまうよ。」


あたしが遠い目をすれば、セリウスはますます青くなってあたしからそろそろと離れ、両手で顔を覆った。


「...禁欲、します。貴女に嫌われたくはない...。」

「できるのかー?ま、応援してるよ。」


あたしが本に視線を戻せば、彼は立ち上がってくるりと踵を返した。


「...煩悩を振り切りに、鍛錬してきます...。」

「おー、頑張れよ。」


あたしがひら、と手を振ると彼はよろよろと出て行き、カチャンとドアが閉められる。


...ちょっと可哀想な事をしたかね。

でも実際、休暇が始まってニ週間の間、屋敷でも旅行でも毎晩毎晩襲われているのだ。その上朝方まで続くせいで、正直かなり寝不足なんだよな。あと二週間これが続くと思うと恐ろしい。


今だって、あたしがああ言わなきゃ絶対そういう事になってただろ。この本を読んでたって、続きが気になるのに眠くなって来るし...。


ああ、やっぱ眠いな。少し休憩して寝るか...。

あたしは本に栞を挟むと枕元に置いて、大きなあくびをすると瞼を閉じた。





目が覚めてみれば、

なんと夕方になってしまっていた。


こんなに眠るつもりはなかったのに。やはり、毎晩の疲れと睡眠不足が響いていたのだろうか。


セリウスはどこだろう?

いつもなら暇があればあたしを抱えて髪にその顔を埋め、幸せそうなため息をついているのに。


あたしは起き上がって軽く髪を整えると、ベッドから降りる。部屋を出て家令騎士のアイネスに聞いてみれば、彼はにこにことやけに笑顔でセリウスが厨房にいる事を教えてくれた。


厨房の扉を開けてみれば、見習い騎士達が手前の魔導炉で慌ただしく夕飯の準備をしている。そしてその奥の作業台にセリウスがいた。


なにやら麺棒を使い、生地を伸ばしているようだ。彼の料理は基本的に簡素な物が多いので珍しい。


「セリウス、何やってんだ?」


あたしが話しかけると、セリウスは顔を上げる。そして少し気まずそうな表情をしてその生地を折り畳んだ。


「貴女の持ち込んだ本にある、時間のかかる菓子でも作ろうかと...。」

「ふうん?菓子作りなんて珍しい。急にどうしたんだよ。」


あたしが側に寄って覗き込めば、セリウスは少し後ろに下がる。


「何か集中する物があれば、貴女に負担をかけないかと思いまして。ついでに貴女を喜ばせられれば、少しは俺の評価が下がらないのではと...短絡的ですが。」


彼は相変わらず気まずそうにそう言って、型に生地を敷いて貼り付けていく。その様子がなんだかいじらしくてあたしは思わず微笑む。


「へえ、殊勝なことで。ちなみに何を作ってるんだい、我が家の菓子職人さん?」


見習いの少年達は忙しく、こちらを見る様子もない。あたしが彼の頬にキスを落とせば、彼は少し頬を染めつつ目を逸らす。


「木苺のプルンダー...、パイ菓子です。丁度、森で木苺が採れるとアイネスが教えてくれたのでコンポートとやらを作って見ました。砂糖の量に驚きましたが...おそらく上手くできているかと。」


どおりでアイネスが笑顔だったわけだ。

彼の左側の魔導炉に置かれた鍋を見れば、煮られた赤い木苺が甘酸っぱい香りを漂わせている。


「これの為に森に木苺摘みにまで行ったのか?可愛いやつだなお前は。」


あたしが彼を軽く抱きしめれば、セリウスは一瞬嬉しそうに口元を緩ませたあと、あたしの体を引き剥がす。


「...おやめ下さい。」


なんだかこの感じ、久しぶりだな。

あたしは極端な彼がおかしくて笑ってしまう。


「なんだよ、ハグくらいで嫌ったりしないさ。」

「...そういう事では無いのです。」


彼はあたしの言葉に眉を顰めると、木苺を生地の内に流し込んでスプーンで慣らす。そしてまた生地を被せると縁をフォークで押さえ、器用にはみ出たところをナイフで切り落としていく。


「へえ、上手いもんだね。」

「そうでしょうか。何しろ初めて作りますので。」


彼は少し照れたように答えると、片手で卵をコンコン、パカっとボウルに割り入れた。大きな手を使い、慣れた様子でやってみせる姿はなんだか妙に男っぽくて魅力的だ。彼が珍しく袖をまくり上げ、鍛えた腕を出しているおかげだろうか。


チャッチャッチャッ、とリズミカルに卵を溶いているだけなのになんだか見惚れてしまう。着崩して少しはだけたシャツの内で、彼の厚い胸筋がちらちらと見えるのも一因だろう。


「...そういう妖艶な表情をやめていただけませんか。」


彼が眉を顰めるのであたしは目を丸くする。あたしはどんな表情をしていたんだろうか。


「ちょっと手捌きに見惚れてただけだよ。」

「それだけで唇に指を当てて微笑むなんて、妙に色っぽい仕草はお控え下さい。」

「ええ?知るかよそんな事。」


あたしが呆れてそう言えば、卵液をハケで生地に塗りながら彼はため息をついた。


「後は予熱していた窯で焼くだけです。」

「ふうん。どれくらいかかる?」

「おそらく40分程。」

「結構長いんだなあ。」


彼が熱い窯の中にパイを入れるのを眺めながら、あたしは棚からポットを取り出す。


「茶でも飲みながら待つかね。お前も飲むだろ?」


振り向いて微笑めば、彼はこくりと頷く。

あたしがポットに茶葉を入れて魔導炉の火にかければ、彼は手際良く片付けをし始める。


「皿洗いならあたしも出来るぞ。手伝おうか。」


あたしが下からその流れる黒髪の内を覗き込めば、何故だかほんの少し唇を噛んで彼は目を逸らす。


「...では、そこに並べていってもらえますか。」


...この感じ、本当に久しぶりだな。

かつてのこいつはしょっちゅう照れていて、あたしが近づくたびに顔を赤らめたり目を逸らしたり。仏頂面なくせに忙しい彼のその反応が面白くて、よくからかったっけ。


あたしがふふっ、と笑えば彼は少し不満げに小さく唸る。結局洗うのは任せてもらえず、彼がさっさとすすいだボウルやヘラを右側にある網かごに立てかけて行く。


「こういうの、魔法でやっちまわないのか?」

「あまり頼りすぎると鈍りますからね。必要があれば使う時もあります。」

「こういうとこまで自分に厳しいのな。あたしだったら毎回使うね。」


あたしがそう言って笑えば、彼も少し微笑む。


「貴女は俺の側にいてくれれば、家の事など何もしなくたっていいのですよ。」


その微笑みがあまりにも優しくて、あたしは少しドキリとする。


「...でもさ、領地の管理と騎士団の仕事もなんて、お前も忙しいんじゃないのか。」

「まあ、否定はしませんが。優秀な部下達がおりますので十分助けられていますよ。」

「へえ?休暇と言いながら、書類仕事に追われてるのは知ってるぞ。お前の膝の上で見せられてるからな。」


何を隠そう、セリウスが仕事が捗ると言うので、彼の膝に抱えられながら本を読むのが最近の日課となっているのだ。彼がさらさらとすべらせる羽ペンの音を聞きながら読書をするのは、実は割と悪くないと思っている。


その上、あたしが抱えられても過ごしやすいようにと、執務室の椅子を大きめの一人掛けソファに買い替えていたのは流石に笑ってしまった。


そこまで考えて、王城内の執務室もいつかそうなってしまうのでは...?とふと恐ろしくなる。


「しかし、それもしばらく控えます。」

「へ?」


予想外の彼の言葉に驚くが、彼はあたしをチラリともしない。あの時間がなくなるのは少し残念な気がして、あたしは彼の方に少し身を乗り出す。


「べ、別に屋敷でなら構わないけど。結構ああされるの、好き...だし。」

「...っ、」

「それにお前の胸板、あったかくて...気持ちいいし。」


そう言った途端、つるっ!と彼の手が滑り皿が宙を舞う。


咄嗟に空いた右手を伸ばしてはしっと受け止めると、左手で彼の体に抱きつく形となった。


「あっぶね、...大丈夫か?」


顔を覗き込めば、彼は赤くなってばっとその皿を受け取った。


「っ、ありがとうございます。しかし、なぜ俺がこうしているというのに貴女と言う人は...。」

「はあ?皿受け止めたくらいで照れんなよ。どうした急に。記憶のリセットでもされたか?」

「ですからそういう事ではないと...。」


彼はうつむくとまたため息をつき、最後の皿を洗い終わってあたしに手渡した。あたしはそれをカゴに立てながら同じようにため息をつく。


「前から思ってたけど、お前って極端だよな。ルカーシュんとこで香水が効いた日の後も、2週間ずっと避けて来るし。」

「...それは貴女のせいでもありますが。」

「なんであたしのせい?あの時はお前の自制心がなんとか言ってたよな。お前にはそんなにあたしが誘惑してるようにでも見えてんのか。」


彼の金の瞳を睨めば、彼はこちらを見て眉をぐっと顰めるとあたしを睨み返した。


「ええ、そうです。その通り。貴女は一々誘惑的で、無防備で、仕草が妖艶すぎる。」

「はあ?どこが。」

「...その大きな瞳、長いまつ毛、艶のある唇。それだけで充分だというのに、そうやって上目遣いで谷間を見せつけて来るでしょう。」


彼はやれやれと呆れたように目元に手を当てる。


「上目遣いって...お前が上に居るんだ、仕方ないだろ。谷間は知らん!勝手に寄るんだから。令嬢達だってみんなドレスで寄せ上げてるだろ。変わんねーよ。」


あたしが文句を返すと、まったくわかっていないと言った顔でセリウスはそっぽを向いた。


「俺をなんだと思っているのか。胸があれば誰でもいい訳ではありません。」


彼は足元の窯のガラス戸を覗き込む。あたしは彼の黒髪がさらりと背に流れるのを見届けると、カップを出してポットの茶を注いだ。


「じゃあ、お前にとってあたしだけが“襲ってください”って毎時間言ってるようにでも見えてんのか?...はい、紅茶。ミルクは?」

「いえ、そのままで。...まあそうですね。それで襲うなと言われるのははっきり言って苦行です。今のその仕草も、無意識でしょうが誘っています。」


あたしは砂糖を混ぜ終わり、無意識に口に咥えていたティースプーンを口から抜き取る。


「スプーン咥えたぐらいでどんな見え方だよ。」


彼は立ち上がると、おもむろにスプーンを握るあたしの手を上から握った。そしてぱく、とそのスプーンを口にする。その仕草が妙に妖艶で、思わずかあ、と頬が火照ってしまった。


「...ほら、貴女だって赤くなる。」

「いっ、今のは意味が違うだろ!」


あたしがスプーンから手を離せば、彼はそれをソーサーに置く。急に驚かされて心臓がどきどきと跳ねる。照れのおかげか、セリウスのあたしが悪いみたいな言い方に呆れていたのが、だんだん腹立たしさに変わってきた。


「ふーん...、あっそう。お前としては、あたしが常に誘惑するのがぜーんぶ悪いってわけね。それで今必死に抗っていらっしゃるわけ。へえ、そうかよ。」


あたしのそんな言葉に彼は「まあ、そうですね。貴女が悪いと思います。」なんて言うから余計に腹が立って来る。


...ちょっと懲らしめてやろうか。


「...いいよ。そこまで言うなら、もういっそ本気で誘惑してやるから。」


彼の胸を指で押して近づけば、彼は少し目を見開いて顔を赤らめる。そして、あたしを見つめてこの腰に手を回そうとするのを掴んで止めた。


「だからするのはダメだっつってんだろ。今日はそう言う事は無し。したらお前のこと、...嫌いになるからな。」


嗜めると彼はその手を下ろし、困惑する。


「ではなぜ、誘惑だなどと...。」


「そりゃ、お前があたしを毎晩襲って来るくせに、何にもしてないこっちを痴女みたいに言うせいだろ。お望み通りちゃあんと誘惑してやるから、お前のその勝手な思い込みを正せっつってんだよ。」


セリウスのはだけた胸元にするりと指を沿わせれば、彼がびくりとして熱い息を漏らす。


「焼けるまでもう少しあるだろ?ここじゃ教育に悪い。ほら、おいで。」


そう言って厨房を出れば、彼は素直について来る。



そして彼が寝室に入るやいなや、その身体をソファにとん、と勢いをつけて押してやる。


彼はどさりと背もたれに倒れ、あたしはその目の前のテーブルに腰掛ける。


あたしは彼の視線が注がれているのを確認すると、わざとゆっくりと脚を組み替えた。その姿に彼は小さく息を飲み込む。


「ほら、ルドラーにしてやったこと...お前もされたかったんだろう?もっといいのをしてやるよ。」


優しく囁けば、彼はかあっとわかりやすく顔を赤く染める。あたしはその様子に微笑みながら続けた。


「それにお前。...あたしの脚、大好きだよな?」


あたしの問いかけに彼はますます顔を赤くして目を泳がせる。


「なぜ、それを...。」

「する度にあんなに撫でられて気付かないとでも思ったのか?...ほら、脱がせて。」


あたしは彼の前に脚を伸ばし、そのブーツを差し出すと彼は戸惑いながらも手を伸ばす。

彼の手で丁寧に脱がされ裸足になったその足で、その厚い胸元をつつ...、と時間をかけて撫で下ろしていく。


「っ...。」


セリウスが小さな吐息を吐いて、その脚を目で追う。彼の手がその脚に伸ばされるのをあたしはパシッと叩いた。


「触れちゃダメ。」


あたしが囁けば、彼はソファに大人しく手を置いてこちらを見つめる。その身に似合わぬ子犬のような眼差しが可愛らしくて、あたしは微笑んだ。


「ふふ、可愛いね。いつもこうならいいのに。」


笑みを含んだ声で囁いて、足先を彼の下半身にじわじわと滑らせる。彼の息が荒くなって行くのを聞きながら、その熱を持って行く膨らみにまで達すれば、つま先でゆっくりとこするように撫で上げた。


「...っ、く...」


彼が小さな声を上げる。

その様子が面白くて、あたしはなぞるように何度もそこに指先をすべらせた。


「ス、...ステラ...さん...はぁ、...う...っ」


指先の動きに、彼が目を細め、切ない声であたしの名を呼ぶ。

あたしは構わず、すり、すり、となぞる度に彼のその形が硬く膨らむのを確かめていく。


「っ、ぅ...くっ...!はぁ...」


彼が艶やかな黒髪を胸元にしなだれかからせ、熱い息と辛そうな声を漏らす。荒い息とともにその視線はあたしに注がれ、待てを堪える獣のような金の瞳で見つめた。


あたしは彼に見せつけるように胸元のボタンをぱち、ぱち...とゆっくりと外して見せる。


革の服を肩までずらし、白い膨らみが露わになっていく姿にセリウスがごくりと唾を飲み込むが、全ては見せてやらない。


「誘惑ってのは、こういう事だろ?なあ、セリウス。」


彼の顎を持ち上げてキスをする。その手が浮いてあたしに触れそうになるのを、両手で押さえながら彼の熱い舌に絡める。そして彼がたまらずその舌で応えたところで、すっと身を引いて唇を離した。


名残惜しそうな表情で見つめる彼の頬を優しく撫でて、その耳元にふっと息を吹きかける。


「っ!」


びくり、と震える彼の髪を優しく撫でて、彼の膝の上に跨り、体重を熱い部分に押し付ける。


その耳にそっと口付けを落とすと唇を開き、温かい舌をちろ、と這わせた。


「ぅっ...!」


彼がその手をぐっと強く握り、感覚に耐える。

それをちらりと見ながら、あたしは彼の身体をその手でいやらしくなぞり、耳にちろ、ちろ、と優しく舌を這わせていく。その度に彼の体がびくびくと震え、ひどく切ない吐息を漏らした。


「ぅう、...はぁ、もうっ、...!耐えられない...っ!」


セリウスの懇願に、あたしは彼の上でわざと身じろぎをする。耳元ではぁ...と息を吐いて応えれば、彼が耐えきれずその手を腰に回した。


「こーら、ダメだよ。嫌いになっていいのか?」


その手を指先で撫でてあたしが耳元で笑えば、彼は肩をびくりと震わせる。彼は耐えきれず大きな手であたしの腰を引き寄せ、硬い自身を押し付けた。


「嫌、です...!っ、でも、したい...!お願いですから...」


そろそろ潮時かな。あたしは彼に口付けるとその舌をちゅ、と吸う。唇を離して辛そうにこちらを睨む彼を見つめ、にっこりと微笑んだ。


「駄目なものはだーめ。」


そしておもむろに椅子に脚をかける。

次の瞬間、あたしはその背もたれを強く蹴った。


途端にソファが背もたれの方向へ倒れて行き、彼が目を見開く。その瞬間に緩んだ腕から抜け出して、あたしは元いたテーブルにひょいと尻を乗せた。


セリウスはソファごと手を上げたまま仰向けに倒れる。打ち付けられた背もたれの上で、衝撃に「う゛っ」と声を上げた。





「...あんまりではありませんか...。」


情けない声でそう言う彼にふふっと笑って、手を差し出しその体を起こしてやる。


「でもこれで、誘惑がどういうものか分かったろ。」

「.......。」


彼が不満気に黙り込む。

あたしはそんな彼を睨むとその脇腹を小突いた。


「こら。黙り込んでないで、どっちが悪いのか言ってみな。」

「......勝手に、その気になる俺です...。」

「はい、良く出来ました。」


あたしは彼の唇にキスを落とし、頭を撫でた。


「今日一日、このまま耐えねばならないのですか...。」

「だって寝不足なんだよ。ちゃんと寝かせろ。」

「拷問だ...。」


彼は情けない声を漏らして大きなため息をつく。

その様子に笑えば、階下からふわりと香りが漂った。この美味しそうな甘酸っぱい香り。木苺のパイの香りだ。


「ん、いい香り!焼けたんじゃないか?」

「...そのようですね。」


階下に降りてセリウスが窯を開けば、こんがりと焼き目のついたきつね色のパイが甘い香りと共に焼き上がっていた。


「うわあ、美味そう!」

「時間ぴったりですね。冷ます必要があるので夕食後に食べられます。」


彼の言葉にあたしは残念そうな声を上げる。


「ええ?こんなに美味そうなのに今食べられないのか...!ちょっと味見くらいいいだろ。」

「駄目ですね。中身が固まらないと流れ出してしまう。」

「うう、食べたい。待ちきれないな...。」


あたしが肩を落として言うと、セリウスはふふっとおかしそうに笑った。


「俺はいつも、そういう気持ちなのですよ。」

「え?何が。」


あたしが名残惜しくパイを見つめて応えれば、セリウスがあたしを抱きしめる。


「貴女はこの焼きたての甘いパイのように、たまらなく誘惑的だという事です。」


思わずあたしは赤くなる。その頬に彼は愛おしそうに口付けた。


「俺も...もう待ちきれません。貴女はいったい、いつが食べ頃なのです?」




「...あさって。」

「あ、明日も駄目なのですか...!?」




しばらくセリウス優位が続きましたが、ステラに嫌われるとなれば彼も逆らえません。ステラは切り札を得て安眠を手に入れましたが、頻繁に使いすぎるとセリウスがげっそり病むので難しいところ。

セリウス的には我慢で辛い展開でしたが、望みが叶った部分もあって正直複雑。願わくばあのまま襲われたかった...と新たな願望が出来てしまいました。


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― 新着の感想 ―
やっぱり余裕のあるSっ気セリウスもいいけど、ステラに翻弄されるセリウスもたまりませんね…!!最近、すごく好みな甘々展開が続いていて嬉しいです。本編で苦労してきた二人がやっと結ばれたんだなあと感無量です…
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