77.蜜月旅行 前編
ここから先は直接的な描写はありませんが、軽い性的表現が含まれます。成人向けではありませんが苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。
数日後の早朝。
荷台に荷を積み込んで馬車に乗り込む。
先に乗ったステラさんの横に腰掛けて彼女を抱き寄せれば、ぎょっとした様子でこちらを見上げた。
「馬車でもかよ!?どっか座るたびにいちいち抱きしめやがって、ぬいぐるみかあたしは!」
期待通りの反応が返ってきて思わず口の端がにやけてしまう。その反抗の奥に彼女が俺を憎からず思っているという事実が透けているので、ただただ可愛らしいだけだ。
「貴女が陸にいるのに手離せと言うのですか。この休暇が終われば、またしばらく海に戻ってしまうのでしょう?」
「...うう...。」
彼女は俺を残して行く事に思うところがあるのか、唸って大人しくなる。その様子はまさに猫として飼い慣らされた虎のようで、小さな征服感を感じてしまう。
馬車がゴトンと動き出し、彼女が窓に視線を向ける。屋敷を任せた騎士達が胸に手を当て見送るのを眺め、控えめに手を上げて返した。
普段から彼女は船員達を預かる身のためか、まだ屋敷に来て数日だと言うのに持ち前の快活さで彼らと打ち解けてしまった。
彼らの仕事に興味を持ち、薪割りをやりたいと言い出したかと思えば爽快な音を立てて見事に割って見せ、重い荷運びや地味で退屈な武器の磨き上げ、土に塗れる庭仕事までやってしまう。どうしてそこまで、と俺が問えば「新しい輪に馴染むには同じ仕事をするのが一番早い。」と答えるので驚かされた。
実際、彼女はすぐに馴染んでしまい、屋敷の女主人というよりはまるで現場の女棟梁のように扱われている。
彼女は俺の腕の中に戻ると、おもむろに足元から黄金色の液体の入った瓶を取り出してきゅぽっと栓を抜いた。
「...いつの間に持ち込んでいたのですか。」
そう俺が呆れれば、彼女は瓶に口をつけた後にぺろっと唇を舐めた。
「だって着くまで一日かかるんだろ?どうせ暇でしょうがないに決まってる。」
そう言って彼女は俺の腕の中でふあ、とあくびをする。
その手に抱えられた蜂蜜酒は彼女の口にあったらしく、好物のひとつとなったようだ。
初めてそれを開けた夜。
最初は上機嫌にグラスを何杯か開けていた彼女だったが、徐々に瞳がとろんとしだしたかと思えば、甘い声で俺の名を呼び始めた。
衝撃的な可愛らしさに派手に胸を潰され、よろめきつつも慌ててラベルを見てみれば、その度数はなんと78と記されているではないか。
その上、彼女が舌っ足らずな声で「せりうす...すきだぞ♡」なんて微笑むものだからもう限界だった。口付ければ蜂蜜の芳香が鼻をくすぐり、彼女の舌まで甘いのだ。まさに蜜に誘われるようにその身体に溺れたのは言うまでもない。
次の朝、目が覚めた彼女にその様子を伝えたところ、記憶にあったようでひどく赤面していたが「酒に罪はない!」と加減して少しずつ舐めるようになった。
しかし酒と相性が良いのか悪いのか、加減していてもだんだん蕩けていってしまう彼女が最近の俺の楽しみだ。
そんな蜂蜜酒を持ち込んだと言うことは、ここで手を出されても文句は言えないと思うのだが、彼女のことだ。おそらくそんな事は考えてもいないのだろう。
「ファレングスって国の南の方なんだっけ?内陸部は行くことがないからよく知らないんだよな。」
そう言って彼女は瓶の口を舌先でぺろりと舐める。
どうしてこの人はいちいち仕草が扇情的なのだろうか、なんて視線をやりながらも俺は答えた。
「山々と火山に囲まれた温泉地のようですね。盆地になった広い草原に一面に咲く花が見頃なのだとか。地酒も花を使った物だそうです。」
「ふうん。花ねえ。あたしは酒と温泉があればなんでもいいや。」
たまたま騎士の中にファレングスに親族がいる者があったおかげで情報を得ることができた。彼女は花にはあまり興味がないようだが、酒でも温泉でも、その顔が綻ぶなら正直俺もなんだっていいのだ。
「...いつも任務の為に馬車を使っていたので、考え事が無いと妙な感覚ですね。」
俺がふとそう言えば、彼女もふふっと笑う。
「確かにな。任務の為に人の名前や顔を必死に覚えたりなんて事、もう無いんだもんな...。」
そう言う彼女の横顔は柔らかい。もうかつてのピリリとした緊張感や、任務前の真剣な面持ちを見れる機会はおそらく無いのだろう。
「もう貴女と共に仕事ができないのは...少し寂しい気がしますね。今思い返せば、きつい事もあったが楽しかった。」
俺がそう言えば、彼女も俺を見上げてふわ、と笑う。
「あたしも。お前との任務は、まあ楽しかったよ。喧嘩ばっかしてた気がするけど。」
「ふふ、確かに。貴女とは言い争いばかりしていました。本当にいつも言うことを聞かないのですから。」
「あはは!あたしに言うことを聞かせようなんて思うのが間違ってたんだろ。お前があまりにも堅物過ぎたせいだ。」
そう言ってこちらを軽く小突く彼女が愛おしくて、俺は腕の中の彼女を抱き寄せて、頬にキスを落とした。
「そんな堅物を夫にしたのですから、多少は俺の言うことを聞いてくれる気になったのでしょう?」
「“多少”な。全部は聞かない!あたしを飼い慣らした気になってるんだろうけど。お前が年下な事は変わらないんだからな、坊や?」
彼女にぐい、と襟首を掴まれ、鮮やかに唇を奪われて思わずどきりとする。その後に追い討ちで片目をぱちんと閉じられるだけで胸がぎゅっと握られた気になるのだから、やはり彼女には敵わない。
「...貴女が俺の妻になっただなんて、夢のようです。」
「なんだ今頃になって。」
「毎朝貴女の寝顔を見て実感して、それでも信じられないくらいですよ。」
俺は彼女の頬を撫でて、口付ける。その唇を舐めて、隙間をこじ開ければ彼女の薄い舌が迎え入れる。蜂蜜の甘い香り。その舌を追いかけるように絡めてやれば、彼女の熱い息が漏らされた。そして、そのぴったりとしたズボンを編み上げる紐をするりと解く。
「っこら!こんなとこで何するつもりだよ!?」
「...実感を得ようかと。」
「そういう事で得ようとすんな!」
彼女は慌てて解かれた片側のズボンを抑える。俺がその隙にもう片側の編み上げを解いて指で開いてやれば、ズボンが完全に緩んでずり落ちていく。
「やめろって言ってるだろ!!」
慌てて抑えようとしながら怒鳴る彼女が可愛らしくて、再びキスをしてそのズボンをずり下ろす。
「っやめ、馬鹿!朝っぱらだぞこのスケベ!!」
「馬車は暇なのでしょう?ちょうどよく昼まで潰せると思いますが。」
「そう言う問題じゃないから!前に馭者がいるんだぞ!」
俺はその言葉に、ああ、とこぼして指をパチンと鳴らせば、外の音が聞こえなくなる。そしてついでに風魔法で両側の厚いカーテンをシャッと閉めた。
「音を遮断しましたから、好きなだけ声を出してかまいませんよ。」
「お前は馬鹿なのか!?」
「まさかその言葉を貴女に返されるとは。成長しましたね。」
俺がそう言って耳元にキスを落とせば彼女はびくっ!!と身体を震わせる。その隙に彼女の上衣のボタンもパチパチと外してしまう。本当にこの服は脱がせやすくてありがたい。
「ああもう、こらっ!!」
「昨晩はあなたが面倒くさいと寝てしまって、代わりに荷造りをした為に出来ませんでした。ご褒美をもらってもいいでしょう。」
俺はそう言いながらずり落ちかけている彼女のズボンをその足からするんと抜き取ってしまう。
「...それとこれとは話が別...って、うわ!?もう!話を聞け!」
「だからやめろってば〜〜〜っ!!!!」
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「おや、もう中継地点の町に着くようですね。」
俺が指でほんの少しカーテンを開けてそう言えば、膝の上で俺の肩に頭を預け、力尽きていた彼女が「助かった...」とこぼす。
もう少し虐めていたかったが仕方ない。ぐったりした彼女に服を着せ、自分もベルトを締めて軽く整えれば指を鳴らして音の遮断を解いてやる。途端に石畳をガタゴトと走る音がその場に戻った。
「まだ昼前ですが、ここで昼食をとっておかねばなりませんからね。運動したのでちょうどよく空腹なのでは?」
懐中時計を出してそう言えば、彼女は俺の頭をバシッと強く叩いた。
「うっさいこのケダモノ!これで不味いもん食わせたら承知しないからな!」
馬車から降りれば、小さな町だがそれなりに交易があるようだ。通りには商人だけでなく旅人や冒険者らしい装備の人々が行き交っている。
「ふうん、いい町じゃないか。この様子なら名物料理の一つくらいはありそうだな。」
彼女は店の窓ガラスに顔を映して、すっかり落ちてしまった紅を薬指でついっと塗り直した。その仕草が美しくて思わず見惚れるが、人目があるので咳払いで誤魔化す。
「名物料理ですか...。ただの中継地と思っていたので何も調べていませんでしたね。」
「ふむ。そういう時は、...市場だな。」
彼女の言う通り市場に向かえば予想以上に活気があり、店々の並びは賑わいを見せている。彼女は人当たりの良さそうな果物屋の中年女性に声をかけた。
「林檎ひとつ貰えるかい。」
「一つでいいのかい?うちのは甘いよ〜!」
「んー...、そうだな。じゃあ三つ買うからこのあたりで一番美味い店を教えてくれよ。」
「それなら“跳ね馬亭”だね。あそこのマウルターシェンは格別さ!」
「マウルターシェン?」
彼女が聞き返せば店主の女は快活に笑う。
「ダンプリングの一種さ!ここの郷土料理だよ。食べて後悔はしないはずだ。」
「ダンプリングね...。ありがとな。」
彼女は林檎の紙袋を抱え、俺を振り向いてにっと笑った。
「行ってみるか。“跳ね馬亭”!」
市場の奥に抜けてそれらしき看板を探せば、前足をあげた馬が模られた丸い鉄看板が見つかる。木枠の扉を開いてみれば、素朴だが賑わう宿酒場のようだ。
「二人だ。エールと...マウルターシェン、だっけか?後は適当にこれで付けてくれ。」
彼女は腰掛けながら給仕の女にチップを渡し、店内で奏でられる旅芸人の音楽に指を刻む。初めて来たとは思えぬ馴染み具合だ。
「なかなか雰囲気がいいじゃないか。...おっと、ありがとね。」
すぐさまエールが運ばれて来て彼女が礼を言った後、それを持ち上げてにこっと微笑んだ。
「じゃ、とりあえず乾杯!」
俺も軽く持ち上げてそれに口をつける。すると予想外に爽やかな林檎の香りが鼻に抜けた。
「うまっ!?なにこれ!」
ステラさんがぷはっと息を吐いてエールのジョッキをまじまじと眺める。
「エールなのに林檎の味がする!美味いな〜これ!」
嬉しそうに頬を押さえる彼女が可愛らしくて、俺の頬まで綻んでしまう。
「気に入ったものが見つかって何よりです。」
「ああ、これなら名物料理が肩透かしでも文句はないや。」
そう言って彼女はもう一口煽って満足そうにぺろりと唇を舐めた。酒を特別美味いと思わない俺でもこのエールは飲みやすい。おそらく度数も高くないので、これなら晩酌に付き合えるだろう。
「何本か買って帰りますか。」
「ふふ、気が効くね。5本くらいは欲しいな!」
「貴女が望むならお好きなだけ。」
そう俺が微笑めば彼女はにまーっと口の端を上げ、俺の頬を指先でつついた。
「愛してるぞ、セリウス。」
ご機嫌にそう言う彼女に俺は苦笑する。
現金すぎる愛の言葉ですら俺の心は喜んでしまうのだから、単純で困ったものだ。
「あら、お熱いねえ!というかその名にそのお姿...!!まさかヴェルドマン騎士団長様に“スフェリア”バルバリア様!?」
給仕の女が料理を置き、俺たちの顔を見て口元に手を当てる。その途端、店内のすべての人間の視線がこちらに注がれ、ざわっ!と賑わい立った。
「そうだよ。休暇を潰しに観光に来たんだ。」
彼女がそう言うと店内の人間たちが次々に声を上げる。
「やはりそうでしたか!見ない髪色だと思っていたんです!おお、まさに夕焼け色だ!」
「黒髪に長身のそのお姿も!いやあ、なんて事だ!こんな所に英雄のお二人が来てくださるだなんて!」
握手を求められ、彼女が機嫌良く応えるので俺も仕方なくそれに倣う。二人きりの時間に邪魔が入るのは嬉しくないのだが、英雄と持ち上げられたこの身で不味い対応をして陛下の顔を潰すわけにも行かない。
「ご結婚されたと新聞で読みましたよ!実におめでたい!」
「本当に!聞きしに勝るお美しいご夫婦だこと!ここだけ空気が違って見えるねえ!」
「あはは、どうもね。そろそろ料理に手をつけたいんだけどいいかな?」
そう言って笑うと慌てて彼らは席に戻る。
「これは失礼しました!とんだお邪魔を!」
そう言う彼らにひらひらと手を振ると彼女はこちらに向き直った。
「冷める前に食べようぜ、名物なんだろ。」
「ええ、...お望みなら髪色を変えますか?気付かれるのが俺だけであればそこまで話しかけられないでしょう。」
「いいよ面倒だし。...ん!美味いなこれも!」
彼女はフォークを咥えたまま目を見開く。俺も切り分けて口にすれば、もっちりとした皮に包まれた肉だねが濃厚な味わいだ。
「平打ちの麺に肉を詰めてるのか。なかなかいけるし、このエールとも合う!」
「ええ、美味ですね。屋敷でも作ってみましょうか。」
「いいね。塩胡椒以外も使ってくれよな。」
「...善処します。」
あはは、と笑う彼女につられて笑い、店内の注目を感じつつも和やかに食事を終えた。
エールの瓶の木箱を後方の荷馬車に積み込み、馬車に乗り込むと彼女はご機嫌に鼻歌を歌う。
その姿を愛おしく思いながら、俺は窓から差し込む柔らかな陽光に照らされた彼女の横顔を眺めた。
のんびり書いていたら前編後編に分かれてしまいました。厳しい騎士道にのみ生きてきたセリウスは、ずっと焦がれてきたステラが手に入り、色々覚えてしまったせいで抑えが効かずに暴走気味です。ステラの方はひたすらべったりな彼に鬱陶しさを感じているようですが、もう半分は実はただの照れだったり。




