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74.婚礼の儀

※セリウス視点になります


挙式当日。




この国の挙式は月夜に行われる。


夕刻に王城へと向かい、俺とステラさんは別の部屋で身支度の為使用人に身を任せる。


とは言っても俺は軍属のため、式典礼装用の黒と金刺繍の軍服にすでに身を包んで来ている。


胸元に今まで授与した勲章を並べ、白の手袋に指を通す。髪結師によって後ろ髪の上側半分をまとめられ、その下に長く下ろした毛先が遊ばぬようまた結ばれた。


そして最後に、この国の婚礼の儀に欠かせぬ、小さな金色の月の紋様が、細筆で額に描かれる。


この紋様は、男女の額に左右逆の向きで描かれるしきたりだ。女性は右向き、男性は左向き。

それらを描いた額を合わせることによって、月が満ち、完全となる事をあらわすのだ。


今頃ステラさんの額にも、右向きの月が描かれている事だろう。


新郎は花嫁のドレス姿を当日まで見る事は許されない。


娼館でも婚約パーティーでも、彼女のドレスは人魚のようなシルエットのものが選ばれていた。その長身とメリハリのあるスタイルを活かしたドレスは、まさに彼女の為にある、と思わされるほどよく似合っていた。


おそらく今回もそうなのだろうが、きっと俺の花嫁は、今まで見るどの姿より美しいに違いない。





そして全ての準備が整い、王城の楽隊により厳かな音楽が奏でられる。


使用人達によって両開きの重い扉が開かれ、俺はその正面へと立った。


扉の先には、円状の広い大広間の外側に、輪になって大勢の参列者が囲む。

ほんのりのとした蝋燭が照らすだけのその中心に、特別に開けられた天窓から、青い月の光が淡く差し込んでいた。


月光を受ける壇上に、白い神官服に身を包んだルカーシュ王陛下が微笑みをたたえておられた。


通常の挙式では、月の巫女がその役目を務めるが、その身に月の恩寵を最も受け継がれる王族は、生まれながらにこの国最高位の神官としても定められている。


本来は国の政に関わる儀のみを行う王陛下に、婚礼の儀を執り行われるなど、異例中の異例と言えるだろう。


音楽と共に、一歩。

俺は踏み出して胸に手を当て、深く礼をする。


そして頭を上げれば、ゆっくりと足を出し陛下の元へと歩み寄った。


陛下の前に立ち、再び礼をする。


自分の歩んで来た側と反対側の扉へと向けば、ゆっくりとその扉が開かれた。


ああ、いよいよだ。


扉の向こうから純白のつま先が現れる。


ふわりとヴェールを纏った彼女が、淑やかに礼をしてこちらにゆっくりと歩み寄る。


長く柔らかな白いヴェールの下、胸元を大きく開いたその豊かなふくらみに黄金の勲章のペンダントが輝く。


彼女のドレスは、先ほどの想像とは全くかけ離れていた。


細く絞られたくびれから、ふっくらと光沢のあるたっぷりの布が幾層も重なり、流れ落ちるように長く、長く、尾を引いている。


その布には細やかで優美な金刺繍が施され、雫のように煌めく粒が月の光をまとって輝く。


長くしなやかな腕は繊細なレースが手の甲までを隠し、美しい指には俺の瞳の色の指輪が光る。


ゆっくりと、しかし堂々と彼女はこちらまで歩み寄り、そして俺の目の前で止まった。


同時に厳かな音楽が止まり、陛下に促されて俺は彼女のヴェールに指をかけ、ゆっくりと上げる。


たっぷりとした美しい夕焼け色の髪が月に照らされ、丁寧に編み込まれ華やかに結い上げられている。

頭上に冠した黄金のティアラが月の光をまとい、瞑ったその長いまつ毛が開かれる。


エメラルドの深い輝きが、かすかなまばたきと共にこちらを見据えた。


金で縁取られ、淡い光を受けて煌めく瞼。

赤い薔薇の花弁に、黄金を散りばめたような唇。


自信に満ち溢れ、威風堂々とした荘厳な佇まい。

全身に光を纏うその姿は、花嫁というより、もはや



—————女神だ。



神話に登場する、月の女神。

彼女が実は人ではなく、天から落ちたと言われても俺は信じるだろう。



息をするのも忘れ、見惚れてしまう。




「新郎、共に新婦。手をこちらに。」


陛下のお言葉ではっとする。


俺とステラさんは壇上の陛下に手を差し出す。

陛下は彼女の手を俺の手に重ね、それを包むように両手で優しく握られた。


「夜のいと高きにおわします月の精霊、宵闇に差す淡光の女神、ティエラ・エル・ミナよ。貴女の足下に立つ二人に永遠の契りと祝福をお授け下さい。」


そうしてその手を開くと、陛下は俺と彼女に両の手を繋がせる。


「新郎、セリウス・ヴェルドマン。誓いを。」


陛下に促され、俺は彼女の瞳を見つめて口を開いた。




———我、其方(そなた)の手を(たずさ)


この身を一張(ひとはり)弓幹(ゆがら)と成そう


(くら)き宵より久遠(くおん)の彼方まで


一条(ひとすじ)銀星(ぎんぼし)を射らん。



唱え終わると陛下が頷き、彼女に眼差しを向ける。


「新婦、ステラ・バルバリア。誓いを。」


彼女が深緑の瞳でこちらを見据える。



———我、其方の手を携え


この身を白絹(しらきぬ)(つる)と成そう


弓張(ゆみはり)の月の如く(はず)を結わえ


一条の銀星を(つむ)がん。



彼女が唱え終わり、陛下が再び頷いてこちらを促す。



「額の月を重ねなさい。」




俺と彼女は手を取り合ったまま、瞼を閉じてその額をそっと合わせた。


彼女の体温が額越しにこちらへと伝わる。


陛下がその手を優雅に空へかざす。

すると天窓から差しこむ月光と共に銀の光の粒がきらきらと降り注ぎ、その光は俺と彼女をゆっくりと包み込んだ。


煌めく銀の輝きの中で、俺と彼女は手を繋ぎ、見つめ合う。


その幻想的な光景に参列者が一同にうっとりとため息をついた。



輝きの中でその粒が全て地面に消えていくのを待ち、参列者の方向へ向きなおる。


「ここに、セリウス・ヴェルドマンとステラ・バルバリアが正式に夫婦となった事を証明いたします。」


陛下のお言葉の後に再度深く礼をすれば、その場は大きな拍手に包まれた。



陛下が合図をし、シャンデリアに火が灯される。

同時に全ての騎士団に所属する騎士達がざっ、と軍靴の音を立て前に進み出た。


彼らが一斉に口を開き、厳かに国家が斉唱される。


俺と彼女は胸に手を当て、それを聴き入る。


彼らが歌い終わり、しんとした静寂が残った。

そして一呼吸置いて、騎士達が強くその手を叩き、勇ましく拍子を取り始めた。


先程とは打って変わって、雄々しい軍歌が始まった。軍隊式の婚姻の儀へと移行したのだ。


我が姫君よ! 聞いているか!

我は遥か 戦に身を投じ!

血潮にまみれ 矢を受けても!

跪くのは 君の下よ!

ああ! 微笑んでくれ 我が姫君よ!

その腕が 我を抱く 蜜月まで!


己が姫に愛を捧げ、士気を上げるこの古い軍歌は、軍属の婚礼の儀にも通例として歌われる。

そしてこの歌はさらに、騎士の婚礼にのみ行われる儀式を行えという合図だ。


...ついにこの時が来てしまったか。


俺は渋い顔するが、騎士達は歌い続ける。

ファビアンが俺に向かって笑顔で呼びかけた。


「さあ!セリウス!やらなければ歌は終わらないぞ!」


続いて騎士達もやんやと続く。


「団長殿!男を見せる時ですぞ!」

「我らに勇姿を見せてくださいませ!」


「慣習ですから逃げられませんよ!」

「騎士たるもの、堂々と向かわねば!」


こいつら...完全に楽しんでいるな。


そう、何を隠そうこの儀式は、騎士が花嫁のドレスにその頭を埋めるという恥辱的な慣習なのだ。


詳しく言えば、騎士は自らの姫君のつま先に口づけ、その太ももの鞘から銀の短剣を口で引き抜き、咥えたままひざまずく。


姫はその口から剣を受け取り、口付けを落とす。

そして最後に、その切先を騎士の両肩に一度ずつ当て騎士はその手に忠誠を誓うというものだ。


いつから始まったのかは知らないが、騎士の身で式を挙げればこの儀式を皆通ることになっている。

ファビアンの婚礼に参列した時は、彼は意気揚々とやってみせ、得意げにその剣を咥えてみせた。


とてもじゃないが、俺はあんな風に出来るとは思えない。いつか来るとわかってはいたものの、出来ればやりたくはない。


壇上のルカーシュ王陛下を見れば、共に手を叩き楽しそうにこちらを眺めておられる。

...どうやら、やらないという選択肢は閉ざされたようだ。


ステラさんはしばらくその頬を赤く染めて黙っていたが、何かを決心するようにため息をつき


「終わらないなら仕方ない。...ほら。」


と言って左足をすっと前に出した。


そしてその手でドレスの片側をゆっくりと持ち上げ、白いレースに包まれた美しい脚が晒される。


ヒュウ、と騎士達が口笛を吹いた。


その光景を前に怯みそうになるが、ついに彼女が覚悟を決めたのだ。


...やるしかない。



騎士達の手拍子が鳴り響く中で俺は彼女の前にひざまずくと、その足に手を触れた。

恭しく純白のハイヒールを脱がせ、そっとそのつま先にキスを落とす。


そして、その脚に手を沿わせて、彼女が膝上まで上げたその布の内へと潜り込んだ。


途端に騎士達が色めき立って野次を入れる。


「ついに行ったぞ!」

「いいぞ!頑張れセリウス!」


黙ってろ馬鹿どもが。

そう心の中で悪態をつきながらも、彼女の白い太ももが目に入った。思わずその張りのある肌とあまりの近さにどぎまぎしてしまう。


扇情的なガーターリングに止められた、白い剣の鞘。

そこから覗く銀の柄に意を決して歯を当てれば、彼女がびくりとその脚を震わせた。


おそらく、吐息が当たってしまったのだろう。

思わず躊躇するも、もう一度口を開きその剣の鞘を咥える。


そして彼女の肌を傷つけぬよう、ゆっくりとその剣を抜いていく。


剣を抜くには、彼女の太ももの付け根の方へ動かなくてはならない。その先で目に入ってしまったレースの下着に、抑えようと思う気持ちと裏腹に心臓がどきどきと跳ね、吐息が掛かってしまった。


彼女がびく、とまた震える。


「ばか、早く...!」


その恥じ入った囁きがまた色っぽくて、剣を取り落としそうになるが、なんとか堪える。


そして、ようやくその刃のすべてを引き抜いた。


俺は切先が当たらぬようゆっくりとその身を戻し、彼女の前に剣を咥えたままひざまずく。


ドレスの内から剣を咥えて現れた俺に、騎士達が喝采し、手拍子と歌がさらに盛り上がった。


「よくやったセリウス!」

「さあ、姫君!剣を受け取ってくだされ!」


ドレスから手を離したステラさんが、俺の口から両の手で剣を受け取る。そして顔の前で構えると、その柄に口付けを落とした。


ひざまずいた俺に向かい、彼女の手がゆっくりとこの肩に下され、切先を当てる。そうして反対の肩にもそっと当てると陛下へとその剣を渡した。


空となったその左手が俺に差し出される。

顔を上げれば、まさに美しい女王がそのたおやかな指をこちらにむけて微笑んでいた。


俺はその手を取って瞼を伏せ、

愛の誓いと忠誠を込めて口付ける。


辺りが歓声に包まれ、ようやく軍歌とその儀式は終わりを迎えたのだった。


そして、楽団による優雅な演奏が始まり、参列者を含む舞踏会へとその会場は姿を変える。


貴族も、騎士達も、海賊も、一同となるその会場は今までに例のない夜会となった。華やかな煌めきの中で皆が歌い踊り、祝宴は深夜まで続いたのだった。





結婚おめでとう〜!!

というわけで無事、結ばれましたよかったね!

まだもう少し続きます。

この先、ほんのりえちちな展開になる予定です。

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