72.決闘
「負けても泣き言言うなよ。」
前回と同じく広い練習場に、コートを脱いで身軽になったあたしが立ってそう言えば、セリウスが余裕の笑みで「こちらの台詞です。」と返す。
辺りは兵士や騎士達ばかりか、ライデンがファビアンを呼びに行ったおかげでルカーシュまで連れて来てしまい、「王陛下がご覧になられるらしい」と噂が広がり貴族達まで観覧席を埋め尽くしてしまった。
当のルカーシュは
「国の英雄同士が婚姻を賭けての大決闘だなんて、これほど面白い事がありますか!執務なんてしていられませんよ。」
と笑うばかりだ。
これではまるで、国を挙げての闘技大会みたいじゃないか。
こんな大事になってしまった場でもし負けて、王と貴族達の面前で求婚を受けるだなんて、考えただけでもう鳥肌が立つ。
ぜ、絶対に負けられない...!
あたしが彼を睨めば、鋭い眼光を受けてなお彼はこちらを見下ろして笑って見せた。
ファビアンは前回と打って変わって、実に楽しそうに声を風魔法に乗せて響かせている。
《——ようこそ皆様お集まり下さいました!
わたくし、司会と審判を務めさせていただくファビアン・ラングロワ!“剣牙の魔狼”団長補佐にございます!——》
《——これより行われるは、記憶に新しいかの救国の二大英雄の、なんと!婚姻を賭けての大決闘!!これほど盛り上がる決闘が他にありましょうか!——》
《——夕焼けのような髪を靡かせるは、バルバリア海賊団、緋色の復讐号船長!“スフェリア”バルバリアことステラ・バルバリア!海を統べるエルティアの女王とはまさに彼女の事です!——》
《——対するは我が“剣牙の魔狼”騎士団長、セリウス・ヴェルドマン!イズアルド兵役特等勲章のみならず多数の勲章と戦績を誇る、まさに竜殺し!この国最強の魔法騎士とは彼の事です!——》
ファビアンの誇大とも言える紹介の仕方に、あたしは思わず呆れと恥ずかしさで目を瞑って天を仰いだ。
セリウスの方は戦績を持ち上げられる事には慣れているのか、表情を変えずあたしの方を見つめている。
《——そんなヴェルドマン騎士団長の求婚に対し、中々頷かないバルバリア女史!——》
こちらに残念そうなギャラリーの声と共に大勢の視線が集まり、あたしは思わず目を逸らす。
《——そこで我々騎士団が立ち上がり“決闘に負けた暁には求婚を受ける”と彼女に取り付けさせたのでございます!——》
拍手を受けながらまるで自分の手柄かのように言ってのけるファビアンだが、騎士団の皆はうんうんと頷いている。
《——さあ!これで負けたら恥だぞ、我らが騎士団長!竜を斃したその力で彼女を落とせ!今こそ男の意地を見せてみろ!——おっと睨まれてしまいました!——》
《——はたして自由な海の女王は王国騎士の妻に収まるのか!?美しい猛獣は彼の元に伏せをするのでしょうか——ああっ睨まないで!非常に眼光の強いカップルとなっております!——》
あたし達二人に睨まれつつも、彼は楽しげな笑顔でその手を上げる。
《——これ以上話すとわたくしが標的に変わりそうなのでこの辺りで——》
《——いざ尋常に...戦闘始め!!——》
号令と共にファビアンの指から天に向かって光魔法が弾けた。
気を取り直して彼の方向に走り込めば、彼の手のひらが天に向かって振り上げられ雨のような雷が降り注ぐ。
あたしは縫うようになんとか避けるものの、早くも冷や汗が流れる。
ーーこいつ、前に比べて本気で来てないか!?
いやむしろ前はかなり手加減をされていたってことか!
それもそうだ、工房を吹き飛ばしたあれをやられたらひとたまりもない。
結婚がかかってるからって、こいつ...!!
これは、まずい...!!
息をつく間もなく地面が広く隆起し、大量の岩が空に向かって高く突き出る。足場を見つけタンタンと飛び移るも、なかなかセリウスに近づけない。
風魔法が足元から巻き上げて来るのを岩の足場から飛び避けて、彼の方向へナイフを3本まとめて投げる。
案の定光の盾で弾かれるが、そもそも当たるとは思っていない。セリウスとの距離を縮めるための時間稼ぎだ。
急いで走り込み彼の元にカットラスで切り込めば、炎の球が飛んできて咄嗟に背を逸らして後ろに手をつき跳ね飛んだ。
くそっ、まだ近づけない。
あたしは左手のカットラスを投げつけて隙を作り鞭を握り直し、彼に向かって素早く振るい上げた。
バシバシッ!
と感触はあるものの、またも光の盾だ。
そう思う次の瞬間に彼の足元の地面から氷の棘がこちらに飛び出て迫るのを鞭で払い、その隙にまたナイフを投げる。
しかしそれも瞬時に凍らせ止めた彼が風魔法で撃ち返して来る。避けながら地面に向かってあたしは大きく飛び込むと、手をついて逆立ちになり彼に向かって回るように両足で蹴りを連続で入れた。
動きが予想できなかったのかセリウスが腕で防ぎ、あたしの硬いヒールが強かにその腕を打つ。
ぐっ、と彼が呻くが咄嗟に逆の手から雷撃が放たれそうになり、あたしは地面についたままの手に力を入れてくるんと立ち上がって後ろに避けた。
彼の光の光線を滑り避け、鞭で足元を狙うも岩が棘のように突き出てきて邪魔をされてしまった。
なんとか後ろに下がれば彼の手が地面につけられ、闇魔法が地面を滑るようにこちらに向かい来る。
よし、これなら避けられる!
そう思うも体が動かない。
なぜだ、いや、まさか!
あたしとした事が、すくんでいるのか!?
ラディリオに食らった錯乱魔法、あの記憶があたしを無意識にすくませている。そう思う間にも足を掴まれ、あたしはびくりと体を震わせ思わず目を瞑った。
終わった、
そう思ったその瞬間。
闇魔法がすうと消えてしまう。
驚いて彼を見れば、彼はあたしの顔を見て焦りの表情を浮かべていた。
どうやら勘付いて気を遣ったらしいが、悪いな。
これはチャンスだ!
あたしはカットラスを引き抜いて彼に切り掛かった。
はっとした彼がその剣でカットラスを受け止め、激しくあたしのカットラスの連撃と打ち合う。
彼に魔法を使わせないよう、あたしはカットラスを回し至近距離で彼へと連撃を入れた。
行ける、このまま押せばいずれ隙が出る!
だが器用にもその大剣で受け止める彼は突然大きく剣を振るい上げ、あたしを跳ね飛ばした。
くそっ!!
飛ばされた上空であたしは鞭を彼に向かってしならせるが、その先を凍らされたかと思えば思い切りぐい!!と彼の手で引き込まれる。
「ッ!?」
空中で抗えずあたしは鞭ごと体を引き込まれ、ナイフに手を伸ばす間もなく彼の腕の中に乱暴に収められた。
だめだ、身動きが...!!
そして強く抱き込まれたその腕の中で
顎を持ち上げられ、目を瞑る間もなく
彼の唇が重なった。
彼の黒髪が顔にさらりとかかり、薄い唇がほんの少しだけ離れて囁く。
「...あなたの負けです。」
「俺の求婚を、受けてくださいますね。」
こちらの目を真っ直ぐにとらえ微笑む彼に、あたしは観念して目をつむる。
「...後悔すんなよ。」
そう返せば彼の唇がもう一度重なり、
辺りは大きな歓声に包まれた。
お祭り騒ぎになってしまってめちゃくちゃ気まずいステラですが、こういうのが苦手そうなセリウスは意外と剣技大会などで場慣れしていて平気です。負ける気も無い上にステラが求婚を受けてくれると聞いて内心かなり嬉しいセリウスでした。
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