71.騎士の誉れ
「さて、一度俺は兵舎に戻らなくては。共に来てくださいますか?」
会計を終わらせたセリウスが立ち上がり、マントを羽織る。あたしもコートを受け取って羽織り、帽子を被った。
「もちろん。あいつらの顔も見ておきたいしな。」
兵舎に着けば兵士達がいつも通り敬礼し、訓練についていた騎士達が出迎える。
「ステラ嬢!よくいらっしゃいましたね。」
「ライデン!久しぶりだな。変わりはないか?」
濃い金の髪を靡かせたライデンがこちらに歩み寄り、握手を交わす。後ろからエルタス、ザイツ、ガトー、ヴィゴのいつもの面々も前に出て同様に交わした。
「ええ。ステラ嬢もますますお美しく。」
「はは、相変わらずで安心したよ。ファビアンは?」
「いつも通り団長の代わりに執務室におられますよ。」
「そうか。そこで訓練を見ていてもいいかな。」
あたしが彼らに尋ねれば、皆が快く頷いた。
「では、俺はファビアンに引き継ぎがありますので。」
セリウスを見送って観覧席でしばらく彼らの訓練を眺めていれば、珍しく穏やかな白熊のような三十路のエルタスと無精髭の似合う五十路のヴィゴが隣に腰掛けた。
「団長とは順調でいらっしゃるようですな。」
そう穏やかに微笑むエルタスにあたしは少しむず痒くなりながらも、「まあな」と答える。
「ご結婚はされないので?貴女様と団長殿ならさぞ可愛らしいお子に恵まれましょう。」
ヴィゴのその言葉にあたしはため息をつく。
「結婚なあ...。騎士は皆すぐ身を固めるよな。子を産むのはいいとしてあいつをあたし一人に縛るのは酷だろう。」
「ははは、何をおっしゃる。騎士たるもの自らが決めた一人の姫に尽くし、死ぬ事こそ誉れというものですよ。」
笑うエルタスにあたしは怪訝な顔を向ける。
「騎士の文化はよくわからんな。エルタスやヴィゴにもその“姫”とやらはいるのかよ。」
「おりますとも!牧場育ちの屈強で樽のような愛しい姫です。」
「我が姫は気難しくも美しい本の虫です。王宮の書庫に勤めておりますよ。」
そう笑いながらも愛おしそうに語る二人は幸せそうで、あたしはすこしだけ羨ましいような気持ちになる。
「ガトー殿はお歳ゆえ既に奥方を亡くしていらっしゃいますが、常に胸のロケットには白髪の姫君がおられますよ。」
白髪を束ねた老紳士のガトーがその年齢に似合わぬ巨大な戦斧を振るうその胸には、確かに小さな銀のロケットがきらめいている。
「ファビアンは?あいつは流石にそんな騎士らしく一途じゃないだろう。」
そう言うと双剣を腰に収めたザイツがその話を聞いていたのか、にやにやと笑みを浮かべながら彼らの隣にかけた。
「そう思うだろ?実はあいつ、あんなに軽いフリして一番騎士らしい男だぜ。」
「はあ?あいつが?娼館の女と顔見知りのくせに?」
あたしが驚くも彼らはこっそりと声をひそめて語る。
「それはあいつの姫君が娼館にいたからさ。」
「ステラ嬢だからこそお話ししますが...、彼の幼馴染の家が没落し、13で夜街に売られたのです。団長補佐は娼館という娼館を尋ねやっとのことで探し出し、店出し寸前に見事大枚を叩いて身請け出来たのですよ。」
「団長補佐は奥方の話を人にするのを好まれません。ご内密に。」
予想外の情報にあたしは目を見開く。
あの饒舌で常にへらへらとしているファビアンが妻帯者だったというだけで驚くと言うのに、惚れた幼馴染の為にそこまでしていたとは。
「俺もライデンも、まあ、たまに目移りするけど心に決めた姫はただ一人。己の姫のためには火の中水の中。騎士とはそういう生き物なのさ。」
シニカルなザイツやお調子者のライデンまで。
この国の騎士文化がそんなに女に対して一途で堅実なものだったなんて。てっきりセリウスだけが特別重く、馬鹿みたいに一途なのだとばかり思っていた。
そんな話をしていれば、訓練場に自分達二人しかいない事に気づいたライデンとガトーがこちらに歩み寄った。
「なんの話をしているかと思えば。ステラ嬢を焚き付けているのですか。」
「なんで最初に呼ばないんだよエルタス!俺が一番適任だろうが。」
彼らがそう言って同じく腰掛け、他の兵士達を残して騎士団の訓練場は空になってしまった。
「とにかく、俺たちも遠征とかでひと月戻らないなんてよくある事だよ。それでも我が姫を思えば乗り越えられるってもんでさ。」
「我が姫も既に会えぬからこそ愛おしさが日々募るものです。生涯を捧げる騎士と噛み締めてこそ己の誉れであると教えてくれます。」
「騎士は誇りで生きているようなものですから。多少困難がある方が燃え上がりますなあ。」
「ははは、それは言えている!」
勝手に盛り上がる彼らにあたしは目を丸くするばかりだ。海賊の男どもの価値観とあまりに違いすぎて、同じ男なのかと疑ってしまう。
海賊は女遊びを好む上に、好いた女がいれば簡単に子種を残す。特別気に入った女と海から戻れば逢引をするくらいのものだ。それも互いが飽きれば終わりの関係で。
一人の女に一生涯を捧げるなんて、しかもそれを誉れとするなんて事を地で行く男達が存在するのか...。
「どうです。貴女の懸念は除かれましたかな。」
エルタスの言葉と共に彼らがそう一斉に微笑みかけるので、あたしは思わずたじろぐ。
「わからんが、まあ、なんか...騎士がそういうものだって事は伝わった...と思う。」
その返答に色めき立つ彼らに自分の体温が上がるのを感じて、あたしは言葉を付け足した。
「だからって“はい喜んで”と姫らしく手を取るなんてあたしのタチじゃないから!海賊は奪い奪われるもの。ロマンチックなムードで騎士譚の添え物になってたまるか!」
その言葉を放った瞬間に、引き継ぎを終わらせたセリウスがその場に現れる。
訓練もせず観覧席で話す騎士達に何事かと目を丸くする彼に、騎士団の全員がにやあ...と生暖かい笑みを向けた。
「...ではお望み通り、奪い奪われるのはいかがでしょう?」
ザイツがそう言うと、騎士達は頷く。
「何の話だ?」
セリウスが彼らに怪訝な目を向けると、ライデンが彼ににっこりと微笑みかけた。
「ステラ嬢が、団長殿が決闘に打ち勝てば求婚をお受けすると。」
「はあ!?」
あたしが驚き素っ頓狂な声を上げるも、彼らは話す隙を与えず畳み掛ける。
「先ほど確かにおっしゃいましたな!海賊は奪い奪われるものであると。」
「ああ、確かに。ロマンチックなムードでは物足りないのだそうですよ、団長殿。」
「やはり決闘!真っ向勝負こそお二人にはふさわしい!」
「いやさすがは勇ましい船長であられる!もちろんお受けしますな?団長殿。」
彼らに詰め寄られ、焚き付けられたセリウスがこちらに目を向ける。
「...俺が打ち勝てば良いのですね?」
こいつら...!
あたしは騎士達を睨みつけるも、彼らはにっこにっこと微笑み返すばかりだ。
彼らが話を合わせたここで撤回なんかしたら、怖気付いたみたいになるじゃないか!
「...まあいい。要するに負けなきゃいいんだろ!今回こそ気持ち良く勝ってやろうじゃないか!」
当人同士で話し合ってもまとまらない事でも、他人の言葉だと受け入れられることってありますよね。と言うわけで次回、セリウスとステラの決闘再びです。
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