67.悲願
※今回はセリウス視点です。
あの激しい戦闘から数日が経ち、目覚めたリゼリア嬢の回復を待って公開裁判が行われた。
主犯ラディリオの共犯者であるジャヒール伯爵は疑うべくもなく速やかに死刑判決が下される事となった。
娘のリゼリア嬢にも同じく死刑となる流れに裁判は進んだが、裁判長により最終段階で死刑判決の異議の有無が形式的に問われたところ、まさかのステラさんが立ち上がった。
彼女は堂々と立ち上がると壇上の裁判長と、その次に傍聴席にて俺を挟んだ隣に座すルカーシュ殿下に真っ直ぐ視線を送った後、口を開いた。
「リゼリア嬢は紛れもなく実行犯だが、彼女は主犯に弱みを握られて動かざる負えなかったに過ぎない。父親はともかく、この娘には更生の余地がある。よってあたしが船に引き取りたい。」
その発言に俺を含めたその場の全員が驚き声を失ったが、彼女は全く怯む様子を見せず続けた。
「香水が軍によって押収廃棄された今、彼女は魔力無しの無力な少女に過ぎない。彼女をあたしと部下の監視の元で労働させる事を希望する。実質的な無期懲役かつ生涯の罰も与えられるのなら、ただ殺すより意義があるはずだ。」
「ルカーシュ、憎むべきはラディリオだ。...頼む。」
そうして彼女はルカーシュ殿下に向かい、帽子を取り深々と頭を下げて見せた。
殿下は目を瞑り熟考されていたが、しばらくして彼女に向かって首を縦に振られた。
ステラさんは殿下にもう一度深く礼をして
「すまない、恩に着る。」
と口にした後、裁判長に「判決を」と促し、リゼリア嬢は彼女の元に引き渡される運びとなった。
この前例の無い判決にリゼリア嬢本人が最も狼狽えていたことは言うまでもない。
レオニード王の公開裁判も日を跨いで執り行われたが、彼は自らが王を手にかけた事は記憶していたものの、語る内容は時系列を行き来するばかりで会話は困難を極めた。
ただしかし、レオニード王が放った
「父上は母上を蔑ろにし、あの愛妾と女海賊にうつつを抜かした!娼婦達も海賊も、父上もみな死すべきだ!私は無念の中息を引き取った母の仇を取ったのだ!」
という叫びに殿下は深く項垂れ、
「唆され、香水で正気を失ったと思っていたかった。
...残念です、兄上。」
と静かにこぼされた。
そしてレオニード王が王位を剥奪され王城内郭の塔に幽閉される判決が下されると、殿下は速やかに背を向けて自室にお戻りになった。
その後、室内で肩を落とされた殿下は俺に静かに語られた。
「母は父に似て世俗の物に興味を示す私を愛されなかった。比べて兄上は母によく似て潔癖で貴族らしさを好み、洗練された清いものしかお認めにならなかった。」
「父上は政には長けておられたが、母上のお心を汲み取る事はされなかった。母上は恨み言を残してこの世を去り、そのひずみが兄上をああさせてしまったのだ。」
「私が両親を取りなすべきだった。兄上が狂ったのは、父の意思をそのままに受け取り母を見下していた私への罰だ。」
語り終わり、口を閉じられた殿下に、
俺はお声掛けする言葉に迷うも
「俺も含め、子というものは親の影響を受けぬ事は不可能と言うものです。その上で何を選び取るか、今後も試され続けるのでしょう。」
と正直にお答えする事に努めれば、殿下は
「気が引き締まったよ、友よ。」
とお答えになられた。
そして一月後。
ルカーシュ殿下の戴冠式が執り行われ、殿下はめでたく正式にルカーシュ・ヴィルダート・イズガルズ王陛下となられた。
その後、今回の働きによる功績を讃えられ、俺は最高位の兵役勲章であるイズアルド兵役特等勲章をルカーシュ王陛下より賜る。
ステラさんはというと、母親が受けたと言うレジェス勲章より一等上級のスフェリア勲章を叙勲し、“スフェリア”バルバリアを名乗る事が許された。
革の衣服に穴を開ける事を好まない彼女の為に、母親の際と同様に勲章は首飾りへと加工された。さらに褒賞として王家の紋章入りのエメラルドのピアスがひと組送られたという。
そして“緋色の復讐号”並びにその保有船団の領海外への進出の許可が認められ、厳かな式典が終わるやいなや、
「金の鷲を討つまで戻らない」
とだけ言い残し俺に軽くキスを落として、彼女は颯爽と船団を引き連れ海へと旅立ってしまった。
彼女が旅立ってからはや、半年となる。
時折俺に預けられた巣箱に伝書鳩が便りを伝えるものの、復讐達成の芳しい知らせはなく、嵐に見舞われた、食糧庫の食物が尽き隣国へと船を寄せた、沖で凪となり動けず、などの報告に俺は胃を痛めた。
そして遂に先日、
「達成した。五日後戻る。」
とだけ記された手紙が届けられた。
俺はその五日後となった今日、馬を飛ばして港へと駆けつけたのである。
地平線の向こうから、白波を切って彼女の船が現れる。豆粒のようなその船は近づくに連れてその巨大さを思い知らせ、目前へと迫る頃にはそれがバルバリア海賊団主艦、“緋色の復讐号”であるとその壮大さで示した。
号令がかけられ、錨が下される。
真紅の船の帆がゆっくりと畳まれて、分厚い木の板が甲板へと掛けられた。
早く、早く、彼女の顔が見たい。
俺がそう迅る心臓を落ち着け船を見上げると、見覚えのあるブーツに包まれた長い足が重く巨大な何かを桟橋へと蹴り落とす。
ゴトン!!
と音を立てたそれを見れば、黄金に輝く鷲の姿。
無惨にも転がるそれは、アガルタのインベリアル号の船首ではないか。
それはまさに、彼女が母親の仇を討ち果たした証拠だった。
そしてひと呼吸置いて、夕焼け色の長い髪を潮風に靡かせて彼女が桟橋に足を下ろす。
過酷な航海のうちに少し痩せた彼女はエメラルドの瞳を差し込む陽光に輝かせ、俺の目をまっすぐ射抜いた。
「終わったぞ!セリウス!」
ああ、この声。この瞳。
俺が待ち続けた彼女は晴れた空の様な笑みをこちらに向ける。華やかでいて、きりりと凛々しいその美しいかんばせに俺の心臓が締め付けられる。
「...お待ちしておりました、ステラさん。」
なんとかそう口を開けば彼女はその頬を綻ばせて駆け寄り、俺の胸に飛び込んだ。
大筋のストーリーはこれで終幕となりましたが、この後はステラとセリウスのその後のお話となります。二人がどうなっていくのか、甘々展開や番外編などが見たい方はまだお付き合いくださいませ。面白かった!続きが気になる!と思われた方はどうか下の評価の⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎を★★★★★にしていただけますと大変励みになります!