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66.眠り騎士 




「セリウス!ステラさん!」


外に出れば、追いついたファビアン達がこちらを見つけ駆けてくる。セリウスに抱えられたまま、あたしは彼が近づこうとするのを声を上げて止めた。


「近づくな!原液を喰らった!今すぐうちの船員達を何人か呼びに行ってくれ!」


あたし達の体には濃縮された香水が染み付いている。屋外に出たとは言え、近づけば彼らも正気を失いかねない。


ファビアンに牢の中でリゼリア嬢が倒れている事を伝え彼が背を向けた途端、セリウスが膝をつきあたしを抱えたままがくりとうなだれた。先ほどまでぼんやりと開いていたまぶたが閉じている。どうやら力尽きたようだ。


強力な光属性持ちが完全に従属する程の効果に抗ったんだ、おそらく限界だったのだろう。

あたしは彼の頬にそっと手を触れた。


「よくやったよ、本当に...。

お前は騎士の務めを果たした。」


反応の無い彼の頭を抱き寄せ、髪を撫でる。血の気が引いて朧げな意識の中、あたしはただ彼の黒髪をやさしく撫で続けた。





その後、やってきたコンラッド達によってあたし達は運ばれ、セリウスは彼らに、あたしはファビアンの機転によって呼ばれた魔力無しの娼婦にひたすら石鹸を溶かした湯を浴びせられた。


犬のように洗われすっかり匂いが消え去ったあたし達が治療を受け医務室に寝かされる中、ファビアン達の迅速な働きによってレオニード王は無事拘束された。彼によると王はすっかり精神が衰弱しきっており、抵抗なく捕らえられたという。後日王は裁判に掛けられるというが、まともな受け答えは期待できない。


リゼリア嬢についてはコンラッド達に運ばれたが酷い火傷を負っており、意識を取り戻すかは怪しいそうだ。だが彼女の場合、万一生き残ってもその罪は重い。おそらく死罪は免れないだろう。


セリウスも強く香水が効きすぎた為か、夜中になってもまだ目を覚まさない。それまでの間にルカーシュやファビアン達、負傷したライデンとヴィゴが尋ねたものの、彼は静かに横たわって瞼を開けることはなかった。


工房で得た資料には香水が切れると効果は消失するとあった。それを信じるなら彼の体に取り込んだ香水が全て無くなれば目を覚ますのだろうが、隣のベッドでこうも動かないと流石に不安になって来る。


あたしは起き上がり、彼のそばに近づいてその顔を覗き込んだ。整った目鼻立ちに長いまつ毛を閉じた彼はまるで神殿に飾られる彫像のようだ。

あたしは彼の頬に指を触れ、そっと撫でる。


「...なあ、セリウス。あたしが倒れた時、お前もこんな気持ちだったのか?」


そう話しかけるも彼は答えない。


「おとぎ話じゃ、眠ってキスを待つのは姫だろう。

お前は騎士なんだ。ほら、起きな。」


あたしはそう言って彼の頬をつんつんとつつく。

しかし結構強めにつ突いているというのに、全く起きる様子がない。


そうしているとこっちの気も知らず眠りこける姿にだんだん腹が立ってきて、あたしはそのまま彼の頬をつまんでむにーーっと引っ張ってやった。

そして5回目を数えようとしたその時、


「...頬がちぎれる....、やめてください。」


セリウスが眉根に皺を寄せて、不機嫌そうに金の瞳を開いた。


「セリウスっ!!」


思わず彼の名を呼んで横たわる身体に抱きつくと、彼が肩をびくりと震わせその手を上げる。あたしは気にせず体を起こすともう一度近づき、彼の薄い唇に口付けた。


「っ!」


彼が体を硬直させる。

唇を離し、彼の頬を撫でて微笑めば、彼は驚きに目を見開いて両手を宙に浮かせたまま呟いた。


「これは...夢ですか...。」


呆然と呟くセリウスに

「おや?つままれ足りないかね」

と頬に添えた手で軽くつまんでやれば、慌てて

「結構です」

と手を取られる。


「という事は牢の中の、あの時も...。」


彼の問いかけにあたしはにっと笑ってみせる。


「喜びな。お前の粘り勝ちさ、セリウス。」


その言葉を聞いた途端、彼は先ほど掴んだ手をぐいと引く。そしてその胸にあたしを強く抱き寄せた。


「ステラさん...!」


絞り出すようにあたしの名を呼ぶ。

そして彼はあたしのうなじに手を沿わせ、愛おしそうに髪を撫でると、そのままぐっと引き寄せて口付けた。

薄い唇があたしの唇をはむようにして、彼の舌がなぞり隙間から滑り込む。


「っ!!、んん!?」


突然の感触にあたしが慌てて体を起こそうとするも彼の手がうなじを捕まえていて身動きができない。舌でゆっくりと口の中を確かめるように侵され、初めての感覚にわけも分からず彼の胸元の布をぎゅうと握った。


「んっ、ぅ...!」


吐息は勝手に出ていくのに息が吸えない。

彼の舌が熱く絡み、頭が痺れて溶けるようだ。

でも、もう...


...もう無理!息、できない!!


ドンドンと彼の胸を必死に叩けば、やっと唇が離れる。あたしは慌てて息を吸ってから彼に怒鳴った。


「っはぁ、...そういうことするなら先に言えっ!!」

「すみません、我慢が効かず。」


セリウスは謝るがその顔は満足げに微笑んでいる。

あたしがこんなに息を切らしてるのに、なんでこいつは平気なんだ。こちらが息を整える姿を嬉しそうに見つめる彼が腹立たしい。


「なにが騎士様だ!

段階ぶっ飛ばしやがってこのケダモノっ!」


あたしがそう言って立ちあがろうとするも、彼はベッドから起き上がってあたしを強引に膝の上に座らせた。


「おや、意外と奥手なのですね。

口付けの段階など気になさらないと思っていました。」


彼が見下ろしながらあたしの火照った頬に目を細める。その目つきが妙に色っぽくて、あたしは必死で目を逸らした。


「うるさいな!あたしだって初めてなんだからしょうがないだろ!」


そう答えた途端、彼がぴた、とその場で止まり返事がなくなる。不思議に思って振り向けば、彼は心底驚いたと言う顔であたしを見つめてぽつりと呟いた。


「...初めて。」


極めて意外と言わんばかりの返答がむず痒くて、あたしはまた目を逸らして膝の上で両手を握った。


「そうだよ悪いか!男なんて作ってる暇あるかよ!」


恥ずかしさに俯いて言い退ければ、彼の形の良い唇の両端がみるみると笑みをこらえるように上がり、慌てて手のひらで口元を隠した。


「そう...、そうですか...!俺が初めて...いや、そんな、まさか...。」


口元を抑えながら独り言のようにぶつぶつと言うセリウス。あたしが怪訝な顔を向けると、彼はその視線に気まずそうに咳払いをした。


そしてこちらをしばらく見つめた後、優しくあたしの右手を取った。


「ステラさん。心から...

貴女に俺を選んで頂けたこと、光栄に思います。」


幸せそうな面持ちで、まるで忠誠でも誓うようにあたしの右手にそっと口付ける。


「なっ、なんだよ...怖いな...。」

「いえ、感慨深くて...すみません。俺はてっきり...、たとえ10人目でも構わないと思っていたので。」


あたしが少し身を引くと、彼は逆の手で目頭を押さえて答えた。

なんなんだその反応。

ていうか10人目ってどんな印象だよ。


そう思うも彼はあたしの気も知らず、先ほど口付けた手を自分の胸元で握って微笑み語りかける。


「とにかく、貴女を必ず幸せにします。全てが終わったら俺の瞳の色の指輪を送りましょう。即位された殿下にご報告して、貴女が海に戻らぬ内に式を挙げなくては。ご希望の場所はございますか?」

「え?...え?いや、待て待て待て。」


あたしが慌てて止めるとセリウスはきょとんとする。あたしはセリウスの目を見て困惑した声で返した。


「あ、あたし、結婚なんてしないぞ?」


あたしの言葉に今度こそセリウスは激しい衝撃を受けたように固まり、焦ってあたしの手を両手で握った。


「し、しかし今度こそ俺を選んで下さったのでは?貴女の騎士と認めて下さったのでしょう?」

「選んだし騎士になるのは勝手にしたらいいけど、あたしは海賊だぞ?誰かのものになるわけないだろ。お前をあたしの男にしてやっただけ。そっちのすぐ結婚っていう価値観はあたしにはないの。」


そう答えるとセリウスは手を離し、手を宙に浮かせたまま固まってしまった。


そしてしばらくして彼は額に手を当てると、ふーっ...と長いため息をつく。


「そうでした...貴女はそういう人でしたね...。」

「当たり前だろ。あたしにはまだやることも残ってる。...ま、そう気を落とすなよ。陸に戻ったら会いに来てやるし、お前が身を固めても変わらないからさ。」

「俺は他の女など!貴女を必ず...、」


彼が口を開こうとするのを、あたしは人差し指でそっと押さえてやる。


「愛してるよ、セリウス。今はそれでいいだろ?」


彼の目を見つめてふわりと微笑めば、セリウスは色々言いたい事をこらえるように固く目を瞑り、力を込めてあたしを抱きしめた。



「お慕いしております。...貴女ただ一人を。」



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