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64.決戦前夜




燃え残る瓦礫の向こう側で解けた黒髪は振り乱され、その金の瞳は焔のように揺らめき、強い光を放つ。


身に纏う無数の青い雷光。下ろした右手は未だ激しく燃え盛り、纏っていた布が炭となって燃え落ちている。



その様相はもはや、人型の竜だ。



崩れ残った床の上でへたり込んだままのあたしに、彼がゆっくりと歩み寄る。


こちらへと歩みながら彼の纏う雷と炎が徐々に治まり、近付くにつれ完全に消失する。あたしを見下ろして立ち尽くした彼は静かに膝をつき、瞳の焔が消える。


そして震える唇をやっと開いた。


「.....俺は......また、貴女を....」


呆然と光を失った瞳。

消え入りそうな声で「守れなかった」と彼は続ける。


表情の消えた顔につう、と片側だけ流れ落ちる涙。


あたしはそんな彼の体を強く抱きしめた。


「いいや、お前はあたしを守った!

お前がいなきゃあたしは死んでた、そうだろ!!」


そう、ぎゅうと力を込めるも、彼の手はあたしを抱きしめ返さない。


「........俺は、騎士などではありません.......」


「俺は......っ」


彼はあたしの腕の中で、自らの震える手を見つめて顔を覆い言葉を途切れさせる。真面目なセリウスの事だ。おそらく彼は自分を許せないのだろう。


誰がどう見たってあたしを救ったのは

セリウス、お前なのに。


「...セリウス、こっち向け。」


あたしは身体を離すと、俯いた彼の頬を両手でそっと持ち上げる。乱れた黒髪の内で、暗く翳ったままあたしを見る瞳。


あたしはその髪を優しく指でかきわけると、瞼を閉じて彼の額に口付けを落とした。


「...!!」


彼の体がびくり、と震えて硬直する。


ゆっくりと唇を離してやれば、彼が目を見開き、その瞳に光が戻って行く。そしてその指で、唇が触れたところをそっと確かめるように触れた。


「...ほら、とっとけ!あたしを救ってくれた礼だ!」


「いいか?お前はあたしの騎士だ!

まだ終わってないのに勝手に辞めるな!」


そう誤魔化すように言ってやれば、彼はこちらを見つめ黙った後、がばっとあたしを抱き寄せる。大きな手でかたくその身を抱きしめられて息が詰まりそうなほど苦しい。


「ステラさん...ッ!!」

「うっ...、こら!潰れる!!」


そうしてしばらく抱きしめた後、ゆっくりと身を離した彼はあたしを愛おしそうに見つめる。

優しくあたしの頬に触れ、彫刻のような顔が近付く。

彼の薄く形の良い唇が、そっと、あたしの唇に————




「ばっ馬鹿!!駄目だっつーの!!!」


あたしは慌ててセリウスの顔を両手で挟み、ぐっと引き離した。彼は驚いたような顔でこちらを見る。


「...先程、口付けを下さったのでは。」

「あれは礼だと言ったろ!唇は許してない!」


あたしがそう言うも、彼は訳がわからないという顔をする。


「俺を選んで下さったのでは?

貴女の騎士であると今、お認めに...。」

「違う!お前はただの騎士!親愛の印にやっただけ!」


そうあたしが言いのけると、彼は長いため息をついてがっくりと肩を落とした。


「ぬか喜びを...。」

「なんだよ、いらないなら無かった事にしてもいいけど?ほら、こっち向けよ拭いてやるから。」


そうあたしが口を尖らせ彼の顔に手をやれば、セリウスはその手を優しく握り、嬉しそうに微笑んだ。


「いえ、もう俺のものですから。」




その後、セリウスの地属性魔法で地面を押し上げラディリオの死体を回収する。崩れた瓦礫を退けてみれば、ジャヒール伯爵だけはかろうじて生きていた。


セリウスに加減したのかと聞けばそんな事はなく、あたしのいた場所を残して怒りのまま力を解放した中で、五体満足で助かった伯爵は奇跡的だと言う。


ただ一人運良く生き残った伯爵に魔封じを施し、残りの二人を馬車の荷台に乗せる。


瓦礫の下では、精神を破壊され傀儡と化した人間達も全て息絶えていた。酷い惨状に思わず目を逸らしたが、壊れた彼らをあのまま生かして置くべきだったのか、あたしに答えは出せなかった。


すっかり忘れかけていたが、今回の件にはラディリオの計画の他に一つ大きな収穫があった。それはあたしの懐に残った資料に記された、光属性を持つ者は“薔薇の雫”に対し耐性があると言う事実だ。


セリウスによると、リゼリア嬢が香水を身に付けていると仮定しても光魔法を増幅させた強力な魔石を身に付ければ対抗が可能ではないか、との事だ。

あたし達はこの事をルカーシュに伝え、事が知れる前にリゼリア嬢の身柄を確保する為、急ぎ王城へと向かった。



王城に着いた頃には既に零時を回っていたが、衛兵に緊急と急かしルカーシュを起こさせる。彼は突然叩き起こされたにも関わらず、夜着のままあたしを達を迎え入れた。


「そうですか。ラディリオとギレオン伯は死亡、ジャヒール伯を捕らえたと...。二人とも、よくやってくれましたね。しかし、もう既に日を跨いでいて時間がありません。迅速に光魔法の魔石を確保せねば。」


彼はそう言うとセルヴァンテに何かを書き記して渡す。


「何か当てがあるのか?」


あたしがそう聞くと、彼はこちらに頷いて見せる。


「ええ。我が王城の地下にはかつての大魔術師達が残した魔石が保管されています。聖女ファティエンの力が込められたものならばきっと対抗し得るでしょう。」


聖女ファティエン。その名はあたしも聞き覚えがある。おとぎ話に出てくるこの国を救った聖女だ。まさかそんな伝説的な人間の作ったものが残されていただなんて。


「セリウス、急ぎ伝令に君の騎士団を集めさせなさい。魔石を装備後、夜明けと共にリゼリア嬢を確保します。ゴーセット卿のいない今、次期王女の彼女が兄上の側にいる事は確実です。」

「承知いたしました。」


指令を受けたセリウスが立ち上がって敬礼し、ルカーシュはそのままこちらに向き直る。


「ステラさん、最後の任務を引き受けてくれますか。

香水の効かない貴女にセリウスを任せます。」


真剣な目でこちらを見据える彼に、あたしも勢い良く立ち上がってばさっと髪を跳ね除けた。


「はっ、今更だよ!ここで終わらせてやろうじゃないか!」






騎士団の到着を待ちながら、あたし達は兵舎で最後の装備を整える。


ルカーシュによってもたらされた魔石を身に着け、ゴーセット卿から得た香水で検証してみた結果。セリウス程の甚大な魔力量であっても、確かに香水に対抗し得ることが確認できた。


セリウスが軍服に身を包み、白く輝く魔石を襟元に留める。彼が己の身ほどもある剣を研ぎ澄ます中、あたしは鞭を編み直し、太腿のナイフを研ぎ揃えて差し直す。


12本ある内、工房で投げたのが一つだけで幸いだった。残念ながらカットラスを船から持ち出す時間はないので、代わりに武器庫の短刀を拝借する。


「夜明け前までまだ少しあります。休まれては。」


支度の終わったセリウスがあたしを振り返る。

だが戦前の昂った気分の中、とてもじゃないが眠れるわけもない。


「いや、いい。目が冴えてる。お前こそ起こしてやるから寝れそうなら寝とけ。」

「では、お言葉に甘えて。」


意外にもそう答えた彼にあたしが面食らっていると、セリウスはひょいとあたしを抱え、そのまま彼の仮眠室のベッドに放り投げた。


「ちょっ、えっ......うわ!?」


あたしが驚き声を上げるも彼はその隣の椅子にどかっと腰を下ろし、腕を組んで目を瞑ってしまう。


「俺はこちらで、貴女はそこで。目を瞑るだけでも良いですから、今回ばかりは従って頂きます。」

「なっ...。」


思わず言葉を失うが、不覚にも柔らかな布団に吸い込まれるように急激な睡魔と疲労が襲い来る。考えてみれば、錯乱魔法をあんなに喰らったんだ。その場に立てていた方がおかしい。


「セリウス...」


ちゃんと起こせよ、と続きを言うつもりが睡魔に引っ張られる。朧げな視界の中で、彼はあたしに毛布をかけるとまた座り直し瞼を閉じた。








「ステラさん、起きて下さい。」


セリウスの言葉ではっ、と目を覚ます。ついさっき眠りに落ちたと思ったのにもう起こされるとは。夢も見ず深い眠りに落ちてしまっていたようだ。


「騎士達は集まったか。」


あたしが起き上がり乱れた髪を整えてそう訊くと、セリウスは頷き椅子から立ち上がる。あたしは寝ていた間に外されていた武器を素早く装備し直すと、彼の後に続いて扉を潜った。


廊下の窓から見える夜明け前の空はまだ暗い。

会議室の重厚な扉を開ければ、既に騎士達が魔石を身に付け装備を整えて待機していた。


「セリウス、こちらの準備は完了した。いつでも出れるよ。」


ファビアンがそう彼に伝えると共に、騎士達も皆真剣な面持ちで頷く。セリウスは彼らの前に立つと襟を改めて口を開いた。


「夜明けと共にリゼリア嬢の部屋に突入し、彼女の身柄を拘束する。」


「おそらく香水を使って衛兵や使用人を仕掛けてくるだろう。一時的に操られた彼らの命を奪う事は容易いが、殿下はそれをお望みではない。」


「よって気を失わせるか身柄を拘束する事になり、面倒な戦いになるだろう。だが、可能な限り持てる魔力を駆使して傷つけず無力化させろ。」


セリウスがそう告げ、騎士達が「はっ」と敬礼する。

ファビアンはセリウスの話が区切られた所で、こちらに向かって口を開いた。


「では、その面倒な作業は僕達が全て引き受けよう。君達二人は目標の捕獲に専念してほしい。特にステラ嬢、貴女には完全な耐性がある。目標と同じ土俵に立てるのは貴女だけだ。」


あたしは彼の眼差しを受け止めて、にっと口の端を上げて見せる。


「ああ、任せな。お嬢ちゃんの扱いには慣れてる。」


ファビアンもそれを聞くと片頬を上げ「頼みました。」と言葉を返した。


セリウスはその様子を見届けると扉を開き、剣の柄を固く握って振り返る。


「では、いよいよだ。...抜かるなよ。」








ついにラスボス戦まできました。

もうしばらくお付き合いくださいませ〜!

評価を頂きますと泣いて喜びます!

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