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63.ラディリオ




「おお、確認は終わったかね」

「ええ、今年も悪くない出来でしょう。...あとはこれらを実用化するだけです」

「いよいよ機は満ちたという事だな」


 ドアの向こう側でラディリオと二人の男の会話が聞こえる。おそらく内容を聞く限り、相手はギレオン伯爵とジャヒール伯爵だろう。


 禁術の実用化...。

イスティアへの手紙でも語られていたそれが、一体どんなものなのか。あたしは意識をドアの向こうに集中させる。


「被験者はやっと死なないようになったかね」

「ええ。安定しました」

「素晴らしい。完成した効果の程は?香水よりも使えるかね」

「ええ、比べ物になりません。香水は魔力持ちにしか効かない上に効果も一時的。比べてこの魔石は誰が相手でも完全に精神を破壊して傀儡化できますからね」

「その上魔力があれば扱えるのだろう?実に便利だな」


 完全な精神破壊、傀儡化だと!?

それを魔石の発動一つで行おうと言うのか。

さらに実験の段階で死人も出ているのであれば、前王に禁術とされるのも頷ける。


「ええ、これを軍用化できれば敵国の兵をも傀儡化し、もはや我が国は戦争の必要もなくなる。反発する騎士達も全て傀儡化してしまえば問題ありません」

「はは、あのやっかいな王弟もそうなれば頭を悩ませる事も無くなる」


 そう言いながらドアのこちら側に足音が近づく。

あたしはそっと離れ、隣の明かりのない部屋へと身を隠した。


「何という事だ...。禁術がこれほど危険な代物とは。必ず阻止せねばなりません」


 あたし越しに話を聞いていたセリウスが深刻な声を漏らす。


「ああ、倫理観の欠片もないな...」

「...とにかく、証拠は出揃いました。撤退しましょう。棟の正面扉を出て2時の方向に控えています」

「わかった」


 そう返したところで、部屋の異様さに気付く。

この部屋に無数にあるこの置物、何か違和感がある。明るい広間から急に隠れ込んだのでまだ闇に目が慣れていない。あたしはじっとその置物に目を凝らす。


 それは人型の、そして見た目も大きさも様々の置物。部屋中に並べられたそれらは彫像にしては嫌に質感がある上に、なぜこんなにも大量に...。

あたしはそっとその置物の手に触れる。


 予想した冷たい感触を裏切る、生温かく柔らかい肌。


 見上げれば白眼の内で微かに上下に振れる瞳。

こ、これは置物なんかじゃない...!


 この全てが生きている、人間...!!


 ぞわっと背中が激しく怖気立つ。

思わず後ろに後退りしたその瞬間、背中に何かがぶつかった。


「おや、こんなところに鼠が。捕まえなさい」


 この声...ラディリオ!!

そう思ったのも束の間、暗闇の中に並べられた人間がが一斉に動き出し、伸ばされた無数の腕であたしを捕える。

 あまりに不気味な光景に体が震え、全身の毛が逆立った。


「ッ...くそ!!離せっ!!」

「ステラさん!!」


 恐怖に裏返った声であたしが叫ぶと、耳元でセリウスがあたしを呼ぶ声が聞こえる。虚な目をした人間達があたしの腕を締め上げ、身動きが取れない。

 薄緑色の長い髪を難解に結い上げたラディリオは、細身の身体を優雅に折り曲げてこちらに微笑んだ。


「いやあ、餌を撒いたら見事にかかりましたね。資料といい、シュリー嬢への手紙といい、タイミングが良すぎると思いませんでしたか?」

「くっ...!」


 くそ、まんまと誘いに乗っちまったってわけか!

あたしが唇を噛むと、こちらの音を聞いていたセリウスが「この声、まさか...」と声を上げる。彼にはこいつが誰か思い当たったようだ。


「ルオーニ最高術師...!!」


 彼の言葉にあたしはその名を小さく繰り返す。資料にはなかったが確かに聞き覚えがある。

 そうだ、そう言えば...!その資料をこちらに譲り渡した人物こそ、セリウスの手紙にあった魔研部署の本部長、ルオーニ最高術師じゃないか!


「...まさか本部長さんがラディリオだったとはね。イスティアをけしかけたのも楽だったわけだ」


 あたしがそう笑って見せると、ラディリオもこちらににっこりと笑みを返す。


「ええ。あなたはそんなイスティアを捕え、大切な同志達を殺してしまった...。あまりの悲しみに堪らず、僕自ら手を下したくなったのです」


 そしてあたしの顎をその手で掴み、品定めするようにこちらを眺めるともう一度微笑んだ。


「さすがは海賊。一人で来るとは勇ましいものだ。その勇気を讃えて僕の芸術をお見せしましょう。さあ、こちらへ」


 幸いセリウスの存在は気付かれていない。

魔力の高いあいつを利用されたら終わりだ。

あたしはラディリオを睨みつけるも、なすがままに従った。




 傀儡となった人間に後ろ手を捕らえられたまま、先ほど彼らが会話をしていた部屋の中に通される。

黒い髭を撫でるジャヒール伯爵の隣で、ギレオン伯爵と思わしき白髪の男が豪華なソファに腰掛け、あたしを一瞥するとにたりと笑みを讃えた。


「これはこれは、バルバリア嬢ではありませんか。年始ぶりですな。ようこそ我が工房へ」


 ジャヒール伯爵が見覚えのある嫌らしい笑みで髭をなでながらあたしに笑いかける。酷く屈辱的なこの状況に、あたしは彼の顔に向かって唾を吐きかけた。


「なっ、何をする!!」


 激昂したジャヒールに強かに頬を叩かれ、唇が切れて血が滲む。


「こんな女...時間の無駄だ、早く始末しろ!」


 ジャヒールが苛立った声を挙げるが、ラディリオはてのひらを軽く上げて彼を止めた。


「おやおや、せっかちはいけませんよ。まだ僕の芸術を見てもらっていないのですから」


 そうして彼はくるりとあたしに向き直り微笑むと、棚の上に置かれた大きな宝石箱をこちらに向ける。


「さあ、ご覧なさい」


 そして蓋に手を掛けると、宝石商のように恭しく開けて見せた。


 中には無数の赤黒い魔石が美しく並べられ、その全てが怪しい光を放っていた。


「美しいでしょう?これこそが人の精神を破壊し、半永久的に従属させる素晴らしい魔石です」


「魔力持ちであれば誰でも発動させられる上に、小さくて持ち運びにも困らない優れ物。...ああ失礼、半永久的というのは、被験者が寿命を迎えるまでと言う意味ですよ」


 彼はおぞましい笑みで口の端を上げると、うっとりと両手を合わせた。あたしはぞ、とするも、彼の後ろに同じ箱が数え切れないほど積まれていることに気付いてしまう。


「そんなに大量生産してどうするつもりだ。

うっかりお前らも傀儡化されても文句は言わないってか?」


 あたしがそう言うとラディリオは口元に手を当ててぷっと吹き出し、釣られてジャヒール達も嘲るようにくつくつと笑いを堪える。


「これだから魔力無しは。僕の魔力が僕に効くはずがないでしょう?これらは全て、僕の魔力を魔石で増幅させた物なのですから」


そしてあたしの顔の前に彼はかがみ込むと、至近距離でこちらを見つめ、にい、と口元を上げた。


「いいですか?これが実用化した暁には、僕の紋章のある者だけがこの世の中を自由に歩けるようになる。もう認められないのは僕の方ではない」


「僕に認められた者こそが、日の目を浴びる世界となるのです!」


 悠然と体を起こし手を広げてみせるラディリオに、あたしはハッと短く吐き捨てるように笑う。


「馬鹿馬鹿しい。神様にでもなったつもりか?実力で人の気持ちを掴めないなんてダサい神だね」


 その言葉に気を悪くしたのか、ラディリオは手を広げた形のままあたしをぎろりと睨みつけた。


「...君はどうやら立場をわかっていないようだ。いいでしょう。ゆっくりと遊んで差し上げますよ」









 なすがままに武器を奪われ、あたしは一階の広間に無理矢理その身を引きずられる。そして傀儡達の手によって、広間の中央へと乱暴に投げ捨てられた。


 ジャヒール伯爵達は上階からこちらを眺めている。

くそ、見せ物扱いしやがって。

 

 あたしは舌打ちをしながら地面に打ち付けられた体をゆっくりと起こす。が、立ち上がるのを待たずにラディリオが口を開いた。


「我が宿敵ステラ・バルバリア。あなたを縛るものはなにもありません。さあ!存分に逃げ、狂い、その叫び声をお聞かせなさい!」


「僕の魔法でゆっくりと、精神を破壊して差し上げましょう」


 彼は心底楽しいと言わんばかりに微笑むと、まだこちらの体制が整い切っていないというのに、右手を挙げてパチンと指を鳴らす。その途端に地面からぬるりとした影が現れ、こちらに向かって勢いよく滑り出した。


「さあ、お逃げなさい。当たってはいけませんよ!」


 縦横無尽に足元を滑る影。あたしは素早く跳ね避けるも、予想に反して影はいつまでも消え失せない。

避けても避けても素早く蛇のようにくねり、遂にはあたしの足に絡みつかれてしまった。


「ッ!!」


 焦る間にも影は足先から滑るように体を覆い尽くす。

全身に影が絡みつき、目の前が真っ暗に閉ざされて行く。


「...っ、くそ...!」


 視界が狭まり、遂に何も見えなくなる。

その瞬間、落雷のような激しい頭痛に襲われた。


 同時に訪れる強烈な絶望感、落ちるような目眩。喜怒哀楽の全ての感情が同時に訪れたようなめちゃくちゃな感覚。壊れたように鼓動する心臓。痛い!熱い!寒い!こんなにも感覚が押し寄せるのに、自分の体がどこにあるかわからない...!!


 なんだこれは、何が起こっている!?

誰か!!ああ、頭が割れそうだ!!!


「あ...、あぁあああッ!!!!」


 堪らず頭を両手で抑え込み、勝手に喉が叫び出す。


「ステラさん...っ!!」


 セリウスがあたしの叫び声に必死に呼びかける声が聞こえる。そうだ、今は敵前。だめだ、飲まれるな!

これは魔法だ!本当の痛みじゃない!!


 いや、痛い、辛い!!もう嫌だ!!

こんなの耐えられない....!!!


 そう思ったところでふっと感覚から解き放たれる。

意識を現実に引き戻されてみれば、あたしはうずくまり涙をぼたぼたと垂らし、頭を抑えていた指は僅かに抜けた髪が絡んでいた。


 震える体でゆっくりと身を起こし、はあ、はあ、と息を切らすあたしに、ラディリオは嬉しそうにその両手を上げて見せる。


「すばらしい!まさか僕の錯乱魔法に5分も耐え切るとは。もっと小刻みで楽しむつもりがやり過ぎてしまいましたよ」

「...この、下衆野郎...ッ!」


 あたしはなんとか声を上げるも、余裕のラディリオに響く様子はない。


「おや、下衆だなんて心外ですね。そもそも、君は僕の可愛い教え子達を殺してしまったんだ。楽に死なせてあげる訳がないでしょう?」


 にっこりと微笑んだ彼がもう一度パチンと指を鳴らすと、またも目の前が暗闇で覆われる。


 ああくそっ!まただ、またあの感覚が!!


「ああぁあッ!!!」


 永遠のような苦しみが襲い、しばらくしてまた現実に引き戻される。そして息が整う間もなく、ラディリオは指を鳴らす。


「君がそうして狂うまで、現実と錯乱の間を往復させてあげましょう。さあ、もう一度」


 くそ、だめだ!体に力が入らない、


「ッああ!?い゛っ、ぅああああッ!!!」

「ステラさん!!くそっ、...殺してやる!!」


 セリウスがあたしに呼びかけ、立ち上がる音がする。

だめだ!お前が来たら意味が無くなる!来るな!!!


「ぁあッ、黙れッ!!!あ...たしは、まだ狂ってやらないッ、から!しっかり見てろ、馬鹿野郎ッ!!!!」


 あたしが必死に叫ぶとセリウスが小さく息を吸い込む。ラディリオもその言葉に少し驚いたようだが、こちらに向かってパチパチと手を叩いた。


「まだ憎まれ口を叩く意識がありますか。大の男でも泣き叫ぶというのに、お見それしましたよ」


 錯乱が切れたあたしは必死に起き上がると、涙を拭いながらラディリオを怒鳴りつける。いい機会だ。お前の全てを暴いてやる。さあ、あたしの煽りに乗ってこい!


「クソったれ、お前の闇魔法は反吐が出る!前王の判断は正しかったな!!」


 その途端指を鳴らされ、またあの苦しみに襲われる。

聞いているセリウスが奥歯をギリ、と鳴らす音が聞こえる。


「ぁああッ!!!」

「...まったく、言葉を選んでいただきたい。」


 のたうち回るあたしに向かってラディリオが変わらぬ穏やかな口調で、しかし確かな怒りをこちらに向けた。


 ...かかった!

さあ、あたしは今お前の手の内にある。

気持ち良く見下して、全てを曝け出すがいい!


 あたしの思惑に乗ったラディリオが、湧き出した怒りを過去の王に向けて語り始める。


「今でも忘れはしませんよ。あの王が当時僕らの研究に言った言葉....“非常に邪悪で倫理に欠ける研究”だと?」


「あんまりではありませんか!僕は王国の為にようやくお役に立てると長年研究してきたというのに...!!」


 そしてまた感覚が切れたあたしに指を鳴らす。


「っぐう...ああ!!」


 あたしが叫ぶのを気にもせずラディリオは続ける。


「禁術として研究は打ち止めされ、僕は寂れた東方支部に左遷。まともな仕事も与えられず、本当に死んでやろうかと思いましたよ」

「ッ...はあ、...だが、お前は死ななかったわけだ...」


 感覚が途切れ、息も切れ切れにあたしは話を誘導する。ラディリオは気づかず満足気に頷いた。

 

「ええ、何しろ素晴らしい出会いがありましたからね。そう、私の女神...リゼリア嬢!!!」


 そう言って彼はばっと手を大きく広げて見せる。


「東方支部にいた彼女が失敗作として持ち込んだ香水の原料、リゼ・ローズ...。彼女は“酷い悪臭がする上に父が香りを嗅いでおかしくなった”のだと言って、危険な毒は明らかにせねばと持ち込んでくれました」


「しかし蓋を開けてみれば、その効果の魅力的なこと!闇色の花弁に魔力持ちを惑わせるその酩酊効果...!僕の魔法の為にある!と落雷のような啓示を受けましたよ」


 そして恍惚とした笑みをたたえ、あたしへの攻撃を忘れてしまう。あたしは静かに倒れたまま話の続きを見守った。


「その折に、たまたま王都からゴーセット卿の御息女が東方支部に逃げ込んできたのです。そして“父は自分の代わりに、レオニード殿下に優秀な婚約者を探している”と言うではないですか!」


「長兄を王に据えたい教育係、魔力持ちが酩酊する香水、僕の錯乱魔法、魔力無しで研究所勤めの未婚の娘。しかも家は困窮して廃業寸前だという。王の暗殺にこれ以上素晴らしい偶然があるでしょうか!」


 そうして上階の二人に目をやると、あたしにだけ聞こえるように彼は声を落として口を開く。


「娘の将来を案じるジャヒール伯を取り込み、リゼリア嬢には父親の為と丸め込み、リゼ・ローズをを独占されれば商売が傾くとギレオン伯を取り込み...。年数をかけてようやく“薔薇の雫”が完成しました」


 しばらく感慨深そうに目を瞑った彼は、そのまま口を端をにい...と上げる。そしてこちらに向かってその目を見開いておぞましい笑顔を向けた。


「そして見事、リゼリア嬢はレオニード殿下を操り、あの憎き王を殺害!ゴーセット卿の話通りに殿下は精神衰弱に!哀れな卿はお元気ですか?殿下への罪に泣き震える彼の滑稽さと来たら!はっはっは!!」


「クソ野郎が...!」

「言葉遣いが汚いですよ、お嬢さん」


 吐き捨てたのも束の間、また指を鳴らされ叫び悶える。ああ、だがこれで全てが明らかになった!


 しかし話が終わってしまった今、ラディリオはもうごまかせない。


 意識が戻るもまた指を鳴らされ、その酷い感覚にあたしは苦しみのたうち回る。

また戻されるも、酷く朦朧とする。


 だめだ、このままでは本当に狂ってしまう...!



 痛みに転げた先にふと、窓の月が目に入る。


 ここに来た時に比べその位置は低く、船上で見るように反射的に月の方角から時間を計算してしまう。


 そうか...、もうそんな時間になるのか。


「ステラさん、頼みます、貴女の側へと行かせてください!貴女さえ救えれば俺は...!!」


 セリウスが耳元で叫ぶ。


「馬鹿か...。世界が終わっちまうよ。」


 あたしは小さく呟き返す。

この嫌な匂いが充満した工房。

何があってもセリウスを内部に入れるわけにはいかない。


 彼の魔法であたしもろとも工房を消し飛ばし、屍にでもならなきゃここから出る事は叶わないだろう。


 意識は戻っても朦朧として酷い頭痛が続き、目がチカチカする。たら、と感覚があり鼻の下に手をやれば血がその指についた。

ああ、そろそろ、もう限界ってことか...。

あたしは観念してその場に仰向けになる。


 くそ、月明かりだけが嫌に明るい...



 月...、時間...



 ....そうか!その手があったじゃないか!!




「...何度だって言ってやるよ、この人間のクズ!」


 無理矢理立ち上がって口汚く罵れば、ラディリオはまたパチンと指を鳴らそうとする...その直前の一瞬であたしは壁に目をやる。目的地はあそこだ、方向感覚がなくなってもなんとか辿り着いてやる...!


「ふッ、ぐぅうう...ッ!!」


 直後に指を鳴らされ、あたしは激しく苦しみながらもなんとか壁に向かってその腕で這いずっていく。ラディリオはその光景をおかしそうにその場から目だけを動かして眺め、あたしに向かって呼びかけた。


「おやおや、そちらは壁ですよ。ついに方向感覚がなくなりましたか?」


 あたしは震える体を引きずってようやく壁に背をつけてから、ラディリオの言葉に答える。


「ッ...ああ、この壁際が落ち着くんでね...。それより、大人しくあたしの悲鳴を...よく聞いてろよ。なあ、お前...、お前だ!わかってるのか!」


 あたしが怒鳴ると、セリウスが「...承知しました」と噛み締めるように小さく答える。

頼むぞ、セリウス...。お前にかかってるんだ。


「ふふ、流石にずいぶん狂ってきたようだ。もう少しであなたも廃人ですね」


 こちらの様子を見てラディリオが嫌らしい笑みを浮かべる。ラディリオの位置は変わらず、部屋の中央にある。よし、いいぞ。このままいける。


「さあ、()()()...かかってこいよ!あたしのところへ!」


「もう限界なんだ...!()()()()だ?お願いだ、()()を教えてくれよ...!!」


 あたしは調子を崩さずにそのまま狂ったふりをする。さあ、セリウス。気づいてくれ、あたしの意図に!


「ふふ、可哀想にいよいよおかしい。...私も鬼ではありません。最後の質問くらい答えてあげましょうか」


「今はそう...、丁度10時ですね。満足されましたか?」


 ラディリオがそう答えた瞬間、あたしは微笑む。


「...セリウス。あたしはここだよ」





「何もかも壊してくれ」



 その瞬間、工房の窓ガラスの全てが順にパン!パン!と音を立てて室内に向けて割れ、竜巻のような豪風が室内の全てを巻き上げる。


「なっ、なんだ!?何が起きている!?」


 ラディリオが大きな声を上げ、取り乱す。

途端に土砂降りのように激しい雷撃が降り注ぎ、勢いよく屋根がガラガラと崩れ落ちる。


「うわあ!!」

「た、助けてくれ!!」


 上階の足元が崩れ、ジャヒール達が悲鳴を上げ破片に飲み込まれる。巻き上がる風の中で鳴り止まない雷撃、激しい白い光線が室内に反射するように壁を焼き焦がす。燃えて行く傀儡達、そして今度は地面が激しく震え、部屋が積み木のように崩れ始める。


「ああ、だめだ、だめだ!!私の工房が!!」


 ラディリオが狼狽え、魔石のある奥の部屋へと慌てて駆けるもその場に足を取られる。すると今度は巻き上げる風に乗って、ゴオ!!と炎が辺りを包み、室内の全てを燃え上がらせた。


 身を裂くような豪風に、止まない落雷、炎に飲み込まれ燃え上がる黒い花。目の前は地獄の様相となった。


 そして遂に雨のような落雷は崩された天井から魔石へと降り注ぎ、その全てを壊し始める。ラディリオは倒れたまま大きな叫び声を上げた。


「ああッ!!それは!!それだけは!だめだ、それは僕の...ッ!!!!」


 彼が叫んだ次の瞬間、轟音と共に地面が大きく割れる。その亀裂は瞬く間に広がり、倒れたラディリオごと工房の床を飲み込んでいく。


「僕の魔石...!僕の研究が!!ぁああああ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁああああ...!!!」


 彼の叫び声と共に工房の床が奈落に飲み込まれ、その体はついに見えなくなる。

 

 あたしの居るここだけが何かに守られるように周り全てがガラガラと崩れ、無数の煉瓦と共に亀裂に飲み込まれて行く。




 あたしを残して、全てが破壊し尽くされた工房。




 巻き上がった土煙と炎の奥にただ一人、遠くセリウスがこちらを見据えていた。








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