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62.潜入




 セリウスの魔法が効いているうちにあたしは周囲を見回す。


 現在目の前にある大倉庫から右奥に一棟、その左奥にニ棟め、最奥に目的の棟が見える。間隔は狭く、屋根から屋根になんとか移動できそうだ。

ふむ、なかなか都合がいいじゃないか。


「じゃあな、あたしは上から行くから」


 そう言ってセリウスの腕から抜け出そうとするも、ぐっと手首を掴まれる。


「おい、二人三脚なんてごめんだよ。歩きにくいったらない」


 あたしは振り返り、不機嫌にセリウスが居るらしきところに囁く。また文句を言われるかと思いきや、彼はあたしの手を掴んだまま、その手に大粒の葡萄大のひやりとした何かを握らせた。


「これを。魔石に風魔法を込めてあります」

「風魔法?そんなのくれたってあたしに魔石は使えないよ」

「俺が今発動させておきました。空気の微振動で離れたこちらとの会話を可能にします。失くされませんよう」


 ふうん、理屈はわからんが便利なもんだな。

そう思うのも束の間。彼があたしから手を離すと、あたしの身体がすう、とその場に現れる。


「そちらの迷彩が切れました。お急ぎを」

「...わかってる」


 あたしは胸元に魔石を仕舞い込んで、倉庫裏に積み上げられた木箱を伝い登る。

木箱だけでは若干高さが足りないが、煉瓦の隙間に指先をかけて体を持ち上げると、ひょいと屋根の上にその身を上げた。




「この魔石、あたしがやったやつだろ。ずっと持ってたのかよ」


屋根から辺りを見回しながら試しにあたしが小声で喋って見ると、セリウスの声が耳元で囁く。


「おかげで役に立ったでしょう」

「っ!?」


 あまりに近いその声に思わず辺りを見回すが、側にセリウスの気配はない。これが言ってた魔法ってやつか。...慣れるまでに時間がかかりそうだ。


「っ...お前もちゃんと仕事しろよな」


 なんでも無いようにそう言うと、セリウスの低い囁きが「言われずとも」とまた耳元で笑うのでびくりとする。...やっぱりこれ、かなり嫌かもしれない。




 気を取り直して足元に気をつけながら屋根の上を移動していく。こんな時は元々夜目が効いていて良かった。闇夜の海に比べれば、階下で窓から灯りが漏れるここは目さえ慣れればずいぶん明るい方だ。


 歩いていればふと、花とあの嫌な香りが足元から香る。足元に開く穴を見てみれば、これはどうやら排気口らしい。鉄格子の嵌め込まれたその穴から、もわりと香りが立ち上っている。


「セリウス、なるべく棟に近づくな。排気口からあの香りが漏れ出してる」

「承知しました」


 答えた彼のいるだろう方向にちら、と目をやる。

すると突然、棟の側に立って警備をする傭兵達がその場に崩れ落ちる。見えない彼の歩く軌道に沿って次々に兵が膝をついて崩れ落ち、その体が茂みや木の影へとずるりと吸い込まれていく。


 そこにセリウスがいるのだと知らなければ、その光景はかなり不気味だ。


 セリウスが下で傭兵達を片付けている間に、あたしも屋根を飛び伝って最奥の棟へと向かう。しかし、屋根に排気口があるとは幸先がいい。侵入口が楽に得られたようなものだ。


 最後の屋根に飛び移り、特に敵に接触する事もなく早くも目標の棟の屋根に降り立つ。淡く光が漏れる排気口の重い鉄格子を、ゆっくりと音を立てないように外した。


「最奥の棟の内部に入る。隠れてろよ」

「お待ち下さい」


 セリウスに引き留められ、あたしはぴた、と動きを止める。


「空気が壁で遮断されると音の通りが悪くなります。内部では必ず窓を開けて下さい」


 なるほど、そう言う事か。

内と外で連絡が取れなくなるのは厄介だな。


「わかった」


 あたしは短く答えると排気口の中にするりと身体を滑り込ませる。穴から体を下ろせば、その下に格子状に伸びている屋根の梁があった。あたしはそっと足をつけると、猫のようにその身を低く縮めた。


 ひどい匂いだ。あの香りが部屋中に充満している。


 階下を見渡す限りでは、あまり人間は見当たらない。

一階で作業中の職員が数人と、吹き抜けになった二階の廊下で階下を見下ろす様に兵が三人。限られた人間しか入れないという香水商の男の言葉は間違っていないらしい。


 広い一階には温室のような設備があり、そばにいくつか置かれた机にはさまざまな薬品や器具が置かれているのが見える。


 二階の廊下には厚みのある本棚が壁にいくつかあるだけで、突き当たりに部屋が一つ。階段のようなものはここから見えない。おそらく部屋から階下に繋がっているのだろう。


 窓はどこだ。二階の壁際に本棚の間隔をあけて1.2.3...両側の壁揃えて合計で六つ。そのうち廊下側の二つでも開ければ音を通すには充分か?


 あたしは梁の上をそろりと移動して、二階の廊下に立つ兵士の後ろにぶら下がる。梁にかけた腕の間からゆっくりと足を下ろして、ひた...とその足を地面に着けた。


 着地し目の前にある男の頭に手を伸ばすと、勢いよく両手で捻る。ゴキッと首が鳴り、一瞬「がっ」と鳴いた男はがくりと項垂れ、力無く腕をぶらんと垂らす。あたしはそのまま男をずるりと引きずって、本棚の影に隠した。


 背後にあった窓のつまみを音を立てないように開け、隙間を開けて風を通す。


「侵入に成功した。酷い匂いだ、絶対に入るなよ」


 あたしがそう囁くと、耳元で安堵したようにセリウスの息を吐く音がする。だからそれをやめてほしい...。


「こちらもあらかた片付けてようやく迷彩を切れました。お気を付けて」


 どうやらあちらも順調のようだが、少し声が疲れて聞こえる。やはりあの魔法は彼にとって楽なものではないらしい。あたしは彼の言葉に「ああ」と短く答えて厚みのある本棚の影から廊下を覗いた。


 突き当たりの部屋に向かうまで、長い廊下に間隔をあけて男が二人。手前の一人はうまく始末できても、離れたもう一人に騒がれたら一巻の終わりだ。


 ふむ、と少し考えてあたしはわざと本棚に手を伸ばすとその場にばさりと本を落とす。


 あたしに近い側にいた男が物音に反応してこちらに歩み寄る。確実に足音を耳で拾い、本棚の隙間から目の前に現れた瞬間、あたしは男を引き摺り込んで締め落とした。


 本棚の影に消えた男を見て、慌ててもう一人の男が駆けつける。こちらを覗き込んだその眉間にナイフを投げ込めば「うっ」と呻いて男が崩れ落ち、あたしはその体を受け止めると静かにその場に下ろした。


 二階はこれで片付いた。

問題は職員達のいる一階だ。

まずは階下に繋がっていると思われる、突き当たりの部屋だな。


 あたしは廊下を歩いて突き当たりのドアを小さく開け、誰もいないことを確認してその身を滑り込ませる。


 入ってみれば、その部屋はどうやら事務室らしく、大きな机の上にいくつも紙が散乱している。この部屋の主はあまり几帳面な性格ではないらしい。軽く窓を開けてからあたしはその紙を手に取った。


「これは...、香水の資料らしき物を見つけた。読み上げるから聞いとけよ」


 あたしは資料に目を滑らせると、セリウスも把握できるようにその内容を小さな声で読み上げる。



———リゼ・ローズの効能は闇の錯乱魔法の付与によってその効能を向上させる。元来の酩酊効果に加えて催眠に近い効果が現れ、命じられた言葉に被験者は従順に従う様子が見られた。この改良された原液の名を“薔薇の雫”とする。


_月_日、実験の結果、濃度を上げて使用する事で被験者の記憶に干渉することに成功。原液の濃度の配合度合いによって軽い酩酊から、命令への従属、記憶操作へと使用用途の使い分けが可能となる見込み。しかし闇魔法が付与された副作用か、光属性を持つ者には若干の耐性が見られる。


「光属性持ちには耐性が...!夜会でセリウスがジャヒール伯爵に立ちくらみで済んだのはこの為か」


_月_日、原液を5倍に濃縮して被験者に使用。被験者は激しく苦しんだのち意識を失い、完全な傀儡化に成功。強力な光属性の保持者にも使用してみるも全く反抗は見られず同様の結果が出た。しかし香水が切れると効果も消失する...


 そこまで読んで、あたしは別の紙に目を取られる。

どうやらそれは誰かに当てられた手紙らしく、すでに開封されているようだ。 


 セリウスにその事を簡潔に告げ、再び読み上げる。



———現王派の派閥を固める為に“薔薇の雫”の濃度の最も薄い物を、社交界用として使用する事を許して欲しい。


 我々には隠れ蓑が必要だ。リゼリア嬢の情報を今後も漏らさない為にも、貴族達に何度も催眠を掛け直す必要がある。


 また、ジャヒール伯との話し合いにて従来の商品にリゼ・ローズを薄く配合した物を貴族令嬢に向けて広く販売する案が固まった。

銘柄名をレ・フィリアとする予定だ。エスフィニア語で“誘惑する花”の意だが、流行ると思わないかね?


 そこで一つ案があるのだが。

ある程度伝聞としてレ・フィリアが広まった具合で、濃度を上げた物を富裕層にのみ数量限定品として販売したい。異性を虜にすると銘打てば、希少価値を高め、彼らを資金源かつ広告塔とするのには絶好かと—————




「話の内容からしてギレオン伯からの手紙のようですね。おそらくラディリオ宛てでしょう」

「そうだな。...これは回収しておく」


 あたしはそう答えるとそれらの紙を懐に収めた。

他には特にめぼしいものも見当たらない。

ぐるりと見渡した後、あたしはその部屋の奥に階下への階段を発見した。




 

 階下に降りて見れば、中央にある温室の隣で職員達が何かを話し合っている。あたしは彼らに見つからぬよう、香水の蒸留用らしき大きな設備の裏に身を隠した。


 温室の中には黒い花弁の大きな薔薇が育てられ、その地面にはなにやら魔法陣らしきものが埋め尽くすように描かれ、鈍い光を放っている。

その場にいる職員達の顔をじっと確認してみるものの、魔研部署の資料にあった顔とは一致しない。


「資料にある顔がないな。空振りだったか?」


 あたしがそうこぼしたその瞬間、温室の中にいた人間が姿を現す。細身のその男に注目するも、やはり資料にはない顔だ。


「ああ、ラディリオさん。いかがですか」


 職員の一人に男が目当ての名で呼びかけられ、あたしはすぐさま耳をそば立てる。


「素晴らしい。今回もうまく育っていますね。闇魔法の付与もさらに馴染んでいる」 


「君たちはもう上がりなさい。僕はこの後、伯爵方とのお話が控えている」


 予想に反する毒気のない穏やかな声色。しかし、どうやらラディリオ本人で間違いないようだ。


「今の声...」


 セリウスが何かを呟きかけてやめる。

聞き覚えがあるという事だろうか。


 あたしにはピンとこないものの、そろりと男の後をつける。男は棟の最奥にあるドアの一つを開け、その中に姿を消した。あたしは周りに人の気配がない事をしっかりと確認する。


 そして音を立てぬようドアにそっと近づき、聞き耳を立てた。





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