9.策略
「“男装の麗人”。嫌いなご令嬢はいないでしょう」
「だから何なんだよ」
意味がわからず聞き返しながら茶器の乗った銀盆を机に置くと、傍に控えていたセルヴァンテが慣れた手付きで紅茶を人数分さっと用意する。
「ありがとう。...さて、ステラさん。貴女も先ほどの兄との問答で、私が兄と対立していることには、もうお気づきでしょう」
ルカーシュが腰掛けるように促し、あたしはルカーシュの向かいの豪華なソファにどかっと体を預ける。
「まあな」
ルカーシュは続ける。
「それというのも、兄は父の清濁併せ飲んだ政治のやり方をひどく嫌い、全てを浄化しようとしているのです」
「兄の即位したこの一年、前王とは真反対の政治が行われています。賭博の厳罰化、娼婦を火炙りにするなど...曰く、“白き政治”です」
ずいぶんとまた、横暴で強引な方針転換だな。
「なんだそりゃ。恐怖政治の間違いだろう」
あたしがそう呆れれば、ルカーシュも頷く。
「ええ。そして2ヶ月前、海賊の撲滅の意向が掲げられました。入港してくるすべての海賊を理由を付けて捕縛、処刑し始めたのです」
2ヶ月前といえば、ちょうどこの国にある保有船と身内の海賊達との連絡が付かなくなった頃だ。そんな事が行われていたとは。
「商船や街を襲う海賊もいますが、貴女の傘下にある海賊たちは、決してこの国でそういったことはしない。他国の資源を持ち帰り、海の脅威を排除する有益な海賊です」
「私はそういった海賊を兄から保護するために、セリウスを入港審査の任に就かせました」
「何!?じゃああの時...!」
あたしが驚いてルカーシュの側に控えるセリウスの顔を見ると、セリウスは頷いた。
「はい。貴女の保有船と乗組員も保護しており、貴女が近く入港する情報も彼らから得ていた。俺は耳飾りを鑑定するという名目で、貴女を保護するつもりでした」
「あの態度と言葉でか!?ほんっとうにお前って言葉足らずなんだな...」
「いきなり拘束して副船長殿を気絶させたそうですね...申し訳ない」
ルカーシュが半分呆れた表情でセリウスを見やり、あたしに頭を下げる。
「そうだ、コンラッド!あいつは無事なのか?」
このドタバタで完全に忘れていた。
思わず立ち上がるとセリウスが答える。
「ええ。あなたが処刑されると聞いた時は助けに行くと息巻いていましたが、さきほどの話を部下に説明させ船で待たせています」
「部下に説明させたのは英断だな。じゃなきゃ城に殴り込んであいつも捕まってただろう」
「......」
あたしが安堵のため息を吐くと、セリウスは不服そうに沈黙した。
「続きを話しても?」
ルカーシュが声を上げ、あたしも座り直す。
「ああ、すまない」
ソファに座り直して紅茶に手をつけるあたしに、ルカーシュは顎の下で両手を組んでこちらを見つめた。
「単刀直入に言います。私たちは兄に前王暗殺の罪を認めさせ、王座から引きずり下ろしたいのです」
「暗殺だと?」
予想外の言葉にごくりと紅茶を飲み込む。
確かに逝去が急すぎるとは思ったが、そうか、暗殺...ならば納得がいく。
「ええ、表向きには急性発作による心肺停止であるとされています」
「発作ね...なんとでも誤魔化しが効く理由だな。」
「それだけではありません。父上の死には不審な点が多すぎるのです」
ルカーシュに促されセリウスが口を開く。
「前王陛下の崩御と同時に、同じ室内で俺の父も亡くなっています。それも、陛下の死に気づけなかった、己の不甲斐なさを憂いて自決したと」
「なんだそのバカバカしい理由は」
呆れ返ってそう漏らせば、セリウスは苦々しく眉を顰める。
「遺書が見つかったのです。...だが父は、そのように弱い人間ではありません」
そういうとセリウスは険しい顔をして体の横で拳を固く握った。
「これほどの怪しい点がありながら、何も証拠が出ないのはおそらく兄だけの計画ではなく、複数の貴族が関わっています」
ルカーシュは試すような目でこちらを見据える。
...なるほどな。
「ふむ。つまり、王の暗殺の証拠集めとセリウスの父親の名誉挽回、あんたの王位奪取に手を貸せってか」
「話が早くて助かります」
ルカーシュはこちらの反応を伺っている。
「いいだろう、乗った!」
そう机をバンと叩くと、ルカーシュは安堵したように息をつく。
あたしは彼ににっと笑ってみせる。
「あの王がこのまま即位し続けるなら、王城を砲撃するつもりだったからな」
「その前にお話できて何よりです...」
苦笑するルカーシュに俄然やる気が出たあたしは前のめりになった。
「で、証拠集めと言っても何をしたらいい。王の寝室に忍び込むなんて出来ないぞ」
ルカーシュは顎に手を当てる。
「本来であれば、船で他国の有力者と連携を取って頂きたかったのですが、それは潰されましたので...。そこで先ほどの“男装の麗人”ですよ」
「幸い、貴女に処刑の命が下された事は、一部の者しか知りません。ですから私と親交のある“レジェス”の御息女として、社交界入りしていただきたい」
「令嬢達の噂は風より速く海より広いと言います。貴女は令嬢たちを虜にして、兄上に手を貸したであろう貴族達の内情を探るのです」
「あたしがご令嬢たちをたぶらかすだって!?」
思いもよらない提案にあたしは思わず身を引く。
だがルカーシュはそれを追うように、こちらに身を乗り出した。
「ええ。そして並行して、王弟派に貴族令嬢とその後ろにある有力貴族達を引き込んで下さい。貴女は前王の腹心の海賊として名が知れていますから、分かりやすい王弟派の広告塔となるでしょう。」
「そ、そんなことあたしに出来ると思うか。」
冷や汗をかくあたしにルカーシュは王族らしい余裕のある笑みでにっこりと微笑む。
「出来ますとも。貴女にはその美貌とカリスマ性がある。立っているだけで上手くいきますよ。それから、セリウスには社交界での貴女の付き人をしてもらいます」
ルカーシュは後ろに控えたセリウスを振り返りもせず続ける。
「なっ!殿下...それは」
珍しくセリウスが焦りを見せる。
「ステラさんが暴走した時に、君なら止められると先ほど立証されたからね。お目付役として頼んだよ」
そうにこにことするルカーシュにセリウスは言葉を返せず黙り込む。
「ちっ...好きに暴れられなくなっちまったな...」
「...暴れられては困ります」
あたしの苦虫を噛み潰したような呟きに真顔でそう返すセリウスを見て、ルカーシュは微笑んだ。
「うん、やはり適任ですね。頼みましたよ、二人とも」




