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55.セリウスの過去




 あたしはセリウスの居る衝立を少し振り返り、こちらが見えないことを確認してから服を脱ぐ。


 まるでワンピースのような、大きな男物のシャツ。この城には騎士しか居ないというらしいから、これもその誰かのものだろうか。


 ...そういえばあたしの服は?

ぴったりとした革の上下は確かに寝るには向いていないが、この騎士しかいない城で誰が着替えさせたのだろう。


「なあ、着替えってどうやったんだ?ここは女がいないんだろ。婆さんでもいるのか?」


 そう声をかけると、絶対に聞こえるはずの距離だと言うのに返事が返ってこない。

...ということはまさか。


「セリウス、お前...」


 あたしが呟くとガタ、と動揺したように小さく椅子が揺れる音がする。


「誤解なさらないで下さい。風魔法を使用したので指一本触れていません。目も閉じていましたし」


 焦ったように並べるセリウスのいる衝立にあたしは、ばさっと脱いだ服を投げつけた。


「このっ、なーにがあたしが迂闊な馬鹿だ!お前だっておんなじことしてんじゃねえか!」


 以前自分の船で言われたことを返すと、セリウスはぐっと言葉に詰まったような声を漏らす。


「ったく、あたしが寝てるからって変なとこ触ってないだろうな?“無防備でいれば触れたくなる”んだろ」


 わざと意地悪を言うと、少しの沈黙が訪れる。


「え?本当は触っちまったって?やっぱりお前も男...」


 あたしがからかうと、セリウスは不機嫌に声を低めた。


「重体の想い人に欲情するほど、俺を下衆だと思われるのですか。俺は貴女が目覚めないのではと気が気ではなかったのですよ」


 予想外に静かな怒りを含んだ声で返され、びくりとあたしは怯んだ。


「...ちょ、ちょっとからかっただけだろ!

もう寒いから入る!」




 体を支えるために壁に手を当てながら、そろりと浴場内に入ればあたたかい湯気に包まれる。

教わった通り魔道具のつまみを捻って見れば、ざあっと勢いよく冷たい水が落ちてきて思わず悲鳴が飛び出た。


「ひあっ!?」

「どうされましたか!」


 衝立の向こうでセリウスが立ち上がり、焦った声がする。


「な、なんでもない!水が出たから驚いて...」


 こちらも焦って応えると、安堵し椅子に掛け直す音とため息が聞こえた。


「...最初は水が出るのですよ。次第に温かくなります」


 しばらく待ってみると、彼の言うとおり水が適温の湯に変わる。実際に使って見れば、上から湯が絶えず落ちてくると言うのはなかなか便利だ。石鹸で泡立った髪も身体も一度に洗い流せるなんて、魔道具ってのはすごい仕組みだな。


 なんとか震える手で体を洗い終わりつま先から湯に浸かれば、じわりと体全体が温まり思わず吐息が漏れる。3日寝ていたらしいが、なんだかもっと長い間風呂に入っていなかった気分だ。


 それにしたって、この浴場は無骨な石の造りだというのに、ルカーシュの白い大理石の広い浴場よりもなんだかやけに落ち着く。薄暗さと、この湯で側面が丸く削られた石の質感がいいのだろうか。


 はあ...。とその気持ちよさに二度目の吐息を漏らすと衝立の向こうで小さく息を吸う音が聞こえた。


「...セリウスってさ、元は騎士見習いなんだろ?」


 湯に浸かりすっかり忘れかけていた彼の存在を思い出してあたしは声をかける。


「...そうですが、何か」


 気まずそうに彼が答えるのを待って、あたしは話を続けた。


「王国一の騎士団の団長なんて、どうやってなったんだよ?親が近衛騎士だからって階級は継ぐもんでもないだろ」


 そういうとセリウスがああ、と納得したように漏らして、少しの沈黙の後に言葉をぽつぽつと返す。


「...13で騎士見習いになり、その年の魔法剣技大会で首位を勝ち取った俺は腕を買われてニ等級の“蒼穹の大鷲騎士団”に入団しました」


「15の時に村々を襲うアノール山の巨人を討伐。その冬には南部遠征にて、国土に上陸したアガルタの軍の内、一個中隊と大隊を単身撃破。セレン兵役勲章を受章し、晴れて“剣牙の魔狼騎士団”に入団しました」


「そして、17の年の遠征にて極北イスファレンの地の赤竜を討伐。アイギス兵役特別勲章を受賞後、現在の騎士団長へと任命された形となります」


 淡々と語り終えたセリウスだが、あまりに圧倒的な戦績に呆気にとられ、あたしは返す言葉を思いつかない。


 巨人に大隊を単体撃破...、そのうえ竜だと!?

練兵場で見た時にあの戦いぶりは竜クラスだ、なんて思ったが、まさかその竜を倒すほどとは。


「...ステラさん?」


 セリウスが不思議そうにこちらに尋ねるので、ようやく言葉を絞り出す。


「そんなとんでもない奴をあたしは、酔い潰したりしてたってわけ...?」


 そういうと衝立の向こうでふふっ、と彼が笑った。


「ようやくお気づきになりましたか。惚れてくださっても構いませんよ」


 不意打ちでそんなことを言われ、あたしは彼の衝立に向かってぱしゃっと水をかけた。


「調子乗んなばーか!あたしが認めない限り、お前はただのガキンチョなんだよ!」






 立ちくらみによろけながらと風呂からなんとか上がり、用意された大きめの男物の服を着る。力が入らないと脱ぐのはまだしも、着るのは難しくて少し時間がかかった。


 先ほどのものよりは少し小さいようだが、それでもシャツは大きすぎてセリウスに腰で結んでもらい、ズボンは長くて裾を何回か折ってもらった。


「この服ってもしかしてさあ」


 あたしが裾を折ってくれているセリウスを見下ろすと、少し気まずそうに彼は頷く。


「俺が15の時のものです。女物の服がなく申し訳ない」

「いや、いいさ。ドレスなんて動きにくいだけだ」


 そう言いながら瓶に詰めてあった馬の油とやらを手に取ってみる。


「これ、髪に使えばいいのか?」

「ええ、...お貸しください。やりましょう」


 彼は立ち上がり受け取ると、瓶の中身を手によく伸ばしてあたしの髪を掬うように馴染ませる。


「馬って言うから獣臭いかと思ったら、石鹸みたいな香りがする」

「匂いを誤魔化すために庭の強い香草を使っています。ミントだったか...。騎士の一人がそう言ったものに詳しいので」


 どおりでセリウスの髪から同じ香りがするわけだ。

彼が髪を漉き終わり鏡の前に立てば、いつもはふわふわぴょんぴょんと四方に跳ねる髪が艶々として纏まりがある。


 なるほどな。それでこの腹立つくらい艶のある、流れる黒髪が維持されてるってわけか...。

あたしは彼を振り返りその髪をまじまじと見つめた。




 それから食堂で3日振りの食事を取る。

くたくたに煮込まれた野菜と鶏肉をほぐしたとろみのあるスープは、力の入らない顎に優しく食べやすかった。


 あたたかなスープが落ち着くと漏らせば、彼は「貴女が目覚めるかと、昨晩のうちに仕込んでおいて正解でした」と微笑んだ。

あたしが驚けば、騎士たるもの野営は付き物なので見習いの頃から炊事をさせられるのだという。



 その後は一刻も早く動けるようにとあたしが鍛錬を願うも却下され、代わりに屋敷の内部を散策した。


 “騎士たるものなんたるや”ばかりが記された本がずらりと並ぶ書庫、ほとんど物のないセリウスの寝室、まだ幼さの残る見習い騎士達がせっせと働く厨房、中庭の小さな畑、高い壁に覆われた訓練場、屋敷の上階のバルコニーに設置された、各方向に向けられた砲台や遠くに太い矢を放つバリスタ。それも魔導式のもの。


 中でも屋敷を囲む砦の中にひしめく様々な仕掛けや罠はあたしをの興味心を楽しませ、すごいすごいと喜んで見ているうちに貧血になってくらりと倒れてしまった。


 仕方なく部屋に戻り、今はぼんやりと背の深いソファに腰掛けて茶をすすっている。


 この部屋は華美でなく落ち着くが、ひとつ気になるところがある。それは壁に飾られた一枚の女性の絵だ。長く美しい銀髪に赤い瞳、それは王家の特徴じゃないか。


「その絵が気になりますか」


 セリウスがあたしに向かって優しい目を向ける。


「ああ。綺麗な人だけど、王家の特徴があるから...」


 あたしがそう言うと、セリウスが頷く。


「その人は俺の母です。そしてここは元々母の部屋...と言っても、早くに亡くなりその目で見た事はありませんが...。王家の特徴があるのは、かつて王家の娘が従兄弟である貴族の元へ臣籍を降嫁し、その後もその血と魔力を濃くする為に近親婚を繰り返した為です」


 あたしは思っていたより重い情報を与えられ、言葉を失う。


「全属性を得た母は賢者と呼ばれ崇拝こそされましたが、心身ともに虚弱で子も望めないと一族からは見放されたそうです。父とは恋愛結婚だったそうですが、跡継ぎの為と俺を産んで亡くなりました」


「俺はその話を父から聞かされるのが嫌いでした。その為に俺は強くあれと育てられ、俺を産んだ母に感謝せよと言われ続けるのが苦痛だったのです」


 セリウスはそう言うと、膝の上で交差させた指に力を込める。


「父に惜しまれて死ぬくらいなら、後継など気にせず父と余生を生きて欲しかった。周囲から美しい自己犠牲の化身、聖母のような女性だなどと母を崇められる度に腹が立ちました。俺はそんな犠牲などいらなかったのに、と」


 金の目は悲しく、自嘲するように細められる。

しばらくの沈黙の後、彼はあたしを向き直った。


「...しかし貴女と出会い、俺は激しい衝撃を受けました。強く美しく生命力に溢れ、誰かのためではなく自分の為だけに自由に生きる貴女はまさに、母と真逆の人です。俺の知っている女性の価値観を打ち破るようなあなたが痛快で、気付けば惹かれていました」


 そう言い終わると彼はあたしの目をじっと見つめる。

金色の瞳が空想の生き物に憧れるようにこちらを見るので、やたらと美化された気がしてあたしは思わず目を伏せた。


「...悪いけど、お前の母さんと比べられてもね」


 あたしの言葉にセリウスはほんの少し悲しげな顔をする。それでも気にせずあたしは続けた。


「それにあたしはさ、自己犠牲じゃないと思うよ」


 あたしは紅茶のカップを置く。


「あたしの母さんはさ。結婚も後継も考えちゃいなかったけど、好きな男をただ捕まえて、ただ産みたいからとあたしを産んだ」


 そう言ってから、あたしはセリウスの目を見つめて優しく微笑む。


「お前の母さんも、実はそう言う事だったんじゃないのか?...そりゃ、産ませた親父は悲しむだろうさ。でもそれをわかってても産みたかったんだろ。...恋に生きた自分の為にさ」


 あたしが静かに言い切ると、セリウスはその金の目をゆっくりと見開く。そして今までの思いを吐き出すように大きく長いため息をついた後、あたしをひどく優しい瞳で捉えた。


「...そのような事、考えたこともなかった」


 つぶやいた彼は目頭に手を当てる。


「もし、そうであれば。...俺は母を、自分を憎まずに済みます。その可能性が見えただけで、少し救われたような気分です」


 告げる彼の声はほんの少しだけ震える。

あたしは彼の手の上に、そっと手を重ねた。


「良い方を信じようぜ。あたしはお前がいてよかったよ」





 その後はまたスープの残りを飲み、鈍った体を軽く伸ばしてベッドに入る。

そのベッドがあまりに広いのでセリウスに「また同衾ってやつ、する?」なんてからかってみるも、「馬鹿ですか!」と耳を赤らめた彼に羽毛布団をこれでもかと3枚もかけられてしまった。


 部屋におりますのでと呼び鈴を置かれて、否応もなく蝋燭をふっと吹き消される。あたしは真っ暗になった部屋で仕方なく目を瞑るのだった。

 





前回書こうとして書き忘れたのですが、セリウスの身長は195㎝、ステラは178㎝です。二人ともでかいのにそれなりに身長差があるという感じで見てくださると嬉しいです。

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