53.光魔法
「緊急だ!!治癒術師は!浄化特化の者は居ないか!!」
彼女を抱え魔研部署の扉を勢いよく開くと、
部署内に居た研究員達が一斉にこちらを注目する。
「これは...一体何が...!」
「なんて酷い...!闇魔法だわ、光属性の人を呼んで!」
研究員の一人が彼女の胸元を見て辺りに声をかけると、その場が騒然とする。
「ごめんなさい、私は風属性で...!」
「ルオーニ最高術師は!彼は光属性だろう!」
「も、もう退勤されています」
「この時間ですので...今は残業か当直の者しか」
「俺も地属性です、お役に立てず...」
魔研部署なら治癒魔法の使い手が多いだろうと思い馬を飛ばして来たが、夜中では流石に人員も集まらないか。
彼女は倒れてから目を開けず、その息すら止まっている。こちらの浄化魔法に肉体が反応することから、かろうじてまだ命はあると思いたい。
だがだめだ、このままでは...
彼女が死んでしまう...!
「くそっ...、他に誰かいないのか!!」
俺が声を張り上げたその時、
白金の髪が人だかりの向こうに現れる。
「どいてっ!!!」
高い声と共に小さな体をねじ込ませてイスティア・フィーエが駆けつけ、抱えられたステラさんの前にしゃがみこむ。
彼女が小さな両手を体の前に勢いよくかざしたその瞬間、白く清浄な光がその手から眩しく広がった。
眩しさに思わず瞑った目を開けば、光の中でゆっくりとステラさんの黒く爛れた胸元の傷が塞がっていく。
血管のように広がっていた黒い痣もすうと溶けるように消えさり、まるで何事も起きなかったかのように彼女の滑らかな肌が蘇った。
同時に、止まっていた彼女の息が吹き返す。
「...これで、もう大丈夫」
額に浮いた玉の汗をぬぐいながら、イスティアがこちらに笑いかける。
——彼女が、生きている。
「っ、感謝する...!」
俺は感情を抑えきれず腕の中で眠るステラさんを強く抱きしめ、やっとのことでそう答えた。
「...身体の中の闇魔法は全て浄化しましたが、この方の生命力も多く使用しました。しばらくは目を覚まされないとおもいます」
研究室のベッドに寝かされたステラさんを眺めながら、彼女は告げる。
「しばらくとは」
もしこのまま目を覚まさなければ...。そんな不安が襲い尋ねると、「おそらく3日程度です」と答えられほっと胸を撫で下ろす。
「それにしても、応急措置をされていて良かったです。でないとこの方はきっと...ここまで持たれなかったとおもいます」
イスティアはそう言いながら、心底幸いだったとばかりに目蓋を閉じて見せる。
「いや、俺は治癒と浄化はかろうじて使える程度だ。本当に助かった。...改めて感謝する」
胸に手を当て深く頭を下げると、彼女は慌てて両手を振った。
「そんな!やめてください!べ、ヴェルドマン様は攻撃特化の光属性だというのに、そのっ、十分すごいとおもいます!」
「同じ光魔法の内でも、素質によって扱えるものには差があります!あの鉄をも焼き切る光線や光の盾、ご自身を投影する光魔法は本当にすばらしいです!私もあれが使えればと練習してみたんですけどやはり難しくて...!」
うっとりと、まるで見てきたように饒舌に語る彼女に少し驚く。
「よく知っているのだな。見学に来ていたか?」
そう言うと彼女はぶんぶんと首を縦に振った。
「はいっ!研究職としてほんとうに興味深くて、時々ご令嬢に紛れて拝見してました!」
まったく気づかなかった。
自分がなるべく令嬢達を見ないようにしているのもあるが、おそらく彼女が白衣からドレス姿になれば令嬢達と見分けが付かないだろう。
「そうか。...とにかく此度のこと、誠に感謝する。騎士として俺に望むことがあればなんなりと言ってほしい。出来る限り応えよう」
それを聞くなり彼女は、ぱああ!とまるで子供のように顔を輝かせた。
「い、いいんですかあ!?えっと、じゃあべっ、ヴェルドマン様!」
俺の名が発音しづらいのか彼女は言い直す。
「...セリウスで構わない。君は恩人だ」
その言葉にますます目を輝かせて、彼女は両手をぎゅっと握り合わせる。
「ではセリウス様!あの、ぜひっ!!ぜひ、わたしにあなた様の魔力を研究させてもらませんか!?こちらまで御足労は願いません!わたしが王城に尋ねますのでお仕事の合間で結構ですから!」
空色の大きな瞳で思い切り前のめりに懇願され、思わず俺は体を引いた。
「...構わないが...。「やったあーっ!!ありがとうございます!ありがとうございますっ!」
俺が答え終わるや否や、彼女は手を広げぴょんぴょんとその場で跳ねる。
「雷撃魔法の最大値測定も、炎魔法の最燃焼温度の測定もできますっ!あっそうです!氷魔法の生成速度も測らなくっちゃ!ああ楽しみ!」
嬉しそうに長い金髪を揺らし、その軽そうな小さな体が跳ねる様はウサギのようだ。
...本当に同年代なのだろうか。
そんな事を思って少し呆れていると彼女は俺を振り返り、にこっと無邪気に笑いかけて小さな手を差し出す。
「これからよろしくお願いします、セリウス様っ!」
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