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52.消えた闇魔法使い




「ラディリオ・エンファムが死亡している?」


 俺がそう繰り返すと、王立魔法研究部署、王都本部の本部長、ルオーニ最高術師は申し訳なさそうに頷いた。


 細身の体に薄緑色の長い髪を難しい形に結い上げた彼は七十路だというが、見た目は三十代程にしか見えない。彼に満ち溢れた強い光の魔力がそうさせるのだという。


 彼は優雅な動きで手を伸ばし資料を棚から取り出す。そしてぱらぱらとめくった紙をぴた、と止めこちらに差し出すのを俺は覗き込んだ。


 そこには、ひどく癖のある赤毛に縁の太い眼鏡をかけた若い男の絵と、ラディリオ・エンファムの名前、そして大きく赤の押し印で《死亡》と押されていた。


「彼は元々王都本部の、私の下で勤める優秀な若者だったのですが、研究の成果が芳しくなく東方支部に左遷となりました。そして彼はその左遷を苦に...、自ら命を絶ったのです」


 ルオーニ最高術師が悲痛な面持ちで言い、資料をこちらに渡す。


 ———ラディリオ・エンファム。死亡当時32歳。

入所当時17歳、闇魔法特化の魔術師として闇魔法の研究を行う。精神系に作用する闇魔法が専攻であったが、その研究内容の危険度を指摘され、研究は差し止めされる。_年に東方支部へと左遷。一年後、研究室のドアノブで自ら首を絞め自殺。


 彼が死亡したのは資料にある左遷の年から一年。

暦を確認すれば王の崩御の一年前だ。


 おかしい。ゴーセット卿とは王の崩御以降にも接触している。


 いや、貴族要覧ですら書き換えられたほどだ。ここには強い魔力持ちしかいないので都合もいい。香水を使ったラディリオ本人によって書き換えられている可能性が非常に高い。


「彼の死亡と入れ替わりに入所した者は?」


 ルオーニ最高術師は資料をいくつか取り出してパラパラとめくるが、眉根に皺を寄せたあと首を振る。


「うーむ...おりませんねえ...。お力になれず、申し訳ありません」


 そうして眉を下げた後、彼は何かに気づいたようにぽんと手を打つ。


「そう言えば、彼の研究室にいた後輩のイスティアならまだ王都本部におりますよ。呼び出しましょう」




 呼び出されたイスティアは、金髪の少女だった。


 空色の目に白に近い柔らかな長い金髪をさらりと靡かせ微笑む姿は、まるで貴族の子供が持つ人形のようだ。


「イスティア・フィーエと申します。19歳です!えっと、4年前、ラディリオさんの研究室で見習いを勤めていました!」


 ふわふわと微笑む同年代らしい彼女の背は自分の胸の下ほどしかない。ぺこりとお辞儀をすると、さらにその身体は小さくなった。


「光属性特化、専攻は治癒と浄化魔法です。えっとあの、怪我や病、闇魔法の治癒ならお任せください!」


 幼い口調で微笑まれ、その屈託のない表情に控えめにこちらも礼をする。


「セリウス・ヴェルドマンだ。ラディリオについて知っている事があれば聞かせて欲しい」


 そう名乗ると彼女は目を輝かせる。


「わあ!ヴェルドマン様!わたし、ずっと貴方様の飛び抜けた魔力に興味があったんです!あの、もしよろしければぜひ魔力測定を...」


 幼い子供のようにはしゃぐ彼女に、俺は手を上げて静止させる。


「すまないがそのような時間は取れない。ラディリオについての情報がないのであれば、これで。」


 そう言って立ち上がると彼女は酷く残念そうな顔をするが、俺は踵を返し魔研部署を後にした。






「ラディリオが死んでた!?」


 報告をしたステラさんは俺と似たような反応を示す。


「くっそ...!香水で書き換えやがったな。しかし、生きてるとしてもどこにいるか分からないんじゃあな...」


 彼女はそう言って眉根を顰めるとエールを口にした。


 この海賊しか来ないというパブは常に騒がしく、彼女の傘下しか訪れない為に意外にもこういった話に向いている。昼間から朝方までやっている為お互いの仕事終わりに訪れるにしても都合が良く、時折利用するようになった。


 ぷはっと息を吐き、白い泡の口髭をつけた彼女が口を尖らせる。


「どうしていつもトントンと進まないかねえ。毎回一つ進むと何か足止めを食らうよな」

「今回は特にしてやられましたね。...泡がついていますよ」


 俺がそう言って指で拭おうすると彼女はぺっ!と俺の手の甲を叩き、自らの手でぐいっと泡を拭う。


「その手には乗らねーぞ。最近隙があるとすぐそうやってお前のペースに持って行こうとするからな」


 若干泡が残っている彼女に睨まれふっと笑みが漏れてしまう。そういうところが隙なのだというのに。


「わざとやっているのですか?」


 笑いながらつい、と指先で残った泡を取ると、彼女は「んなっ!?」と俺の指についた泡を見てからキッとこちらを睨んだ。


「ふん、いいさ泡くらい。そんなもんで狼狽えるかよ。」


 彼女は再びエールを煽り、今度はぺろっと泡を綺麗に舐めとって少し自慢げな顔をしてみせる。

その行動全てが愛おしくて、自分の口の端がにやけそうになり思わず手で覆い隠した。



 まったく、ゴーセット卿を脅している時のあの迫力が嘘のようだ。あの時の彼女は実に楽しそうに奴を痛ぶり、その残虐で暴力的な微笑みは恐ろしくも美しいと思ってしまう程だったというのに。


 思い返せば、ブルネットの落ち着いた髪色を纏い“ダリア”を演じて見せる姿さえ魅力的だった。嘯かれた清純さに騙されるゴーセット卿の気持ちは、敵ながらもそこだけはよく理解出来た。


 だが呼び出され、奴の膝の上に座る姿を見た時は流石に肝が冷えた。胸元と肩紐がはだけドレスで隠されたその腰から下を暴かれたのではと気が気ではなく、予想以上の雷撃を落としてしまった。殺してしまったかと魔封じを施しながら奴の脈を測ったほどだ。


 とにかく、彼女といると気持ちが忙しい。

常に異なる姿を見せる彼女に翻弄されてばかりだ。


 彼女はと言えば俺を躱しつつも頬を赤く染めたり、我を忘れた俺に掻き抱かれるのをよしとしたり、その反応は無駄に俺を期待させる。


 飼い慣らせない猛獣のような彼女の事だ。いっそ獣らしく、無理やり迫り唇の一つでも奪った方が進展するのだろう。と、うっすら気づいてはいるが、騎士としての自分の生き方がそれを到底許す事など出来ない。


 自分自身の矜持を失うのが恐ろしく、ただ彼女を穢さない範疇で許される限りのアプローチを繰り返す俺は、誠実というより小物なのだろうか。




「はあ、酔った酔った!外涼しい〜!」


 店から出たステラさんが雪の降る路地を手を広げて歩く。頬と耳を赤らめた彼女は少し幼く、その笑顔は無邪気だ。


「お前も飲んだくせに赤くならないな?ワインの時と大違いじゃないか」

「何度か貴女に付き合ううちに、どれくらいで酔うのか学んだのです。二度目の失敗はしませんから」


俺がそう苦笑すると彼女は

「次は子守唄でも歌ってやるのに」

と茶化してみせた。


「今聞かせてくださっても構いませんよ」


 少しの興味と、彼女が照れる姿が見たくて言ってみれば、予想外にもご機嫌な彼女は囁くように唇を開いた。


——波が揺らして 

夜の帳が 星の寝床に降りて来るよ


小さなさかな 私のさかな 

鰭を休めてさあおやすみ——


 その声は柔らかく、普段の彼女の声とは思えぬ優しい歌声に思わず聴き入ってしまう。


——嵐は遠い海の上よ 

さかなよ眠れ 海の底で


凪も過ぎれば風が吹くよ 

さかなよ眠れ 海の底で———


 彼女が歌い終わりこちらを振り返って

ふわり、と微笑んだその時だった。


 ドッ、と何かが刺さる鈍い音がして彼女が胸元を抑える。そして次の瞬間、ごばっ!!と闇魔法の黒い霧が血のように胸元に溢れた。


 彼女が膝をついてその場に崩れ落ちると共に、物陰にいたフードの男が走り去る。


「ステラさん!!」


 咄嗟に駆け寄り彼女を受け止めるも男を見失う。


 彼女の胸元を見れば背から打ち込まれた棘のような魔石が突き抜け、そこから黒い霧が液体のように流れ出していた。


 俺は無理矢理そこに手を入れて、手のひらを激しく焼かれるような痛みと共に魔石を引き抜きその場に投げ捨てる。


 魔石が刺さっていた胸元は黒く焼け爛れ、脈打つ血管のように闇魔法が広がっていく。


 彼女の胸元を抑え、辺りが白むほど浄化魔法を最大にかける。広がる闇魔法はなんとか拡大を止められたものの、胸元の魔法はぐずぐすと燻り焼け爛れたところがなかなか塞がらない。

 肉体の形を修復する治癒のみならまだしも、浄化は俺の特化ではないせいだ。


「くそっ!頼む...!!ステラさん!ステラさん聞こえますか!どうか返事を!!」


 必死の声掛けも虚しく、彼女は目を閉じたまま全く反応を返さない。


「そんな...、だめだ!逝くな、逝かないでくれ!!」




「ステラさん......っ!!!!」






ハイペースで書いていきます!

誤字等あったら教えていただけると助かります!

ご支援よろしくお願いします〜!

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