50.尋問
「先ほどは取り乱し...失礼しました。」
ソファに掛けたセリウスは気まずそうに咳払いをする。
「気にすんな。むしろなんていうか、気が紛れたよ。」
あのねっとりとしたゴーセット卿の手の感触は忘れたいほど最悪だったのに、セリウスに抱きしめられても不快じゃなかった。むしろ少し落ち着いたと言うか...。
...まあ普通に考えて、豚みたいなおっさんと若い美形なら違って当たり前か。こいつの顔のおかげと思っておくとしよう。
「さて、この豚を移動させなきゃな。いつまでも娼館にいたら商売にならないだろう。」
そう言って床に転がるゴーセット卿を爪先で蹴りマチルダを見ると、彼女はあたし達に深く頭を下げる。
「いや、まずはうちの娘たちの仇を取ってくれて感謝するよ。当時の記憶もなく魔法で堕ろしたとはいえ、あの子達には一生の傷になったからね...。」
知らぬ間に誰かの子を孕み、それが身体の中で育つ恐ろしさ。そして罪のない腹の子の命を絶つなんて、たとえ娼婦だって心に残らない訳がない。
「礼には及ばないよ。
こいつはあたしがボロ布になるほど痛めつけてやるさ。」
あたしはそういうとマチルダの肩を優しく叩く。
彼女はそれに頷いて応えた。
「せめてうちから馬車を出そう。そいつを運ぶのは骨が折れるだろうからね。」
「...ってことで借りたけど...足元にこいつがいるの、落ち着かないな。ぷよぷよ当たるし、常に目に入るし。」
馬車の座席に乗せては目立つため足元に転がしたが、常に眼下で馬車が揺れるたびに顎肉が震え、その腹がつま先に当たるのは結構不快だ。
「...消してしまえないとは面倒ですね。」
セリウスも足元で揺れる肉の塊が心底邪魔だと言わんばかりに、酷く冷淡な視線で見下す。
こういう表情をしている時のセリウスは、その黒髪に金の瞳といい、物語に出てくる魔王と言われても信じてしまいそうだ。
今度羊のツノでも被せて見ようか。実に似合いそうだ。
そしてゴーセット卿が一際大きく足元で揺れた後、馬車は目的地に到着した。
イースデルン旧監獄塔。
王都の北側にある、今は使われていない収監施設だ。
とは言っても大きく崩れていないし、辺りを死刑囚の墓地に囲まれている為に誰も近寄らないだけで、十分使えそうだ。ルカーシュの祖父の時代までは実際に使用されていたらしく、今日の為に鍵を預かっていたのだ。
重々しい鉄の二重扉を開けて塔の中に入ると、石造りの牢の一つにゴーセットを放り込む。
「ふむ、見たところ牢内の便所も下水道もまだ生きていますね。しばらく置いても汚物で塗れることはないでしょう。」
セリウスは牢内の点検を始める。指差しで確認する様はそのまま看守になれそうだ。
彼は牢の外側の石壁に彫られた呪文のようなものを指で辿って行く。
「...魔術封じは少し修繕補強が必要ですね。魔力も切れかかっている。」
見れば、彫られたらしきその呪文はところどころが風化して消え掛かっている。
「うげえ、これ手彫りじゃないか?こんなんどうすんだよ。」
あたしが思わずそう言うと、セリウスはこちらを向いて少し笑う。
「普通はノミで手彫りですね。俺も訓練で何度も彫らされましたが...。」
そう言ってその手で呪文を撫でると、するすると消えていた文字が彫られて行く。
「こういう時は地属性があってよかったと思いますよ。」
そう言って彫り上がったところに人差し指を当てて何かぶつぶつと呟くと呪文がほわ、と光る。
それを四方に渡って何回か繰り返し、牢は万全になったようだった。
セリウスがパチンと指を鳴らし、椅子に縛り付けたゴーセット卿に冷たい水を浴びせる。
「....う...、」
水に濡れたゴーセット卿の瞼がゆっくりと開き、こちらをおぼつかない目でやっと見上げた。
「よお、よく寝てたな。ゼノン・ゴーセット卿?
さっきは可愛がってくれてどうもねえ。」
あたしはにーっこり、と彼の顔に向かって口の端を上げて見せる。
「な.....、お、お前は...ダリア...いや、その髪...!
すっ、ステラ・バルバリアか!」
あたしの正体に気づいた彼は狼狽え、後ろは壁だと言うのに必死に身じろぎをして椅子の足がガタガタと音を立てる。
「おやあ?豚のくせに喋れるなんて上等じゃないか。ついでに妙な芸当もしていたね。」
あたしは懐から取り上げた紅い香水瓶を出し、持ち上げて彼の前に見せつける。
「あたしの胸にこんなひっどい悪臭を吹き付けてくれてさ...。なんてほざいてたっけ。“お前は私の言葉に逆らえず、部屋を出る時全てを忘れる”?」
そう言いながら頭上に持ち上げた瓶から彼の目をぎろりと見下ろす。
「...最近の豚はなんでも出来るんだなあ?」
そして左手で彼の髪を根本からわし掴んでにっこりと笑えば、ゴーセット卿は口髭を震わせた。
「ち、違う、私は、何も...」
そうわなわなと口を動かす彼の頭をあたしは掴んだまま、ゴッ!!と背後の石の壁にぶつけた。
「何かな。よく聞こえなかったね。」
額からたら...と血を垂らし、呻くゴーセットの頭から手を離しぱんぱんと手の汚れをはたき落とす。あたしは彼の目の前に自分の顔が来るようゆっくりと腰を落とした。
「人を惑わし、記憶まで操作する香水...。そんなものが手に入れば使いたくなっちまうよなあ。」
指先に挟んだ香水の瓶の先でその顎をなぞり、ゆっくりと首から下に向かって下ろして行く。
「しかもどうやら、この汚ない胸元の薔薇があれば、魔力があっても問題ないんだろう?」
そう言って胸元の紋章にトン、トン、と香水の瓶を当てる。
「どういう仕組みなのかねえ。なあ、セリウス。これって闇魔法の印なんだっけ?」
あたしがセリウスの方を見れば、壁に寄りかかり腕組みをする彼が頷いた。
「ええ。しかもかなり高位の呪文が使われていますね。」
その言葉にあたしはゴーセット卿に向き直る。
「ふうん?おかしいな。お前自身は炎属性の魔法しか使えないと来た。」
あたしは香水の瓶を懐にしまい、彼の顎に優しく手を添える。
「お前...、誰にこれを施された?」
あたしは低い声でそう言うとゴーセットの頬を下からぎゅうっと強く鷲掴んだ。手の中で肉を潰されながら震える彼は、その汗で肌をぬめらせながらも黙り込む。
.....ふむ、まだ少し押し足りないか。
ぶるぶると震える彼の肉をその手で持ち上げながら、あたしは聖母でも真似て微笑んで見せる。
「実を言うと、さっきお前の手でこの身体をまさぐられたことを割とまだ根に持っていてね。」
もにゅ、もにゅ、と遊ぶようにあたしは彼の顔の肉を揉みながら続ける。
「でもあたしはこう見えて慈悲深い女だからさ...。
正直に話して玉を一発蹴り飛ばされるか、それとも切り落とした玉をその口に突っ込んで永遠に黙るか。」
「...お前に選ばせてあげたいんだ。」
そうゆっくりと優しく言って爪を立てると、手の中の肉が一層ぶるぶると震える。
「おや、そんなに震えなくたっていいじゃないか。大丈夫、安心しな...。切る時は長く叫べるように、そうだ。そこに転がってる錆びたナイフが丁度いい。」
そう言いながらちょうど牢の外に落ちていた錆だらけの短剣にす、と目をやる。
「切り口は酷く潰れて...血で滑って何度も切ることになるだろう。ああ、でも一度が死ぬほどの痛みじゃないから...きっと気絶はできないね。時間はそうだな...一晩くらいかかるかもしれないが..、」
「責任持って、最後まで付き合ってやるからさ。」
そしてまた彼の顔に視線を戻し、掴んだ顔を引き寄せると唇の端をにい...と高く上げた。
「わ、わかった!!話す、全て話すから勘弁してくれ!!」
ゴーセット卿があたしの手の中で必死に唾を飛ばす。
「も、ものでも、金も望むならやる!だから、」
そして、その唾があたしの手のひらに飛んだ瞬間。
バシッ!!!
と響く音を立ててその頬を思い切り引っ叩いた。
彼の頬が勢いよく横に弾き飛ばされ、口から血の混じったよだれが汚く吹き出す。
「おっと、つい手が..。悪いね。」
あたしが羽虫でも潰したかのようにそう言い手を出すと、セリウスがその手に手拭いを差し出す。
それを受け取ってあたしは丁寧に両手を拭きながら、もう一度穏やかに笑いかけた。
「さあ、落ち着いて話してくれ。
時間だけはたっぷりあるから。」
尋問のセリフやパターンって沢山あるので何に決めるか迷っちゃいますね。
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