49.作戦開始
娼館に入り、マチルダの事務所で彼女らと打ち合わせをする。
顏見表で指名された魔力持ちの娼婦はゴーセット卿と直接顔を合わせるのは初めてらしく、あたしより背は低いものの女の中では背が高めでなんとかごまかせそうだ。
長い髪の色はブルネット、目の色は薄緑。髪さえ何とかすれば...。しかし、そもそもあたしは髪の量が多くてカツラなんて被れそうもない。
「髪だけか...墨でも使うか?」
そう口元に手を当てて考え込むと、「失礼」と一言断ってセリウスがあたしの髪に触れる。すると彼の触れた所からあたしの髪がじわじわと暗い色に変わっていく。
「う、うわ!?なんの魔法だよ!?」
あたしが思わず狼狽えるも、見る間に髪の色は根元まで黒に近い暗髪へと変化してしまった。
「闇魔法で髪に受ける光を吸収させてみました。
視覚的にはブルネットに見えるでしょう」
「はあ驚いた...。闇魔法ね。説明せずにいきなりやるところは変わんないねお前も」
本人に寄せるため髪を巻き、化粧を施されドレスを身に纏えば、見事にブルネットの髪の美女が完成した。
運良くゴーセット卿とはルカーシュの影に隠れて遠目に顔を合わしただけだ。ここまで変われば流石に気付かないだろう。
「髪が暗けりゃあんたでも大人の色気が出るもんだね」
マチルダが笑い、セリウスが例によって少し顔を赤らめて咳払いをする。
「やはり奴には惜し...いえ、危険なのでは」
セリウスがそうこぼした次の瞬間、店の正門が開く音と共にカランカランと扉に下がるベルが鳴った。
「...来たね。さ、行くよ“ダリア”」
マチルダの言葉と共に、あたしは娼婦のダリアとなって事務所を出た。
来店したゴーセット卿は元々恰幅のいい男だったが、この新年の宴会続きでさらにその身を肥えさせたようだ。
太った豚のようなその身体に、脂ぎった顔であたしを上から下まで舐めるように眺めるその姿は実に下品だ。
「ゴーセット卿、ようこそお待ちしておりました。
さあ、ダリア。今年一度目のお相手をしっかり務め上げるんだよ」
マチルダの手に背を押され、あたしは控えめに前に出る。身長を誤魔化すため、腰から広がるドレスの中で少し膝を曲げた。
「は、初めまして...ダリアと申します」
気付かれないように敢えて目を伏せながら、あたしはウブな女を演出する。ゴーセット卿はその様子を見ると満足気にニタリと笑った。
「新顔だそうだね。なかなか可愛げがあるじゃないか」
「は、はい...。お褒めに預かり、光栄です...」
あたしは自分の声と気付かれないよう裏声で喋って見せた。その声にますます機嫌を良くしたゴーセットのぶくぶくと膨れた手を引いて、螺旋階段を淑やかにゆっくりと上がる。
彼をニ階の部屋の中に招き入れると、一階の事務所の隙間から見つめるセリウスに目配せをしてからドアを閉めた。
「さあ、来なさい。ダリア」
ゴーセット卿がベッドの上に腰掛け、自らの膝をぽんぽんと叩く。
嘘だろ...。こいつ、このあたしに膝に座れって?
苛立ちにぴく、と眉が上がりそうになるのを隠すためあたしは俯いて見せる。
「は、恥ずかしい...です...」
「なに、恥ずかしがることはない。これから私の前で全てを脱ぎ去るのだから」
いちいち言う事が気色悪いな。引っ叩きたい。
いや、耐えろ耐えろあたし...。
あたしはそっと近付くと、鳥肌が立つのを堪えながら彼の膝の上にゆっくりと腰掛けた。うう、このじっとりとした体温...!
「ああ、いい重みだ」
耳元に奴の生温かい息を吐かれ、その太い指があたしの太ももから尻に...くびれに沿ってねっとりと撫で上げる。ぞわぞわぞわ...!と身体中の毛が逆立つ。
「おや、予想外によく締まった身体だ...。繋がるのが楽しみだよ」
きっ...気色悪い!!!殺したい!!!
早く香水を出せ、この豚...ッ!!!!
「ほ、本番行為は禁止されて...」
「ああ、いや冗談だよ。...それより君に見せたいものがあるんだ。見たいかい?」
——来た!!
勿体ぶらずに早く出しやがれ!
「ええ、ぜひ...!」
ゴーセット卿が懐から小さな紅い小瓶を取り出す。そしてあたしのドレスの胸元をぐい、とつまんで開けると、そこにシュッと吹き付けた。その途端、自分の胸の谷間からあの悪臭がもわりと立ちのぼる。
...最悪だ。
行動といい言動といい、この男、何から何まで最悪だ...!!
「“お前は私の言葉に逆らえず、部屋を出る時全てを忘れる”」
ゴーセット卿が耳元でそう囁き、あたしの肩紐に手をかける。
———待たせやがってこの野郎ッ!!!!
その瞬間、あたしは後ろ手に奴の頭をがばっ!!と羽交締めにして首を締め上げると枕元のベルを思いっ切り蹴り飛ばす。ベルは壁に叩きつけられ、けたたましい金属音と同時にドアがバン!!と音を立ててセリウスに蹴り開けられた。
締められ青くなったゴーセット卿を前に背負い投げると同時に、袖口で口元を押さえたセリウスが右手を振り上げる。
地面に背を打ち付けられたゴーセット卿にドカン!!と指先から稲妻が落とされると、あっという間に彼は声を発すこともなくその場に伸び切ってしまった。
きゅう...と情けなく伸びたゴーセットを見下ろしてから、あたしは部屋の窓を開け放つ。
びゅわっと音を立てて冷たい冬の風と雪が中に吹き込むも、匂いの元はあたしの胸にある。駆け寄ろうとするセリウスにあたしは手で胸元を覆い叫んだ。
「近寄るな!胸に香水を吹き付けられた!魔力持ちの人間を下げて湯を沸かしてくれ!」
そう言いながらあたしはゴーセット卿のシャツをナイフでびっと切り開く。
あった!紋章だ!
娼婦達の証言通り、奴の胸元の真ん中に金貨大の刺青があった。なにやら薔薇のような紋様の周りにぐるりと文字が刻まれている。
あたしがドアの前のセリウスの方を見ると、彼も袖口で口元を押さえたままこくりと頷いた。
どうやら魔法印で間違いないらしい。
香水の瓶を回収してからゴーセットの体を縄で縛り上げ、あたしが湯を浴びて香水を落としている間にセリウスに奴の魔封じを施してもらった。
ごしごしごし、と胸元と奴に触られたところをめちゃくちゃに洗ってざばっと湯を浴びる。
あの野郎、好き勝手触りやがって。目が覚めたら死なせてくれと泣き叫ぶまで痛めつけてやる。
自分の服に着替えて事務所に戻れば、マチルダとその向かいにセリウスが腰掛け、縛られ魔封じの布を両手に巻かれたゴーセット卿が物のように床に転がされていた。
「ステラさん、お怪我は!!何もされていませんか!!呼ばれた時のあの体制、まさかとは思いますが...!」
セリウスが勢いよく立ち上がり、駆け寄ると余裕なくあたしの両肩を抱く。
「うわ!?ちょっと落ち着け!大丈夫だから!
それより髪の魔法を解いてくれ。落ち着かないんだ」
あたしがそう言った瞬間、セリウスがあたしの身体をがばっと掻き抱いた。
「...よかった...。俺は...貴女が...!」
耳元で彼が小さく溢すのを動けずに聞いていれば、自分の暗い髪色がゆっくりと元の夕焼け色に戻っていく。
面喰らいすぎて両手を上げてなすがままにいると、その様子を頬杖をついて見守っていたマチルダと目が合った。
「青いねえ...。大事にしてやんなよ」
しみじみと言いキセルをふかす彼女にあたしは返す言葉を思いつかず、彼の背をぽんぽん...と幼な子をあやすように叩いてみるのだった。
どんどこストーリーを進めて行くことにしました。終わりに向けて突っ走って行きます〜!
気力を保つため、よければ評価をよろしくお願いいたします〜!




