48.新たな年
それから数日後。
王城では新年を祝う大規模な式典が開かれた。
この国の一年の始まりは、イズガルズの建国をもたらした月の精霊を祀る特別な日でもある。
冒頭の挨拶で久々に見たレオニード王はさらに痩せ痩け、蒼白な顔に赤い目がぎらつく様が実に痛々しかった。
一度は殺してやると思った憎い相手もルカーシュの語った呪いの話を聞いてしまえば、愚かで哀れな傀儡の王としか映らない。
側に控えたゴーセット卿に耳打ちをされながら途切れ途切れに挨拶をする様は、もはや憐憫の情を誘った。
ルカーシュも挨拶の間は王弟らしく笑顔を向けていたが、その目はつめたく冷え切ったものだった。
無理もない。親を殺され、自らの兄弟が狂いかけの操り人形となり、それをした張本人であろう人間に献身的に支えるかのような振る舞いを見せつけられているのだから。
彼の側に控えるセリウスも意識して心を無にし、騎士として務めているのが見て取れた。
王の婚約者であるリゼリア嬢は挨拶の際にやっと姿を見せたものの、下ろした濃紫色の長い髪の内に暗い瞳を落としてそこにただ居るだけで、一言も喋る事なく奥に下がってしまった。
新年を飾る式典はその煌びやかな見た目と裏腹に、ひどく冷え切った時間をただ耐えるものとなって終わりを迎えた。
昼の祝宴と夜会は3日に続いて開催され、誰が見ても王が精神衰弱である為に、代わりに人に囲まれ続けたルカーシュと、それに付き従うセリウスとあたしは目に見えて酷く疲弊した。
一年における特別な夜会のために地方から集まった貴族達に加え、昼間に訪れる諸外国の客人とも相手をせねばならず、目まぐるしさは日常の比ではない。
あたしは彼らから離れることもできたが、離れたぶん挨拶する人間が分散されて二度手間になるだけで意味はなかった。最終的に学んだあたしは、彼らの側でひたすら好奇の注目を受ける海賊の女船長としての立場に甘んじた。
早朝から夜遅くまで何度も着替え客人を迎えるルカーシュは、3日目の夜会にもなれば目の下の隈を隠す為にメイドによって化粧が施される程だった。
全てが終わったルカーシュの部屋でセルヴァンテが静かに紅茶を淹れる中、3人ともぐったりとソファにもたれかかる。三日三晩客人の相手を続けた為に舌も顎も疲れ切り、誰も言葉を発すことはない。
王族というのは、こうも精神をすり減らすものなのか...。
あたしも彼らに付き合う為に王城内の別邸で3日間を過ごしたが、まったく心が休まることはなかった。
かつての自分が“王侯貴族なんてぬるい世界で豪勢な食事と服に金を費やす生き物だ“などと思っていた事を叱り飛ばしたい。
セルヴァンテが紅茶を継ぎ終わり、一度下がる。
静かに戻ると、その手に持った封筒の蝋をルカーシュに見えるようにナイフで開けた後、中の便箋を彼にそっと差し出した。
ソファの背もたれに首を預けていたルカーシュは片手でそれを受け取り、隈のある瞼をゆっくりと開いて手紙をぼんやりと眺める。
そしてがばっ!!と勢いよく起き上がった。
「ふだ...んん゛っ、二人とも、そのままでいいので聞いてください。」
喋ろうとするも声が枯れ、なんとか整えたルカーシュがあたし達に改めて声をかける。
セリウスは騎士らしく無理矢理起き上がって体制を整えるも、あたしはソファにもたれかかったまま手のひらで返事を返した。
「娼館の件ですが、ゴーセット卿と以前に関係を持った魔力なしの娼婦たちの口から“卿の身体に妙な紋章の刺青がある”との証言を複数得た、との事です。」
ルカーシュがそう言った途端、あたしもがばっ!!と先ほどのルカーシュのように起き上がる。
「紋章!?」
あたしがそう聞き返すとルカーシュは疲れた顔に笑みを浮かべてこく、と頷く。
「胸の中央に金貨大のものが見られたそうです。しかも前王崩御前には無かったと。ああ、サヴォワール夫人!忙殺されると見越してこのタイミングで届くよう計らってくれたとはありがたい...!」
ルカーシュが手紙を両手に持ち、額に当てて天を仰ぐ。
「その紋章が、もし何らかの魔力を込められたものであれば...」
セリウスがそう言ってあたしの方を見る。
あたしもにっと口の端を上げて頷いた。
「本人に香水が効かない理由としてぴったりすぎるな。どれ、奴の行為中に乱入してやるよ。あたしにはそもそも効かないからな!」
そう言ってパン!と膝を打つとセリウスがぐっと眉を顰める。
「なりません、奴の裸で貴女の目を穢すなど。俺が行きます。」
「あたしの目はおっさんの裸ぐらいでどうにもならねーよ。お前に香水が効いちまったら意味ないだろうが。」
あたしが呆れてそう言い、セリウスが反論しようと口を開こうとしたその時。ルカーシュがぺん、ぺん、とあたしたちの頭を手紙ではたいた。
「争うくらいなら二人で行きなさい。阿呆らしい。」
そう言い終わるとはあ、とため息をついてソファの背もたれに倒れ込んでしまう。
普段の上品で穏やかなルカーシュと思えぬ言動に、あたし達は面食らって言い合いをやめた。
「...限界なんだな、ルカーシュ...。」
あたしがそう溢すと、ルカーシュは背もたれに首を預け、目を瞑ったままわずかに頷いた。
そして、そのおよそ1週間後。
娼館からゴーセット卿の来店予約を受け付けたとの連絡があり、あたし達は彼の現場を抑える為に娼館に向かった。折も良く、ゴーセット卿は魔力のある娘を指名したという。
「で、あたしはいいとして結局お前はどうするつもりなんだよ。香水が効いても面倒見れないぞ。」
馬上で後ろのセリウスに話しかけると、彼はあたしの前に手を出して軽く指を擦る。
すると、パリパリッ!と弾ける音と共に指から小さな雷が飛び出て、遠くの木の葉をパン!と焼いた。
「少し息を止めてさえいれば、奴を捕らえるなど造作もありません。」
「...なるほどな。けど奴は貴族だろう?魔法を使えるんじゃないのか。」
あたしがそう答えるとセリウスも頷く。
「調べたところ、強い炎属性を持っていました。娼婦を人質に取られた場合が気がかりです。」
ふむ...とあたしは少し考え込む。
魔力のない娼婦を当てがい奴が行動に移したところで合図を送らせるとして、魔法を使われたら厄介だ。
娼婦じゃ太刀打ちできるとは到底思えないし、最悪、焦ったゴーセット卿の炎で死人が出る可能性もある。
奴が香水を使う現場を完全に捉えてから合図を送り、なおかつ魔法も封じるとなれば...。
「そうか!あたしが娼婦役をやればいいんだ!」
あたしがそう言うと、後ろのセリウスが険しい声で諌める。
「何を言い出すかと思えば...!」
説教が来るのを見越してあたしは彼の鳩尾を肘で打つ。ぐっ、と彼が痛みで怯んだ隙に畳み掛けた。
「あたしが娼婦役なら奴がどんな風に香水を使うのか全部その目で確認できる。香水も効かないし、戦闘能力もある。配役としてぴったりだろう!」
あたしがそう言ってのけるも、鳩尾を抑えていたセリウスが焦って口を開く。
「っ...ですが、危険過ぎます!」
「そんな時のためのお前だろう?うまく呼び鈴を蹴っ飛ばしてやるからその電撃でやつを眠らせてくれ。」
あたしを守るんだろう、騎士様?と笑顔で彼の頬に手をやれば、セリウスはその手を取って眉根に皺を寄せたまま押し黙る。
ふふ、そうと決まればずいぶん楽しそうじゃないか!
娼婦達を卑怯な手で孕ませた下衆野郎を、どう調理してやろうかね。
ルカーシュも限界まで疲れると流石に素が出ます。彼のにこやかで人好きのするおだやかさは、冷静さと人間観察によるものです。実際、人と無駄に争う事は好みませんが、小さな苛立ちは意識的に余裕を持って堪えています。MBTIでいうとENFJ主人公型です。
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