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7-8.王座と激昂

 玉座の間に通されると、現王レオニード・ヴィルへイム・イズガルズはこちらを一瞥して大きなため息を吐いた。


 ルカーシュとおそらく対して変わらない年齢に同じ銀の髪、赤い瞳。三日月形をしたこの島国の王族は月の加護を受けており、みな同様にこの髪と目の色で産まれてくるのだという。


 だがその目はルカーシュとは似ても似つかずキョロキョロとせわしなく動き、指先は落ち着かない様子でもう片方の指を触り続けている。痩せこけた頬が痛ましいほどだ。


 ルカーシュが王座の正面に胸に手を当ててひざまずく。セリウスもそれに倣うがあたしは自らを殺しかけたこの王とやらにひざまずいてやるつもりはない。腰に手を当てて立ったまま王を睨みつけた。


「兄上、お呼びでしょうか」

「白々しい。要件はわかっているだろう」


 レオニード王は不機嫌に吐き捨てるとルカーシュをギロリと睨んだ。


「私が処刑の命を下した海賊を許可なく釈放したのはまことのようだな」

「はい、兄上」


 ルカーシュはそれに微笑んで答える。

レオニード王はその様子に青筋を立てた。


「ああまったく!なぜお前はいつも私の邪魔をする...!その女は我が国の海を穢し続けた海賊の娘だぞ!」

「これは兄上の為でもあるのですよ。兄上、“レジェス”バルバリアの娘を処刑すればどうなるとお思いですか」


 ルカーシュは玉座のレオニード王の目をまっすぐ見据える。レオニード王はハッと鼻で笑った。


「大海賊の娘が王の手で葬られれば、忌々しい海賊どもは恐れて散り散りになるだろう。聞けば“レジェス”バルバリアは死んだそうじゃないか!父の負の遺産が消え去り、ようやく海が清浄となるのだ!」


そう両手を掲げてのたまうレオニード王にあたしは怒りで全身の毛がぶわりと逆立つ。


「ッ...お前!!!」


 あたしが飛びかかりそうになるのをひざまずいたままのセリウスが強く手首を掴んで静止させる。

その瞬間声が出なくなり思わず喉を抑えた。

こいつ、また魔法をかけやがったな!?


 それを横目でちらりと確認しつつもルカーシュは会話を続ける。


「いいえ、兄上。よくお聞きください。“レジェス”バルバリアが亡くなった今、海の女王の名を冠するのは彼女。ステラ・バルバリアです」


「彼女の保有船は40隻以上あり、我が国の領海があるエルティア海、そして東のバルトロ海、西のルシアス海、南のエステオス海にもその繋がりは広がっているのですよ」


「全海域の海賊達を取り纏めている彼女が王の手で処刑されたとあれば、残る乗組員と他の海賊たちが黙っていないでしょう。海路による流通が全て絶たれ、漁業も立ち行かなくなるおそれがある。海洋国家の我々には甚大な被害です」


「加えて我々には敵国アガルタ帝国が迫っています。かの帝国は日々この国を我が物にするため領海侵犯を繰り返し、島々に進軍さえ行なっている」


「それを現在返り討ちにしているのは情けない事に法に縛られた我が軍ではなく、ほとんどが彼女が率いる海賊です!」


 ルカーシュがそう言い切ると、レオニード王は汗ばみ怯んだ様子で先ほどよりもせわしなく目をキョロキョロと動かした。


「う...な、ならば、お前の今回の動きについては不問としよう。...その娘の処刑は撤回する。」


 それを聞いたルカーシュはほっと胸を撫で下ろす。

しかしレオニード夫は次の瞬間、身を乗り出してあたしを指差した。


「だ、だがバルバリアの娘!お前を野放しにしては海の浄化は進まぬ...。よって釈放の条件を付ける!」


 こちらを捉えるその血走った目は悪意と狂気を秘めていた。


「お前の船に7年間の移動制限魔法をかけ、この国の領海から出ることを禁ずる!」

「その間我が領海を侵犯するアガルタの船を撃し、害をなす低俗な海賊を捕縛せよ」

「な、兄上...!それはあまりにも...」


 ルカーシュが焦って声を上げるが、彼は弟が困るほど喜ばしいと行った様子でニタリと笑った。


 あたしは理不尽な条件に怒りで飛び掛かりたい衝動に駆られるが、セリウスはあたしの腕をがっちりと掴んで離さず、それでもあたしが抗うので筋肉がミシミシと音を立てる。


「な、なんだその目は。そうか不服か!では弟に免じてすぐに自由になれる条件も付けてやろう」


 王はあたしの眼光に少し腰を引いたが、襲われないと知ってか余裕の笑みを形作った。


「アガルタの大海賊アレクセイ・イヴァノフ。奴の捕縛または討伐に成功すれば直ちに解放する。母親でも手を出さなかった相手だ。出来るものならやって見たまえ」


「これは王命である!分かれば余の前から消え失せろ、穢らわしい海賊め!」




 玉座の間から追い出され、衛兵によって重い扉が閉められる。


 すぐにでも戻って殴り込んでやりたかったが、セリウスがあたしの腕を固く握っていつまでも離さず、魔法で喋ることもできず、結局ルカーシュの部屋に戻されてしまった。

部屋の扉が閉まった瞬間に魔法が解ける。


「...っぷはあ!おい!セリウス!!またあたしに魔法をかけたな!?」

「でなければまた処刑を命ぜられていました」


 表情を崩さず言う彼に、あたしは苛立ちが高まり激昂する。


「その前にぶちのめしてやればいいだろうが!このあたしに7年も領海から出ず不法船狩りにそれが嫌ならイヴァノフの討伐だと!?舐め腐るのも大概にしろ!!」


 あまりの怒りに壁をダン!!と思い切り殴る。

激しい衝撃に壁に小さな亀裂が入り、パラパラと破片が落ちた。


「ス、ステラさん...、兄上の言動を予想できなかった私の落ち度です。すみません」


 ルカーシュが慌てた様子で申し訳なさそうに謝るが、その髪色からあの王の顔が思い出されてなおさら殺気立つ。


「いや、お前はよく戦ってくれた...。だが悪いな...、お前の兄はいつか必ず殺す!!」


「それからセリウスはいい加減あたしを離せ!

壁と同じになりたいか!!」


 振り向いてギッと睨みつければ、セリウスがはっとして手を離す。


「...あまりの殺気に忘れていました。」

「ステラさん、あの、メイドが震えています、どうか落ち着いて」


 あたしを伺うように言葉を選ぶルカーシュに言われて目をやると、壁の端でメイドが茶器の乗った銀のトレーを持って涙目でガタガタと震えていた。

 銀盆の上の茶器は音を立てて小刻みにぶつかり合い、今にもポットが倒れそうだ。

 

 その様子にはっとして、我を忘れるほどの怒りが驚くほど早く冷めていく。


 か弱い陸の女の子にあたしはなんてことを。

陸の堅気の女というのは力も弱く、繊細だという。

 あたしや母とは全く違う生き物なのだから優しくしろ怖がらせるな、と常々船員たちから口うるさく言われているのに。


 あたしがメイドに近づくと、彼女はびくりと震えて目を瞑る。


「も、申し訳ございません!!」


ああしまった、すっかり怯えさせている。

こんなにか細く白い手を震わせて。


なんとか安心させてやらなければ。

震えながらトレーを握るその白い手を、上からそっと支える。


「お嬢ちゃん、怖がらせて悪かった」


 そういうとメイドは恐る恐る目を開ける。

あたしはその涙の溜まった瞳をなるべく優しげな目でじっと見つめた。


「泣かないでくれ。あたしは女の子に泣かれるのが

一番苦手なんだよ。...頼む」


 そう言って左手でトレーを受け取り彼女の涙を右手の親指でそっと拭うと、メイドはみるみるうちに耳まで真っ赤になる。

 怯えて冷えていた頬が彼女が赤くなると同時に熱を持った。少しは落ち着いただろうか。


「もう怖くないか?」


彼女の表情がわからず、頬に触れていた指で顎をくいと上に持ち上げる。


「は、はひ...」


 彼女はそう声にならない声で答えると、夢見るような目であたしを見つめた。

よくわからんが、大丈夫そうだ。

泣かれるよりはずっといい。


「おお...」


 ルカーシュの感嘆に振り向けば、彼は口に手を当て、セリウスは固まったままあたしを見てメイドと同じように顔を赤らめていた。


「なんだよ、お前ら」

「いえ、私たち男も貴女の前では形無しですね...。ね、セリウス」

「周りに花が見えたのは一体...」

「は?」


「だが、これは使える」



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