45.除け者の令嬢
「非番なのに結局仕事みたいなことをさせて悪かったな」
セリウスの馬で王城を出て、大通りから賭場へとゆっくり辿っていく。
「いえ、予想以上に喜ばれるのでこちらも甲斐がありました」
「ああ、すごく面白かった!武器庫を入り口までの動線に置くのは参考になるし、二階の部屋には矢を射る為の窓に、廊下に区分けして鉄格子の落し戸があるのも興味深かった。あとあの仕掛け扉も!」
あたしが少し興奮気味に話すとセリウスは微笑んだ。
「王宮の仕掛けはさらに数や種類があって面白いですよ。また時間のある時にお見せしましょう」
「いいのか?楽しみだ!船にも応用できないかな...」
そんな事を話して盛り上がるうちに、気づけば馬は賭博場の前に到着していた。
入り口で黒服に名前を告げると奥の部屋に通される。
革張りのソファに腰掛けていたルドラーはセリウスに目をやるとあえてすっと逸らし、あたしに向かって笑いかける。
「やあステラ!あれからめっきり来てくれないじゃないか?騎士団長殿に遣いを出すばっかでつまらなかったよ」
前回の一件であたしに命を握られたというのに、こいつの軽さは相変わらずのようだ。
「あたしが何度も打ちに来たら潰しちまうだろ?」
そうあしらうもルドラーはあたしの手を取り笑う。
「別にお茶だけでもいいんだよ?もっと寛げる部屋もあるし」
その瞬間にセリウスが握られたあたしの手をぱっと取り返し、ルドラーを睨みつけた。
「やはり消しておくべきだったか」
ルドラーは意に介す様子もなくへらりと笑って両手を上げる。
「おおこわあ、冗談じゃないですか」
はあ、めんどくさい。一々喧嘩しやがって時間の無駄だ。こいつもその気もないのにあたしを口説くのなんてやめたらいいのに。
あたしは二人の様子にため息を付きながら腰に手を当てた。
「茶番はいいから本題に移るぞ。ルドラー、お前のとこの客に魔力なしの貴族はいないか?今調べて欲しい」
それを聞いたルドラーは振り向いて、訝しげな顔をする。
「魔力なし?そんなのいたっけなあ。ま、ちょっと顧客名簿を出すから待ってなよ」
ルドラーは立ち上がると部屋を後にする。しばらくして戻るとどさり、と分厚く纏められた紙の束を三つほど机に置いた。
「とりあえず三年分の顧客名簿ね。ん〜、覚えはないけどなあ...。そもそも魔力とか調べないし」
「まあそうだろうな。とりあえず思い当たるやつが居ないか見てくれよ。一応セリウスもな」
二人は頷いて顧客名簿をめくり始める。
顧客名簿はひたすら分厚く、そのうちに出された紅茶は4杯目を超え、二人にも疲れの色が見え始める。
「んんん〜〜〜...。俺も結構貴族たちを見てるけど魔力があるかなんて正直知ったこっちゃないからさあ...」
「そもそも魔力なしの貴族など聞いたことがありませんね...」
ルドラーは額を抑え、セリウスは目元を抑えてため息をつく。確かに、平民ですら魔力なしは忌み子として捨てられるほどだ。貴族の中で籍を残されているとは考えにくい。
「ふむ、賭場は空振りだったかね」
あたしがそう言って5杯目の紅茶を傾けると、ルドラーが最後のページをめくる。
「ファスティエ伯、ステンドット卿、リゼリア嬢...ん...?リゼリア・ギレオン伯爵令嬢?」
ルドラーが何か思い当たるように令嬢の名前を繰り返す。
「なんだ、覚えがあるのか?」
ギレオン。そうだ、ジャヒール伯爵との共同経営者じゃないか。
「いや、賭場に一人で来る令嬢って珍しいなと思ってたんだよね。やけに強くてさ、その割に貴族たちにその場に居ないかのように避けられてたのを覚えてる」
大きな商会を持つ令嬢が貴族から避けられる...、ふうん。何かありそうだな。
「他には?」
「うーん、そうだなあ。...そう言えば、国王崩御の2年前あたりから急に現れて、3ヶ月くらいでぱたっと来なくなったんだよね。来る度大勝ちしてたのに変だなと思ったよ」
「何か嫌な匂いはしなかったか?」
「あ、そうそう。薔薇の香りに混ざって妙な匂いを纏ってたな。なんていうかちょっとにかわやタールと東国のカンポウ?が混ざったような。正直好きな匂いじゃないね」
妙な匂い。どうやら当たりのようだ。
特徴もジャヒールの纏う匂いに酷似している。
令嬢達はレ・フィリアの香水が流行り出したのは国王崩御後の春からだと言っていたな。
「でかしたルドラー。その令嬢を探って見るよ。
リゼリア・ギレオン伯爵令嬢だったな」
あたしがそう言うと、ルドラーはにっこりと笑ってみせる。
「ふふ、褒められちゃった。ご褒美はないのかな?」
セリウスが微かに苛立ちを漂わせるが、あたしはルドラーの肩をポンと叩いた。
「来週の夜一杯だけ付き合ってやる。いい酒を用意しとけ」
どうせ物や金はこいつには有り余ってるだろう。
今後の為だ、たまには機嫌を取っておくのも悪くない。
ルドラーは目を輝かせ、セリウスがあたしを見て焦ったように目を見開く。
「いいのかい!?やったね。騎士団長殿、ステラをお借りしますよ〜。プライベートにつき護衛は結構ですので」
にっこにっこと笑みを浮かべるルドラーにセリウスは青筋を立てた。
「...指一本でも触れてみろ。跡形も残さず消す」
「そーんな警戒しなくても俺はステラに命を握られてるんですよ〜?まあ彼女が許したらわかりませんけど」
「はいはい、もう行くよ!城に戻ればもうちょっと詳しい資料があるかもしれないし」
火花を散らす二人を軽くいなし、頭を下げる黒服からコートを受け取って賭場を後にする。馬に跨ると、背後からセリウスはあたしを厳しい口調で諌めた。
「なぜあのような事を。薬でも盛られたらどうするつもりです」
「盛る気なら前の時点でシャンパンでやられてるさ。そもそも心配しなくても昔からの仲だ」
「っ...、やはり今からでもやめて下さいませんか。貴方に何かあれば俺は...」
お前がなんだって言うんだ。
あたしがどうなろうがお前に関係ないだろ。
そう思うも、まだ朝方の夢を思い出す自分がいるのも気障りで仕方ない。
何をあたしは意識してるんだ!
あたしの目的はさっさとこの国から出ることだ。
その為にこいつと組んでるだけだ。
「...あいつに貴女を許したくない」
なのに熱のこめられた低い声が背中をくすぐって、ぞく、と肩が震えてしまう。
ああ、もう、鬱陶しい...!
「うるさいな!あたしはお前の女じゃないんだよ」
あたしがぎろっ、と睨んで返すとセリウスはぐっと黙り込む。そう、あたしは誰の物でもないんだ。今まで通り自由にして何が悪い!
だいたい復讐も終わってないのに、愛だの恋だの浮いた事言ってる場合じゃないんだよ。
不意打ちでこいつのペースに飲まれたり、反応が面白いからからかったりもしたけど、今は恋愛なんてする気は一切無い事を分からせておくか。
「初恋だかなんだかで浮かれてるのかもしれないけど、あたしは忙しいんだ。愛なんかより仇の首が欲しいね」
「......」
釘を刺したあたしにセリウスは言葉を返さない。
流石に効いたか。ま、これで諦めてくれるならいいさ。ちょっと落ち込むかもしれないが、そもそも初恋なんてそう叶わないもんだ。
「...では、なるべく早く終わらせる必要がありますね」
予想外の言葉が返ってきてあたしはぎょっとする。こいつ...、意外にも諦めが悪い。
「国取りだぞ。血を伴わない戦争みたいなもんだ。何年掛かるかね」
その間にきっと熱も冷めちまうさ。
どうせ恋なんて流行りの風邪みたいなもんだ。四つも年上の擦れた女なんかより、可憐な同年代の令嬢の方が可愛げがあるだろうし。
それにうまく王を蹴落とせたって、さっさと領海から出てこいつともオサラバさ。
そしたらこの妙な感情だって、きっとなかったことになる。
あたしはもう一度ため息をつくと、目の先に迫る王城のレオニードがいるだろう塔に目を細めた。
ステラの初恋は15の頃に船に加わった年上のイケオジです。淡い恋心を抱いているうちに、戦闘時に命を落として叶わぬ恋となりました。その為理想の恋人として心に残りつつも、恋愛にはドライであろうとします。
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