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42.茶葉占い

※ステラ視点に戻ります



 あ———、あっぶねえ!!!!

またあいつのペースに飲まれるとこだった!!


 あいつが“俺以外にもしているのなら”とかのたまうからカチンと来てその勢いで反撃してやったけど...本気で慕ってるだとか、よくも恥ずかし気もなく言えたもんだ!聞いてるこっちが耐えられないっての!


 まだ誰もいないギャレー裏の食糧庫の戸棚をガチャガチャと漁って、見つけたパンを小脇に抱える。くそ、思考が騒がしい!


 だいたい、昨日は潰した責任を感じて連れ帰っただけで、その辺の男なら適当に朝までやってる飲み屋に放り込んでるんだよ!


 仮にもルカーシュから預かってるし、男っていうよりちょっとデカすぎて扱いが大変な犬って感じで面倒見てやろうと思っただけ!

感謝されても説教される筋合いなんてない!


 暗い倉庫内の棚の中を手探りで探すが、目当てのベーコンが見つからない。はあ、くそ、気持ちが落ち着かないせいだ。


 だってあいつがあたしを大切だとか...嫉妬に狂うとか...。金の瞳でまっすぐ見つめて...いや、もう忘れよう。反芻してどうする!


 そう気持ちを振り切ろうとするも裏腹に、今日見た夢の内容まで鮮明に脳裏に蘇ってくる。


 あの低い囁き声、あたしを抱きしめた腕のたくましさ、大きな手のひら、流れて落ちる黒髪....

ああああ、違う!!

別にときめいたりしてなんか、ない!!!


 あたしはたまたま手に取った穴の空いた小鍋を力任せに投げる。鍋はカァン!と音を立て奥の壁に当たった。


 だって恋とか愛とかそんな話だとしたら、セリウスはぜんっぜんあたしの好みじゃないし!


 誰かに話した事なんてなかったが、理想の相手ってもっと年上の...もっと筋骨隆々で髭が似合って顔に古傷があるような海の男で...あたしなんかを歯牙にも掛けない余裕と無理矢理奪ってくれるような力強さが...! 


 べち、と顔に天井から吊るされていた何がが当たる。...あった!!ベーコン!


 ...とにかく!あたしは年下のお上品な騎士様なんかに落とされるわけにはいかないんだ!





 ギャレーから甲板に上がると、びゅうと冷たい風が吹き付ける。上甲板に上がる梯子を登り切ると、船長室のドアの前でパンと自分の頬を叩いた。

しっかりしろ、あたし!


 ドアを開けるとセリウスがズボンにベルトを通し、軍服の上着を羽織っていた。


「...なんだ、寝てなかったのか」


 あたしが平静を装いながら言うと、セリウスは気まずそうに軍服のボタンを止める。


「あの状況で寝れると思いますか」


 襟元を正しながら返すセリウスに、ずいとあたしは手を出す。


「...ほら、カップよこせ。紅茶なしでうちのパンは食えないぞ」


 あたしは意識して柔らかく微笑んで見せる。少し驚いた顔をしたセリウスは、観念したように長いため息をついて大人しくカップを渡した。


 あたしはストーブに向き合うと水の入ったポットを掛け直す。茶葉を杯数分入れて蓋を閉めると、壁にかけていた小さなフライパンをストーブに乗せた。


「朝食まで、よろしいのですか」


 セリウスに後ろから声をかけられるが、あたしは振り向かずにナイフを取るとベーコンを分厚く削ぐようにフライパンに切り落とす。


「ここまで世話したんだから気にすんな。一人分も二人分も変わらないよ」


 ジュウと音を立てるベーコンをひっくり返し、よく焼いて取り出す。そしてパンを空いたフライパンに押し付けて油を吸わせる。しばらくそのまま両面にこんがりと焼き目をつけると木の皿に乗せた。


「はい。お行儀良く無いけど勘弁な」


 パンの隣にペティナイフ一本を厚いベーコンに突き刺して渡すと、セリウスがまじまじと見つめる。


「いえ、...野趣がありますね」


 言葉を選んだらしい彼にあたしはふふっと笑うと紅茶をカップに注ぎ入れる。茶葉ごと注がれるが気にしない。


「先ほどは茶漉しを使っていたのでは...」


 セリウスが眺めながらそう言うので予想通り過ぎて笑ってしまう。


「あはは、さっきは寝起きだから漉してやったんだよ。これは母さんがやってた古い願掛けみたいなもんさ。朝食の時に茶葉占いをするんだ。飲み終わった茶葉の形で今日の運勢を占うんだよ」


 後で教えてやる、と言いながらあたしがカップをテーブルに置くとセリウスが興味深そうに頷いた。


「ほら、椅子に掛けな。揺れるから食べにくいだろ。あたしはここでいいから。」


 セリウスの方に船長用の椅子を向けてやり、あたしは大きなテーブルの端に腰掛ける。


「いえ、それは...」


 躊躇する彼に向かって船の揺れを見計らってえい、と椅子を蹴る。二日酔いの彼の膝裏に見事にぶつかり、バランスを崩して椅子に倒れ込んだ。


「ぐっ、!....ステラさん。」


 衝撃に呻いたセリウスが文句あり気に眉を顰めるが、あたしはその椅子を回してテーブルにくるんと向けてしまう。


「はいはい、パンが冷めて噛めなくなるぞ。」


 あたしはそういうと机にとん、と座り直してパンを齧った。ライ麦入りのパンは固く焼き締めてあり、もそもそとした食感で口の中の水気を奪う。紅茶で流し込んで、ナイフでベーコンを折りたたむように無理やり刺すとそのままびっと犬歯で噛みちぎった。


 セリウスはその様子をじっと見ていたが、しばらくしてパンを手で割って上品に口に運び、紅茶のカップをついと傾ける。ベーコンはそのまま齧るしか無いだろうと思いきや、一本のナイフで器用に一口大に切り、それを丁寧に刺す形で口に運んだ。


「はー、器用なもんだなあ」

「ステラさんが野生的なのだと思いますが...」


 セリウスはそう言って紅茶を口にする。

それからふう、と息を吐いてからあたしの顔を見る。


「今はもう構いませんが、すぐ机に座る癖は外では控えた方がよろしいかと。特に男性の前では誘惑的過ぎます」

「はあ?机に座ったらなんで誘惑になるんだよ」


 あたしがそう言いながらパンを齧るとセリウスが言いづらそうに口を開く。


「...下半身を間近で見せつける形になるからです」


 ふーん、そういうこと。

あたしはもぐもぐごくんとパンを飲み込んで答える。


「じゃあお前は今、あたしの尻を見ながら飯食ってるってこと?」


 あたしがそう言った途端、ごほごほっ!とセリウスか激しく咽せる。しばらく咽せ込んだ後苦しそうに息を整え、涙目でなんとかあたしに向き直った。


「か...からかわないで下さい」

「からかってないし。それとも図星だったか?」


 すまして紅茶を啜ると、セリウスがこちらをじろっと睨む。


「今は面白がっているでしょう」

「あはは、バレた?」


 あたしが笑うとセリウスは軽くため息ついて目頭に手を当てる。


「じゃ、座るのはお前の机だけにしてやるよ。要するに他の男にしなきゃいいんだろ?」


 あたしはわざと意地悪な笑みを向けて言ってみせる。また焦って言葉に詰まるだろう。そう思ったのに少しの沈黙の後、意外にもセリウスはじっとあたしを見つめた。


「...それは俺に都合良く聞こえますが、誤解していいのですね」


 うっ...また急にそういう目をする。

なんでかこのタイミングが読めなくて苦手だ。


「...勝手にしろ!」


 その目を見ているとまたこいつのペースに飲まれる気がして、あたしはつんと顔を背けると紅茶を傾けた。





 つい、癖でカップをぐっと煽りそうになって最後の一口だと気付き、すんでで止める。唇を離したカップの中にはほんの少しの紅茶と茶葉が残る。あたしはそれを確認すると、セリウスの方を向いて声をかけた。


「そうだ、セリウス。茶葉占いを教えてやるから見とけ」


 あたしはセリウスにカップの中身を見せる。

きょとんとしたセリウスがカップを覗き込んだ。


「このくらい残しておくだろ。それでこのカップを反時計回りに...いち、に、さん、とこう回す」


 あたしはカップをゆっくり3回まわす。

セリウスがふむ、とその動作を見つめた。


「で、一息に伏せる」


 そう言ってカップをソーサーにかぽっと伏せた。


「最後にまた、いち、に、さん、と指で底を叩く」


 とん、とん、とん、とカップを人差し指で軽く叩くとあたしはカップをそっと表に向けた。


「...とするとこんな感じで茶葉がカップに残る。

張り付いた茶葉の模様が何に見えるかで占うんだ」


 頷くセリウスにあたしはカップを持ち上げて模様らしく見える部分を探し、指をさして見せる。


「茶葉の模様の意味は大体決まってて...そうだな、これは鳥に見えるから、“良い知らせ”。それからこれは..矢印かな、“向く方向から運命来たる”...ちょうどそっち側か。あとこれは...ハートだな。“愛の成就”中心に近いほど成就が近...い...」


 そこまで言って恥ずかしくなり、言葉に詰まる。


「...けど右に逸れてるからまだまだってことだ」


 そう言い切ってあたしはカップをソーサーに置いた。


「ま、あたしので分かったろ。せっかくだからやってみな」


 セリウスはそれ聞くとカップを傾けて一口分残す。

あたしをちら、と見てからゆっくり3回カップを回してソーサーに伏せ、とん、とん、とん、と指で叩いた。


「開けてみな。」


 あたしが微笑んで言うと、そっとカップを表に戻す。


「...どうでしょうか」


 セリウスがあたしにおず、とカップの内を見せる。

その様子がなんだか素直過ぎて少し可愛らしい。


「どれどれ...んー、これは船の錨。飲み口に近くてずいぶんくっきりしてるから“幸先よし”。あとこれは...鍵、“問題の解決”いい感じじゃないか?」


 セリウスはふむふむと聞いていて、ふと気づいたように指をさす。


「この...鐘のように見えるものは?」


 指の先には教会の屋根に下がるような鐘の形がくっきりと現れていた。


「鐘は...け、“結婚の予兆”...。ま、まあカップの下層にあるからまだ遠いってことだな!大体これは遊びみたいなもんだから、本気にし過ぎるもんじゃないし」


 う、こんなつもりじゃなかったのに...。

あたしはあえて笑ってみせるとさっと茶葉を布で拭い取り捨て、茶漉しを置いて新しい紅茶を淹れてしまう。


「ほら、2杯目が一番美味いんだよな。あ、ミルクいるか?庫内で飼ってるヤギのだから、口に合うかわからないけど...砂糖ならそこに、」


 あたしが誤魔化すようにそう言うと、セリウスはふはっと口元に手を当てて吹き出す。


「貴女と言う人は本当に...、怒ったと思えば笑っているし、俺を躱わしたかと思えば赤くなって。その上、知らない事ばかり俺に教えてくれる。まったく目が離せない...不思議な人だ」


 突然そんな事を言われて、あたしはミルクの瓶を取り落としそうになる。


「わっ、あっ、なんだよ急に!」


 なんとか瓶を捕まえたあたしがそう言うと

セリウスは顎の下で手を組み、こちらを穏やかな瞳でじっと見つめる。


「...貴女のような人と人生を過ごせれば、幸せだろうと」


「....ッ!!!」


 全身がぼわっと燃えるように熱くなる。

あたしはかろうじて震える手でミルクをカップに注ぎ入れるとガチャガチャとせわしなくスプーンを回す。


「ばっ、ばっ、....ばっかじゃねえの!?茶葉占いを本気にするとか乙女かっての!」


 そう言いながら角砂糖の蓋を開け、ボチャン、ボチャン、ととにかく適当に投げ入れる。


「あ、あ、あたしは海賊だぞ!求婚なんかされたって、ひとっところに身を落ち着けたりしないんだ!」


 声が上擦るのをごまかすようにスプーンを掴んでガチャガチャとまた混ぜる。


「まったく、どんなに口説いたって、もう、ほら!あたしが返せるのはこれだけだ!」


 そしてソーサーにすっかり水溜まりができたカップをずい!とセリウスに押し付けた。セリウスはそんなあたしに堪えきれず肩を震わせながらカップを受け取る。


「笑うな!!」

「す、すみません...あまりに可愛らしくて...、いただきます」


 セリウスは未だ肩を震わせながらもカップを口元に当て、一口飲み込む。そしてん゛っと口元を抑えた。


「...この紅茶が返答なら、俺はまだ期待して良さそうですね」

「っ...どう言う意味だよ」


 明らかな笑みを含んだ言葉に、あたしが頬を押さえて聞き返す。セリウスはその様子にふ、と笑って答えた。



「ただひたすらに甘いので」







ステラの恋愛観が明らかになりました。CV:大塚明夫みたいなバリバリのイケオジに憧れていたようです。コンラッドやルドラーに靡かないのも完全にタイプ違いだから。セリウスはかなりの長身でとても声が低いのでちょっとだけ希望があります。

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