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36.船医

ここから徐々に物語の佳境に入っていきます。

無事書き上げる為、評価をお願いいたします...!



「いいか、砲口はきちんと掃除しないと弾詰まりを起こすからな。駐退機に油を差すのも忘れるなよ。動きが悪いと当たるもんも当たらねえ」


 あたしは甲板で少年たちと大砲の整備をしているジャックに声をかける。


「ご苦労さん。ジャック、ビクター見なかったか?」


 ジャックと少年たちが振り返る。

少年たちはあたしを見るとほんの少し体を縮こまらせ、ジャックは目を見開き肩を上げる。


「うおっ!ステラなんだその格好!男みたいじゃねえか」

「う、まあ男の服だからな。急ぎの用があったから服を返す前にこっちに寄ったんだよ」


 あたしが若干気恥ずかしいのを頬を掻いてごまかすと、ジャックはしげしげと珍しいものでも見るようにこちらを眺めながら答えた。


「はあ〜、お前何でも似合っちまうのな。ああ、ビクターなら中甲板で掃除してたんじゃねえかな」

「ありがと。...おいチビども、これやるから励みな」


 あたしはそう言うと手に持っていたかごを渡す。

中には美しい紙が敷かれ多種多様な菓子が詰められている。シュリー嬢のもとで包んでもらった菓子だ。少年たちはおそるおそる受け取ると中を見てぱあっと顔を輝かせた。


「いい...んですか?」


 話しなれない敬語でおずおずと問いかける少年の頭をあたしはわしゃっと撫でる。


「いいよ。あと敬語もいらない。乗組員は家族だからな」


 ぽんぽんと頭を撫で、にっと笑ってみせると少年たちはこくこくと頷いた。このまま上手く馴染めるといいんだが。


「おーし、じゃあさっさと終わらせてギャレーでホットミルクでも淹れてもらうか!」


 ジャックの言葉に少年たちが俄然やる気を出す。その様子を尻目に中甲板への梯子を上がると、丁寧にモップがけをする細身の体にきちっと整えられた栗色の髪を見つけた。


「ビクター!それもう終わるか?」


 声をかけられたビクターが振り向いて驚く。


「わあ船長!その格好...いえ、もうすぐですが何でしょう?」

「船長室に来てくれ。確認してもらいたいものがある」


 あたしが上甲板へ上がり船長室の扉を開けながら伝えるとビクターはきょとんとしながらも頷いた。






 コンコン、と船長室の扉がノックされる。


「ビクターです」

「入れ」


 ビクターは中に入ると丁寧に扉を閉めてこちらに向き直った。


「何か深刻なお話ですか?王都で新しい流行り病とか?」


 船員をわざわざこの部屋に呼ぶのは海図の確認か作戦会議くらいだ。ビクターは少し緊張した面持ちで訪ねた。


「まあ似たようなものだな。どっちかというと薬か毒か...流行りの“異性を虜にする香水”についてだ」

「ええ?船長らしくない。そんな怪しいものを欲しがってはいけませんよ」

「“先生”、そう言う事じゃないよ。その香水が危険だって話だ。今日のサロンでそれを嗅いだ令嬢達が軒並み酔っ払ったみたいになったんだ」


 その話を聞くとビクターは顎に手を当てる。


「香りだけで酩酊したと?それはかなり強い効能だ。確かに危険ですね...呼吸異常や幻聴・幻覚などは見られませんでしたか?」

「それは無いように見えた。とは言っても、あたしには効かなかったからな...」


 あたしはそう言いながら懐から革袋を取り出す。


「ここに現物がある。あたしは悪臭に感じたが令嬢達は花の香りと言って異常なほどうっとりしていた。確認してくれないか?」

「人によって香り方が変わる...?体質によって感じ方が変わる事はありえますが、ふむ...。いいでしょう。お願いします」


 ビクターが頷くのを確認してあたしは革袋の口を開ける。とたんに鼻をつく悪臭が袋から漏れ出す。袋の口に鼻を近づけるビクターの顔を見ると、心地良さそうに目を瞑っている。


「おや...これはいい香りですね。薔薇に似ています。ずっと嗅いでいたいくらいですよ」


 そう言うビクターはうっとりとしているものの、令嬢たちのあの時の様子ほど酩酊しているようには見えない。あたしは袋をきつく閉じると部屋の窓と扉を開け放った。風が流れ込み、香りが薄まっていく。


「ふむ...たしかに非常にいい香りで多少うっとりとはしましたが、酩酊感は感じませんでしたね。記憶障害、幻覚作用等も見られず」

「令嬢たちはそんなものじゃなかった。完全に夢見心地で我を忘れていたぞ」


 ビクターは眼鏡を掛け直してしばし考え込むと口を開いた。


「効きやすい体質か打ち消す何かがあるのかもしれません。該当する薬や植物がないか調べてみましょう」

「ああ、頼んだ」


 ビクターが扉を閉めて部屋から出ていく。

くそ、手がかりなしか。しっかり閉じていたつもりだが帰るまでに香りが薄まってしまったのだろうか?


 だがあの令嬢達の異様な様子を見る限り、危険なものには違いない。もしこれが心を惑わす香水ならば王の暗殺に関係している可能性が高い。香りが完全に消えてしまう前にルカーシュとセリウスに現物を確認してもらわなくては。





 外に出ると五時頃だと言うのにもうすっかり陽が落ちている。秋の終わりにもなると暗くなるのが早いものだな。そう感慨深く思っていると中甲板の方から何やら騒がしい声が聞こえる。


「ええ!?全部食っちまったのか!?」

「わりーな。ボウズどもがこんなの食ったことねえって目えキラキラさせやがるからよ」

「お、俺が頼んだのに...」


 ...あ。そういえばコンラッドの分置いといてくれって伝え忘れたな。


「すまん!コンラッド。あたしが伝え忘れた!」

「ステラぁ、あんまりだろ!」


 あたしが上甲板から下に向かって叫ぶと、情けない声でコンラッドが叫び返す。


「今から王城に行って頼んでやるから許せ!王室の菓子なんてめったに食えないぞ!」

「やりぃ!許した!...って今から!?」

「ちょっと急ぎの用があってな!」


 あたしはそう言いながら甲板を駆け降りる。

待たせていた馬車に乗り込むと王城へと急がせた。




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