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4-6.牢獄と王宮


「...ん...」


 目を覚ますと、そこは壁一面本棚が敷き詰められた部屋の簡素(かんそ)なベッドの上だった。天井には天球儀(てんきゅうぎ)のようなものが描かれている。おそらく、ここは王立魔研部署のようだ。


「目が覚めましたか」


 先ほどの黒髪の男が椅子に腰掛け、こちらを見下ろしている。


「...っお前!!コンラッドは...」


 がばっと起き上がり掴み掛かると、男は戦闘意思がないのか仏頂面(ぶっちょうづら)のまま両手を上げた。


「副船長の彼なら隣の部屋で寝ています。気絶しているだけで後遺症(こういしょう)もない」


「...本当だろうな...、まて、なんで急に敬語...」


 手を離すと、男は何事もなかったようによれた首元を整える。


「“この耳飾りには血の所有契約が結ばれている。血縁者(けつえんしゃ)以外が身につける事はできない”」


 男は胸元から耳飾りを取り出すとあたしに手渡す。


「魔研部署の厳密(げんみつ)な魔法鑑定の結果、貴女が正しく“レジェス”の称号を受けたカーラ・バルバリア女史の御息女(ごそくじょ)であることが証明されました」


「はっ、それで急に敬語を?」


 枕元のテーブルの上の書類を滑らせるようにこちらよこす男にあたしは鼻で笑うと、耳飾りを左耳につけた。


「俺は騎士ですので、前王の関係者には適切に敬意を払います。..ステラ嬢。貴女は年上でもあるようですし」


 男は書類に目を通しながら、そう話している間もまったく表情が変わらない。その見た目で年下な訳がないだろう、笑わせる。あたしを嘲っているのだろうが、まともに取り合ってやるものか。


「ああそう、意外。冗談とか言えるんだな。で、あんた何者?本当はいくつなの」


 あたしは乱れた髪を直しながらぞんざいに尋ねる。女だてらに船長をやっていれば、女というだけで下に見てくる男なんて慣れっこだ。どうせこいつもあたしを小娘だと思ってからかってるんだろう。


「セリウス・ヴェルドマン。先月で20歳。剣牙(けんが)魔狼(まろう)騎士団、騎士団長を務めています」


 予想と裏腹に彼は大真面目にそう言ってのけ、あたしは思わず素っ頓狂な声を上げた。


「はぁ!?ハタチ!?そのなりで!?しかも騎士団長!?」

「よく言われます」


 慣れた様子で答える彼は書類をトントンと纏める。


 剣牙の魔狼と言えば、この国で最も戦に優れた魔法剣士のみで構成されるという王国直轄の騎士団だ。陸に(うと)いあたしでもその存在は知っている。

 この話が嘘でなければ、こいつは20歳前にしてイズガルズの誰よりも強い魔法剣士に成り上がったと言うことになる。


「嘘だろ...若く見積もっても20代後半にしか見えないんだが」

「よく言われます」


 セリウスは表情を崩さず繰り返す。


 鍛え上げられた大きな体躯にかっちりした黒い軍服を着込み、腰まで流れる漆黒の髪。切れ長で感情の読めない、黄金の冷たい瞳。


 改めてよく見れば、高く通った鼻に形の良い薄い唇は誰が見ても美形と言える面立ちだが、何度見てもハタチになったばかりには見えない。その堅い表情といい、人を寄せ付けぬ風貌は歴戦の騎士の出立ちだ。


 ...まあ、そんな事はどうでもいい。もう二度と関わることなどないのだから。


「ま、とにかく...あたしはここを出れるってわけか。お世話様。あいつを連れて帰らせてもらうから武器を返してくれ」


 そう言いベッドにあるコートと海賊帽を手に取ると部屋の扉に手をかける。


その時だった。


「ステラ・バルバリアはいるか!」


「王命である!海賊撲滅(ぼくめつ)の見せしめとしてステラ・バルバリアを明日の朝処刑する事が決定された!繰り返す、これは王命である!」


 そう叫ぶ兵士団が部屋に雪崩れ込み、扉を押し除けてあたしを拘束する。


「いっ...!!は!?まて!!今解放されたんじゃなかったのか!!騙したな!セリウス!!」

「違う!待て、兵士長これはどういうことだ!」


 セリウスが焦った口調で尋ねるも、兵士長と呼ばれた男は堅苦しく答えた。


「ヴェルドマン騎士団長!失礼ながら申し上げます、王命によりこやつを只今から城下のイスティアン牢獄に収監後、明日の朝一番に処刑せよとの任を受けました」

「たった今、“レジェス”バルバリアの御息女だと証明された!戻り王にそれを伝えよ!」

「申し訳ございません。我らには現王命の無視はできませぬ。貴方様も逆らえば無事ではおられますまい。では、失礼を。おい!この者を牢馬車に乗せろ!」

「はっ!!!」


 引きずるように運び出された魔研部署の研究棟の外には、ものものしい鉄格子付きの馬車が用意されていた。あれに乗せられたら終わりだ。


「このっ、放せっ!!」


 あたしはもがき、兵士の鼻をめがけ思い切り蹴る。ヒールで強かに潰された鼻がパキャ、と鳴り兵士が鼻血を噴き出した。


「なんて女だ!馬車に蹴り入れろ!」


 甲冑を着た兵士の蹴りがまともに鳩尾に入る。激しい痛みと共にボグッと肋骨が折れる音がした。


「っ...!!!」


 肺が少しやられたらしい。口の端から血の泡が吹き出す。馬車に詰め込まれ激しく抵抗するも、顔を叩かれ髪を思い切り掴まれて身動きを封じられる。

激しい怒りに獣のように唸るあたしを兵士たちは恐れるような目で見て、ついぞ牢まで抑える力が緩められることはなかった。


 そしてあたしは馬車でイスティアン牢獄という名の塔に運ばれ、窓のない鉄格子の中に投げ込まれた。





「くそ...なんで...」


 石造りの床は酷く冷たい。コートを取り上げられた体が冷え切り、ガタガタと震える。折られたらしい右胸がズキズキと強く痛み、呼吸すると喉はヒュウと鳴った。なんでこんなことに。今頃、本当ならあたしたちは無事国に帰れたことを祝ってラムでもひっかけてたろうに。コンラッドは無事だろうか。


 セリウス...あの慌てようでは裏切った訳ではなさそうだった。厳しい入港審査、尋問までがあいつの受けた王命で、海賊撲滅の見せしめとやらは新しく兵士長とかいうやつが受けた王命...?

どうやら現王はとことん海賊が嫌いらしい。


 あの日の母さんの言葉を思い出す。


“政治が変わっちまう”


 もしかして、この事だったのか...?





 暗い牢獄で痛みをいなしながら目を瞑り...、何時間が経ったろうか。


 ツカツカと不機嫌そうな足音を立てて看守が牢の前へやってくる。

ああ、そろそろ朝か。

処刑されるくらいなら、牢の門が開けられた瞬間にこいつの首を蹴り折って逃げてやる。


「おい、出ろ!釈放だ」

「...は?」


 理解できないでいると看守はもう一度怒鳴った。


「出ろ!釈放だ!!」


 よろよろと身体を起こし、開けられた牢を出る。


 看守に連れられ監獄の入り口に向かうと、窓から白い朝日が差し込んでいた。


「殿下、お連れしました」

「ああ、よかった!無事でしたね!」


 眩しさに目が眩んでいると、銀髪に紅目の男がこちらに駆けよってくるのが見えた。

そしてその隣には、黒髪の...


「セリウス...?なんで...あんたは...?」


 戸惑うあたしに銀髪の男が前に出る。


「失礼、私は現王レオニード・ヴィルヘイム・イズガルズの弟、ルカーシュ・ヴィルダート・イズガルズと申します。いやあ、お母上によく似ておられる」


 ルカーシュと名乗った美形の男は胸に手を当てて微笑む。おそらく二十歳そこそこだろうが、妙に所作に余裕がある。


「王弟...?冗談だろ...。なんで母さんを知って...」

「ふふ、冗談ではありませんよ。父の存命中に何度かお茶をご一緒しました。御息女にお会いできた事、嬉しく思います」


 そう言うと銀髪の男はにこやかにあたしの手を取った。


「殿下、まずは鎖を外さねば」


 セリウスが控えめに横から申し出る。


「ああ!そうだった、失礼!」


 看守があたしの手に繋がれた鎖を外し、奪われていた赤いコートが肩に掛けられ、海賊帽を手元に返される。


「なんと痛ましい..腕に跡が残っている。セリウス、治癒魔法を」

「ええ。ですがここは冷えます。生命力が低下していては効き目も悪い。まずは戻りましょう」

「確かにそうだね。さあバルバリア嬢、馬車へどうぞ」

「あ...、ああ」


 馬車は外見は一般的だったが、内部は牢獄に連れてこられたものとは全く違い、ふかふかのクッションにベルベットがあしらわれた実に乗り心地の良いものだった。窓を締め切っているカーテンは外の光を通さないほど厚い。

 どうやら王家のお忍び用の馬車らしい。


「身体を確認させてもらいます」


 そう言うとセリウスは真顔であたしのコートを脱がす。


「は!?身体!?」

「どこを痛めているのかわかりませんので」

「まてまて!自分でわかる!右肋骨とおそらく肺の一部だ!」

「失礼」


 あたしの言葉も聞かずに、セリウスはその手をあたしの右胸に当てる。


「!!!」


 思わず引っ叩きそうになるが、もう片方の手でその手を掴まれ静止される。

 こいつ、見た目よりも力が強い。

 するとそれを見ていたルカーシュが申し訳なさそうに口を開いた。


「驚かせてすみません。セリウスは触れた場所の魔力反応で怪我の状態がわかるんですよ。セリウス、自分でちゃんと説明しなさい」

「しましたが...?」


 真顔で不思議そうな顔をするセリウスにルカーシュはため息をつく。


「こういう人なんですよ、彼は」





「右肋骨が折れその下の肺が少し傷ついている。治療します。動きませんよう」

「だから言っただ、ーーー〜〜ッ!!!!!」


 肋骨が無理やり元の位置に戻されているのかとてつもない激痛が走る。


「申し訳ありません、俺はあまり治癒魔法が得意ではなくて。しかし、すぐに治りますので」

「痛いけど腕は確かですよ」

「...そ、そうか...。ありがとな...」


 正直もう二度とかけられたくない。

そう思いながら涙目になりつつ礼を言った。




 そして連れて来られたのは王宮の豪華な一室。

船が一隻入るのではないかと思うほど広い。

王弟なのだから当たり前だが、城の中に本当に人間が住んでいると思うと不思議な感じだ。


「さあ、冷えた身体をあたためましょう。私の浴室をお使いなさい。セルヴァンテ、メイド達に湯浴みの用意を」


 セルヴァンテと呼ばれた老紳士がメイド達に静かに指示をすると、こちらに深々と礼をする。


「バルバリア嬢、お初にお目にかかります。ルカーシュ殿下付き執事長、セルヴァンテと申します。いやはや、若き日のお母君と瓜二つでいらっしゃる」

「あんたも母さんを知ってるのか?」

 

 そうあたしが目を丸くするとセルヴァンテは懐かしむように微笑んだ。


「ええ、よく前王陛下と貴女のお母君のお茶会を務めさせていただいたものです...。強く、聡明で美しい方でした。その節は、お悔やみ申し上げます」

「...母を偲んでくれて、感謝する」

「...メイド達に着替えを持たせます。さあ、浴室へどうぞ」


 セルヴァンテがそう言い終わるとすぐにメイド達に囲まれ、なすがまま広い大理石の浴室に通される。


 大きな浴槽で髪や体を洗われるのは正直驚かされたが、7日ぶりのまともな風呂は冷たい体を温め、昨日からの騒動でざわついていたあたしの心を湯に溶かした。


 メイド達が持ってきた着替えのドレスはあまりにもフリルが多く、とても似合うと思えなかったので無理を言って男性用のシャツとズボンを貸してもらった。


 髪をいつもより高い所で結われ、シルクに刺繍に、きらびやかで落ち着かない。


「おや!男装の麗人とはこの事だね。ねえセリウス」

「.....はい」


 ルカーシュはあたしを見ると満足げに微笑み、セリウスはというと少し目を見開いてあたしを見た後、サッと目を逸らした。

 はいはい、似合わないことくらいわかってるよ。


「どうもね。ところでなぜ王弟殿下があたしを助けてくれるんだ」


 あたしが腰に手を当てるとルカーシュはすまなそうに苦笑する。


「説明不足ですみません。先ほども言った通り、私は貴女の母君と親交がありまして。それというのも父...前王が母君の事を信頼し、海を任せていたからです」

「それはわかるが...なんであの流れであんたに話が行くんだよ」

「それは、セリウスの父が前王の近衛騎士だったからですよ。息子であるセリウスは幼い頃の遊び相手であり、現在は私の腹心です」


 彼の後ろに控えるセリウスを見やればこくりとこちらに頷いて見せた。


「あの後、あなたが兵士長に連れ去られてから、セリウスは早馬を飛ばして貴女の処刑の命を私に伝えにきてくれたのです」

「ふうん...なんだ。お前、なかなかやるじゃない」


 あたしがそういうとセリウスはまた目を逸らす。

なんだよ、可愛くないやつ。


「ですが、このままではいられません。そろそろ目が覚めた兄の元にも私が貴女を釈放した事が伝わっていることでしょう」


 ルカーシュがそう言い終わると同時にコンコン、と部屋のドアがノックされる。


「ルカーシュ殿下。国王陛下がお呼びです」


 あたしはドアに移した視線を彼の赤い目に移す。


「どうするつもりだ?また処刑は勘弁してくれよ」


 視線を向けられたルカーシュは、余裕たっぷりに微笑んだ。


「兄弟ですから。話し合いで解決しますよ。セリウス、ステラ嬢、行きましょう」



「嬢はやめろ、ステラでいい」 

「では、“ステラさん”と」




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