27.恋
「今、“ステラさん”の事考えてたでしょ」
にっこり、と擬音が聞こえそうなほど満面の笑みでファビアンが微笑む。
「なっ、なぜそれを...」
そこまで言って、しまったと口にぱしりと手を当てるがもう遅い。
「やっぱり〜!!絶対そうだと思ったんだよね。この頃のセリウス、見てて本当に面白いんだもん」
「.......」
「あの無骨で仕事一辺倒のセリウスが会議中に上の空かと思えば任務中に紅葉を見てぼんやりしたり、いつもすぐ終わらせる書類仕事に手をつけないでずーーっと固まってるんだからもうおかしくておかしくて!あははは!」
やはり俺の行動はよほどおかしかったらしい。
自分でそう自覚するほどだ、他人から見れば明らかだったのだろう。
騎士たるもの強靭な精神を持ってあるべきだというのにこれでは面子が立たない。目元に手を当てため息をつく俺に、大笑いするファビアンは目尻に浮いた涙を指でぬぐいながら話し続ける。
「どうせあの人の髪や瞳の色を思い出してたんでしょ?“あの女性に無関心な黒の騎士が令嬢のエメラルドの首飾りを褒めた”なんて噂が回って、令嬢達がみーんなこぞってエメラルドを身につけてアピール合戦してるんだもの!あっはっは!」
「...!!」
確かにあの時、その場を誤魔化すために褒め言葉をなんとか絞り出したがそんな事になっているとは。というかやはり令嬢たちがエメラルドばかり付けているのは気のせいではなかったのか。
「その上、夕刻になると一際ぼんやりするもんだから“憂いのある横顔”を令嬢たちがわざわざ見に来るようになってさ!しかも君、なんて呼ばれてると思う?た、“黄昏の君”だよ!!!あはははは!」
ファビアンは腹を抑えながら大爆笑し、ひいひいと苦しそうに息を漏らした。
「はあひい、ただでさえ軍服のせいで黒の騎士、白の騎士なんて並べて恥ずかしい呼び方されてるのに、君のせいで僕まで“朝焼けの君”とか呼ばれたらどうしてくれるんだよ」
「わかった、もういい、やめてくれ」
ファビアンに散々馬鹿にされて顔に血が上り、思わず両手で顔を押さえ視線を下に落とした。
まさかそんな事になっているなんて。
正直言って顔から火が出そうだ。これからどんな顔で王宮内を歩けばいいというのか。
息を整えたファビアンが笑顔のまま、顎に手を当て俺の前をゆっくりと往復する。
「まったく、君をこんな風にしてしまうステラ・バルバリア女史には恐れ入るね。船員達に話は色々聞いたが、あれほど全ての船員から信頼の厚い船長とは珍しい。彼らの語る様はもはや崇拝か恋でもしているようだったよ。確かに彼女は美人だけど、それだけじゃああはならない」
そうしてぴたりと俺の目の前で立ち止まり、興味深そうに俺の顔をじっと見た。
「君が恋に落ちるくらいだ。よほど実力があるか人間的に魅力的な人なんだろう。冗談じゃなく三人で一度ゆっくりお茶でもしてみたいよ」
そういってファビアンは俺の肩に手をぽんと置く。本当に冗談じゃない、こいつと茶でもしようものなら彼女の前でひたすらにからかわれて恥ずかしい思いしかしないに決まって...待て、その前に今なんと言った?
「...恋?俺が?」
思わずそうつぶやくと、ファビアンはきょとんとする。
「えっ、どう見ても恋でしょ。気づいてなかったの?」
な、こ....恋だと!?!?
俺のこの不調は、恋愛感情だと言うのか!?
だが思い返せば彼女の事ばかり考え、動悸、息切れ、気の緩み...まさか、まさか本当に。
あまりの衝撃に固まっているとファビアンは俺の顔をまじまじと見た後弾けるように大笑いする。
「あはははは!!!嘘でしょ!!君、なんだと思ってたの!いくらなんでも朴念仁にもほどがあるでしょ!」
「俺はてっきり下心やそういった類のものかと...」
「あっはは!いくら男とはいえ性欲だけで四六時中一人の人間を思い出してたらとんでもない変態だ!安心しろ、それは恋だよ。初恋おめでとう!」
俺の背をばんばんと激しく叩きながらファビアンは笑いすぎて喉を引き攣らせる。
「あー笑った笑った、全く勘弁してよ。ルカーシュ殿下にもこの大ボケをお伝えしないと」
「絶対にやめろ」
「殿下は既に気づいておられるよ。だって君、報告に伺った殿下の御前でも上の空だったんだから」
「な、んだと...!?」
「セルヴァンテも、何なら騎士団のメンバーもこの数日で流石にみんな気付いてるよ」
「...っ!!」
「僕とライデンなんか君がどうやって告白するのか賭けてるぐらいだ。しかしまいったな、恋と気づいてすらいなかったなんて!あいつの“告白できず抱え込む”に対して“いきなり婚姻を申し込む”と掛けた僕が不利じゃないか!セリウス、今すぐプロポーズだ!」
「お前ら...仮にも俺は上官だぞ」
てへっ⭐︎と頭をこつんと叩きわざとらしく舌を出すファビアンに俺は長い長いため息をつく。
これが本当に初恋だとすれば、職場に知れ渡っているなんて最悪にもほどがある。耐えられないのでもう帰らせてほしい。
「ま、でもそれくらいアプローチしないと望みはないかもしれないよ。彼女、幼馴染のめちゃくちゃわかりやすい恋心にすら気づいてなさそうだったし」
幼馴染!?そんな人間がどこに...歳の近い船員...まさか、あの副船長、コンラッド・ザカラムの事か!言われてみればやけに敵意を剥き出しにされる上、彼女との距離が近すぎる気がする。
「あの感じじゃ彼女を狙っていて気付かれてないやつが他にも居るだろうね。がんばれセリウス!」
他にも、いや心当たりがある。ルドラーだ。
あの男はその軽薄そうな見た目と喋り方で誤魔化していたが本気で彼女を欲しがっている。
あの交渉の際、黒服の魔法攻撃の照準は俺の命こそ狙っていたが彼女へは手足のみだった。多方、彼女は殺すなと命じられていたのだろう。
早くも二人の男に彼女が狙われていると実感した途端、急激に心臓が冷える。
だが自分はたった今恋心だと自覚したばかりだ。完全に出遅れている。だが、恋愛小説や演劇に今まで興味すら沸かなかった自分には、恋愛的なアプローチなんて全く見当もつかない。
「...俺は何をすればいい」
「えっ?じゃあとにかく婚姻を申し込んで!」
「それが良くないと言うことだけはわかる」