26.動揺
初めて評価を頂いて感涙しています...!
大きなモチベーションになりました。これからも書き続けますのでどうぞご支援よろしくお願いいたします٩( 'ω' )و
※今回はセリウス視点です※
一昨日、王都での仕事を終えてからどうにも俺はおかしい。日常生活のふとした時に、なぜかステラさんのことばかり考えてしまうのだ。
それも何度も何度も。
原因として思い当たるとすれば、あの日彼女の意外な姿に衝撃を受けたからだろうか。
普段の彼女はあんなに威風堂々としているというのに、馬を気遣いすぎて乗馬ができず泣き言を言ってうなだれたり、俺の前に座る事がよほど恥ずかしいのか真っ赤になる姿は実に予想外で、可愛らしいとまで思わされた。
また、娼館でドレスに着替えた彼女は想像以上に美しく妖艶で、一目見た瞬間心臓が激しく脈打ち顔が熱くなるのがわかった。その艶やかさに目を離すことができず、混乱魔法にでもかかったかと錯覚するほどだった。
一人の女性を心の底から可愛らしい、美しいなどと思うなんて初めてだ。
自分は突然訪れたその感覚に激しく動揺した。そして彼女がその姿であのルドラーに口説かれるのを許し、ましてや肌を見せて迫る姿に激しい怒りを覚えたのだ。思わず彼女を罵ってしまうほどに。
そして一人夜の街に出ていく彼女が...ルドラーの元に向かう彼女が、それからどうなるかと考えただけで頭が真っ白になり気が付くと馬を飛ばしていた。
女性にこんなに感情を揺さぶられるなんて20年生きてきた中で一度もなかった事だ。
令嬢や娼館の女達が腕に触れてきたところで居心地の悪さは感じても、興味を持つ事などなかったのだから。
彼女は一体何なんだ。
彼女の事を考えただけで、なぜこんなに心が掻き乱されるのだ。
「————はどう思われますか」
「...団長?セリウス殿、どうなさいました?」
部下達に声をかけられてはっとする。
今は重要な会議中だというのに何を呆けているんだ俺は。ファビアン以外の全員が俺を案じて怪訝な表情で見つめている。
「いや、少し考え事をしていた」
俺が答えると部下達が目を見合わせる。
「団長が会議中に上の空だなんて珍しい」
「体調でもお悪いので?」
「いや、問題ない。...魔獣討伐の陣営だったな。ファビアンと二班に分けるのは同意だ。風属性持ちのエルタスとヴィゴは俺とファビアンの下で分かれて探索と伝達を任せる。それから...」
しばらくして無事作戦会議がまとまり、俺は会議室を後にする。
最年少で騎士団長を任された手前、模範たるべきと務めていたのに情けない。ファビアンがやたらニヤニヤと俺を眺めていたのが癇に障ったが、触れると良くない事が起こる気しかしないので気付かないフリをした。
王城内の廊下を歩いていると、窓から夕陽が差し込んでいる。
ふと外を見ると、オレンジから鮮やかな赤へと濃淡が移っていく空の色が、ステラさんの豊かな長い髪を思い出させる。
あの髪もこの夕陽のように美しかった。あんな特殊な髪色はこの国で他に見た事がない。ふわふわと空気を含んでなびく、柔らかそうな髪。
「まあ、黒の騎士様が夕陽を眺めていらっしゃるわ」
「なんて憂いのあるお姿かしら...」
女性の囁き声が耳に入り、またもはっとする。
まずい、また呆けていたらしい。
俺はどんな表情をしていたんだ。
声のした方を振り向くと少し離れたところにいる二人組の令嬢がびくりとする。
「ゔぇっ、ヴェルドマン騎士団長様、ご機嫌よう。」
「ご、ご機嫌よう。」
気まずそうな笑顔で令嬢達がカーテシーの形をとる。俺も気まずい内心を悟られないよう表情を崩さず胸に手を当てて騎士らしく礼をした。
ふと顔を上げると令嬢の首飾りが目を奪う。
大粒のエメラルド。彼女の瞳の色だ。
あの意思の強い、大きくて美しい瞳。
「騎士団長様...?」
令嬢が顔を赤く染めてこちらを見る。
しまった、また俺としたことが。
「失礼。美しい首飾りですね」
俺は表情を崩さぬよう細心の注意を払ってそれだけ言うとくるりと向きを変えて廊下を歩き去る。だめだ、だめだ。やはりおかしい。
なぜ彼女のことばかり考える...!
それから数日間、この症状は治るどころか悪化していった。振り切るためにひたすら修練に身を投じたり、いつもより早めに就寝時間を取ったり、考えないようにとすればするほど裏腹に常に考えるようになってしまった。
しかもなぜか、最近王城内ですれ違ったり練兵場の見学に来る令嬢達が、エメラルドばかり身につけているような気がする。今まで女性の宝飾品に興味がなく気付かなかったのを、自分が意識しすぎてそればかりに見えるのだろうか。だとすればもはや末期だ。
その上、今朝は口に出すのもはばかられるような夢を見た。夢の中で彼女はあのドレス姿で、机の上に腰掛け脚を組んで俺を見下ろしていた。その長くすらりとした脚をゆっくりと組み変えて、俺の胸元へつまさきを沿わせた。
そして赤い唇が妖艶に囁く。
“お前にだったらいいんだろ?セリウス”
その瞬間に目が覚めた。
起きるとバクバクと心臓は跳ね、全身が熱を帯びていた。しかも自分の下半身が痛いほど張り詰めている。あまりに最低すぎて頭を抱えた。
別に自分もそういった欲求がないわけではない。ただそれは男の本能として興味があるくらいのもので、漠然としていた。同僚達が誰がいいかなんて話で盛り上がっていても、自分は誰か特定の相手と関係を持ちたいなどと考えたこともなかった。
だというのに、数日共に仕事をしただけの彼女に対し、己がこんな劣情を抱いているだなんて知りたくなかった。俺は騎士の風上にも置けない、なんて下劣な男なのだろう。
ええい、とりあえず仕事の続きをしよう。この膨大な報告書を片付ける事に集中すれば、雑念や煩悩も消えるはずだ。羽根ペンにインクをつけ直そうと書類から顔を上げたその瞬間、満面の笑みのファビアンの顔が目の前にあった。
思わずガタンと大きな音を立てて椅子ごと後ろにのけぞる。
「今、“ステラさん”の事考えてたでしょ」




