1-3.船出と邂逅
カーラ・バルバリア。
元貴族であった彼女は、負債の膨らんだ家の没落後15歳で海賊となった。
その後22歳で船長にのし上がり、海賊でありながら敵国アガルタ帝国の艦隊を15隻沈めた功績により、母国イズガルズの国王に“レジェス”の称号を叙勲された女傑であった。
指揮統率と駆け引きに優れ、齢が50になる頃には主艦“緋色の復讐号”の下に保有する船はその全てで40隻を超えた。
この海で彼女の名を知らぬものはいないほどの大海賊。
通称“エルティア海の女王”だ。
あたしはその娘、ステラ・バルバリア。
今年で24になる。
母と同じエメラルド色の瞳に夕焼け色の跳ねた長髪を腰で一つに縛り、船長らしく羽付きの海賊帽に母の物に似せた金刺繍の赤いロングコートを纏った。
だが母が身につけたものは全てあの砲撃で吹き飛んでしまった。
最後に手渡された片割れの耳飾り以外は。
母を失ってから1年が経とうとしていた。
あの日。
あたし達は主艦の船体を4割、保有船を2隻失うもなんとか隣国の港に逃げ延びた。
だが主艦と残った6隻の保有船の損傷は激しく、航海できるまでの完全修復には時間を要した。
主艦が動けない間はやむなく隣国に留まり、別の海域にあった30余りの保有船と連絡を取り合うことで海上の傭兵稼業と物資の運搬、敵国の艦隊や商船の強襲で生計を立てていた。
いつもとやっている事は変わらないが、自分が海に出られないのは実にもどかしかった。
「...母さん、ようやくイズガルズに帰れるよ。あんたの望み通り国王を弔って、終われば仇を討ちに行く」
あたしは修復され、かつての姿を取り戻した船を桟橋から眺めた。船員たちが出航を目前に慌ただしく荷を船に積み込んでいる。
「そうしていると若い頃の先代そっくりだな。船長」
後ろから荷積みの指揮をしていたコンラッドに声をかけられる。肩までの明るい茶髪にグレーの瞳。
日差しでよく焼けた肌に、その身体は力仕事でよく鍛えられている。あたしより4つ歳上の幼馴染だ。
10才で船に加わった彼とは兄妹のように育ち、母亡き今では副船長としてあたしを支えてくれている。
「お前、また背が高くなってないか?俺を追い抜くなよな」
コンラッドはそう言うとあたしの頭を海賊帽の上からぽんと軽く触れる。
母も高身長だったが、あたしもそれを受け継いでいる。コンラッドはあたしよりマッチ箱ひとつ分くらい高いのだが、ヒールを履いたあたしにギリギリで勝てている程の身長が気に入らないらしい。
「悔しかったら今から伸ばしてみろ。ヒゲも生えないならまだ成長期だろ」
そうあたしがにやりと笑って馬鹿にすると、コンラッドは顔を赤くする。
「気にしてる事言うんじゃねえよ!お前が身長も胸も育ちすぎなだけだろ!」
「あっはっは!負け惜しみを聞くのは気分がいいねえ!」
「誰が負け惜しみだ!まだ俺が勝ってんだよ!」
なんて笑い合っていると、コンラッドが急に真面目な表情になる。
「冗談はさておきだ。2ヶ月前にイズガルズに向かった船が戻らねえし連絡もつかない」
その言葉にあたしは顎に手を当てて答える。
「イズガルズに居るはずの他の海賊達も同じ時期から音沙汰無しだ。...きな臭いな」
「ふむ...」
コンラッドが腕組みをして考え込んでいると桟橋から部下が掛けてくる。
「船長!副船長!荷は全て詰み終わったぞ!」
「だとよ、とにかく行こうぜ!女王様」
コンラッドが船に飛び乗るとあたしに手を差し伸べる。考えていてもしょうがない。
あたしもその手を取って勢いよく飛び乗った。
「よし、お前ら!出航だ!!」
「面舵一杯!イズガルズへ!!」
7日後、母国イズガルズに無事到着し船着場に錨を下ろさせていると、何やら陸が騒がしい。
「なんだあの兵の数は...軍艦用の船着場はもっと離れてるだろ」
そう言ってコンラッドが中甲板の柵から身を乗り出す。船着場には2〜30ほどの帯刀した兵士たちが闊歩し、なにやら他の船と争う声も聞こえる。
「前は港の関所に見張り兵が常駐していただけのはずだ。一年の間に何があったんだ...?」
「そこの赤い帆船!船長に告ぐ!今すぐ下船して入港手形を提出せよ!後に続くそちらの6隻の保有船も同様だ!」
声の方向を見れば、軍服に身を包んだ兵士の一人が桟橋から呼びかけている。
コンラッドがあたしを振り返った。
「おい、入港手形...」
「ない。あの時に船長室で燃えちまった」
「先代の勲章は?」
「遺体と共に吹き飛んだ」
「...どうすんだ...なんで先に言わねえんだよ...」
あたしの返答にコンラッドが頭を抱えてうめく。まったく、仮にも副船長の癖にすぐ狼狽えやがって。あたしは余裕のない彼の背中を叩いて、にっと笑ってやる。
「なあに、母さんの時は顔だけで通れたんだ。関所の連中には娘のあたしも顔が知れてるし、ダメならこの耳飾りがある」
「はあ?なんで耳飾り...」
呆れた顔のコンラッドに、あたしは軽く耳元の宝石を持ち上げて見せた。陽光を受けてきらめく大粒のエメラルドは深い輝きを放ち、縁取られた黄金の石座が回り、ゆっくりと彼の方を向いた。
「これは母さんが王から賜ったものだ。エメラルドに純金。見ろ、石座の背面に印があるだろ」
石座の背面には、繊細な細工で優美な三日月がくっきりと彫られている。
「月の紋章...王家の印か!」
コンラッドが目を見開いてこちらを見やり、あたしは頷いて返す。
「そ。あとなんかマジナイがどうとか言ってたが忘れた!とりあえずだ。これさえ見せれば兵士どももあたしたちにひれ伏すだろうよ」
そう言ってあたしは不敵に笑って見せた。
「船長に告ぐ!今すぐ下船せよ!下船せぬならこちらから...」
「そう急ぐなよ」
兵士の言葉を遮り、あたしは堂々と船から姿を現し髪を靡かせる。わざと低めの声で威圧するように彼らに向けて名乗りを上げた。
「バルバリア海賊団、“緋色の復讐号”船長。エルティアのカーラが娘、ステラ・バルバリアとはあたしの事だ」
あたしはゆっくりと船に立てかけた木製の板を降りる。兵士たちはあたしの姿を確認すると一瞬息を飲み、槍を構えこちらを囲む。
「おい、武器を降ろさせろ」
ぎろりと睨むと声を上げていた兵士はわかりやすく怯みつつも、こちらに手を差し出す。
「そっ...、その前に入港手形を確認させてもらおう」
「悪いがアガルタの船と交戦して焼けたよ。母と勲章も砲弾に吹き飛んだ。関門のレスター警備兵長はどこだ?あいつならあたしの顔がわかるだろう」
あたしがそう言うも、兵士は気まずそうな顔をする。
「...レスターは死亡した。現在入港許可の証明ができない船は全て捕縛され尋問を受けている。他に証明ができる物は」
「死んだ!?どういう事だ...!ならこれを見ろ。前王から母に賜った印章付きの耳飾りだ」
そうして耳飾りを外して背面の石座を見せる。
兵士はそれを手に取りまじまじと見つめた後、「しばし待たれよ」と言うと誰かを呼びにその場を離れた。
するとその兵士の向かった方から、外套付きの黒い軍服に身を包んだやたらと背の高い男が現れる。見上げるような体躯に、長い黒髪を靡かせたその男は高位の騎士のようで、兵士たちは素早く敬礼すると彼が通る道をすっと開けた。
「娘。ステラ・バルバリア、と言ったな。前王から下賜されたという耳飾りを確認した。片方しかないのはどういうことか」
男は憮然とした低い声で言い放つと、こちらを獅子のような黄金の瞳で睨みつける。珍しい瞳の色だ。なんて思いつつも、その無礼な物言いにあたしは眉を上げた。
「あたしの名を気安く呼ぶな。砲弾をまともに喰らって両方無事だと思うか」
あたしは凄んで見せるも、冷淡な表情で男は淡々と言葉を続ける。
「では魔研部署に移動し鑑定と取り調べを受けてもらう。本物だと証明できなければ、王の名を謀る者として極刑となる可能性もある。こちらへ」
彼がそう言うや否や、兵士たちがあたしの腕を取り押さえた。いきなり捕縛するとは、ずいぶんやり方が乱暴じゃないか!
「このあたしの言葉を疑うのか!!」
あたしの怒鳴り声にコンラッドが船から飛び出し、庇うように立ち塞がる。
「副船長のコンラッド・ザカラムだ!船長を尋問して場合によっては極刑だと!?どういうことだ!」
青筋を立てたコンラッドが立ちはだかるも、男はただ面倒そうに彼を見下ろした。
「そこをどけ。俺は仕事をするだけだ」
「お前らの鑑定に間違いがないって言い切れるのかよ!ステラ、逃げろ!!」
コンラッドが男に掴み掛かった。
バチリ!!
大きな音がしたかと思えば、眩しい光が男の指先から放たれ、それを首元に受けたコンラッドが力無くその場に倒れ込む。
「コンラッド!!!!」
「お前ッ!!ただで済むと思うな!!」
あたしは激昂すると掴まれていた腕を思い切り振り払う。素早く腰から鞭を抜き放ち、囲んでいた兵士たちに向かって大きく振るう。
鋼を編み込んだ鞭の一撃をまともに食らった兵士たちは後ろに吹き飛び海へと落ち、あたしはコートの内側から男に向かって三本の小型ナイフを同時に投げ付けた。
男が宙に手をかざすと光の盾が現れ、ナイフが弾き飛ぶ。くそ、あたしのナイフを見切るとは、なかなかに反応が速い。
魔法を使うなら接戦に持ち込むしかないだろう。
あたしは男に向かって素早く走り込む。
男はその行動にほんの少し興味深そうな顔をしたかと思うと、眉を顰めてため息を吐いた。
「...仕方がない」
男がパチンと指を鳴らす。
その瞬間、男の指から放たれた稲妻が激しく炸裂し
あたしは意識を失った。
ステラの声はCV:田中敦子さんで再生していただけるとぴったりかなと思っています。
挿絵があったのですが需要がない気がするので取り下げました。
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