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25.衝突

「はあ疲れた!あいつの会話に付き合うと気力が一気に持っていかれる」


 店の外に出てうーんと伸びをすると、ひゅうと風が吹いて肌寒さに震えた。セリウスが娼館の借り物の毛皮のストールをあたしの肩にかける。


「ん、ありがと」


 毛足の長い毛皮のストールは空気を含んでふんわりと温かい。あたしが振り返るもセリウスはいつも以上に仏頂面を決め込んでいる。そういえばこいつ、何かに腹を立てているんだったか。


「なあ、説明しなかったのは悪かったよ。でも敵を騙すには味方から、とか言うだろ?」


 あたしが腰に手を当ててセリウスの顔を下から覗き込むと一瞬後ろに下がり、よりしかめっ面をしてあちらを向いてしまった。


「おい、セリウス」


 あたしが呼びかけるも、セリウスは振り向かず歩いて行く。よほど苛立っているらしい。


「日も落ちました、食事処へお連れします」


 それだけ言うとそのまま歩き出すので、仕方なくあたしもついて行く。なんだよ、あたし他に何かしたか?そんなに腹を立てることないだろうに。


 いざ店に着くと、そこはかなりの高級店らしい。ドアマンがセリウスに会釈して物々しい重い扉を開ける。


 店内は質の良い調度品でそろえられた、重厚感のある落ち着いた作りだ。受付のカウンターで名前をしっかりと控えられる。どうやら貴族御用達の会員制の店のようだ。ふうんなるほど、上級騎士達は普段こういう店に行くんだな。


 分厚いカーテンで仕切られた半個室のような席に通される。ウェイターに椅子を引かれ座るとほのかな蝋燭に照らされて意外にも落ち着く空間だ。まあ相手のセリウスが明らかに苛立っているので台無しだが。


 分厚いメニューを渡されるが、難しい名前ばかりでよくわからない。セリウスに聞きたいところだが目も合わせようとしないのでため息をついてウェイターに適当に見繕ってもらった。どうせ値段が高かろうがルカーシュの経費だろうし。


「なあ、おい。いつまでそうしてるつもりだ」


 運ばれてきたワインに口をつけながらあたしはセリウスに話しかける。


「今日の何が気に入らない?説明しなかった事なら謝ったろう。お行儀悪く机の上に乗った事か?あいつとの取引が荒っぽすぎたか?」


 料理が運ばれてきて目の前に皿が置かれる。

大きな皿に小さな野菜や魚がちょこんと並べられている。...なんだこれ。

適当に並べられたフォークを取って口に運ぼうとするとセリウスがこちらに険しい目を向ける。


「...それではありません。一番外側から使ってください」


 やっと言葉を発したと思ったら行儀作法かよ!

まあ教えてくれた事に変わりはない。若干苛つきつつも、正しいフォークに握り直して改めて料理を口に運んだ。


 ん、見た目以上にうまい。ものはなんだかよくわからないが、美味けりゃなんでもいいか。

 ちょっとだけあたしの機嫌が治る。

セリウスを気にするのをやめて料理を楽しんでいると、いつの間にかあたしをじっと見ていたセリウスが静かに口を開いた。


「...いつも、あのようなやり方で交渉しているのですか」


 あのようなやり方?

いきなり乗り込んで勘とその場の勢いでやっているのかって事だろうか。


「まあ、そうだな。結局はあれこれ難しく考えるより一番上手く行く」


 それを聞くとセリウスはぐっとその手を握る。

おいおい、その高そうなテーブルクロスを燃やすんじゃないだろうな。あたしは心配になってその手をちらりと見る。


「あのように脚を晒し、破廉恥な姿を男に見せつけるのが一番上手く行くと」


 セリウスは棘のある言い方であたしをじっと見据えながらたずねる。


「あのな、破廉恥ってお前...。まあいい。特にルドラーはあたしを欲しがってたからな。色仕掛けを試して見るには都合が良かった」


 実際使える事がわかったし、あの程度で良ければ楽なものだ。セリウスは拳をさらにきつく握った。


「あなたに気がある男になら、誰にでもそのような行いをして見せると言うのですね。慎みはないのですか」


 セリウスはわかりやすく怒りを孕んだ口調で非難するように尋ねた。その物言いに思わずカチンと来る。


「なんだ、あたしのやり方に文句があるのかよ。

今回あいつをうまくやり込めたのはあたしの交渉のおかげだろうが」


 あたしも同じく怒気を孕んだ声で言い返すと、セリウスは拳を音を立てて机に置く。


「だからと言ってあんな露出姿で危機感もなく男に迫り、その体にべたべたと触れさせるなど...!」


 セリウスの拳からバチン!と火花が散る。

侮辱的な言葉にあたしはワイングラスをダンとテーブルに置いた。ワインが勢いよくテーブルに溢れる。


「なんだその言い草は!あたしが売女まがいだとでも言いたいか!」


 セリウスの拳が緩み、はっとした顔になる。

だがもう遅い。

ここまで言われて飯なんか食えるか。


「帰る!ルドラーに馬車を出させるから送りは結構だ!」


 あたしはガタンと音を立てて立ち上がると、ウェイターから毛皮のストールをひったくって踵を返す。


 外に出ると星空が見えた。ひどく寒い。

震える肩を抱いてあたしはルドラーの店の方へ早足で歩き出した。


 歓楽街の路地に入ると酔っ払った男達がたむろしている。今日はやけにこちらへの視線が刺さる。いつもはもっと怯えたような遠巻きな視線なのだが、今日はじっとりと男達の視線が絡み付くようだ。


「よお、美人だね。どこの娼館の娘?4万でどうだ?」


 こいつ、酔っ払ってあたしが誰かもわからないか!肩を掴まれ振りかえると男の眼鏡にあたしがうっすらと映る。

 そこには長い髪のただの女が写っていた。

そうだ。街灯があるとはいえ今は夜中。特徴的なあたしの髪の色も見えやしない...!


 あたしはため息をつくと片足に巻きつけていた鞭をするりと取り出す。


「海賊様を娼婦と間違えるとはとんだ間抜けだな。ひっ叩かれたくなかったらどっか行きな!」


 そう言って鞭を石畳に叩きつけると、鋼を編み込んだ鞭はバシッ!!と大きな音を鳴り響かせ、酔っ払いがわらわらと散る。


 ...なるほど、娼婦はこういう不快な思いをするのか。


 普段の海賊らしいコートと帽子はそのシルエットだけであたしを守ってくれていたらしい。それもこうして脱いでしまえばあたしも小娘と変わらないということだ。まったく、女の身体でいるだけで舐められたもんだな。


 はあ、と思わずもう一度ため息をつく。


 そして目当ての賭博場の入り口への階段を登ろうとした時だった。

 やけに急いだ馬の蹄の音が近づいてくる。その音は自分のすぐ後ろまで近づき、振り向いたその瞬間に体が宙に浮いた。


「うわ!?」


 人攫い!?いくらあたしが誰かわからないからって攫うか普通!どんな野郎か見てやりたいが抱えられているせいで過ぎ去る地面と駆ける馬の足しか見えない。


「このっ!離せ!!あたしを誰だと思ってやがる!」


 あたしはなんとか太ももに手を伸ばしてナイフを必死で投げるが、投げたナイフは空中で凍りつき地面に落ちた。


「落ち着いてください、俺です!セリウスです!」


 聞き覚えのある声が頭上から響く。


「はあ!?セリウス!?なんでこんな...!」

「ステラさんこそ、そんな格好で路地裏をふらふらと...馬鹿ですか!!!」


 あたしが放った言葉の途中でいきなり激しく怒鳴られびくりとする。


「ば...馬鹿...」

「ええ、馬鹿です!貴女は今自分がどれだけ魅力的なのか気づいていない!それであの男の元に一人で戻るなど襲ってくれと言っているようなものだ!」


 そう怒鳴りながらあたしをぐいと持ち上げ、自分の前にしっかりと横抱きで座らせる。その険しい表情と言葉に思わず圧倒されて言葉を失っていると、あたしの様子に気付いたセリウスが静かに言葉を続ける。


「...先ほど...食事の時は言い過ぎました。あのような事を言うつもりは無かった」


「ただ、...貴女があのように他の男を誘惑するのが耐え難かった。怒りに任せて貴女の尊厳を傷つけた事...深くお詫びします」

 

 怒鳴っていたかと思えばいきなり真摯に謝られて、あたしは返す言葉に迷う。


「いや、でも、意味がわからない。あたしが誰かを誘惑したとして、お前に害があるわけじゃないだろ」

「それは...」


 セリウスも言葉に詰まる。

そして少しの沈黙の後口を開いた。


「...わかりません。俺もこんな感情は初めてで...。ただステラさんが他の男に肌を見せたり、触れさせる事を考えただけで腹立たしいのです」

「はあ?なんだよそれ。他の男他の男って、自分にならされてもいいみたいな言い草だな」


「...ッ!!」


 あたしの言葉を聞いたセリウスは黙り込み、その途端あたしを抱えているその体がぶわりと熱を持つ。


「あっつ!?お前気温魔法の調節おかしいぞ!」


 あたしが上を向くとそこにあるセリウスの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。


「うわっ!?おい、熱でもあるんじゃないのか」


 あたしが驚いて額に手を当てると、ジュッと音を立てるのではないかと思うほど熱い。思わずあたしはその手を振って冷ました。


「...お気になさらず」


 いや気になるわ!大丈夫なのかこいつ。

セリウスはあたしの方をちらりと見やるが、胸元が目に入ったのかまぶたを閉じて何かを振り切るように軽く頭を振って前を向き直す。

そしてなにやら聞こえないほど小さな声で呟く。


「.....心頭滅却.....」


. ...大丈夫なのかこいつ...。


 あたしは俄然心配になってセリウスを見つめた。あえてあたしの顔を見ないようにしているらしい。


 そうしてしばらく馬を進めるうちに、セリウスの体はまだ熱を持っているが少しずつ冷えた体に心地よい温度になる。がっしりとした体のおかげで安定感もあり、馬の揺れが妙に落ち着く。


 ああ、今日は本当に忙しかった。

それにしても、疲れたな...。


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