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23.再び娼館へ

「さて、腹も満たされたことだし、そろそろ賭場も開く頃だろう。マチルダの言い付け通り娼館に寄っていくか。何か秘策があるらしい。」


 あたしが立ち上がるとセリウスもうなずいて席を立つ。財布を出そうとするとセリウスが軽く手を上げて止めた。


「殿下から経費を預っていますので」

「えっ、いいのか!さすが王弟、太っ腹だな〜!お前ら、王弟殿下に感謝しろよ!」


「「「王弟殿下ばんざーーーい!!」」」


 海賊どもにまた来いよと肩を叩かれながら、店を後にする。


 そういえば、あのミートパイはかなり量があるのだが、仲間と来ていた癖で2つも頼んでしまった。

やっちまったと思ったところ、セリウスはそのすました見た目によらず、あたしの食べきれない分までぺろりと食べてしまうので驚いた。


 正直今日までこいつが食事をしているイメージがさっぱり湧かなかったのだが、まあ軍隊で鍛えているならあのくらい食べられてもおかしくないのか。


 普段はあまり開かない口が思ったよりも大きく開き、かといって頬が膨らむわけでもなくパイが消えていく様についまじまじと見てしまった。


「お前、意外といい食いっぷりだったな。大の男でも一人で食べきれない量だったのに。てっきり少食なのかと思ってたよ」

「戦場では食えないやつから死にますから」

「あはは、間違いない!あたしはよく食べる男は好きだぞ」

「!...それは、なによりです」


 セリウスは少し目を見開いた後、照れたようにうつむく。その口元は若干口角が上がっているような気がする。よく食べたことを褒められて嬉しいだなんて、大型犬みたいなやつだな。


 見覚えのある路地裏を抜けて、マチルダの娼館の裏口を開ける。すると娼館の女達がわあ、とあたしたちに駆け寄った。


「ステラ!騎士団長様!ありがとう!!」

「さっき騎士団の皆さんがママを保護してくれたの!」

「とっても礼儀正しくて優しくて、素敵な方々だったわ」

「ファビアンはいつもの調子だったけれどね」


 どうやらあのファビアンとやらは、あの爽やかな好青年然としていながら夜街に客として出入りしているらしい。どおりでマチルダの話をすんなりと受け入れたわけだ。とにかく無事保護がうまく行ったようでなによりである。


 ほっとため息をついて安堵していると、女達があたしたちを取り囲んで腕を取る。


「ママからステラのことを言付かってるわ。さあ来て、あのルドラーが一目で落ちるようにしてあげる!」

「は?待て待て、それってどういう...」

「いいからいいから!」

「騎士団長様はこちらへどうぞ♡あたしたちに身も心もおまかせになって♡」

「い、いや、俺は...」

「さあさあさあさあ♡」


 あたしとセリウスはそれぞれ女達に手を引かれ別々の部屋に引きずり込まれる。マチルダのやつ、ルドラーの取引のためってまさか!


 女達のパウダールームに連れてこられると、あたしが女にあらがえないのをいいことに、風呂場で肌をこれでもかと磨かれ多種多様の花の香りのするクリームを全身に塗り込まれる。


 丁寧に髪にくしが通され、香油を揉み込まれ、あれやこれやとドレスを姿見の前で合わされた後に丁寧に化粧を施される。


ルカーシュのところで似たような目にあったおかげで、もうどうにでもなれという気持ちで体を預けていると、女達がきゃあと歓声を上げた。


「できたわ〜!!素敵よステラ!素材がいいんだからいつも着飾ればいいのに!」


 目を開けると、大きな姿見にはタイトなドレスを着こなしたゴージャスな美女が写っていた。


 体にピッタリと密着して裾に行くほど人魚のように広がるドレスは、キラキラとした粒を纏って動くたびにきらめく。


 ふとももに深く入ったスリットが若干落ち着かない。傷だらけの手を隠す長いレースの手袋、片耳の耳飾りに合うよう同じ色で揃えられた耳飾り、大きく開いた胸元を飾るきらびやかなネックレス。

下ろした夕焼け色の髪は艶々としてくせのある広がりを活かして豪華に仕上げられていた。 


 瞬きをするたびにキラキラと輝く瞼、跳ね上げたアイライン、赤く艶めく妖艶な唇。

体からは花の芳香がふわりと漂う。


「誰だこれ...、あたしか...」


 思わずそうつぶやくと女達は嬉しそうに微笑んだ。


「これならルドラーどころか、騎士団長様だってイチコロよ!」

「いや、あいつはそういうのじゃ...」


 あたしがそう言いかけると、女達はあたしの肩に手を置いて真剣な目であたしを見る。


「いい?女の化粧は武器よ。ルドラーを引き込むなら自分の魅力で誘惑して上に立つの。なんてったってルドラーはずっとあんたを手に入れたがってるんだから」

「絶対にあいつを優位に立たせちゃダメ、あんたがあいつを落とすのよ」


 彼女たちの眼差しはいつになく真面目であたしを本気で心配してくれているのが伝わる。 

 あたしと変わらない年頃の女達は、幼い頃、商品を卸しに母に連れられて来た時から変わらずずっと夜の街で生きてきた。その恐ろしさを十分に経験しているのだろう。

 だがあたしはそんな心配されるタチじゃない。


「あたしを誰だと思ってる?海賊なんて危ない取引の専門家業さ」


 あたしだってずっと母親の後ろで指を咥えていたわけじゃない。15の時には一人で交渉の場をおさめて来たんだ。困った時は実力行使で、まだ色仕掛けを使ったことは無いが。


「そうね、うん。ステラを信じてる。絶対無事に帰るのよ」

「無事も何も、あたしは元からあそこに出入りしてるんだ。大丈夫だよ」


 女達に優しく背中を押されてパウダールームから出る。すると、ちょうどセリウスも向かいの部屋から出てくるところだった。


 あたしがもみくちゃにされてる間にいい思いでもして来たんだろう、これだから色男は...とセリウスをよく見ると、ボーイに囲まれたセリウスはなにやらきっちりとベストとジャケットを着込みめかし込まされている。長い黒髪も高いところで結い上げられ、ずいぶんきりりとした出立ちだ。


「なんだ、お前も同じようにされてたのか!てっきりあたしは女達と遊んでいるのかと...」


 あたしが笑いかけるも、セリウスは黙り込んでいる。


「セリウス?」


 またどうせ目でも逸らすのだろうかと思いきや、セリウスは魔法でもかけられたかのようにぼんやりあたしの姿を見つめて動かない。


「おい、こいつどうしちまったんだ」


 あたしが困って振り向くと、くすくすとおかしそうに女達とボーイが笑い出す。


「やだ、騎士団長様ったらステラに見惚れちゃってるわ!」

「ほんとずるいわあステラ、国一番の騎士様まで手に入れちゃうなんて」


 あたしに見惚れてる!?こいつの場合はそんなんじゃない、とセリウスを振り向くと彼は右の手のひらで顔を覆い、ひどく赤面している。


「セリウス!やっと動いたか。ったく、このくらいの露出で固まるなんて女への免疫無さすぎるだろ」

「いえ、そうではなくステラさんがあまりに...」

「あまりに?」

「...なんでもありません」


 その様子を見て女達はあたしをつついてますますきゃあきゃあと面白がる。まったく、こいつの性質を知らないからって勝手に恋愛沙汰にして面白がりやがって。


「ほら、茶番はいいから行くぞ!あのルドラーとやり合うんだ、気を引き締めろよ」


 あたしがセリウスの頬をぺちぺちと軽くはたくと、セリウスは目元を抑え長く息を吐いてから、首元のタイを締め直す。


「失礼しました。...行きましょう」




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