22.ひと仕事
馬で王城の門を潜り、練兵場へと向かう。
激しく剣と魔法を交わす群青色の軍服を纏った騎士たちが、馬から降りたセリウスを見るなり一斉に動きを止めて敬礼した。
奥から白い軍服に身を包んだきらめく金髪の男が、にこやかな笑顔でこちらに歩いてくる。確か団長補佐のファビアンとか言ったか。
「やあセリウス!今日は非番じゃなかったのかい?おっと!“ステラさん”じゃないですか!え?何?セリウスったらデートで職場を見せに来たの?やだなあ照れちゃう〜」
相変わらずペラペラと捲し立てるファビアンにセリウスは険しい顔を向ける。
「任務の内容を知っていて適当な事を言うな」
「ちょーっとからかっただけじゃないか~!皆、こちらが噂のバルバリア嬢だ!挨拶しないか!」
ファビアンが高らかにそう言うと、騎士達は一斉に音を立てながら納刀して左胸に手を当てる。そのぴしりとした一糸乱れぬ動きに圧倒されていると、騎士達が一人ずつ名乗りを上げた。
「エルタス・ブラムズ!」
「ヴィゴ・エイセン!」
「ライデン・ギャツビー!」
「ガトー・ヨルムンガンド!」
「ザイツ・エッケンフェルド!」
「「「「「ご拝顔光栄に存じます!!」」」」」
そのあまりの勢いに、思わずあたしは後退る。
「いや、あたしはそんなへりくだられるような身分じゃないから...楽にしてくれ。おい、セリウスからも何か言え」
あたしがセリウスを振り返ると、うなずいて軽く手を上げ楽にするよう指示をする。
騎士達はあたしの動揺する姿が意外だったのか、顔を見合わせつつゆっくりと姿勢を緩めた。
「かのバルバリア海賊団の船長とお聞きして、さぞや厳しいお方かと思えば!」
「お優しく麗しいご令嬢であらせられる」
「どうぞ以後お見知り置きを」
「気軽にいらして下さい」
あたしと順番に握手を交わす彼らを見ればおそらく20代半ば、30代、そして50代頃...とバラバラの年齢が所属しているようだった。その手は騎士らしく皆同様に固く剣ダコだらけだ。
それを眺めていたファビアンも最後に手を出す。
「騎士団というにはずいぶん数が少ないんだな」
「剣牙の魔狼騎士団は、少数ですが僕も含めて魔法騎士きっての精鋭達なんですよ〜!さて、数日ぶりですねバルバリア嬢。本日はどう言ったご用件で?」
あたしはファビアンと握手を交わしながら、セリウスに話すよう目で促す。
「処刑予定の娼婦街の女主人、マチルダ・アラクネスを引き取った。王弟派の重要人物だ。邪魔の入らぬよう馬車で娼館から安全に迎えろ。保釈金が出るまで騎士団で預かる」
「へえ!あのマチルダ婆さん、最近見ないと思ったらそんな目に遭ってたの!了解了解、皆任務だよ〜!」
騎士達はそれを聞くと、和やかな雰囲気から打って変わって真面目な表情に戻り一斉に敬礼をする。
「「「「「承知しました!」」」」」
そしてうなずき合うと即座に動き出す。
「じゃ、行ってきまーす!バルバリア嬢、またお茶してくださいね〜!」
皆が澄ました表情の中、一人ヘラヘラと笑いながら馬で去っていくファビアンを見てセリウスはため息をつく。
「お騒がせしました。ルカーシュ殿下の元へ急ぎましょう」
ルカーシュの元に訪れ事情を説明する。
「なんと、これはお手柄だ!いやあ流石ですね、二人とも」
ルカーシュはあたし達の手を握ると、にこにこと満面の笑みで微笑んだ。
「王家による白き政治が推し進められる中で、私が直接夜街に手を出すのは非常にリスクが高く難しかったのです。ですが兄上が国営を画策しているなら話は別です。これを先に進められるのは非常に有利ですよ。すばらしい!」
ルカーシュはすぐさま執務用の机に向かい、戸棚から便箋を取り出す。
「諸侯による保釈金支援の手続きと、サヴォワール夫人に買収と私名義での経営をお任せしましょう。彼女なら娼婦達の扱いもきっとよくやります。ぴったりの配役と言えるでしょう」
るんるんとご機嫌で羽ペンを滑らせると慣れた手つきで封蝋を押す。パタパタと冷ますとセルヴァンテがそれを速やかに受け取り部屋からするりと出て行った。
「はい、完了です。あとはつつがなく進むでしょう。あなた方には後で褒賞を贈りますから、後の任務もよろしく頼みますよ」
流れ作業のように素早く報告が終わり、あたしたちは王城の外に出る。
「まさにトントン拍子だったな...」
「殿下は非常に仕事の出来るお方ですから」
賭博場の開く昼過ぎまではまだ時間がある。
そういえば娼館を出る前にマチルダがもう一度娼館を訪ねるように言っていた。
「ビッグ・ルドラーをたぶらかすならうちに寄ってから行きな」
たぶらかすと言われると人聞きが悪いが、夜街に生きる彼女の言うことは信用するべきだろう。だがその前にやることがある。
「動き回ったら腹が減った!飯にするぞ、飯!」
「...ですね」
再び馬を王都入り口の馬宿に預け、あたしはセリウスを後ろにずんずんと路地を進む。
夕飯はセリウスが見繕っているそうだが、昼は自由にしていいという。ならばこの国に帰ってきたら必ず行く店があるのだ。いつもは王都まで幌馬車を借り船員を引き連れて来るが、今日は二人なので実に身軽だ。
あたしは路地裏の小さなパブの扉をご機嫌に開ける。
「よお、おっさん!やってるか?」
賑やかなパブのカウンターの中でおっさんと呼ばれた髭もじゃの男がこちらを向く。
「おお、ステラ!ステラじゃないか!一年ぶりだな!」
その声にパブの客達があたしを振り向いて歓声を上げる。
「ステラ!元気にしてたか!」
「女王様じゃねえか!船が来てる噂はあったがここに来ねえから心配したんだ!」
あたしは顔見知りの男達の肩を叩いて回る。
「いやすまないな、このご時世で色々あった」
「だろうなあ、無事で何よりだ」
「コンラッド達は今日は来ねえのか」
「ああ、それだが...今日は仕事仲間と来たんだ。
セリウス、入り口で突っ立ってないで入ってこい」
あたしが声をかけるとセリウスの方に全員の視線が動く。そして全員がガタンと椅子の音を立てて後退りするとその場に這いつくばった。
「ヴェルドマン騎士団長!?」
「その節は世話になりやした!王弟殿下によろしくお伝えくだせえ!」
「今命があるのは団長殿のおかげでさあ!」
セリウスは無表情のまま若干後ろに後退する。
どうやらあの顔で動揺しているらしい。
「なんだ、お前顔見知りだったのか」
あたしが声をかけると、セリウスは動揺を隠すように軽く咳払いをする。
「ええ、ステラさんが来るまでに港で保護した海賊達です。まさかここに集っているとは...」
「まさかも何も、ここは海賊しか来ない隠れ酒場だからな」
あたしが肩をすくめると、這いつくばっていた海賊達が顔を見合わせる。
「ステラ、騎士団長殿と交友があったのか」
「さすがは女王、国最強の騎士にまでタメ口かよ...」
「カーラの娘なだけあるぜ...」
あたしはにっと笑ってみせるとカウンターに腰掛け、隣の席に座るようセリウスを促す。
「おっさん、エールを全員に一杯ずつ!お前ら、驚かせて悪かったな。まあ飲み直せ」
おそるおそる立ち上がった男達の元にエールが配られると、途端にご機嫌になって乾杯を始める。
「女王様万歳!騎士団長殿万歳!」
「はいはいどうもね」
あたしは全員の乾杯を軽く受けると、カウンターに向き直る。
「おっさん、いつもの!こいつの分も頼む」
「おう、ミートパイと揚げエビね」
慣れた様子でおっさんが背を向けたまま返す。
あたしはエールをグビリと煽った。
はあ、一仕事の後の一杯はうまい。
セリウスを見れば、エールを手にしたままじっと見ているばかりで口をつけない。
「どうした、飲まないのか?」
「仕事中ですので」
まったくなんて堅いやつだ!
今は言ってみりゃ休憩時間みたいなもんだろうに、どこまで騎士様ってのは真面目なんだか。
「別に酔わなきゃ罰は当たらんだろ。誰に見られてるわけでもないんだし」
あたしはそう言ってまたエールを煽るが、セリウスはエールのジョッキを後ろの席の男に渡してしまった。ふん、つまらんやつめ。
「はい、いつものね」
おっさんの声と共にテーブルにドンとミートパイと揚げエビが置かれる。
こんがりと焼き色のついたパイ生地に、カリッと素揚げされたエビ、添えられた真っ赤なソースが食欲をそそる。
「ほら、飲めなくても食えるだろ。ここはこれが格別に美味いんだよ」
あたしはそう言うとミートパイを頬張る。濃い味の肉汁とサクサクのパイが絶妙に美味い。思わず頬を押さえて目を瞑った。
その姿を見て、セリウスも控えめにパイを切り分け口に運んだ。ほんの少しだけセリウスの目が見開く。
「...美味い、ですね」
予想外だとでも言いたげにつぶやくセリウスの背中を、嬉しくなってあたしは叩いた。
「そうだろ!これでエールを飲まないなんて損でしかない。渡しちまうなんてほんと馬鹿だな」
セリウスはエビもさくりと一口食べてうなずく。
「...次は非番の日に」
なんだよ、時々こいつ可愛いな。
あたしは笑ってセリウスを小突く。
「仕方ないな、また付き合ってやるよ!」