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聖夜

【※現代転生設定です!苦手な人はブラウザバックをお願いします】

・舞台は日本

・前世の記憶あり

・見た目そのまま転生




 世間はクリスマスイブの夜。

あたしはセリウスの手を引いて、煌びやかな街並みを歩いていた。

 

 目を惹くバーガンディのガウンコートを纏ったあたしの斜め後ろで、セリウスの仕立てのいい黒のチェスターコートの裾が(ひるがえ)った。

 振り返って彼を見上げると金の瞳が優しく微笑む。指を絡めれば、揃いで買った黒革の手袋が擦れて小さく音を立てた。


 ふわりと彼に微笑み返した途端に、びゅうっと冷たい風が吹きつけてあたしは思わず首をすくませる。

 

「うーっ、さむ!イルミネーション行く前にあったかいもん飲みたいな」


 首元のファーをぎゅっと抑えてぶるっと震えると、セリウスがくすりと笑う。


「どこかカフェにでも入りますか」

「だなー...おっ、ちょうどスタバみっけ!」

「すたば...?ああ、“スタートバックス”...」

 

 あたしが指し示したチェーンのコーヒーショップにセリウスは疑問符を浮かべて、そして思い至ると少し苦々しげな顔をする。


「何だよ、スタバ嫌か?」

「いえ...、入ったことが無いもので」

「どーせ入りにくいとか思ってんだろ。ワックと変わんねーよ」

「俺はワクドナルドも行きませんので」

「まじかお前。信じらんねーな」


 至って真面目に、なおかつ怯んだような顔で立ち止まる彼の腕をぐっと引くと、「ほらおいで」とあたしはガラスの自動ドアを潜った。彼の肩が若干強張る。


 ちょうどディナーの時間と被っているせいか、予想外にあまり混んでいない。セリウスはショーケースに並んだ様々なフードを興味深そうに見下ろした。


「意外に軽食も種類があるのですね」

「うん、せっかくだしもう食べちまうか。ちゃんとしたディナーは明日予約してんだろ?」

「ええ、相変わらず帝國ホテルで変わり映えしませんが」

「そっちが行けてなんでスタバに入れないかねえ」


 結局世界が変わっても彼の産まれはまさかの警視庁のトップ、つまりは警視総監の息子で、家柄のおかげかいい店しか知らない世間知らずだ。

 かつての騎士団長だった彼となんとなく生い立ちが被っているのは、何か転生における縛りでもあるのだろうか。


 そんな事を考えていれば、列が進んで自分達の番になってしまう。


 「ご注文お伺いします」とにこやかな女子大生らしき店員に笑いかけられ、あたしはにっこりと微笑み返した。照れたように目を伏せて頬を赤らめる彼女をあえて気にせず、メニューを指差す。


「じゃ、トールのホットのジョイフルメドレーティーラテのブレベミルク変更オールミルク茶葉追加バニラシロップ変更で!」

「今、なんと?」


 あたしが言い慣れた長い注文を聞くなり、セリウスが驚いた顔をしてこちらを見る。


「気に入って毎年飲んでてさ。あとシナモンロール、温めなしでお願い。セリウスは決まったか?」

「えっ、いや、......ホットコーヒーがあれば、L...いや、トール?サイズで」


 いきなり振られたセリウスは慌ててメニューに視線を落とし、結局選べなかったのかただのコーヒーをたどたどしく注文する。それから彼はショーケースをチラリとみて指を差し「この、端のやつを」とベーコンとほうれん草のキッシュもなんとか追加した。


「リベイクしますか?」と訊かれて「りべ...?」と固まり、あたしが横から「うん温めて」と口を挟む。


 セリウスはその様子に「ああ」と気がついたように頷き、「そういう事か...」と口元に手を当てた。

 長財布を出して「カードで」とだけ言い慣れているのが妙に面白くて、あたしはくすくすと肩を震わせた。


「ふふっ、スタバ来てふつーのコーヒー頼むやつ初めて見た」

「いや、単に初めてですので...」


 居心地悪そうにする彼にあたしはまたくすくすと笑う。それから並ぶ間に彼を見上げれば、まじまじとレシートを眺めて「ジョイフルメドレー、ゼンブミルク...?」と注文した内容を興味深そうにつぶやく姿に頬を緩ませる。


「次はお前の好きそうなのを頼んでやるよ。そうだなあ...、ホワイトモカのシロップ少なめショット追加ホイップ抜きとかいいんじゃないか」

「...よくわかりませんが、次回はそれで」


 こくりと頷く彼がますますいじらしくて、絶対また連れて来よう、なんて思わずにいられない。



 注文したものが乗ったトレーをそれぞれ受け取り、窓際のカウンター席を選んで横並びに置く。せっかくのクリスマス。賑やかな街の明かりが見えた方がなんとなく気分がいいからだ。


 暖房の効いた店内で互いにコートを脱いで手袋を外し、ふう、と息を吐く。

 跳ねる髪が静電気で癖が強くなって、ふわふわ膨らむのが鬱陶しい。うう、またか、と口を尖らせて撫でつければ、セリウスが金の瞳を細めた。


 脱いだコートをきっちり畳むセリウスは、少し厚手の黒のタートルネックを身に纏い、生地感の良い同じく黒のスラックスと革靴で品よく纏めている。アクセサリーは堅実に機械式の時計だけ。何とも飾らない彼らしいことである。


 対して雑にコートを椅子の背にかけたあたしは、彼より少し薄手のぴったりとした黒のハイネックリブニットに一粒パールのネックレス、濃いめのスキニージーンズ。

 それから赤いハイヒールと、シンプルな赤いネイル、耳元には揺れるゴールドのピアス。普段とそう変わらないが、少しはデートの為にめかし込んだつもりだ。


 黒髪長髪で2メートル近い長身のセリウスに、彼より頭半分低いだけの身長と、変わらず派手な夕焼け色の髪のあたしは、この国ではかなり浮いている。

 並び立てばなんとなく店内の注目が集まるのを感じるのは、きっと気のせいじゃないだろう。


「また体の線が出る服を...」


 セリウスはそう言いながらあたしをじっと見下ろし、少し赤くなって咳払いをする。


「しかし、この時期に良く休めましたね。イベント業は繁忙期では」


 今世でのあたしの仕事はイベント企画運営業。

敏腕女社長・有明(ありあけ)カエラの娘かつ副社長として、忙しく世界中の現場を飛び回っている。


「なんか主催者側で色々あって潰れてさ。イブと2日休みが取れるとは思わなかった。お前の方も警備はそれこそ繁忙期だろ、よく休めたな」


 彼は本来警官のサラブレッドとして高官レールに乗っていたらしいが、現在は大手警備会社の現場総括主任だと言う。なので要人警護やなんだと本来はかなり忙しい時期の筈なのだ。


流風(るか)羽日屋(はびや)が“ようやくステラさんと再会できたんだから休め”と無理矢理」

「へえ!今あいつらそんな名前になってんのか!面白いな」


 「ええ。殿下は(いずみ)流風(るか)、ファビアンは羽日屋(はびや)杏理(あんり)と」


 ルカーシュとファビアンの今世の名らしい。


 セリウスが語るには、ルカーシュはなんとあの泉総理大臣の御曹司らしく、政治活動に失敗した兄をCEOにと焚き付けて株式会社イズガルズ警備を興させた若き専務。

 幼馴染のセリウスを無理やり警官ルートから社員に引き抜いた強引さも変わっていないという。


 ファビアンもやはりセリウスの幼馴染で、高校の剣道部では主将と副主将であり、そして今は同じ警備会社で働く営業主任だという。


「あいつはいつも現場を考えずに案件を取って来る」


 セリウスが眉に皺を寄せて吐き出す愚痴が、あまりにもファビアンらしくて笑えてしまう。


 あたしやセリウスといい、どうにも全員、転生元と似た産まれと育ちになるのは避けられないものらしい。


「なんだか変な感じだねえ、(すばる)?」


 あえて“こちらの名前”で呼んでやれば、セリウスはむず痒そうに少し耳を赤らめた。

彼の名前は現在、清生(せりゅう)(すばる)

 結局名前は星を意味して、前世とちょっと響きも似ているのだから面白い。


「貴女にそう呼ばれると、どうも面がゆい...。ステラさんは名前がほとんど変わらず、違和感もなくて羨ましいことで」

「そればっかりはたまたまイタリア人の父さんに感謝だな。苗字は有明になっちまったけど」


 軽く笑えば、セリウスはコーヒーを口にして微笑んだ。


「日の出が苗字というのは、太陽のような貴女にこれ以上なく合っているかと」


「...!」


 相変わらずの彼の歯が浮く台詞に、あたしは思わず言葉に詰まる。目を逸らし、肌の熱を誤魔化す為に手元のカップに口をつけた。


「...ん、うま!その話はいいからほら、飲んでみてよ」


 熱い頬を隠して彼にカップを差し出せば、セリウスは満足そうな顔であたしを見つめたまま素直に受け取り、疑いもなく口をつけた。


「っ!?」


 目を見開いた彼が慌てて口元を抑える。


「これは、砂糖を入れすぎたのでは」

「こんなもんだよ。“午前の紅茶”も甘いだろ」

「まあ、そうか...」


 彼は適当なあたしの返事に納得したらしい。

あたしは笑いながら皿の上のシナモンロールの外側をくるりと剥がした。


「はい、これもあげる。ブラックに合うと思うよ」


 白いグレーズドを少しだけ乗せた生地をセリウスの皿に分けてやる。すると彼はフォークを取って自分のキッシュを丁寧に切り分け、こちらの皿によこした。


「これで半分」


 と小さく首を傾けて微笑む彼に、あたしは嬉しくなってしまう。こういう所作と気の回るところは昔から変わらないんだから。


 彼はシナモンロールを口にしてコーヒーを傾けると「悪くない」と口の端を上げた。



————



 小腹が膨れて少し温まった身体で外に出れば、雪がちらちらと降り始めてきていた。

 

 セリウスはおもむろに自分の右手を見つめる。

そして何も起こらないことを確認するように、指を擦り合わせて小さく鳴らした。


「...この世界にも魔法があれば、貴女を温められたのに」


 少し寂しげな笑みを浮かべて振り向く彼に、ぎゅう、と胸が締め付けられる。

あれほど強大な魔力を使いこなした彼も、今世ではただの人間。ふいに指先から火花が散ることもない。


 あたしは彼に近づくと左腕に腕を絡め、ぐっと思い切り引いて身体ごと密着してやる。


「!」


 今夜はクリスマスなんだ。カップルだらけの街の中、これぐらいしたってきっと目立たない。あたしは彼を見上げてにっこりと笑った。


「魔法が無くてもずっとお前はあったかいよ。そうだろ?」


 悪戯っぽく笑ってやれば、彼は

「...そうでしたね。必死に魔法と誤魔化していた程には」

と釣られたように笑い返す。


 どちらともなく歩き出せば、自然と歩幅が合っていく。再会したのはついひと月前なのに、身体も空気も覚えていて、ずっと側に居たみたいだ。


 繁華街の喧騒から少し離れて、ビジネス街に挟まれた大通り。立ち並んだ背の高い街路樹が纏う金銀のイルミネーションは、全てがツリーのように華やかだ。


 前世にはなかった、消えない光。真冬の闇夜の中でも鮮やかに煌めく様はまるで魔法だ。

今世じゃ当たり前な筈なのに、すごいもんだなあ、なんてため息が漏れてしまう。


「綺麗だなあ」


 思わず立ち止まったこちらの呟きと吐いた息が白く昇るのを見つめて、セリウスはあたしの腰をやんわりと抱き寄せる。


「...より大規模なイベント会場もあったのですが、貴女は街路樹の方が落ちつけるかと」

「確かに仕事モードになっちまうな。さすが元旦那様はよくお分かりで」


 彼の配慮が嬉しくて、茶化して言えばセリウスはむっと眉を寄せる。


「それだとまるで離婚したようでは」

「あはは!悪い悪い」


 笑って彼に少し寄りかかってやると、セリウスはため息をついてあたしを抱き寄せる手に力を込める。久しぶりだな、この感覚も。


 見渡す先まで、いつまでも続くような光の道。

あの国では魔法が当たり前だったと言うのに、これほど幻想的な光景は前世にはなかった。


「...見せてやりたかったなあ」


 じっと光を見つめていたあたしがつぶやくと、彼も頭上で小さく頷く。


「...なあセリウス、また同じようになれるかな」

「......」


 あたしの言葉の意味をきっと理解しているのだろう。あえて彼は言葉を返さない。

 セリウスと再会した上でさらにこんな事を望むなんて、きっともう望み過ぎだろう。それにおそらく、叶う確率は限りなく低いから。


 しばらく雪のちらつく中、言葉を交わさず光の中をゆっくりと歩んでいく。


 きらきらと降り注ぐ銀の光は、あの日に二人を包んだ月光の祝福を思い出させる。なんて柄にもない事を考えて彼を見上げれば、セリウスは愛おしそうにこちらを見つめ、額へ小さくキスを落とした。


「あの日の貴女も美しかった」


 金の瞳が揺れて、彼も同じ事を考えていたと気づいて胸が苦しくなる。ドレスじゃないし、礼装でもない。それでも並んで手を取り歩けば、あの日の誓いが重なってしまう。


 しばらく歩んでいく内に端まで歩き切ってしまい、街路樹の光がすっと切れる。目の前に広がるのはビル街と大通りに連なる赤いテールランプだけ。

 少し路地に入ればやたらと目立つ字で“終日2500円”と書かれた黄色い駐車場の看板が視界に飛び込み、ああ、なんだか急に現実に戻ったんだなと物寂しくなった。


「精算して来ますので、どうぞ中で」


 彼に手を引かれた先に停められていたのは、黒の艶やかでフォーマルなクラウン。この歳でわざわざクラウンとは、また随分渋い車種を選んだもんだ。

 しっかり高級車な割にベンツやレクサスに比べて全く飾らずギラギラしてないって意味ではまあ、彼に似合いな気もするが。


「今世の馬はおっさんみたいなチョイスだなあ」

「静かで丈夫で燃費も良く、何よりセダンは安全ですから」

「お前らしいこった」


 笑って言えば、彼はドアを開いて助手席にあたしを促す。そして精算しに行くのかと思えば、隣の運転席に乗り込んでドアを静かに閉めた。


「自動精算?」

「いえ、渡したいものが」


 プレゼントはこの手袋を贈りあったし、てっきりもう終わったと思ってたのに。彼らしくなくサプライズって事だろうか?

 目を丸くしていれば、彼は懐から何か小さな箱を取り出す。そしてあたしの左手を取ると、こちらをじっと金の瞳で見つめた。


「本来は明日の夕食時にするつもりでしたが、先ほどの言葉を聞いて待てなくなりました」


 彼がいつになく真剣な目であたしを見据えて、この手を引き寄せる。

それから息を小さく吸い、セリウスは口を開いた。


「ステラさん。どうか、俺と今一度。夫婦の契りを交わして頂けませんか」


 彼はゆっくりと告げて、あたしの左手の薬指へとそっと口付ける。それから顔を上げてこちらに視線をまっすぐに向けると、熱のこもった瞳であたしを見つめた。


「また、あの子らを迎えましょう。もう一度、二人で」


 あたしはその言葉を受けた途端、ぶわりと身体が熱を持ち、目頭まで熱くなった。耐えられないままにじわりと視界が滲んで、言葉が出ない。


 セリウスやかつての仲間と再び出会い、じわじわと前世を思い出すうちに、どうしても頭に浮かんで離れなくなって行ったこと。


 ——今世でも、愛する子供達はあたし達のもとへ来てくれるのだろうか。

もしも叶うならもう一度、ミラを、ユリウスを、この手に抱きたい。


 きっと贅沢過ぎる望みだ。

けれどその気持ちさえ彼も同じだったと、あの子達との人生を忘れていなかったという事実が、痛いほど嬉しくてたまらない。


 つう、と頬に涙を伝うのを感じて、誤魔化すように顔を背ける。彼はそんなあたしの頬をそっと撫でて彼の方を向かせると、おもむろに小さな箱を片手で開けて差し出した。


 彼の手のひらの内、暗い車中でも光を纏って燦然と輝く、一粒の石。


「今世ではやはりダイヤが良いかと、勝手に用意した事をお許し下さい」


 何故だか少し気まずそうに告げた彼は、声を微かに震わせてあたしに尋ねる。


「...指に嵌めても?」


 おず、と不安げに顔を覗き込まれて、あたしは泣きながらすこし笑ってしまう。


「断るわけないって、わかってるくせに」


 彼はその言葉に嬉しそうに微笑み、頷くとあたしの手に片手を添える。それからゆっくりと、光る指輪を薬指に嵌めた。


 ああもう、馬鹿みたいにぴったりだ。指輪のサイズが今世では変わるかもなんて考えなかったのか、この愛しい旦那様は。

   

「お慕いしております。今までも、これからも」


 低く囁いた彼に顎を持ち上げられ、うなじを引き寄せられて唇が重なる。路地裏の暗い駐車場なんてロマンのカケラもない筈なのに、この密室が幸せで、彼の熱が愛おしい。


 彼の腕の中で口付けを交わす間も雪がフロントガラスにいくつも落ちて、室内が吐息で曇っていく。


「...、流石に、ここで耐えられなくなるのはまずい」


 は、と唇を離して互いに高まった息を抑えて、目を見合わせ笑う。


「うちまで送って。...泊まってくだろ?」

「たとえ帰れと言われても押し切りますね」


 悪戯っぽく囁いたあたしに、セリウスも挑発的に唇の端を上げた。


 それから息をもう一度整えて「...すぐ戻ります」と言った彼はドアを閉めて精算機に向かい、その後なぜか路地の奥へと歩いて行ってしまう。

なんだ?と不思議に思っていれば、彼は少ししてまた運転席に戻って来た。


「暖房が効くまで冷えますから」  


 手の中に握らされたのは、ちょっと熱いくらいの缶コーヒー。


「お前、ここまでスマートだったっけ」  


 かつてもべたべたに甘やかされてはいたが、さらに輪をかけて気が効くじゃないか。


 あたしがまじまじと彼を眺めると、さらりとやってのけた当の本人は、慣れた手つきでステアリングを回して、滑るように大通りへ車を出した。な、なんだこの大人の余裕。ちょっと腹立つ。


「...なあ、もしかして彼女いたか?」


 じっとりと瞼を細めて、先行車のブレーキランプを受ける綺麗な横顔を睨んでみる。信号が赤から青へと変わり、セリウスはアクセルを柔く踏みながら、小さく吹き出して笑った。


「まさか。俺がどれだけ貴女を探し回ったとお思いで?学生時代は同じ学内にいるのではと学年が変わる度に全ての教室を回っては、おかしな奴だと思われていたのですよ」


 そして少し自嘲気味に彼は続けた。


「貴女に逢う為、出来ることは全てやった。けれど貴女に会った時、また惚れてもらえるかが恐ろしかった。...ですからせめて男を磨いておこうと無様に足掻いた結果が今です」


 その言葉を聞いて、あたしは驚くと共に胸いっぱいに嬉しくなって、頬が上がってしまう。


 あたしがまだ朧げな夢として前世を認識していた頃ですらも、こいつはあたしを覚えていた。

そしてその間じゅう、ずっと探してくれていたなんて。


 だからあの時。

初めて雨宿りで出会った軒下で、いきなりあたしの名前を聞いて、不自然なくらい会話を続けようとして、社名の入った贈答用のタオルまで差し出して。


 あたしは隣に立つ彼に不思議と懐かしい感覚が湧くばかりで、“いきなりこんなナンパまがいの事をされて、どうして警戒心が湧かないんだろう”くらいに思っていたのに。


 愛おしさがますます増してきて、あたしはすっかり缶コーヒーで温まった手で彼が自然と肘置きに戻した左手をきゅ、と握る。

彼は少し目を見開くと、ゆっくりと手のひらを裏返してあたしの指と絡めた。


 いつかのやり直しのように雪が降る。

あたしの手にはもうロープ傷はないし、剣を取らない彼の左手もあの頃のようには硬くない。剣も戦もない国で、すっかり二人とも生き方が変わってしまった。


 それでもぴったり重なって、互いがどう握れば落ち着くかわかっている。


「...せっかくですから、コンビニで酒でも買って行きますか」

「おっ、いいね。まだ腹減ってるしチキンも欲しいな!どうせ弁当買うくらいでハミチキなんか食べた事ないだろ」

「よくご存知で」


 また信号に捕まって、フロントの雪を祓うワイパーの往復の音だけが車内に響く。

二つ先の角にはコンビニ、その少し先にはあたしの住む高層マンションが見えていた。


 聖夜、初めて彼を家に上げる。

絡んだ指先の熱が上がって、焦れている。






クリスマスムードの街でデートするセリウスとステラの幻影が見えてしまった作者による自己満番外編でした。一度現パロを本格的にやろうと思い設定を作りまくった後に需要の無さを思い知り、番外として書きたい事をまとめて書いたので長尺に...。

ちなみにスタバのカスタムはそのままでちゃんとできます。おいしいです。

現代で幸せになる二人をここに供養させていただきます。 


お読みいただきありがとうございました!

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