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152.終幕 後編




 王城の廊下にて、絨毯をゆっくりと踏みながら国王の居室へ足を進める。



 城の衛兵達や使用人もすっかり世代交代し、知らない顔が増えたものだ。

 しかしあちらはあたしの顔を皆知っているので“ああ、あれこそが”なんて目を見開いて慌てて頭を下げてくる。

...まあ、今やどこへ行ってもこの感じは付きものか。



 部屋の前に立つと、かっちりと槍を構えた衛兵が「どうぞ」と重い両開きの扉を開ける。


 通された先、長机で書類に向かったルカーシュが顔を上げる。そして彼の両隣、背中に手を組んで並び立つファビアンとセリウスが頬を綻ばせた。


「ステラさん、やっといらっしゃいましたか」


 銀の長髪を長くゆったりと編み下ろし、白銀の冠を額に優美に沿わせたルカーシュが握っていた羽根ペンを置く。


「ほんと、すっかり待ちくたびれましたよ!」


 彼の左隣に立つファビアンもにこやかに笑いかけた。ふわりとした白髪、長い外套の付いた、純白に銀刺繍をあしらった近衛騎士の軍装。それらを纏う彼はもはやなんとなく淡く光って見える。


「もうこいつってば、さっきからずーーーっとソワソワして落ち着きないったら!」


 ファビアンからにまりと笑われ、セリウスは気まずそうに咳払いをして誤魔化すが、口元が緩んでいるのは隠し切れない。

ふふ、相変わらず可愛いやつめ。


「悪い悪い、さっきまで兵舎でユリウス達に会ってたからさ」


 そう言いながら近づくと、セリウスは両手を後ろに組んだままの体制で嬉しさを滲ませた。

 艶やかだった長い黒髪はすっかり純白に染まり、ファビアンと色違いの重々しい黒地に銀刺繍と肩章を身に付けた長身は無駄に荘厳で笑ってしまう。


 そんなルカーシュとファビアン、セリウスの三人が並ぶ姿は、絵面が派手過ぎて周りの高級家具すら霞みそうだ。


「いいよ二人とも、楽にしなさい」


 ルカーシュに頷かれ、ファビアンとセリウスが組んでいた腕を解く。


「あー疲れた!人が来る度これで待機ですもん、身体が固まっちゃいそう」

「ふふ、また偉くなったってのにお前は変わらないね」

「立場が偉いだけですもん〜!鍛錬したーい!」


 伸びをしたファビアンと握手をすれば、セリウスがむず、と耐えるような顔でこちらをじっと見た。

その様子にファビアンが噴き出して、ルカーシュに「抱きしめたいんだろう、好きになさい」なんて笑われてしまう。


 少しバツの悪そうな顔をしたセリウスは、あたしにゆっくりと歩み寄る。見下ろす彼に手を広げてやると、彼の大きな身体に包み込まれた。

 温かいな、と思うと同時にぐっと力を込められて「ぐえっ」なんて間抜けな声が出る。


「だから!ジジイの癖に力が強いんだよお前は」


 ぎゅう...、と長く抱きしめてため息をつく彼に文句を言えば「今更でしょう」なんて低い声で囁かれる。

 年月を経てさらに深い響きになったその声は正直言って反則級だ。あたしに何か少し喋るだけで全部口説き文句に聴こえるのだから。


 ようやく離されて息を付くと、彼は満足そうに金の瞳を細める。まったく、その癖も変わらないな。


「さて、私も休憩しますかね。ファビアン、お茶を淹れてくれるかい」

「はいはい任せて!ちょっとは上手くなったと思うんですよね〜」


 セルヴァンテが居ないこの部屋は、もう数年経つというのにどうにも慣れない。


「...まだ雇う気にはなれないみたいだな」

「彼ほどの執事はいませんでした。ならば今はこの方が落ち着きます」


 少しだけ寂しそうに笑うルカーシュは、いつもセルヴァンテが立っていた壁際を見つめた。

彼の視線越しに、まだそこに控える老執事の影が見えるような気がする。


「セリウスに淹れさせてみたら渋くて笑っちゃいましたよ!“菓子は作れる”とか言うけど絶対嘘でしょ!」

「茶などどう淹れようが同じだろう」

「高級茶葉を殺しておいてなんていい草だ!」


 二人で茶器を並べながら言い合う姿は、相変わらず息があっていて楽しいものだ。

ルカーシュもそんな様子にくすくすと口元を押さえた。


「それで、ステラさんはまだ船長を続けるのですか?」


 ソファに座り、ルカーシュが茶を傾ける。

同じくあたしの隣に掛けたセリウスもじっとこちらを見た。


「そりゃ続けるさ!なんたって身体がこれだしね。乗組員は爺さんだらけだが、船はあいつらの墓でもあるからな」


 からりとわざと笑ってやれば、セリウスがわかっていたと言わんばかりにため息をつく。


「そんな顔しても隠居なんてしないぜ。若衆に教える戦術顧問もいなくなっちまったんだから」

「それはいいとして、まだ無茶をするのが頂けない」


 彼は眉根に皺を寄せて茶を啜る。

ファビアンが面白がって横からつん、と彼をつついた。


「でも君、もう耳飾りから懐中時計にスカーフにブーツ、果てには帽子にまで防護魔法を掛けたんだろ?心配症だねえ」


 セリウスはソーサーにカップを置きながらファビアンを睨み返す。


「衣服はまだだ」

「言っとくけど、勝手に掛けたら離婚だからな」

「......」


 あたしが釘を刺せばセリウスは黙り込む。

ファビアンとルカーシュが「きっちり封じられたね」と肩を震わせた。


 不満げなセリウスを無視してあたしも紅茶に口をつける。...セルヴァンテ程とは言わないが、ちゃんとそれなりに美味いじゃないか。


「それはそうと、ユリウス達は上手くやっているようだな。団長と補佐も板についてお前らそっくりだ」

「しかしあいつは甘過ぎる。もう少し引き締めさせなければ」

「僕としても、リュシィはもうちょっとふざけてもいいと思うんだけどねえ」

「そうかい?兵舎の空気が穏やかになって私は好きだよ」



 暖かな春の陽気と午後のひと時。

紅茶の香りに、変わらぬ談笑が溶け込んでいく。




————

 


 それから少し経った秋の日。



「セリウス、戻ったぞ!」



 愛馬を繋いで待っていた彼に、あたしはいつものように桟橋を降りて笑いかける。


 しかしセリウスは駆け寄ってあたしを強く抱きしめるなり、大きく怒声を港に響かせた。



「馬鹿ですか貴女は!!!!」



 あまりの大声にきーんと余韻が頭に響いて、あたしは「うっ」と呻き声を上げる。


「なんですこの船の有り様は!!この大怪我は!!!大規模結界を掛けた船がこうなる程とは、一体何をしでかしたのです!!!」


 肩を抱いて揺さぶるようにあたしを怒鳴りつける彼に、隣のユリウスが「まあまあ父上...」なんて言い掛けて「黙っていろ!!!」と怒鳴り返される。

 確かにあちこち火傷と切り傷で包帯だらけとはいえ、ちゃんと五体満足で戻ったってのに。


「イヴァノフの駆逐艦とやり合ったらでかいのをくらってな。あいつすげーぞ、アガルタの最新式光線砲台を積んでてさあ」


「光線砲台!?!?そんなものを受けたのですか!!」


 もはや絶叫するセリウスの声に、残骸となった船の影からコンラッドやジャック達がほくほくとした顔で次々に桟橋へ降りてくる。


「いやーすっげえもんだったよセリウス!まだ心臓がバクバクしてやがる...」

「とんでもねえ光だったぞ!!俺ぁ世界が終わるかと思ったね!」

「面白いくらいに船長室とマストが木っ端微塵に吹っ飛んでよお!」

「船長があいつの首を落とさなきゃ塵も残さず全滅だったよなあ!」


 煤に塗れた船員達は興奮しきり、自分たちの服が服といえないほど破れていることすら気にもしない。


 咳き込みながら現れたリゼが「馬鹿ばっかり...」と髪をバサバサと振り、眼鏡のレンズを失ったビクターが「船医の範疇を超えてます...」とへなへなと桟橋へ崩れ落ちた。


「な...ん...」


 そんな彼らの言葉を受けてセリウスはわなわなと震えながら蒼白な顔であたしを見下ろす。


 あたしは彼の金の瞳を見上げ返し、にっ!と唇の端を上げた。


「つまりだ!ついにアレクセイ・イヴァノフを討ち取ったぞ!!」


 セリウスは大きく金の瞳を見開く。

そしてあたしを思い切り怒鳴りつけかけてぐっと飲み込んだ。


「っこの、...〜〜〜ッ...!」


 それから眉を険しく寄せて、天を仰ぎ、悩みに悩んだ末に、またあたしを強く掻き抱いた。


「...宿願の達成、お喜び申し上げます...」


 彼はこちらを抱きしめたまま、苦々しく噛み締めるような声を絞り出す。

あたしはあはは!と笑って、回した腕でぽんぽんと彼の背を叩いた。


「いやー最高の死闘だった!!なあ、首見るか?」

「...俺をまだ怒らせたいのですか...」


 抑えた怒りを滲ませながら答える彼がおかしくて、あたしは背伸びをして彼の唇にキスをする。


「!」


 そしてゆっくりと唇を離すと、彼の複雑な顔に向かって微笑んだ。



「約束通り帰って来れたよ。お前のおかげだ」


 彼の首に腕を回してもう一度キスをすれば、セリウスは観念したのか、はああ〜〜〜〜...っと長くため息をついてあたしを抱き寄せた。


「改めて、ご無事で何よりです。母上」


 ユリウスがようやく安心した顔で笑いかける。

あたしはセリウスの肩越しに「うん、ただいま!」と笑い返した。



・・・



「せっかく主艦を新しくするなら名前も付け直すかねえ...。なあミラ、次はなんて名前にする?“最狂皆殺し号”なんてどうだ!」


 あたしは屋敷でセリウスの治癒魔法を受けながら、武器を研ぐミラに船の施工計画書をばさりと投げる。

ミラはそれをぱしっと受け取ると、うーんと眺めて顔を上げた。


「この船は砲台を抑えて機動力を上げるんだろ?あたし“首狩り死神号”のが好きだなあ」

「おっ、なかなかいいなあそれ!」


 あたしが興奮して肩を上げると、セリウスにぐっと力を込められる。その途端にズキィッ!!と激しい治癒痛が走ってあたしは叫び声を上げた。


「いっっってえ!!!!もっと優しくかけろよ!!」

「貴女が全く反省しないからでしょうが!!何が“最狂皆殺し号”ですこの馬鹿は!!」

「はあ!?強そうでいい名前だろうが!!」


「いや、そこじゃないでしょう母上...」


 エカテリーナと並んでソファで本を読んでいたユリウスに呆れた目を向けられる。

するとエカテリーナが読みかけの本から顔を上げた。


「人の性格を変えることは出来ませんわよ、お義父様」


 さすがうちの嫁、よくわかってるじゃないか!

あたしが強く頷き掛けたその途端に、ミラの側で紅茶を傾けていたリュシアンがここぞとばかりに振り返る。


「いいや、僕はわかりますよ義父上。同じ立場として、伴侶の無茶には心底耐えかねます」


 リュシアンめ、せっかくエカテリーナが宥めたのに加勢するなよ...!とじとりと睨めば、彼はにこりと微笑み返し、ミラまで肩身が狭そうにあたしから目を逸らす。こら、お前はこっち側だろうが!


「でもばーちゃんは最強だよ!」

「お祖父様も“あの人はそうそう死なない”って言ってたもん!」


 もくもくと皿の上の菓子を頬張るノエラとフェルナンがそう言うと、あたしの背後のセリウスが「いや、しかし...」なんてもごもごと言い淀み出す。

 いいぞ、偉いぞ二人とも!

そのままこの頑固爺さんを黙らせてくれ!


 すると、その隣でじっと黙っていたレイウスが立ち上がる。そしておもむろにあたしの目の前まで歩み寄った。


「ん、どうした?レイ」


 レイウスはあたしの目を澄んだ金の瞳で見つめると、おず...と少し沈黙して、口を開いた。


「...御祖母上(おばうえ)の大怪我、俺は怖かった」


 真剣な目でじっ、と見つめられてあたしは少し怯んでしまう。


「わ、悪い...」


 としか答えられないでいると、彼はまたずい、とあたしへと近づく。そしてぎゅっと小さな両の手であたしの右手を握り込んだ。


「防護魔法なら俺も使えます。俺も御祖母上をお護りしたい。...衣服にはまだだと御祖父上(おじうえ)から聞きました」


「...だめですか」


「...っ!」


 真っ直ぐな目で見つめられて、思わずあたしは言葉に詰まってしまう。


 しかも慌てて見回せば、さっきまで好き勝手に過ごしていたくせに、全員がこちらの反応を窺ってるじゃないか!


 うう、なんだよお前ら...!


 こんな...こんなの...。



「...可愛い孫に、婆ちゃんが逆らえるわけないだろ...」



 がっくりと腕を差し出せば、レイウスは少しだけ口元を綻ばせてあたしの袖に手を添えた。

彼に小さく何かを呟かれ、ぽわ...、と衣服に淡い光が纏って、またすう、と光が消える。


「...よくやった!!」


 セリウスが満面の笑みでレイウスの肩を叩き、その場の全員がわっと示し合わせたように笑い出す。


 ああ、くそ、やられた...!!!


 レイウスはセリウスにくしゃくしゃと髪を撫でられて頬を染めているし、それを愉快そうにエカテリーナが本の隙間から見つめている。

 お前の仕業か、この策士の娘め...!


 そんな事を思っていれば、セリウスの治癒が再開されてチクチクズキズキという治癒痛に「ううう...」と唸り声を上げるしかなくなってしまう。


 彼はあたしの様子に勝ち誇ったように薄い唇を上げ、低い声で囁きかけた。


「さあ、これで簡単には死ねなくなりましたね。いつまでも俺の側にいて貰いますよ」

「これで早死にしたらお前を恨むぞ...、ルドラーがお前の後釜狙って海辺のコテージと図書館まで買い始めてんだ」

「それはそれは」



 セリウスはあたしを優しく抱きしめると

「共に100まで生きましょうか」と微笑んだ。

 




書き切りたいと思ったら前後編に分かれてしまいました。すみません!

これにて完結となりました。

読者の皆様、長らくお付き合いありがとうございました...!感想やリアクションに大変励まされ、最後まで書き切る事が出来ました。本当に感謝しかありません。

面白かった!と思っていただけた方は評価を頂けますと報われます...!


(ストーリー完全完結とはなりますが、思いついたら番外編を書くかもしれません)

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― 新着の感想 ―
ここまで追いかけて来てとても面白く、わくわくして読ませて貰いました!もうステラとセリウスが日常の一部になっています。終幕がとても気になっていたので、50代のステラも相変わらず素敵だなと思って読ませて頂…
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