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21.王都

 


 王城と城下の王都を囲む石造りの壁が目の前に聳え立ち、セリウスはその外郭で馬を一度停止させた。セリウスが先に降り立ち、あたしに手を差し出す。その手を取って降りようとすると、ひょいとお姫様抱っこで降ろされた。 


「わ!?ひ、一人で降りれるって!」

「先ほどの様子を見る限り、とてもそうは思えません」


 乗馬が少しできないからって、年下のくせにあたしを小娘扱いしやがって!

 キッと睨むとセリウスは目をそらすかと思いきや、ぐっと何かに耐えるような顔をし口元に手を当てた。

 笑いを堪えているのか?失礼なやつめ。

セリウスはごまかすようにごほんと咳払いする。


「王都に入る前にコートと帽子を馬に預けて下さい。少々目立ち過ぎます」

「...わかった」


 あたしがコートと帽子を脱ぐとセリウスが受け取り、すばやくきっちりと畳んで馬の荷に詰め込む。


「几帳面なんだな」

「騎士なら皆出来ます」

「ああ、軍隊式ってやつか。うちのやつらは皆ぐっちゃぐちゃだから驚いた」


 あたしが感心していると、セリウスは自分の黒いマントの止金をパチンを外してこちらに差し出す。


「上着なしでは冷えるでしょう。...その特殊な服は目のやり場にも困りますので、どうぞ」


 長く分厚いコートと赤い大盤のスカーフを脱いだあたしの服装は胸元の大きく空いた革製の黒いトップスに、同じく革のサイドを編み上げたズボンとロングブーツといった姿だ。


 ぴたりと体に沿ったこの服装は動きやすさと敵の視線をとっさに胸元に奪って隙を突くことを兼ね備えた母特注の装備である。海獣の革で作られており海に落ちても水を吸わず、泳ぎにも適した優れ物だ。


 セリウスの言う通り、市井の女はこんなにボディラインを強調した服なんて着ないので、まあ言わんとする事はわかる...のだが。

 一つ言わせてもらいたい。


「...いきなり脱がせて胸に触ってきたやつが今更気にするのか」

「...!」


 あたしの言葉にセリウスは目を見開いて顔を赤らめる。


「あの時は緊急で...。甲冑の蹴りを受けて無事でいる訳がないと、...いえ、失礼しました」


 セリウスは無表情でそう言うも、若干言葉に詰まりつつ目を逸らす。この様子、どうやら本当にあの時は治療に必死で、改めて今あたしの服装に照れているらしい。まったくどこまで不器用なやつなんだ。


「とにかく着て下さい。風邪を引きます」


 セリウスはあたしの胸元を見ないようにマントをもう一度差し出す。その不器用さがなぜか少し可愛らしく思えて、あたしは素直に受け取った。マントは上質で厚みがあって温かい。


 マントを脱いだセリウスを見ると、珍しく軍服ではないようだ。今日は仕事とはいえ忍んで偵察するのだから当たり前か。

 シンプルな黒いタートルネックに長い黒髪がさらりとかかるその姿は、本人の素材が良すぎるおかげで逆に目立っているような気もするが。

それにそっちこそ寒くないのだろうか。


「俺のことでしたら」


 視線に気付いたのかそう言いながらセリウスがパチンと指を鳴らすと、一瞬セリウスの周りに火花が舞う。

 その後ほのかにセリウスの体の周囲の気温だけがほんのり暖かくなった。


「このように、自分の身の回りだけ外気温を上げられます」

「へえ!便利だな。あたしにも使ってくれたらいいのに!」

「風と火の属性を体内に持つ人間にしか使えません。」

「なんだつまらん」


 あたしが口を尖らせるとセリウスはふ、と口元に手を当ててわずかに微笑んだ。


「では、中に入りましょう」


 王都の堅牢な石造りの門をくぐり、馬宿に馬を預ける。

 王都は人も店も国一番多く賑やかだが、一年前に訪れた時と比べると少し活気が落ちたように感じる。どことなく街ゆく人の表情は暗く、影を落としている。海路が滞っている為か屋台に並ぶ商品は種類が少ない。店員達はぎこちなく、無理に明るく振る舞おうとしているようにすら見える。


《——より、——の処刑を開始する——繰り返す——》


 突然、風魔法で拡声された声があたりに響きわたり人々が顔を上げる。


「中央広場です。向かいましょう」


 セリウスの後に駆け足でついていくと、王都中央の広場には処刑台が設置され、大きな斧を持った処刑人の元へ死刑囚が列を作って並ばされている。

 その中には見覚えのある顔もあった。あたしはつい駆け寄りそうになるがセリウスがあたしの腕を取り、偵察中であることを思い出してその場にとどまる。俯いていた死刑囚の顔がかすかに上がり、あたしの目を見た。


「マチルダ...!」


 あたしは思わず小さな声で名前を呟く。

ふくよかな体に縮れた赤毛を結い上げた初老の彼女は娼婦街を取り仕切る女主人だ。酒や煙草、絹や化粧品を卸す娼婦街は取引先の一つであり、彼女は太い客の一人だった。


 マチルダはあたしを見ると少し驚き、それでいて諦めたような笑顔を見せると首を横に振った。そしてゆっくりと唇を動かした。


(手を出すな)


「くそっ...!」


 あたしが唇を噛み締めると、セリウスがあたしの顔をじっと見る。そして握っていたあたしの腕を離して前に出た。


「ここで待っていてください。今だけマントを借ります」


 あたしがマントを手渡すとセリウスはそれをしっかりと羽織り、聴衆の人混みを掻き分け兵士に近づいていく。

 兵士がセリウスの姿に気づくと敬礼の形を取り、何かを話している。

遠くてよく聞こえない。

 そしてしばらく何かを会話した後、セリウスはマチルダを連れてこちらに戻ってきた。


「マチルダ!」


 路地に戻ってきた二人にあたしは駆け寄る。

セリウスがマントを脱ぐとあたしの肩にかける。マチルダは信じられないと言うような表情で胸元を抑えた後、辺りを見回した。


「ああ、まさか助かるなんて!...ここじゃ落ち着いて立ち話も出来ないね。あたしの店へ来ておくれ」


 彼女の後をついて路地裏を抜け、娼館の裏口のドアを開け中に入る。すると女達がマチルダの姿を見るなり半泣きで駆け寄ってきた。


「ママ!」「無事だったの!?」

「しかもステラに、騎士団長様!?」

「どういう事なの!?」

「心配かけたね、お前達。少しこの二人と話があるから説明は後だ」


 マチルダは彼女らを分け入りつつなだめると客室にあたし達を通して豪華なソファに座るように促した。茶を淹れるように指示をして彼女も向かいのソファに座る。


「ヴェルドマン騎士団長、あの場から助けてくださって感謝します。ステラ、あんたがあたしに気付いて口添えしてくれたんだろう?この礼は何で返したらいいやら...」


 マチルダはそう言って目頭を抑える。


「いやあたしは何も...。セリウス、どうやってあの場から連れ出したんだ」

「“共犯者の情報が上がった。まだ尋問の価値があるので騎士団が彼女を引き取る”と。実際、ステラさんの知り合いならば今回の取引先を考えて助けた方が有用だと判断しました」

「なるほどね...。お前、意外と機転が利くんだな。あたしからも礼を言う。ありがとう」


 あたしの感謝の言葉に隣に座ったセリウスは軽く目を閉じてうなずいた。部屋のドアが開かれ茶が運ばれてくるのを見届けた後、あたしはマチルダを振り返って彼女を紹介する。


「彼女はマチルダ・アラクネス。王都の高級娼館を取り仕切ってる女主人でうちの商品を卸してる。まさか彼女にまでレオニードの手が伸びているとは...自体は相当深刻なようだな」


 マチルダは頭を深く下げて会釈した後、あたしに向き直って口を開いた。


「ステラの言う通り酷い状態だよ。あの王が即位してからというもの有名嬢や目をかけていた店が消されていく一方さ。果ては貴族に店の権利を買収されそうになって、それを断ったらこのザマだ」


 マチルダは疲れた顔で額に手を当てた。


「まて、買収?その貴族の名は」


 あたしは思わず身を乗り出す。


「ゴーセット卿、ゼノン・ゴーセット伯爵さ。元々うちの太客だったが現王派として力を付けてから執拗にうちの店の権利を欲しがってね」


「なんでも“国営の清い営業の名の下で市場を独占したくはないか”とさ。美味い話だがあいつは嬢に高圧的な事で有名だ、権利が移れば人間扱いしないで働かせるに決まってる」


 マチルダがそう吐き捨てるように言って頭を振るとセリウスは何かに気付いたように口元に手を当てる。


「ゴーセット卿と言えば特に王との距離が近く社交界に積極的に姿を現す有力貴族です。てっきり王は夜街を全て粛清するつもりかと思っていたが、まさか買収を画策していたとは...」


「話を聞く限りはそのゴーセットとやらが国営を進言したんだろう。実際全ての娼館を粛清なんてしたら犯罪と立ちんぼが増えるだけだ。その点だけだと理には適ってる」


 だがその経営者に問題があれば易々と売り渡せないのは当然だ。そもそも、この店を建てたマチルダを処刑してまで無理矢理権利を買い取ろうとするのはあまりにも横暴だろう。


「ひとまず、ルカーシュ殿下にお伝えして貴族達に保釈金の援助を求めましょう。現王派に夜街全てを握られる事態と知れば王弟派の貴族達も黙ってはいないはずです。多少の見返りは求められるでしょうが...」

「そうだ!なんならルカーシュの方で国営を先に進めてしまったらどうだ?」


 あたしの口からルカーシュの名が出ると

マチルダは驚いた顔をして口に手を当てる。


「騎士団長様はともかくステラ、あんた王弟殿下と繋がりがあるのかい!?...王弟殿下は前王陛下の意思を継いで夜街にも理解のあるお方だ。その下で営業できるならありがたいに越したことはないよ」


「確かに、名義が違っても国営にしてしまえば王の意向に沿っていて諸侯も口を出しにくい...。名案かもしれません」


 セリウスが顎に手を当ててこちらを振り返る。

あたしは膝を打って立ち上がった。


「そうと決まれば、マチルダ、あんたはここで待ってな。騎士団のもとで保釈金さえ払われればルカーシュがなんとかしてくれるさ。セリウス、一旦王城へ行こう」

「ええ」


「恩に着るよ。...ところで、なにか取引をすると言っていたね。取引先を聞いてもいいかい」

「ああ、ルドラーだ」


その名を聞いたマチルダはまたも目を見開く。


「賭博場のボス、ビッグ・ルドラー!?あんた、あいつのこと嫌ってたじゃないか」

「取引の為だ、仕方がない。あたし達は今、レオニードとその派閥の貴族による前王の暗殺を暴いて、ルカーシュを王にする計画を進めてる。あいつを王弟派に引き込めば情報を得やすくなるからな」


 マチルダは納得したように顎に手を当てる。


「なるほどね...。だが気をつけな。あいつは“鴉”の人間だ」

「ああ、わかってる」


 ルドラーは悪名高い闇ギルド、“鴉”の2番手を務める男だ。表向きは賭博場を任されているが黒い噂が後を経たない。


「それから...」


 マチルダはキセルに火をつけ一息に吸ってから続きを口に出す。


「うちにも現王派の”お得意様”はごまんと来てる。王弟殿下の傘下に入った暁には、情報提供と諸侯の王弟派への勧誘は任せておくれ」

「さすが話が早いね。よろしく頼む」


 あたしとマチルダは微笑み合うと、固い握手を交わした。


「騎士団長様にも一番いい子をお付けしますよ」

「...すまないが間に合っている」


 セリウスは一瞬言葉に詰まってそう言うとなぜかあたしにちらりと目をやる。マチルダはそれを見るとおやおやおや、と楽しそうに口に手を当てて笑った。


「ステラあんた、いい男を捕まえたもんだねえ」

「はあ!?違う違う!お前も何紛らわしい視線くれてんだ!返事に困ったらあたしを見るのやめろ!」

「.......」

「こういう時に黙るのもやめろ!」


 その様子を見てますます面白そうにマチルダは笑った。


「とんだじゃじゃ馬ですが、騎士団長様、ステラをよろしく頼みますよ」

「承知した」

「意味もわかってないのに承知するな!!」



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