147.主導権
※今回はミラ視点です
「いいなあ、結婚式...」
王城の大広間、階段上に飾られた“英雄の婚礼”の絵を前にあたしは小さく呟く。
この王城で式を挙げたという、父さんと母さんが描かれた大きな絵画。
見覚えのある黒地に金刺繍の礼装の父さんと光沢のある豪華な白いドレスに身を包んだ母さんは、まるで月と太陽の神話みたいに手を取り合って見つめ合う。
街を歩けば自分の両親の絵なんてそこら中にあるから慣れたものだけど、この絵ばかりは何度見たって憧れてしまう。
...だってこの絵の二人は、本当に幸せそうなんだもん。
思い返せば、3年前に参列したアイザックの結婚式も本当に素敵だった。
小さな教会の式だったけど、ほんのりとした蝋燭の灯りが温かくて。
普段は父さんに憧れる話ばかりで暑苦しいアイザックも、金刺繍の群青の礼装に身を包むと凛々しくてまるで別人みたいだった。
隣のお嫁さんは静かな感じの人で、淡い髪色にシンプルなドレスがよく似合ってたっけ。
満月の下、輝く銀の光に包まれる二人は見たことがないほど優しく微笑みあっていて...、アイザックのあんな穏やかな顔を初めて見た。
はあ...いいなあ...。
いつかはあんな風にあたしも純白のドレスを着て、新郎と額の月を合わせて...瞑った目を開けたら、礼装姿が眩しいリュシィと微笑みあって...。
そんな事を想像しながら、あたしは少ししょんぼりとしてしまう。
だってリュシィとはとっくに恋仲になったってのに、彼がキスをするのもあたしの手や頬ばかりだし、ハグだってあまり長くはしてくれない。
もうあたしは18なんだぞ。酒だって飲めるんだ。
そりゃ頭を撫でられるのも手を繋ぐのも優しいキスも大好きだけど、それじゃあただの妹みたいじゃないか!
とっくに婚約して今年中に結婚を控えてる令嬢だってたくさんいるのに、彼はそういう話を振ると「めでたいね」だけですぐに話を逸らしてしまう。
あたしの事を「誰よりも愛しているよ」なんていうくせに...、ほんとにあたしのこと、ちゃんと好きなのかな...。
リュシィのバカ。こっちは不安だっつーの...。
大広間から出てとぼとぼと渡り廊下を歩いていれば、中庭のベンチで銀髪の姫さんと寄り添う長い黒髪が見えた。なんだユリウスか、非番の今日もお相手とはご苦労なこった。
ま、あいつは姫さんを“心から敬うべき姫様”とか言ってるくらいだし、本読みのお相手だって誇らしく感じてるんだろう。
一度「姫さんとはもうキスした?」なんてからかったら烈火の如く怒られたっけ。
そんなユリウスは姫さんと一つの本を真ん中に身を寄せ合って、そっとページをめくり優しく読み上げている。
「占星術、歴史学、現代精霊学における複合推論ではティエラとヴァルカは我々の上位存在として魔力根源であり...」
身長がすらりと伸びたユリウスは父さんより少し細身で、声も顔立ちも柔和な優男だ。
静かで少し冷たい印象の姫さんと並ぶとすごくお似合いなんだけどなあ。姫さんもあいつを気に入ってるみたいだし...。
...ほんとにあいつ、姫さんのことをただの主君で終わらす気なのかな。
気になって柱の影から覗けば、あの冷たいお人形みたいな姫さんがユリウスを見つめてふわりと微笑む。それはどう見ても“女の子”の表情で。
すると姫さんはおもむろにユリウスの頬に手を当て自分の方へと向かせ、覗き込むように口付けた。
「!?」
途端にユリウスは目を見開き真っ赤になって本を取り落とし、姫さんがくすくす笑い出す。
「ひっ、ひっ、ひ、ひめさま、な、なにを!?」
「...お父様がね、欲しいものは必ず手に入れなさいって」
ぱくぱくと口を動かすユリウスに、全く動じずに美しく返す姫さん。
偶然見てしまったあたしまで思わず体温が上がり、急いで柱の影に隠れ直した。
うそだろ!?
あ、あの姫さん、そんな感じだったのか!?
まだ14才のチビのくせに、堂々と唇に自分からキスするなんて...!
ていうか庭の四隅に衛兵も控えてるんだぞ!?
流石は王族、なんて大胆な女なんだ...!!
...でも、確かにあのクソ真面目で奥手なユリウスのことだ。どうせ「姫様はお護りするべき主君」とか言って何にもしなさそうだもんな...。
“欲しいものは、必ず手に入れる”...、か...。
そこまで考えて、ふとリュシィの顔が思い浮かぶ。
あたしにとって“欲しいもの”、それは何よりリュシィとの幸せな未来だ。
小さな頃からずっと好きだったんだもん、こんなところで終わりたくない。
...そうか!
わかった、あたしもああすればいいんだ!
リュシィがなんにもしてくれなくったって、キスだってプロポーズだって、こっちからすればいいじゃないか!
そうと決まれば行動だ!
“恋愛ってのはタイミングだ”って母さんも言ってたし、今日のデートで絶対にやってやる!
あたしは柱の影でぐっと手を握って、廊下を早足で兵舎に向かって歩き出す。
見てろよリュシィ、絶対にお前を落としてやるんだから!
城内から兵舎に繋がる執務室の扉を開ける。
すると長机で書類を纏めた父さんが、机の上に座る母さんに顎を持ち上げられていた。
「おっと」
「!」
二人はそう言って目を見開く。
パッと手を離して「おかえり」と笑う母さんと、顔を赤くして咳払いをする父さんの甘さは相変わらずだ。
この三年で長い黒髪に一筋だけ白が入った父さんはまた無駄に威圧感が増している。
もはや騎士団長より帝王とか魔王とかそんな言葉が似合う見た目になってきたくせに、母さんにかかれば“これ”なんだもんな。
それもこれも、美人な母さんがうまく主導権を握って転がしてるからだ。
「やっぱこれくらい女が強くないとダメだよな、うん」
なんてまじまじと見て頷けば、父さんが「何の納得だ」なんて眉を顰めた。
あたしはそんな父さんを無視して、仕事終わりのリュシィの元へと向かう。
訓練場に立つ、優雅に伸びた長身。
リュシィは静かに武器を納刀し、こちらにふわりと金の前髪を靡かせて振り向いた。
「...ミラ。すまない、待たせたかい」
優しげに微笑む彼の笑顔はいつだって王子様みたいに完璧で、思わずドキリとしてしまう。
...って、もう!ちがう!今日はあたしが彼をリードしてやるんだから!!
「ぜんぜん!それよりリュシィ、もう行こう?」
あたしはリュシィに歩み寄ってぎゅっとその腕に抱きつく。それから少し背伸びをして...
「...あたし、はやく二人っきりになりたいな」
母さんがやってたみたいに耳元で囁いてみる。
その途端にリュシィは目を見開いて、ごく、と唾を飲み込んだ。
「っ...そ、そうだね。行こうか。馬を連れてくるよ」
珍しく声を詰まらせて答える彼は、焦ったように笑顔に戻り厩へと背を向ける。
...もしかして、今の、効いた?
あたしは嬉しくなってにまりと頬を抑えた。
18才になってそろそろ結婚を意識し、タイトル通り恋愛の主導権を握ろうとするミラ。
はたして逆プロポーズに行きつけるのか?
続きます!
いつもお読みいただきありがとうございます!




