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135.成長と不変




「たっだいまー!!おい、ユリウス聞け!ついに一人で船を制圧したぞ!(かしら)の首も取ったんだからな!」


 ミラが兵舎の練兵場にて片付けをしていたユリウスの背中をご機嫌にバン!と叩く。


 叩かれたユリウスは「うっ」と声を上げる。

同じく側で片付けをしていたライデンとザイツが笑い、ユリウスは軽くため息をつきながら振り向いた。


「...充分に聴こえております、姉上」


「それから、俺も遠征にて牛頭巨人(ベヒモシウス)の主を単身撃破致しましたよ」


 見下ろすユリウスはミラより頭一つ高く、にまりと唇の端を上げる表情と低い声はセリウスそっくりだ。

ミラはその返答に分かりやすく眉を吊り上げる。


「なんであたしが話してんのに被せてくんだよ!」

「散々虐げられてきましたからね。姉上にだけは負けられません」

「上等だコラ、剣で勝負だ!来いユリウス!」

「望むところです」


 二人は火花を散らし、整地したばかりの訓練場へと連れ立って行く。その姿を見送りながらあたしは遅れてセリウスへと歩み寄った。


「まったく、二人とも血の気が多いねえ」

「...父親に目もくれず姉弟喧嘩とは」


 あたしの腰に腕を回しながらも眉を寄せ、ミラを見つめるセリウスは、娘を褒めるタイミングを失い拗ねているらしい。


「いいじゃないか、後で褒めれば。それより巨人を単身撃破したって?やるなああいつ!」


 かつてセリウスが巨人を倒した歳にユリウスも同じ戦績を上げるとは。彼の魔力をそっくり受け継いだとはいえ、我が子の成長に驚いてしまう。


「聞いてくださいよステラ様!いきなり現れた大物に一人で向かわせて肝が冷えるったら!」

「団長殿はユリウスを死なせる気かと。部下を置いてご子息にはより厳しいのですから」


 ライデンが両手を空に向け、ザイツが呆れたように苦笑する。確かにセリウスは生い立ちもあってかユリウスに輪を掛けて厳しく、手加減がない。


 しかしそれは彼の“父親としての愛情表現”であることも知っているので、あたしはなんとも言えない笑みでセリウスを見上げた。

セリウスはあえて憮然とした顔を取り繕っている。


「しかし素晴らしく鮮やかな立ち回りでしたよ!彼の翻弄する動きはまさに、奥方様の戦技と団長殿の迫力を合わせたようで...!」

 

 アイザックが興奮しながら、燃えるような赤毛を揺らして頷く。

 セリウスの流れる黒髪に憧れてすっかり腰まで伸ばしたそれは、うねった癖のおかげでまったくの別物だが、情熱的な彼によく似合っている。


 今や騎士団でも中堅となり、見合い話も多く来ているらしいが、“強く美しく尊敬に値する女性でなくては”などと令嬢相手に決闘を挑むおかげで未だ独り身らしい。


 “強さの視野が狭い”と一度セリウスに説教でもさせるべきだろうか。こいつの言うことなら聞くだろう。


 だが彼の言う通り、訓練場でカットラスを打ち合うミラとユリウスは、体格に差が出てきたというのにあたしたちと入れ替わったような戦い方なのだから面白いものだ。




「オラオラ反撃出来ねーんじゃないの?避けてばっかじゃつまんねえなあ!」

「姉上こそ、そのような大振りで良いのですか?ほらガラ空きです」

「させるかっ!」


 足元を掬われそうになったミラが慌ててカットラスでガッと受け止め、また刃の打ち合いが再開される。


 普段は誰に対しても穏やかなユリウスだが、幼い頃に泣かされ続けたおかげか姉にだけは対抗心を燃やし、言葉で感情を煽る。だが同時に本音でぶつかり合えているのかやり取りは楽しげだ。


「昔は毎日ミラに泣かされてどうなるかと思ってたけど、心配は要らないみたいだな」

「ええ、あの子は俺よりも余程強い。甘える相手も怒りを本気でぶつけ合う相手も得ているのですから」


 思わず笑みが漏れてこぼしたあたしに、セリウスも柔らかく微笑む。

そんな様子を見てエルタスとヴィゴが目尻を下げた。


「団長殿も随分とお心に余裕が出ましたなあ」

「己より誰かが強いなどと、昔なら絶対に口になさらなかったでしょう」

「へえ、そんなに負けず嫌いだったのかお前は」


 あたしが茶化せば、彼は「...他人に興味がなかったもので」と返して「ほらコレですよ」なんて彼らに笑われてしまう。


 実際は父親に認められる事に必死で他人に興味を持てるだけの余裕など無かったのだろうが、こう言うところが口下手なのは変わらないようだ。


「ステラ様とのご結婚が無ければ、こう柔らかい団長殿の表情は見られなかったでしょうなあ」

「実際、三月も離れれば威圧感の増すことたるや!我らは“どうか早くお戻り下さい”と祈るばかりですよ」

「あまりに酷いと黒いモヤのような物まで纏って見えますからなあ」


 そんな風に騎士達に笑われ、セリウスは黙ったまま眉根に皺を寄せる。あたしも肩を震わせていれば、兵舎の屋内からファビアンがにこやかに現れた。


「だから不機嫌な時こそステラさんの話題をみんなで振るんですよ!そしたらちょっとだけお花が咲くんで!」

「父上、“あまりやると屋敷でより落ち込むので程々に”とユリウスに言われていたでしょう」


 息子のリュシアンはそこまで言ってセリウスに睨まれ、「おや、失礼しました」と爽やかな笑顔を向ける。

ファビアンを諌める振りしてしっかりセリウスの茶化しに乗るあたり、流石は親子と言うべきか。


 だがユリウスから「父上は母上が居られないとため息ばかりで魂が抜けたようですよ」なんて以前聞いているのであながち嘘でもないのだろう。


「あんなに鳩を往復させてるのにそんな感じなのか。仕方ない旦那様だねえ」


 あたしが笑って彼を見上げれば、セリウスはぐっと下唇を噛んで目を逸らす。


「あの高速の鳩、“平和の流星”なんて王都名物になっちゃってさ。空に見つけた民草が手を合わせるんですよ」

「鳩のモチーフを模ったお守りも人気ですよ。ほら、俺もひとつ持っています」


 笑うファビアンに、きらりと自慢げに金のメダルを胸元から出すアイザック。まさか伝書鳩までそんな事になっているとは。


 はっきり言って安否確認くらいのやり取りしかしていないんだが...、いや、たまに書いてやるふざけた甘い手紙にまで手を合わせられていると思えば、妙にむず痒いな...!?


「それよりこいつの机をなんとかしてくださいよ!鳩の手紙をぜーんぶ取っておいてるから引き出しがもうパンッパンで!」

「...っ、ファビアン」


 ファビアンの非難に彼を見上げればあからさまに耳を赤らめるので、あたしは思わず笑い声を上げてしまう。


「あっはは、嘘だろ!毎日何通やりとりしてると思ってんだ!流石に古いのは捨てなよ」


 日に最低3度は交わしているんだ、年間で千はゆうに超えているだろう。彼の背を叩いて笑えば、セリウスは大きくショックを受けたような顔をした。


「...貴女まで捨てろと仰るのですか...!」

「僕は捨てろとは言ってないよ?職場に溜め込むなって言ってるだけ!」

「ここに居る方が長いのにか...?」

「なら嬉しかったランキングでも付けて、それ以外は持って帰るとか。一度君が非番の日に間違って開けてさ、溢れ返ってそりゃ大変だったんだから!」

「う...」


 珍しくファビアンに諭される側になった彼は反論できないのか、分かりやすくしょんぼりと肩を落としている。


 そんな様子にくすくすと笑っていれば、ユリウスとミラが訓練場から衣服の砂埃をはたきながら戻ってきた。ミラがぶすくれているので、どうやら今回はユリウスが勝ったらしい。


「だから無理に切り込むなと言っているのに。そう言う油断が命取りなんですよ」

「うるせーうるせー!お前のまどろっこしいやり方はあたしには合わねーの!」


 いつも通りのやり取りをする二人に、リュシアンがにこやかに手拭いを差し出して歩み寄った。


「良い戦いだったね。ユリウスはさらに練度が上がっているし、ミラの剣捌きも速度を増して見事だ」

「まだまだリュシアン殿には敵いませんよ」

「...っ、どーもね」


 嬉しそうに微笑むユリウスに、赤くなって目を逸らすミラ。

 ふわりと優美な金髪の内から琥珀の目で微笑まれ、慌てて手拭いでこめかみの汗を押さえて顔を隠すミラのいじらしいことと言ったらない。


「せっかく揃ったんだ、この後王都に遊びに行くのはどうかな」

「いいですね。俺も気になっている本を買いに行きたいところで...。姉上、行くでしょう?」

「...うん」


 もじ、と手元で指先を絡ませるミラにセリウスがぴくりと反応する。あたしはそんな背をどうどう、とばかりに撫でて宥めてやる。


 しばらくしてユリウスと馬を引いて戻ったリュシアンは、頬を染めて俯いたまま待っていたミラに歩み寄る。そしてひらりと跨った白馬の馬上から優しく声をかけた。


「さあ、おいで。乗り心地が良いように綿入りの鞍掛布を買ったんだ。試してくれるだろう?」

「...っ!!うんっ!」


 金の瞳を輝かせて手を取るミラに、ユリウスや騎士達が揃ってにまにまとする。

リュシアンの前に収まったミラは彼の体温に顔を真っ赤にして、きゅ...と縮こまった。


「それでは、行って参ります。父上」

「うん、楽しんでおいで!ついでにヴィオの好きなレ・シャンのサブレも買ってきてね!」

「父上、母上、失礼します」

「ああ、行っといで」


 リュシアンとユリウスは騎士らしく胸に手を当て、すっかり喋れなくなったミラを乗せた白馬は黒馬と並んで兵舎を去っていく。


 若い三人の青春らしいやりとりにひらひらと手を振って見送れば、セリウスが拳を震わせてファビアンをぎろりと睨んだ。


「...ファビアン...」

「ちょっ、やめて!?僕は関係ないでしょ!単純にうちのリュシィが魅力的過ぎるのと可愛いミラちゃんがお似合いすぎるだけで〜ってあっこら!!魔法はイケナイんだ!大人げないんだ〜っ!!」


 指先から氷撃や炎の玉を打ち込むセリウスに、ひょいひょいと避けて光の盾で跳ね返すファビアン。


「おや、またやっておられるのですか」


 教本を抱えて通りかかったガトーが目尻に皺を寄せてほっほっ、と髭を震わせる。


 変わらぬ二人のやりとりに、あたしと騎士達は顔を見合わせて笑うのだった。






15歳で声変わりしたユリウスと、頭ひとつ越されてしまったミラ。喧嘩ばかりだけど、ミラがリュシアンに赤くなるのはあえて茶化さず見守ったりと仲は良好。ユリウスは身長が178まで伸びステラと同じに。ミラは170㎝になりました。

リュシアンはファビアンの血でユーモラスですがスマートさはひとつ上の2枚目に。もはや完璧すぎてセリウスもファビアンに当たるしかありません。

いつもリアクションが大変励みになっております!

ありがとうございます!

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