134.それぞれの戦
※前半ステラ視点、後半セリウス視点です
「3時方向に敵船発見!!アガルタの戦艦だ!」
見張り台のフィズの声に船員達が立ち上がる。
ここはイズガルズの西海。かつての戦でアルストイ島上陸を困難と見たアガルタは、回り込んだ諸島側から国土への接近を目論んだのだろう。
「コソコソと領海侵犯たあ捨て置けないねえ。正面からぶっ放すぞ!総員武器を取れ!」
「砲手どもは装填用意!鉄障壁上げろ!」
あたしが中甲板へと駆け上がって素早く舵を切り、コンラッドが甲板を歩きながら指示を飛ばして行く。
甲板上では慌ただしく船員達がマストロープを引き、砲手達は砲台へと重い弾を運び出す。
ミラは男達に混ざって力一杯にブレースを引き終わると、船縁に足をかけ待ちきれないとばかりにカットラスを手の中で回した。
初めは手持ち無沙汰でおろおろとしていたあの子も、15になった今やすっかり戦の動きが板に付いたもんだ。手のひらのロープ傷もすっかり馴染み、カットラスを握る手も小慣れてきた。
いつもならあたしが先鋒を担って敵将を獲るところだが、程よく今日はお行儀のいいアガルタの将校が相手だ。
そろそろひとつ、ミラに主役を任せてみるかな。
「...ミラ、先鋒やれるか!左舷を寄せるから七番マストを使え!」
旋回し飛沫を受ける船の上で、ミラはあたしの言葉を耳にすると、金の目を輝かせて嬉しそうにカットラスを高く上げた。
「先鋒任された!!リック、ジェイド、あたしに続け!」
「任せなお嬢!無茶すんなよ!」
「ピンチの時は“助けてお兄さま〜!”って叫べよな!」
「うるっせえ誰が呼ぶか!!見とけよ兄貴ども!」
兄貴分の茶化しに怒鳴り返しながら、敵船に寄せた左舷マストに登り、ミラが軽々と宙を回って飛び込んでいく。
続いてリックとジェイドが鉤縄で飛び移れば、呼ばれていないフィズまで「待て待て俺も行く!」と慌てて見張り台から駆け降り敵船に飛び込んだ。
「まったく過保護だなあ、あいつらは」
思わず笑ってしまえば、コンラッドがスリングでヒュッと火炎瓶を投げ込んで悔しげな顔をする。
「俺だって付いて行きたいの堪えてんのにっ!ステラは放任過ぎる!」
「はあ?揉まれねーでどうやって強くなるってんだ。あたし達もそうして来たろ」
「そりゃそうだけどよお〜!!」
泣きそうな顔であたしを見上げるコンラッドは、副船長のくせに酷く情けない。まったく、心配しなくたってあの子は大丈夫だってのに。
現にいつでもあたしのナイフが届く位置にあるからな。
しかしこうして見ていれば、ミラの戦い方はあたしに似ている様で全くの別物だ。カットラスの回し方やナイフの投げ方の基本自体は押さえているものの、動きは実に豪快で大胆不敵。
あたしが“軽技と戦技を組み合わせて踊る技巧派”なら、あの子は“小技に頼らず研ぎ澄まされた感覚派”とでも言ったところか。
その攻めに徹した喰らいつくような姿勢は、セリウスの苛烈な剣戟を思わせる。同じ感覚派の彼が“ミラはやり易い”なんて評していたのはどうやら間違いないらしい。
ミラは果敢にカットラスで切り込んで鞭で薙ぎ払い、敵の大群を瞬く間に潰していく。砲撃で舞う硝煙の中を走り抜けて、遂に刃は敵将の首を討ち取った。
「見たか!頭はやったぞ!!」
高らかに声を響かせたミラに、船員達が盛大に勝ちどきを上げる。返り血を浴びてなお輝く金の瞳と夕焼け色の髪が潮風に靡いていた。
「流石はお嬢だ!やってくれるぜ!」
「守りが薄いのはちょっと頂けねえけどな」
「ったくあぶねえやり方するんだからよお〜!」
「こまけーなあ、守る前にやっちまえばいいだけだろ!」
リック達にそう返すミラは、ますますセリウスと戦い方が似ていて笑えてしまう。あたしが避けて体勢を整えるような場面でも、この子は無理やり力で攻めようとするんだから。
それにしたって、子供の成長は早いもんだ。
2年前では初めて手にかけた相手を前に吐き戻していたというのに、今や多くの敵を鮮やかに屠り、将の首まで獲れるようになった。
娘相手に厳しいようだが、海賊は命の取り合いが家業みたいなもんだ。人の死に耐えうる素質がないとやっていけない。
「ううっ、頑張ったなあ!俺ぁ誇らしいぜ...!」
「船長の無茶にはいつもハラハラさせられますよ...」
「なんでお前らは毎回泣くんだよ。だいじょーぶだって!」
涙ぐむコンラッドとビクターにむくれるミラの顔はまだ幼さを残している。
しかし確かな精神力と実力をミラが得ていることに、あたしは密かに安堵のため息を吐くのだった。
————
イズガルズの王都より遠く南、山間の集落にて。
現地の騎士団では手に負えぬ魔獣が発生したとの報告を受け、我々は遠征討伐へと訪れていた。
ザレツカ山脈に棲まう牛頭巨人。古来より度々人里に降りては群れで家畜や人を攫う厄介な魔物である。その力は鋼の柵を容易く折り曲げ、積み上げた石塀を突進で崩す程。
強靭な皮膚は魔法攻撃に耐性を持ち、生半可な術では太刀打ちできない。
だが、我が剣牙の魔狼は魔と剣を極めし精鋭揃いである。この程度で慄く者などいない。於いては15となった息子も慣れたもので、冷静に対処し群れの数々を切り伏せて行く。
そろそろ狙いの位置に到達するのを見計らい、俺は騎士達へと指示を飛ばした。
「是より作戦通り山間部にて陣形三を取る。ファビアン、エルタス、リュシアンは後方より負傷兵の治癒支援、ヴィゴは北上地点より弓兵を率い狙撃せよ」
「ザイツ、ライデン前衛は現地隊と共に4時方向。アイザック、ユリウス共に10時方向より囲い込み崖下へ奴らを追い落とせ。俺が大規模魔法にて一帯を殲滅する」
「「「はっ!」」」
「治癒なら任せて!みんなドンドン怪我していいよ〜!」
「ファビアン、無駄口を叩くな」
「もっと言ってやって下さい団長殿」
「こらこらリュシィ、安心感は大切だよ?」
魔石越しにいつも通りの掛け合いに親しみつつ、俺は爆炎で散る群れを目標へ追い立てながら馬を駆る。
木々の間へ進んだ部隊は分散し、魔物達を作戦に沿って順調に追い込んで行く。
その時、後方から大きな咆哮が上がった。
そこにいる魔物達よりも明らかに二回りは巨大な体躯、捻り上がった邪悪な角。
間違いなくあれは群れの主だ。
まさか非常に警戒心の強い主がここで出てくるとは思わなかったが、...大方群れの全てを我らに殲滅されると見て冷静さを欠いたか。
こう言ったイレギュラーの大物には俺が単身出るのが常だが、ライデン達前衛部隊が予定通り動いているのを潰すのは惜しい。
...ならば、一度やらせて見るか。
「...ユリウス、部隊より離脱し奴を討て」
前方のユリウスへ追い越し様に告げれば、彼は目を見開いて小さく息を吸い込む。
そして手綱を引いて後方へ向き直ると、静かに震える声で「拝命致しました。直ちに」と言葉を返した。
「へえ!?行かせるんすか!?」
「団長殿!せめて支援隊を付けては!」
単身後方へ馬を駆るユリウスに、慌ててライデンとザイツが振り向いて声を上げる。
「問題無い。俺も同じ歳にあれくらいは斃している」
「それは存じてますけど...!」
彼らは信じられないとばかりに俺へと非難する目を向ける。魔石ごしに聞いていたファビアンだけが「ま、いっちょお手並み拝見だね」などと笑った。
なに、いざと慣ればここからでも大型魔法の照準くらい合わせられる。問題など無いに等しい。
しかしこちらが向かい来る魔物を対処する合間に見ていれば、ユリウスは的確に馬上から弱点を見極め、雷撃や炎で主を撹乱している。
振り下ろされる爪に光魔法の盾を張り、隙が出来た柔い腹に氷撃を撃ち込む。痛みに暴れる敵の視界から鮮やかに背後を取って斬り込む様は、どこかステラさんの戦い方を思わせる。
敵の攻撃の先を読み、相手の動きを引き出しつつ魔法の規模を使い分けた陽動。予想を超える動きで華麗に弱点を狙い、一撃で相手の右腕を跳ね飛ばす。
それはまさに彼女と同じく、技巧と柔軟に機転を効かせた立ち回り。俺には出来ない芸当だ。
そして遂に、こちらが誘い込んだ敵を大規模魔法で焼き払ったと同じくしてユリウスの激しい雷撃と豪炎が炸裂し、主が地響きと共に地に伏した。
音に振り向いた兵達が大きく歓声を上げ、剣を高く振り上げる。
斃れる主を前にエメラルドの瞳に焔を燃やしたユリウスは、ふっと火が消えると共に小さく微笑んだ。
魔力で舞い上がっていた黒髪がさらりと背に流れ落ちる。
「うっひょ〜!見たかザイツ!ユリウスやるじゃん!!」
「見てたとも!これは勲章モノだぞ、誇れよユリウス」
「はああ、流石はご子息...!新たな伝説をこの目で見れたよ...!!」
「いや、そんな...父上ほどでは」
沸き立つライデン達や感涙するアイザックに取り囲まれ、ユリウスは控えめに照れたような笑みを浮かべる。
かつての俺は目を逸らすだけだったが、ユリウスは素直に評価を受け取り、笑顔を返せる事が喜ばしい。
「もー謙遜しちゃって!もっとこいつみたいに“当然だが?”みたいなムカつくムーブしてもいいんだよ?」
「そうだぞ、はしゃいでいる我々を冷めた目で見たって構わないんだからな」
「“格下に言われても”みたいな顔してな」
「いやあ、実に可愛くない少年でしたなあ」
「父上はそんな態度を...?」
ユリウスに呆れるような目を向けられ、俺は咳払いをして目を逸らす。
「事後処理が残っているのを忘れるな、さっさと主を焼き消せ。腐臭が残る」
俺がそう告げると、ユリウスは「そうでした」とはっとして右手の指をパチンと鳴らす。
ボッと燃え上がった主の骸は、瞬く間に塵となって空に掻き消えていった。
実際に戦に出るようになったミラとユリウス。
15になって両親からそれぞれ力量を試され、初めて戦闘の主役をこなし切りました。成長おめでとう!
遺伝はやっぱり正反対。ステラもセリウスも全く離れた戦で子供越しに互いを愛しく感じていたり。
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