131.真相
※前半ミラ視点、後半ステラ視点です。
「...まじかあ...」
「...いや、本当に...」
観劇が終了し、貸し切りの劇場ロビーへと出てきたあたしとユリウスは、整理が付かず呆然としたまま立ち尽くす。
そんな姿にルカーシュは振り向いて微笑んだ。
「ふふふ、良い反応だ。多少の脚色はあれど事実だよ」
「何と言っても、この脚本はセリウスを尋問して作ったものだからね。いやあれは傑作だったな、ひたすら死んだ目で棒読みでね...起きた事を並べるだけのゴーレムだったよ」
ルカーシュはそう言いながら、にっこにっこと満足そうな笑みを浮かべて物販コーナーで何かを選んでいる。
山積みとなったパンフレットに描かれた、若い頃の父さんと母さんが凛々しく並び立つ絵。
国の至るところに二人を模した絵やらなんやらがあるのは見慣れていたが、...まさか、こんな壮絶な任務と駆け引きで二人が結ばれていたなんて...。
最初はスポットライトに照らされた両親そっくりの俳優たちが歌ったり踊ったりするのに、羞恥心と笑いを堪えるばっかだったのに。
気がつけば国の陰謀を追う二人や、危険な任務の中で協力して死線を潜り抜ける姿にすっかり夢中になって、最終的にはちょっと涙ぐんでしまった...。
「父上の“骨が折れた”がここまでの意味だったとは...」
「そりゃここまでされたら母さんも落ちるかあ...」
父さんが母さんを手に入れる為に、あんなに一途に想い続けて、命まで救って、香水の強力な従属効果にすら抗って母さんを護ったなんて...。
ていうかそこまでしないと落ちなかったんだ母さん...、流石に手強すぎるだろ...。
あんなに仲のいいリゼがまさかの悪役だったのも驚きだし、父さんがやたら嫌ってるのもそう言うことだったのか...。
思い返せば、母さんとの手合わせて父さんが闇魔法を絶対に使わないのも、何も貰ってないはずの母さんが“贈り物なら充分貰ってる”なんて言ったのも。
金の鷲のモチーフを却下されたのも、好き嫌いのない母さんがサンドイッチだけは食べられないのも...、今となっては全部腑に落ちる。
父さんがやたら説教臭くて、母さんが無茶するたびにくどくど言うのも今なら共感できる。だって死にかけた母さんを必死で介抱したのは父さんだったんだもの。
なのに二人は裏切りとか、拷問のトラウマとか、命を賭けるほどの恋愛とか、その根っこに親の敵討ちがあったなんて今までカケラも見せなかった。
間反対の性格なのに妙に息が合うのも、何があっても絶対お互いを疑わないのも、ただすげー仲良し夫婦ってだけじゃなかったんだ...。
「うちの両親って、本当に英雄だったんですね...」
「...信じられねえな...」
周りから散々英雄だなんて持ち上げられようがそれが常だったし、まあなんかうちの親って歩いてるだけで目立つしな、くらいにしか思ってなかったのに。
まじか...まじかあ。
なんかもう言葉が見つかんないや。
あたし達が気の抜けた顔をしていると、何やら物販コーナーで買ってきた便箋でパタパタ扇ぎながらルカーシュが戻って来た。
つーかなんだその便箋...!?父さんが鎖に繋がれて黒い羽が舞ってるように見えるんだけど!?
そんなシーンひとつもなかっただろ...!
焦ってショーケースを見渡せば、なんかキラキラした感じの絵で描かれた父さんと母さんがいっぱい...!?
ポスターにブロマイドに、うげ、絵付け皿まであんのかよ...!?しかもなんで薔薇を持たされてんだ二人とも...!!
あたしとユリウスはぞっとして思わず後ずさる。
本人達はもういい歳だっつーのに、公式でこんな売り方されてんのか...!?
さ、流石に可哀想になってきた...。
「お、親がこういう感じになってるの、何とも言えませんね...」
「ユリウス、よく考えろ。あたし達も気をつけないとこうなるって事だぞ...」
「...っ、最悪過ぎる...」
あたし達が背筋に悪寒を感じて青くなる隣で、ルカーシュはひたすら優雅に微笑んでいるのだった。
————
なにやらセリウスと交わした子供達が、二人揃って出かけた朝食後。
ぼんやり本を読んでいれば、妙にご機嫌な彼から「お連れしたい所が」なんてあたしは行き先を告げられずに馬に乗せられた。
連れられた先は王都の町外れ、細い路地の先にある小さな書店。
年季を感じるマホガニーの木枠に飾り入りのガラス戸。促されるままに扉の先に足を踏み入れれば、壁という壁に所狭しと古書が収められていた。
「...!」
あれも、これも...見覚えのある重厚な本の装丁たち。あたしは思わず近づいて、背表紙の数々を指でなぞった。
「こっ...これは...!すごいな...、もう絶版になった本だらけだ...!うわ、これもあたしの好きだったやつ...!」
母を失ったあの日に船長室を砲撃され、それまでに揃えていた本はほとんど燃え尽きてしまったのだ。
母さんが集めていた本はもう二度と読めない。
そう思って諦めていたのに...!
思わず興奮して店内を歩けば、店の奥に灯りを見つけた。なんだろう、とそっと覗き込んだ本棚の隙間。
そこにはゆったりと座り心地の良さそうなソファとティーテーブルが組まれた落ち着いた空間が広がっていた。同時にふわりと鼻をくすぐる珈琲の香り。
あたしが目を丸くしていると、セリウスは穏やかに微笑んだ。
「ここでは購入した本を読みながら、質の良い珈琲を頂けるのだそうで」
「!」
あたしはもう一度店内を見回す。
少し暗めの静かなカフェテリア。選びきれないほどの古本と、香りだけで質の良さがわかる深煎りの珈琲。それから、カウンターのガラスドームの中には焼き目の美しいチーズケーキ...!
な、なんだこの魅力的な組み合わせは...!
あたしは思わずばっと振り返って彼を見上げた。
「お前、どうした...!?本にも珈琲にもちっとも興味なんてないくせに...」
普段から山積みの書類に向き合っている彼は活字より鍛錬を好む上に、珈琲や紅茶だって何を飲ませてもさっぱり違いが分からない男なのだ。
そんなセリウスがこんな店を見つけられるだなんて到底思えない。
「貴女が読書家であると話したところ、ヴィゴに教えられまして。非番の日に本好きの奥方とよく訪れるのだと」
そういや、ヴィゴの奥方は王宮の書庫勤めだと言っていたっけ。あたしに結婚を焚き付ける時に“我が姫は美しくも気難しい本の虫”だなんて惚気ていたのを思い出す。
「なるほどなあ、さすが王城勤めは王都の事に詳しい訳だ。あたしはこんなとこまで来ないもんな...」
なんて言いながら本を手に取り頬を綻ばせると、セリウスは嬉しそうに金の瞳を細めた。
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