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19.セリウス

※今回はセリウス視点となります※




 毎朝、五時に必ず目を覚ます。

顔を洗って訓練着に着替えると壁にかけている愛用の剣を背負い、庭の横の修練場へと降りる。高い石の塀で囲まれた修練場には、まだ誰もいない。冷たい朝の空気を吸い込むと肺が冷えた。


 俺は額に軽く人差し指を当てて目を瞑ると、そのまま目の前に手を広げる。すると手を広げた先に、俺と全く同じ容貌の青い光の集合体が3体現れる。練習用に自分を投影した光魔法だ。


「...ふ、...ッ!」


 小さく息を吐き出しながら自分の分身と剣を交える。実際に攻撃に当たると軽い質量のみで痛みがあるわけではないが、光が弾けて自分の体に跡が残る仕組みだ。


 分身の攻撃を冷静に避け、その隙に氷撃魔法を手から放ち一体に当てる。次の分身が被さるように切り掛かって来るのを腰を低くして滑り避けると風魔法で引き倒す。


 その瞬間、光で模倣された炎魔法が3体目の掌から迫り来るのを見極める。大きく円を描いて2体目を斬り、そのまま3体目にも斬り込んでその首を跳ねた。


 ざあっと光が散り、分身が全て消え去る。

己の体に光の跡は一つもない。


 ふうと息をつくとその場に静寂が残された。

いつもなら、このタイミングで父が俺に声をかける。


「まだ隙があるな」


「氷撃魔法の生成が遅い」


などと厳しい指摘の後に


「だが、良くなっている。鍛錬を怠るなよ」


と言うのが厳しい父の口癖だった。


 代々魔法騎士の家系に産まれた俺は、剣聖と言われる父の身体能力と賢者と呼ばれる母の魔力を強く受け継いでいた。


 一人の人間が持って産まれる魔法の属性は王族ですら2つあれば上等だ。対して俺は地・水・火・風・雷・光・闇の全属性を持って生まれた。


 母は非常に魔力の強く濃い血を継ぐものだったが、その為に体が非常に弱く俺を産んで起き上がれぬまま1年持たずこの世を去ったという。


 この国では王の血に近しいものほど強い魔力を持って産まれる。その中でも母の家系はさらなる魔力を求め、近親間での交配が進められた。


 全ての魔法属性を得たが心身ともに虚弱な母はその恩寵と犠牲そのものといった人だった。母の存在は肖像画と父や騎士達の話でのみ認識できた。


 父は火と水のニ属性持ちで決して魔力が強いわけではなかったが、その練度は凄まじく魔導師ですら父の魔法生成の速度に追いつくものはいなかった。


 加えて苛烈なほどに隙を与えぬ剣捌きを誇る父は、この国最高峰の魔法騎士団“剣牙の魔狼”の騎士団長を務めた後に国王陛下付きの近衛騎士となった。


 上級騎士の城では全ての雑用から家礼の役割を雇われ騎士や見習い騎士達が行う。


 早くして亡くなった母の代わりは父の部下達が務め、父は全属性持ちの俺に対し虚弱体質の母の死を悔いてか

「日々の鍛錬こそが命を伸ばす。心身の強さを極めよ。」

と俺に厳しく指導を付けた。


 そんな父がもうここに現れることはない。

そして、あの事件で易々と命を絶つ筈もない。


 しばらくの鍛錬の後、汗を袖でぬぐい修練場を後にする。


「おはようございます、旦那様!」


「ああ、おはよう」


 水を運ぶ騎士、庭木に水をやる騎士、釜戸への薪を運ぶ騎士達がそれぞれに俺に挨拶をし、俺もそれに返す。

 一年前までセリウス様呼びだったが今では旦那様。まだ慣れない響きだ。


 浴場に入り、魔道具の水栓を捻りざっと湯を浴びて外に出る。着替えの手伝いなどはない。騎士たるもの自ら全ての仕度を素早くこなせなくてはならないからだ。


 食堂に降りると調理当番の騎士見習いからいつもの卵三つのオムレツにライ麦パン、チーズ、牛乳、野菜や果物を数種類混ぜた飲み物が出される。


 騎士たる理想の体を作る為にと小さい頃からこの献立は変わらない。どんなに食欲がなくともこれを毎朝平らげてきた。黙々と食べ、最後に姿見で身なりを整えてから厩舎に向かう。


 黒い愛馬の頬を軽く撫でるとその背に跨った。


 ここしばらくは馬車を利用することが多かったが、やはり俺は馬の方がいい。

馬車は息が詰まる。


 今日はステラさんを船まで迎えに行く日だ。

まだ女性をそのように呼ぶことには慣れないが、本人が望む限りは従う必要がある。


 彼女は変わった女性だった。


 13歳の時に社交界入りしてから今まで何度か相手をさせられたが、女性というものはみな黄色い声で騒がしく、俺の態度に怯えたり、やたら笑顔でしつこく迫ってきたかと思えばすぐ泣いたり、容姿の変化に細かく気付くよう強要されたり、戦闘を野蛮と嫌ったりなど...

とにかくあまりいい思い出がない。


 しかしステラさんは違った。

常に堂々としていて俺に怯まず、普通の女性が泣く場面で泣かない。しつこく付きまとうどころか俺のエスコートを拒みさえする。


 そして何より彼女はかなり強い。あの引き締まった肉体を見ればどれだけ鍛えられているかわかる。港での兵士達を圧倒した素早い鞭とナイフ捌きは一朝一夕で身につくものではない。


 理不尽や力に屈さず、王の権力にすら全身全霊で抗って見せるその姿。思わず鳥肌が立った。


 母とも違う、令嬢たちとも違う。

自分の知っている女性とは、全く別の生き物だと感じた。



 考えながらしばらく馬を走らせていると、ふわりと潮風が鼻を掠める。


船着場に着くと、既に彼女はそこに立っていた。


「おい、帆布の予備は必ず積めよ!伝書鳩の番号?

1から5のAが王都港、Bがエストラ、Cがディタ海域!振り分け表渡したろどこやった!」


「コンラッド!そっちの船の碇はまだ巻き上げるな!」


 響く声で船員達に何やら忙しく指示を出しているらしい。真紅のコートと毛先にかけてオレンジから赤に移り変わる夕焼けのような長い髪がバサバサと潮風に揺れている。


 俺も馬から降り立ち、長髪が潮風に巻き上がるのを少し抑えながら彼女に近づく。馬の蹄の音を聴き取ってか、彼女が振り向いた。


 エメラルド色の意思の強い瞳がこちらを射抜く。


 思わず俺は少し言葉を失い、目を逸らした。


「セリウス!早かったな」


 彼女が少し離れたこちらに声を張り上げた。

海賊帽に飾られた白い羽根と真紅のコートがはためき陽光が彼女を照らす。


 その威風堂々とした笑顔を真っ向から浴びると

肌がびりりと震え心臓が跳ねた。

...なんだ、今の感覚は。


「おい、またダンマリか。少しは慣れろよな」


 そう言いながら彼女は近づくと、そっとこちらに手を伸ばした。

 頬に触れられる——————————、


「いい馬だな。なんて名前だ?」


 彼女が触れたのは馬の頬だった。優しく撫でられた愛馬が満足そうに小さく嘶く。

俺は気まずさに少し咳払いをする。


「....ガーレ、です」

「セルデア語で“疾風”か。いい名前だ」


 この馬の名前は幼い頃俺に与えられる時に父が付けた。祖母の産まれが北の国セルデアだったのだという。


「セルデア語が分かるのですか」

「何度か行ってるからな。他言語を覚えるのは得意なんだ。言葉が分かりゃ商売がぐんと楽になる」


 彼女はそう言って自慢げに笑う。

夜会の時も驚かされたが、どうやら彼女は文字や言葉に関する記憶力が非常に良い。航海で他国に行く機会が多い為に鍛えられた能力なのだろうか。


「よお、騎士団長殿。今日は俺の女王様をどこに連れてく気なんだ?」


 彼女の後ろからずいと割り込むようにして男が現れる。副船長のコンラッド・ザカラムだったか。俺より頭半分ほど背が低いが、よく鍛えられた肉体はそれなりに実力があると見える。


 港での経緯が経緯とはいえ、わざと威圧するようなその視線にいい気はしない。俺は上司に報告するように敢えて冷静に答えて見せる。


「失礼、副船長殿。本日は船長殿をお借りして市街へお連れします。食事処もこちらで見繕っておりますので日が沈んだ頃、帰還予定です」

「は...はあ!?街で食事!?おっまえ仕事にかこつけてステラをたぶらかそうと...!!」


 俺に掴みかかりそうになる副団長の頭をステラさんがゴンと殴る。女性の力とはいえあの音はかなり痛そうだ。


「んなわけないだろ馬鹿。王政によって変わった市街の様子を直接確認しに行くだけだ。あと会わなきゃ行けないやつがいる」


 痛みにしばらくうめいていた副船長が頭をさすりながら俺を睨む。


「...こいつを信用できるかよ」


 副船長がそう吐き捨てるとステラさんは、はあ、とため息をついた後、真剣な顔で彼と向き合った。


「ルドラーだ」

「!」


 何かを察したように副船長の目が見開く。


「あの野郎と交渉する。あたしだけじゃ王弟との繋がりを証明しきれん。こいつが必要だ」


 副団長は腕を組んでしばし考え込んだ後、こちらに真剣な目で向き直った。


「おい、ステラに傷一つ付けたら承知しねえぞ」

「言われずとも」


 騎士として対象を護るのは当然の事だ。

ステラさんは両手を腰に当て、少し安堵したようにため息をつくと俺の方を振り向く。


「セリウス、頼む」


 俺は頷くと馬の背に跨り、彼女に手を差し出す。


「どうぞ」

「....え?」


 彼女は俺の手を見てなぜか困惑する。


「お前の前に抱えられて座れってか?」

「今回に関しては馬車は目立ちすぎますので。乗馬のご経験はないでしょう。どうぞ」


 そう言うと彼女はかあ、と赤くなる。

そんなに俺の前に乗るのが恥ずかしい事だろうか。それとも乗馬経験の無さを恥じたのか。

よくわからない。


「女性が前に乗るのは至って普通の事です。

さあ」


 彼女は目を瞑りしばらく黙り込むと意を結したように手を取った。彼女の体が俺の前に収まると思っていたよりも小さく華奢に感じる。


 彼女の髪から潮風と柑橘のような甘い香りがして予想外に体がこわばりまた心臓が跳ねる。

 なんだこれは。

護衛で令嬢を乗せた時にこの感覚はなかった。


「乗ったぞ、ほら!さっさと出せ!」


 その声にはっとして馬を走らせる。


 王都までは半刻ほどある。

この違和感にも次第に慣れていくだろう。


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