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128.デビュタント




 馬車がゴトン、と音を立てて停まり、あたしは先に降り立ったセリウスの手を取る。

 すっかり慣れ切ったあたし達の動きを見て、ユリウスもその後で降り立つとミラへと手を差し出した。


「姉上、どうぞ」

「澄ましやがってなんかむかつく」

「仕方ないでしょう決まりなんですから」


 なんて憎まれ口を叩き合いつつも、ユリウスの手を取ってミラも降り立つ。



 王城の大広間へと近づけば既に着飾った人々で満たされ、お披露目を控えた子供達がそわそわと緊張と期待に浮き足立っている。


 そこにあたし達が足を踏み入れれば、ざわりと空気が変わって人波の道がさあっと開かれた。


 囁き合う貴族達、控えめにあたしに手を振る見知ったかつての令嬢達とその子供達。


 あたしとミラはにこやかに軽く手を振り返し、隣のセリウス達は僅かに口を引き結んで前を向く。親と全く同じ反応を示す二人は、まるであたしとセリウスをそのまま小さくしたようで思わず笑みが溢れてしまう。


 群青の軍服に艶やかな黒髪を下ろしたユリウス、そして赤いドレスにふわりと夕焼け色の髪を下ろしたミラ。


 セリウスの金の目を継いだミラはより鮮烈に華やかで、あたしのエメラルドの瞳を継いだユリウスは父親よりも穏やかで知的な雰囲気を纏う。


 どちらも同い年の子供より一つ飛び抜けて背が高く、まるで月と太陽のように対照的な立ち姿は周囲の視線を一身に集めている。


 開宴までまだ少しあるので、あたし達は王座の置かれた壇上に近く開けられた場所で歩みを止める。


 並んで控える姿勢を取れば、斜め後ろに控えていた元マリエラ嬢...現ルスティノス伯爵夫人が微笑みかけた。


「ご機嫌よう、ステラ様に騎士団長様」

「ああ、マリエラと伯爵殿も」


 あたしとセリウスが軽く礼をすれば、マリエラの隣の優しげな伯爵が穏やかに会釈する。

 マリエラは一人娘の為に男爵家から婿を迎え入れたと聞いていたが、彼女の領地運営の熱意を支える良い夫であるらしく実に睦まじげだ。


「ミラ様、ユリウス様、ご機嫌よう」


 13歳となったマリエラの娘も淑やかにカーテシーを取り、ミラとユリウスは教えた通りにきっちりと礼を返す。


「ミレーユのドレス、可愛いなあ!よく似合ってる」

「うふふ、嬉しいわ!ミラ様もまるで人魚姫みたい!それからユリウス様は凛々しくて、本当に素敵...♡」

「...光栄です、ミレーユ嬢」


 ぽわわ、とわかりやすく頬を染めるミレーユに、ユリウスが一歩引いて苦笑いを浮かべる。

そんなユリウスをミラが肘で小突いて笑うと、より困ったような顔をした。


 だが苦笑いができるだけ、ユリウスはセリウスよりも偉いところだ。セリウスは令嬢達や貴婦人達を前にすると、途端に苦手意識から無表情とほぼ無言を決め込んでしまう。

 おかげで冷酷だなんだと感違いされる程度には恐れられていたなんて今思えば笑えるものだ。


 特に女性の中でも苦手とする“あの相手”にはそれが顕著で...


 ああ、噂をすればお出ましのようだ。

国王ルカーシュに手を引かれてやってきた、氷のように冷たい瞳を持つ絶世の美女。エレオノーラ王妃である。


 しんと静まり返った大広間で、壇上の王座に座した二人が王族らしい笑みを湛えてこちらを見下ろす。


 そしてその前に進み出た大臣がこほんと大きく咳払いをし、長く地面に流れる羊皮氏の束を持ち上げて高らかに声を上げた。


「これより社交界入りに向けて、ルカーシュ王陛下、並びにエレオノーラ王妃殿下への御顔見世を順に追って執り行う。名を呼ばれた者は壇上に参じ、陛下よりお言葉を賜るよう———」


 その後も仰々しく形式的な挨拶を長く続ける太った大臣に、ルカーシュが手を上げて「良い良い、読み上げ始めなさい」と宥めるように微笑む。

 すると大臣はまたこほんと咳払いをして、響く声で手にした羊皮氏から名を読み上げた。


「...ではヴェルドマン家より。ミラ・バルバリア・ヴェルドマン、ユリウス・バルバリア・ヴェルドマン、前へ」


 おや、うちの子達が最初なのか。

本来は最も位の高い爵位から呼ばれるものらしいが、おそらく“英雄としての特例”だろう。


 ぴくりと肩を震わせた二人の背をあたし達はそっと押して、壇上へ続く深青の長い絨毯へと歩ませる。


 ユリウスは差し出した腕に少し力を込めて、ミラはその腕を引くように取って歩み出す。あたしたちはその後ろをついて同じくゆっくりと階段を上がった。


「ああ、ミラにユリウス。昨日ぶりだね」

「えへへ、なんか変な感じだよ」


 ルカーシュが柔らかく微笑み、ミラがくすぐったそうにはにかむ。

 なにしろちょうど昨日、城の庭園で茶を酌み交わしたところなのだ。畏まった場で会うのはむず痒いのだろう。


「陛下、王妃殿下。この度は私ども姉弟の社交界への参与並びに御前にてお目通り叶います事、誠に光栄に存じます」


 ユリウスがきっちりと所作を守り騎士然とした礼をすると、冷たい顔立ちのエレオノーラ王妃がぐっと涙ぐんだ。


「うっ...こんな事まで言えるようになったのぉ...」

「一丁前にかしこまっちゃってさ。それよりエリィ、あたしのドレスも見てよ!」

「はああ!可愛すぎるわ...解釈一致過ぎて神」

「母さん、あたし神だって」

「多分そういう事じゃないと思うぞ」

 

 相変わらず外見と中身がチグハグな面白い女だ。

ルカーシュはすっかりこの“転生王妃”に夢中で、惜しみなく彼女の発明に国財を掛けている。

 それが毎度大成功を収め国益を大きく潤しているのだから、策謀家と発明家の夫婦はうまく噛み合っているという訳だ。


 そんな事を思うあたしの隣で、セリウスはでかい図体で顔面から感情を消し去り、空気のように気配を消している。


 そう、セリウスはこの奔放すぎる王妃の事が“人として全く理解不能”と評する程には大の苦手なのだ。今まで彼女の発案で毎年苦い思いをさせられているので、まあわからないこともない。


 王妃は知ってか知らずかにこりと笑顔を向けて、セリウスは及び腰で若干後退する。

そんな姿を楽しげに見ていたルカーシュは、静かにミラとユリウスに向き直った。


「本当に見る間に大きくなって...ドレスも礼装もとてもよく似合っているよ。君たちの華々しい未来が楽しみだ」


 二人の肩に手を置きゆっくりと言葉を紡ぐ彼に笑みを向けられ、ミラとユリウスは嬉しそうに頬を染める。


「時にユリウス。エカテリーナが君と遊びたいとやかましくてね。また相手をしてやってくれるかい」


 ルカーシュに視線を向けられ、ユリウスが堅く「お望みとあらばいつ何時でも」と胸に手を当てる。


 エカテリーナとは齢九つになるこの国の姫君だ。

ルカーシュとエレオノーラの長女に当たり、その下のエイリークやミハイルといった小さな王子達では話ができない!と年上の落ち着いたユリウスをえらく気に入っているらしい。


「いずれあの子が望むなら...ユリウス。君に嫁がせたいと思っている。いいだろう?セリウス」


 急にそんな事を言われてセリウスが咽せ込み、ユリウスがヒュッと肺に息を吸い込んだ。


「ご冗談を。騎士家に降嫁など前例が...」

「おっ、俺になど姫君が勿体のうございます!」

「あらそうかしら?うちの可愛いカチューシャをあんなに笑顔にできるのは逸材よ。ねえあなた」

「そうともエリィ。私は娘の幸せを逃す気はないよ」


 本来、上級騎士とは位だけで言えば準貴族に当たる下位の立場だ。セリウスの母親は王家の血こそ濃く引いていたが何代も前に降嫁した家系で、体の弱さから見放された為にヴェルドマン家に迎え入れられた異例中の異例だった。


 にっこにっこと囲い込むように頷く二人にセリウスとユリウスは揃って青くなる。


「そしたら王家と縁戚になっちまうって訳か?大出世じゃないか」

「いいじゃんユリウス!逆玉の輿だ!」

「ふっ、不敬ですよ二人とも!」

「......」


 あたし達が冗談めかせばユリウスは慌て、セリウスは眩暈がするのか目頭を押さえて黙り込んでしまう。

そんな様子にルカーシュと王妃はくすくすと愉快そうにただ笑い合うのだった。




————




 一通り子供達の謁見が終了すれば、楽団による優雅な音楽と共にダンスと歓談の場が設けられる。


 あたし達の手を離れた二人がダンスを一曲こなしてホールから離れると、間髪入れずにわあっとそれぞれが大勢に囲まれた。


「ユリウス様、エリシアです!覚えていらっしゃいますか?」

「わっ、わたくしも!ジュリアンナにございます!」

「ああ、ティエンヌ公爵家のエリシア嬢にステンドット伯爵家のジュリアンナ嬢。忘れておりませんよ」


 あたし譲りの記憶力で真面目に頷き返すユリウスに令嬢達がきゃあ、と頬を押さえる。


「まあ嬉しい!どうか一曲踊って下さいませんか?」

「あら抜け駆けなんて!ユリウス様、フェリスと申します!ぜひわたくしと...!」

「ちょっとずるいわ!わたくしが先だったのに!」


「あの、順にお相手致しますのでどうかお待ちを...」


 両手を上げて控えめにたじろぐ姿は優しげで、ますます令嬢達の人気を攫ってしまう。まったく、仏頂面のセリウスなんかよりよっぽどモテてしまう訳だ。



「ミラ嬢、あの日のセドリックです。どうか一曲...」

「ん?誰だっけお前。記憶にないな」

「へあっ...!?」

「君、退きたまえ。ミラ嬢、僕はコンスタンと申します。どうぞお見知り置きを」

「どうもコンスタン()。へえ、可愛い顔だね」

「かわっ...!?いえ、私はコンスタンと...!」


 セリウスに似て人の名に興味が薄いミラに令息がグラスを取り落とし、可愛いだなんて微笑まれた少年が頬を染め慌てて名乗り直す。

 そこに涼やかな少年がすっと割り入ると、色とりどりの菓子を差し出した。


「リシャールと申します、焼き菓子はお好きで?」

「わあっ、ありがと!んーっ、あたしこれ好き!」


 甘い菓子を頬張ったミラが無邪気に微笑む。

大きな瞳が細められた笑顔はまるで大輪の花が開くようだ。


「「「「「か、可愛い...」」」」」


 その瞬間に群がった男の子達が撃ち抜かれ、揃って熱い溜め息をつく。



「...人たらしな所は貴女譲りのようで」


 その場でぐっと奥歯を噛み締めていたセリウスが、あたしを見下ろして苦々しげな顔をした。


「ミラは躱すのもなかなか上手いじゃないか。心配しなくても大丈夫だよ」


 あたしが背をさすってやると、セリウスは、はあ...と重いため息をついて頭を軽く振る。


 思わずふふ、と笑いを溢せば彼はあたしを振り向いてじっと見つめる。


 にっこり微笑み返してやれば、彼は釣られたように頬を綻ばせる。そしてそっと手袋に包まれたこちらの手を取り、薬指の指輪にキスを落とした。


「...今宵のドレスもよくお似合いで。黒が貴女の美しさを引き立てている」


 セリウスに用意されていた黒のヴェルベットのドレスは、ぴったりとあたしの身体に沿って足元でくびれ、床へと裾が流れ落ちている。

 二の腕まで包んだドレスと揃いの手袋に、彼の純白の手袋が絡められた。


 彼の漆黒の式典用礼装と並び立つとまるで示し合わせたようで、セリウスはそういうつもりだったのだろうかとおかしくなってしまう。


「どうもね旦那様。せっかくだから愛娘とお揃いのリボンも見てやってくれる?」


 なんて少し髪を持ち上げて結ばれた赤いリボンを見せてやれば、彼は口元に手を当ててくすりと微笑んだ。


「...どこか、飼い猫のようですね」

「お前なあ」


 あたしがむ...、と見上げると「冗談です」なんて彼はにまりと口の端を上げる。

そのまま腰に手を回されて促され、人混みを抜けて静かなバルコニーへとあたし達は歩き出す。


 ...寂しい気もするが、一人でやらせなくちゃな。


 あたしはそっと振り向いて、大人への階段を登って行く二人に微笑んだ。





ついにミラとユリウスが社交界入りを迎えました。母親譲りの記憶力と父親譲りの真面目さのユリウス(でも令嬢苦手)、父親に似て人にはあんまり興味がないけど母親のように無邪気で奔放なミラでした。

セリウスはちゃっかりステラに似合いのドレスを用意して、自分の礼装に色を揃えたりと相変わらず。娘の人気にちょっぴり、いやだいぶヤキモキしてます。


リアクションが大変励みになっております!いつもお読みいただきありがとうございます!

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