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127.成長の節目

※前半ステラ、後半セリウス視点です





 今夜はいよいよ、ミラとユリウスの社交界入り(デビュタント)だ。



 セリウスに教えられるまでよく知らなかったが、この国では貴族や騎士家系の子供が13才になると王城にて国王へ顔見世をし、同時に社交界へのお披露目を行うものらしい。


 大抵、貴族令嬢の場合は同じく貴族の男子にエスコートを頼むらしいが、我が家は男女の双子だ。

わざわざ誰かに頼む必要がないのは楽でいい。



「なあ母さん、あたしのドレスシンプル過ぎない?もっとリボンとかフリルがいっぱい付いてるかと思ったのに...」


 着せてやったばかりのドレスの裾を持ち上げて、ミラが不満げにむくれる。


 今日の為に作らせた、首の後ろで長く揺れるリボンを結び、肩と背中を出したシンプルな真紅のドレス。緩やかなマーメイドラインを描いた裾は、鰭のようにひらひらと揺れる薄布が重ねられている。


「お前はあたしに似て顔が派手だからな。あんまりやるとほら、王妃が言ってた“悪役令嬢”みたいになっちまうだろ」


「アクヤク令嬢ぅ?」


 大きな吊り目の金の瞳に、夕焼け色の目立つ髪。

すらりと伸びた身長は同い年の娘たちより頭一つ高い。そんなミラにフリルやレースまでゴテゴテ付けたら、どう考えたって悪趣味だ。


「主人公をいじめる高飛車で意地悪な女だとさ。なんとなくイメージつくだろ?」

「うーん、まあ」

「いい女は引き算するもんだよ」


 ミラは考え込みながらも、むう...と残念そうな顔をする。あたしは笑ってミラの頬をきゅ、とつまんだ。


「お前はレースやフリルがいらない美人ってこった。ほらおいで、化粧してやるから」


 鏡台に掛けたミラの瞼に、紅をぽんぽんと淡く乗せていく。


 あたしもそれなりに色白だが、ミラはセリウスの血のおかげかさらに白くて透き通るようだ。長いまつ毛に大きな金の瞳、つんと通った可愛い鼻先。

 唇にも紅を滲ませて残りを頬に散らせば、まるで南国の花みたいな華やかさ。


 仕上げにぴょんぴょんと跳ねる柔らかな癖毛のサイドを編み込んで、金刺繍のリボンを結んでやる。

ミラは鏡の前でリボンに下がる小さな錨のチャームを揺らし、嬉しそうににこーっと笑った。


「えへへ、化粧も、髪も...。ずっとやってみたかったんだあ」


 嬉しさに上がる口元を両手で隠すいじらしさは、なんだかセリウスを思い出させる。


 過酷な船の上で荒れる波と硝煙を被りながら生き抜いてきたこの子が、鏡の前ではまるで“ただの女の子”だ。

 かつて“男を押し除けて強くあらねば”と女らしさを捨て、目を背けてしまったあたしと違って、きらきらと憧れに目を輝かせている。


「あたし、可愛い...?」

 なんてはにかむミラは、親の欲目を抜いたって...


「最っっっっ高に可愛い!会場の男の子達がみーんな悩殺されちまうよ!」


 柔らかな頬をうりうりっと両手で挟むと、ミラはくすぐったそうに笑い声を上げた。


「もう、化粧がよれちゃうって!」


 なんて照れ笑いするミラにあたしは目を細める。

本当に、大きくなって。

ついこの前までまだよちよちとあたしの後ろをついてまわっていたと言うのに、あっという間だな。


 そんな事を考えてほんの少しだけ胸がきゅ、と締まる。するとミラは鏡台に置いていたリボンを持ち上げて、あたしのドレスをくいくいっと引いた。


「母さんの髪にも付けてあげる!ほら、後ろ向いて!」


 いつも結んでいる腰の位置できゅっと結ばれて、思わず笑みがこぼれてしまう。

 まったく、ちゃんと“娘”になっちゃってさ。




————




  ユリウスが式典用の軍服に正しく袖を通し、全てのボタンを留め、襟元を整えるのをじっと見守る。


 息子がこれを着るのは騎士団の入団と今回の社交界入りで二度目になるが、俺によく似たその姿はいつかの自分を思い出させる。

 

 高官を除く騎士の軍服は全て群青色だ。

式典用のものは上等な艶めく生地に金刺繍、肩章から胸元へ編み連なる飾緒で誂えられる。

 だがこれを身につけた社交界入りは、俺にとってはただ暗いものだった。



 あれが騎士団長の一人息子。

賢者が遺した、全属性の奇跡の子。


 完璧な騎士の子として、命を譲り受けた母の子として。応えねばならない。報いねばならない。贖わなければならない。

 俺を待ち受け、品定めする人間の目、目、目。


 ...社交界とは、そういうものだった。


 

 だが目の前で同じ服に身を包んだユリウスは、瞳に光を宿し、まるで朝日を待ち詫びるように誇らしげな面持ちでいる。


 幼い頃から、やれ英雄の子、属性遺伝の成功例と囁かれ、“騎士団長と大海賊の血を引く子”などという肩書きさえ負わされているというのに、この子は光を見据えている。


 父と変わらず厳しく稽古を付け、規律と礼儀作法と兵法を幾度も叩き込み、騎士たる生き方を押し付けてきた。

 ユリウスはそれに必死で応え、過酷な訓練に耐え勉学に励み、かつての俺と同じく剣技大会で首位を勝ち取り、全く同じ歳で騎士団入りを果たした。


「父上、...どうでしょうか」


 ユリウスは俺を真っ直ぐ見上げる。

 その目に宿るのは小さな不安と期待、確かな誇り...そして父親に向ける微かな甘え。

 怯えも、影も、自己否定も見当たらない。

 

「襟が曲がっている」


 そう言って整えると、ユリウスは「あっ」と声を上げて慌て、直されながら少しはにかむ。

 俺にはできなかった表情を簡単にする、この子が眩しい。そしてそれを受け取る度に、何か俺の一部が救われるような気さえする。


「...早く父上のようになりたい」


 俺の直した襟を触ってユリウスは呟き、こちらを見上げる。


「俺はきっと、ご期待に応えて見せます」


 射抜くようなエメラルドの瞳。

そこに満ちるのは自信と憧れ、気高い気質。

...間違いなくこれは、ステラさんの血だ。


 俺は純白の手袋を手渡しながら、その瞳を見つめ返した。


「お前は俺を必ず超える。...自信を持て」

「...っ、はい!」


 ユリウスの見開いた瞳が大きく揺れる。


「必ずや、父上に恥じぬ騎士となります!」


 ついこの前までぽてぽてと歩いてはすぐ転び、抱き上げようとする俺に怯え、姉に叩かれて泣きじゃくっていたというのに。

気付けば背は伸び、顔立ちは凛々しい。


 ...まったく、すっかり“男”になったものだな。




いよいよデビュタントへ!

等身大の女の子を諦めないでいられるミラと、自信と憧れ、愛情を真っ直ぐ父に向けられるユリウスは気付かないけど両親の心を救っていたり。

リアクションが大変励みになっております!

いつもお読みいただきありがとうございます〜!!

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