123.贈り物選び
※今回はミラ視点となります
あれから父さんを引き連れしばらく王都の店を回ったものの、もう1時間経ったというのに贈り物はさっぱり決まらなかった。
花でもない、化粧品でもない、ドレスもリボンも指輪も違う。
あたし達が見せたもの全てに「...いや」と言って首を振る父さんに理由を聞けば、母さんの性格を知り尽くした内容で一つ一つ答えられ「...だから、これは違う」と返され。
まさか父さんが贈り物についてそんなに考えてるだなんて知りもしなかった。
ユリウスによれば、毎年屋敷の執務室で唸る父さんを見るうちに気づいたらしいけど、それなら早く教えてくれたらよかったのに。
そうやってぼやいたら、「騎士として尊厳は守らねば」なんてお堅く返しやがる。こういうとこが父さんそっくりでますます腹立つ。
しっかしまあ、これは確かに贈り物が決まらないわけだ。
前から思ってたけど、父さんは母さんが好きすぎてちょっと神様みたいに思ってるとこがある。
そんな“信仰対象に贈る捧げ物”はちょっとしたものじゃ絶対ダメなんだろう。
...て言ってもなあ。
そんなに母さんが欲しがってる物なんて正直ないだろ。欲しい物があれば自分で買えるし、選択肢だって異国に行くぶんこの王都よりも多いしなあ...。
あたしは腕を組んでうーん...と考える。
母さんにとって特別になるもの...
特別、つまり大切...大切にしてたのは...
...あった。
母さんが、大事そうに撫でていた、もう無いもの。
「そういえば懐中時計が壊れちまったって言ってたな」
「何?いつの話だ」
「え?三日前だったかな。大切だったけどもう使えないからって海に沈めて...」
「父上、これでは?」
「...!」
ユリウスの言葉に、こくこく、と父さんが拳を握って頷く。それからこっちを振り向いて「何故早くそれを言わない」と眉に皺を寄せた。
「だって今思い出したんだもん。それにまさか父さんが母さんへの贈り物にそんなに悩んでるなんて知らなかったし」
「どうせ今年もあげないんだと思ってたから」
「......」
父さんは少し下唇を噛んで、言い返せなくなってしまう。そんな様子にユリウスが「まあまあ姉上」なんて割って入った。
「王都には宝飾店や時計店は溢れてますから。母上が戻るまでに見つけましょう」
「...。そうだな」
気を取り直した父さんが、襟元を整えて咳払いをする。そして立ち並ぶ店々から高級時計店へと視線を移し、重い扉をギイ...、と開けた。
店内のガラスのショーケースに所狭しと並べられた美しい時計たち。
カチカチカチ、と至る所で針の音が聞こえる。目に入るだけでも素材は金、銀、ブロンズ、きらめく宝石の埋め込まれたもの、モチーフも様々だ。
「うわあ、綺麗だな!なあ、これとかカッコよくないか?金の鷲!」
「わあ、いいですね。母上に似合いそうで」
「...お前達、母親から何も聞いていないのか」
「ええ、なんだよ?」
「...いやいい。いずれ彼女から話すだろう。とにかくそれだけはナシだ」
「えー」
あたしとユリウスは顔を見合わせて疑問符を浮かべる。そんなやりとりをしていると、店の奥から老齢の店主がこちらに歩み寄った。
「これはこれは、ヴェルドマン騎士団長様にご子息様とお嬢様まで。どんな時計をお求めですかな」
「妻に懐中時計を贈りたい。品質の良い、長く使えるものを」
そう答えながら父さんが顎に手を当てて、ショーケースの中をじっと眺める。
真剣すぎて怒ってるみたいなその顔は、はっきり言って贈り物を選んでいるようにはとても見えない。
しかし店主はほっほっほ、と柔らかく笑ってショーケースの鍵を開いて見せた。
「そうですなあ、女性に好まれるのはやはり蔦や花の細工ですが...奥方様でしたら、錨や船、人魚はいかがです?」
「...それは俺も考えたが、安直すぎるのでは」
またさっきとおんなじことを言ってる。
別に安直だろうと母さんは喜ぶだろうに、父さんのお眼鏡には叶わないらしい。
「でしたら、真珠を嵌め込んだものや螺鈿細工、奥様の目の色のエメラルドを飾ったものもございますよ。船乗りでしたら灯台のモチーフもよろしいかと」
「ふむ...」
父さんは興味深そうにそれらを一つ一つ手に取って眺める。そしてしばらくじっと考え込んでは置き、そしてまた手に取って悩み...という動きを何度も無言のまま続けている。
「なー、あたしにこれ似合うと思わない?」
「姉上に猫ですか?可愛すぎるのでは」
「あん?お前の見てる狼も全然似合ってねーよこの小型犬!」
「身長で負けている姉上に言われましても」
「中身の話をしてんだよ!」
すっかり暇になったあたし達が父さんから興味を失って言い争っていると、父さんはため息をついて首を振った。
「...次だ」
店主が頭を下げる中、父さんは手のひらで軽くそれを制してくるりと踵を返す。
「ちょっ、待ってよ父さん!」
「充分素敵でしたのに...」
あたしたちは慌てて父さんの後ろを追いかけて、次の店へと向かった。
————
「...わからなくなってきた」
もう3軒目となり、ひたすら懐中時計を眺めていた父さんが目頭を抑える。
「だから言ったのに。あんまり悩んでるとわかんなくなるに決まってるじゃんか」
「いや、しかし...相応しいものを...」
まだ言ってんのかこのめんどくさい堅物は。
そもそも母さんは父さんから貰えるならそれだけで嬉しいに決まってる。
だって母さんは父さんの話をするとき、無意識に左手の薬指を見つめてる。そして父さんの瞳の色を思い出して、あたしの瞳を愛しそうに見つめるんだ。
だから母さんが欲しがるとすれば、それは父さんを思い出せる物で。しかも父さんが直接贈った時点でそれ自体が叶っているんだから。
だから一番大事なのはやっぱり気持ちだ。
父さんは贈ることに必死でそれをわかってない。
あたしは父さんを見上げて、同じ色の瞳をキッと睨みつけた。
「...あーもう、なんでもいいからひとつ!父さんが贈りたい気持ちを決めなよ!」
「母さんみたいな人が父さんからもらったものを、“自分にふさわしいか”なんか気にするわけないだろ!」
あたしが苛ついて父さんの胸を軽く殴ると、ユリウスもうんうんと頷く。
「父上が送りたいのは気持ちでしょう。時計を見て何を思い出して欲しいか、それが大切なのでは?」
父さんははっとしたように少し目を見開いて、あたし達を見比べる。
「気持ち...か...」
そう呟いて視線を落とし、ショーケースに並んだ懐中時計を眺める。
そしてしばらく店内を歩いてじっと全てを見つめると、その中の一つを選び手に取った。
「それは?」
あたしとユリウスが背伸びをして父さんの手の中を覗き込む。
「...星だ」
手の中の金の懐中時計。その蓋には大小の八芒星の透かし模様が折り重なるように飾られ、開いた蒼い文字盤には輝く星座盤が散りばめられていた。
へえ。父さんにしてはなかなかロマンチックなものを選んだな。
「彼女も俺も...そしてお前達も、星の名が付いている」
父さんはそう言って時計の蓋をなぞり、目を細める。
「なるほど、家族を思い出せるようにと?」
「なかなか良いじゃん。“どこにいても一緒だ”って?」
「...。...そういう事だ。彼女が必ず生きて帰るようにな」
父さんは何か少し言い含んでから、ふ、と笑って頷く。なんだか知らないけど、父さんにもそういう感性があったなんて驚きだ。
「これを妻の名入りで。ああ、正名で頼む。...鎖は金のダブルのアルバート、頑丈なフックの付いた物を」
布を敷いたトレイで恭しく受け取る店主に父さんが慣れた様子で注文を付ける。
そういや父さんも銀の懐中を持っていたっけ...って、色こそ違えどダブルのフックのアルバートチェーンは軍高官仕様の、父さんと全く同じやつじゃないか。
「おそろいかよ...」
「何が悪い。最も確実で紛失しにくい仕様だろう」
ふん、と澄まして言ってるけど嬉しそうなのはわかってる。
隣でユリウスがくすくすと肩を震わせた。
小さな箱の内で上等なシルクのクッションに納められ、真紅の包装紙に「緑のものは...いや、いい。金で」と選ばれた黄金の艶やかなリボン。
母さんの瞳の色を諦めた結果、今度は母さんのコートの色合いそのままで笑ってしまう。
いそいそと懐にしまい込んで扉の外に出た父さんが安堵したようにため息をつく。
あたしとユリウスは顔を見合わせて、父さんの背中をぽん、と叩いた。
「いいものが見つかって良かったですね、父上」
「初めての贈り物、母さんの顔が楽しみだな」
どうせまた咳払いして誤魔化すかな。
そう思って顔を見上げると父さんは
「ああ、...感謝する」
なんて金の瞳を細め、嬉しそうにあたし達の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「だあっ、やめろ!髪が乱れる!」
なんて跳ね除けながらも、つい微笑む父さんを見上げてしまう。母さんへ贈り物をするだけだってのに、こんなにも幸せそうだなんて。
なんだか今日はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、父さんのくせに可愛く見えるのは変な感じだ。
...母さんが言ってた“男心のいじらしさ”って、もしかしてこれの事なのかな。
ミラ、ちょっとだけセリウスへの好感度UP!
子供達のおかげでセリウスはようやく贈り物を選べました。
反応をいただき大変励みになっております、ありがとうございます!




