122.騎士団と家族
※今回はユリウス視点です
「やっほー、ライデン!」
「おお、ミラ嬢!奥方様もよくお戻りで!」
姉上のよく通る声が訓練場へと響く。
鍛錬終わりに武器の手入れをしていた俺は顔を上げて、二人に微笑んだ。
「姉上、母上。ご無事で何よりです」
立ち上がって騎士らしく礼をすれば、母上が俺と同じエメラルドの瞳を細め、長い指でくしゃりと頭を撫でる。
「ユリウス、ひと月で随分騎士らしくなったな。制服姿だと父さんそっくりだ」
「ふふ、まだまだですよ」
13になり、見習い騎士となってまだ数ヶ月。
だが母上の口から父上に似ていると評価されるのは、素直に嬉しい。
何せ、父上はこの王国の騎士を統べる騎士団長であり、戦も執務も恐ろしく出来るお人なのだ。
そしてなにより、この強く美しい母上を射止め一身に愛情を受けるだけの男なのだから、俺にとっては目標以上の存在なのである。
「ほーんと、父さんそっくりでやんなっちゃう。女の子達はなんでこんなのに夢中なんだか」
そんな事を言いながら俺を小突く姉上には、父上という人間の凄さは伝わっていないようだが。
まあ、団長補佐によると“娘は父親に厳しいもの”だそうなので、そう言うものなのかもしれない。
「ミラ嬢も奥様によく似てきましたな。ますます美人になられて」
「ふふ、そうだろ?母さんを超える美女になるぜあたしは。おい、見とけよリュシィ!」
そう言ってぽん!と姉上に背を押されたリュシアン殿が振り返り、ふふ、と姉上に穏やかに微笑む。
「見ているとも。綺麗になったね、ミラ」
「...っ!!うるせえ見んな!!」
とたんに姉上がぼっと顔を染め、両手で頬を押さえて背を向ける。
同時に騎士達の笑い声が上がり、母上も「やるねえお前」とリュシアン殿の肩を叩いた。
団長補佐のご子息であり、一つ上の見習い騎士のリュシアン殿はまさに文武両道、眉目秀麗。
彼と並んで歩いているだけでご令嬢方がいつもの倍ざわつく程だ。
幼い頃から常に紳士的かつ、あの跳ねっ返りの姉上ですら一言であんな風にしてしまうのだから、幼馴染みとはいえ侮れないお人である。
「いやー、リュシアンったら人たらしで困っちゃうね!ま、僕の遺伝子を余さず受け取ったおかげかな!」
「ははは、父上。実力ですよ」
「うーん辛辣!ヴィオにもよく似ちゃってかわいいね!」
なんてリュシアン殿を撫でくりまわす団長補佐殿は相変わらずの軽快さ。
あの笑顔で厳しい父上を毎日からかいつつも、いざ剣をとれば凄まじい剣技と卓越した魔法に周囲を圧倒させる。父の背を預けられるそのお姿は、まさに“団長補佐殿”の名に相応しいお人だ。
「セリウスは?また書類仕事か?」
「ええ、先日の討伐報告書を纏めておられます。お聞きください!今回も不死鎧の大群を片手で一掃されるお姿は大変壮観で...!」
「あはは、そうかそうか」
母上の問いに、アイザック殿が思い出すようにうっとりと目を瞑ってため息をつく。
とはいえ、アイザック殿ご本人も苛烈な剣術に驚異的な命中率の魔法を誇る凄腕であられるというのに、話す内容は父上の事ばかりなのだから不思議なお人である。
「ただいま、セリウス」
母上が執務室の扉を開けて室内に足を踏み入れると、書類を棚に片付けていた父上が振り返って駆け寄った。
「ああ、ステラさん。お帰りなさい」
「うっ!もう、苦しいって」
父上に強く抱きしめられた母上がポンポンと背を叩いて嬉しそうに笑う。母上の頬を撫でて目を細めた父上は顔を上げると、無言のまま“来い”とばかりに姉上を指で呼んだ。
渋々近づいた姉上の頭をくしゃ、と撫でて引き寄せ、「よく戻った」と父上が小さく安堵のため息をつく。
姉上はむず痒そうな顔をして「おう」と答えると、すぐに「...もういいだろ!」とその場からばっと離れた。
そして離れたはずみで姉上が机に手をつき、その上の紙の束に目を落とす。
「...なにこれ?“婦人向け贈答品カタログ”?なんでこんな物が...」
「っ!!こ、これは、その、たまたま部下の忘れ物が...」
なんて苦しい言い訳を口走りながら、姉上から奪い取るようにして父上は慌てて引き出しの中にそれを片付ける。
そんな姿に母上はくすりと笑って、片付けた引き出しを隠すように立つ父上に歩み寄った。
「無理しなくていいって言ってんのに。また木苺のパイでも焼いてくれよ、あれ好きなんだ」
なんて頬にキスを落とされ、父上はぐぬぬ...と下唇を噛みつつ頬を赤らめる。
それでやっと気づいたのか、姉上が「へえ」と驚いて声を上げた。
「父さん、ついに母さんに何か贈る気になったんだ」
「...皆まで言うな」
父上が眉を顰めるが、姉上はわざと意地悪な顔をする。
「ふん、父さんの事だ。どうせ今まで贈って来なかったから、母さんが何喜ぶのかなんてひとっつもわかんねーんだろ。カタログなんか無駄に取り寄せてさ」
「うぐ...っ」
「姉上...!」
父上が胸を抑えて後退する。ご自身でも気にされているのに、辛辣に指摘されて相当ダメージが入っているのだろう。
俺が慌てて姉上を制すると、姉上は俺を見上げてにっと笑った。
「だからユリウス、今から父さん引きずって買い物に行くぞ!母さんへの贈り物探しだ!」
「へっ?...いや、確かに。それはいいですね」
きっとこのまま放っておいても、父上はきっとこだわり過ぎて今年も母上に何も贈れないだろう。何か助言をしなくてはと思っていたところだ。
しかし、一緒に買い物とはなかなか悪くない。姉上のこういう機転だけは俺に無いところである。
「...付き合ってくれるのか」
父上が目を丸くして呟くと、一部始終を見ていた母上がくすくすと背を震わせる。
「ふふふ!...ま、そういう事なら期待して待たせてもらおうかな。カルリエでのんびり茶でも飲もうかねえ」
「こっちの新聞も読んでおきたいし」なんて母上は笑うとくるりと背を向け、廊下へと歩き去って行く。
「おっ、アイザック。カルリエ行くけどショコラ飲むか?」
「えっ!?いいんですか!?」
「うわっいいなあ!俺も俺も!」
「やだ僕もいいんですか!高級なショコラがタダで頂けるなんて嬉しいなあ〜!」
「父上がお見苦しくてすみません」
そんな賑やかな声が廊下から響く。
この流れはおそらく騎士団全員でカフェテリアか...お客を怖がらせないといいのだが...なんて思いつつも、俺と姉上は父上に視線を戻した。
「さ、行きましょう父上。夕食までに見つけますよ」
「なあに、あたしにかかればすぐだって!」
こくりと頷いた父上の背中を押し、俺たちは兵舎を後にした。
父親に憧れるユリウスは一人称が僕から俺に。セリウスと違って暖かい家庭で父親の愛情を誤解せずに育ったので穏やかで優しい性格に育ちました。姉のミラは口調はステラ似で気は強いものの、ステラよりも女の子らしいものに苦手意識がありません。むしろ可愛いものや爽やか王子様に憧れる等身大の女の子となりました。
リアクションや感想をいただけますと大変よろこびます〜!




