120.隠して来たもの
———いつかあたしが海で散っても、きっと彼らはセリウスを支えてくれるだろう。
「...何か不穏なことを考えているでしょう」
セリウスがあたしの顔を覗き込んでむ、と顔を顰める。
...なんでこういう時の察しは無駄にいいんだか。
「別に、お前が愛されてて良かったなーって安心してただけだよ」
「ほう?」
彼がわざと少し不機嫌を滲ませた声で相槌を打つ。
そしてあたしを抱きしめた手に力を込めた。
「どうせその安心には貴女自身は含まれていないのでしょう」
「...いやいや」
アイネス達にミラとユリウスが飛びつき、くるくると振り回されて笑い声を上げている。
あたしがそれを見ながら軽く笑って濁すと、彼は優しく、しかし追い詰めるような口調で言葉を続けた。
「貴女は俺を置いてどこにもいかないと言うくせに、すぐ自分抜きの未来を考える」
「俺が唯一、貴女の中で嫌いなところだ」
低く小さな声で告げた彼に、あたしは少しドキリとする。だが彼の腕の中では逃げ場はない。
あたしは観念したようにはあーっとため息をついた。
「...まさか、すっかりお見通しとはな」
結婚してからと言うもの、セリウスの強い独占欲と喪失の不安を受け止め、うまく宥められているという自負が自分にはあったつもりだ。
そこに嘘はないし、簡単に死ぬつもりもない。
だから、完璧に隠し通せていると思っていたのに。
セリウスはあたしを抱きしめたまま、こちらの左手の上に自らのてのひらを重ねる。
「貴女が結婚を渋ったのも“それ”でしょう」
彼の指があたしの薬指に嵌めた指輪をそっと撫でた。
彼の瞳の色のサファイア。透き通った金色が陽光を受けてきらりと輝く。
「ステラさん。貴女は俺よりもずっと、失うことを恐れている。だからいつも先手を打って割り切ったフリをする」
「...俺が気付いていないとでも思いましたか」
「......」
すっかり見透かされていた事にあたしは黙り込む。
海賊なんて職業柄だ。死ぬ時はきっと海の上。
船上で散れば海に還す習わしだから、遺体も彼の元には帰らない。
かつて信じる事が怖かった、彼が“千年でも待つ”と言った言葉を今では受け止めているつもりだ。
だからこそあたしは結婚に応じ、ここにいる。
しかし彼があたしを待つと言う事は、いずれきっと“永遠に帰って来ないあたし”の事も待たせてしまう。
だからあたしがいなくなった世界でも、彼が笑える事に望みをかけたい。それが子供達だろうと、家令や騎士団の仲間達でも...支えが多ければ多いほど、あたしが安心できるから。
「あたしがいるから大丈夫だ」と本心から彼に言いながらも、いつかは「あたしがいなくたってもう大丈夫」と言えるようにならなければ、という思いが常に頭の片隅にある。
だがきっと、そんな言葉をセリウスは認めないだろう。
それが痛いほど幸せだから、あらかじめ手放す覚悟をしなくては耐えられないのだ。
...なんて、素直に返したら重くなるよな。
「...ま、ほら。それだけお前を愛してるってこと!伴侶の幸せを願う出来た妻に文句なんか言うんじゃないよ」
「...ステラさん」
逃げるように笑い飛ばしたあたしに、彼は静かに引き留めてくる。やめろやめろ、こんなしみったれた話をするような場面じゃないだろう。
そんな気持ちで顔を背ければ、セリウスはあたしの左手をそっと撫でる。
「俺とて軍属の身。敵に討たれる未来を考えない訳ではありません」
そう言って彼は、あたしの左手に自らの左手を重ね、指を絡ませた。
「...しかし俺は決して、貴女を失うつもりも貴女を遺して行くつもりもない。ですからあの日、“俺を置いて消えたりしない”と言った貴女にも、約束は守って頂かなくては」
しっかりと交差させた指で左手を握り込まれ、彼の腕があたしの体を包み込む。そして逃げ出せないあたしに言い聞かせるように、低くゆっくりと言葉を紡いだ。
「いいですか。騎士の誓いは命より重いのです」
「貴女は海賊であると共に、騎士の妻であることもお忘れなく」
「......っ」
まったく、どうしてこいつは、こんなにもあたしに真っ直ぐぶつかって来るのだろうか。
どんなに誤魔化そうと笑い飛ばして憎まれ口を叩いたって、いつだってあたしの心を見抜いて、一番脆いところに届いてしまう。
悔しいがどうにもこればかりは、出会った時から敵わない。
アイネス達と両手いっぱいに花を摘んだ子供達がこちらを振り向き、笑顔で駆け寄って来るのが見える。
......こんな幸せな瞬間に、泣きたくなんてないのに。
「かーさんみて!お花いっぱい!」
「ぼくも!ラウールがかんむりを教えてくれました」
「かーさんにあげる!」「かあさまにあげます!」
ミラとユリウスはそれぞれ白い野花を誇らしげに差し出して無邪気に微笑んだ。
ああ、だめだ、耐えきれない。
真っ白な花と二人の笑顔がどんどんぼやけて、途端に見えなくなってしまう。
「かあさま...?泣いてるの?」
「とーさんが泣かしたの!?ひどい!」
「とうさま、どうして笑うんですか!」
「さいてーだ!アイネスにいいつけてやる!」
勘違いして責める二人を止めてやりたいのに、言葉が出ない。
とめどなく涙ばかりがこぼれ、ただただ肩を震わせるあたしに、セリウスは笑ってキスを落とした。
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