18.ビジネスチャンス
「あっ!!お前ら、俺がちょっと出てる間に!!」
甲板に渡された板を登ってきたコンラッドが、食事の真っ最中の船員たちを見た途端焦った声を上げる。
「俺の分残ってるだろうな!?」
「芋ならたーんとあるぜ」
「芋だけかよ!!」
ジャンとそんなやりとりをしているのがおかしくて、思わずあたしは笑ってしまう。
「来いよ、あたしのを分けてやる。ジャンが盛り過ぎて食い切れん」
それを聞くとコンラッドは目を輝かせる。
「さっすが俺の女王様!そういう優しさがお前らには足りねえんだよ!」
「飯の時間に戻って来ねえのが悪いんだろうが!」
ジャンとそう言い合いながらも、コンラッドはあたしの元へ向かう。早速あたしが自分のシチューの残りをそのまま差し出すと、途端にその手を止めた。
「こっ、これはダメだろステラ!」
「は?いらないのか」
あたしが皿を引っ込めると、コンラッドが皿を掴んで引き戻す。
「いやいるけど!そのままスプーン使えるかよ!」
「はあ?お前昨日ディックとラムを回し飲みしてたくせに何を今更...」
「ス...、女のはダメなんだよ!言わねえとわかんねえのか!」
少し言い淀んだ後、コンラッドは顔を赤くしてあたしに言い返す。
「お前は乙女か。勝手にとってこい」
あたしが呆れて皿を突き出すと、コンラッドはパッと皿を受け取って新しいスプーンを取りに行く。
「そういうのは恋人になってからだろうが...」
とかなんとかぶつぶつ何か言いながら。
めんどくさいな。コンラッドのやつ、意外と繊細で純情なんだよな。
まあいい。
とりあえずは今後の話し合いをしなくては。
城で寝泊まりしている間に会議で纏まった内容を
今こそ彼らに伝えるべきだ。
「食事中悪いが、お前らに少し話がある!」
あたしが甲板に響くよう大きめの声を出すと、全員が手を止めてこちらへ向き直る。
「現状の船の状態とこれからやる事についてだ」
船員達は真剣な面持ちになり、小さく頷く。
あたしは声の大きさを変えないまま続けた。
「知らされた通り、この船と共に港に入った保有船は領海内から出られなくなった。ただ出なければ今までどおりで何の問題もない」
「もう一つ。2ヶ月前に入港した保有船と乗組員達は王弟側に保護されて王の手がまだ届いていない東のエストラ港に移されている」
「つまり、この船は自由に動ける」
船員達の目の色が変わり微かにざわつく。
「しかし同時期にうちの傘下の海賊がいくつか捕まって処刑されている。それで護りが薄くなった王都港付近に帝国側の船が入り込み始めた。被害を恐れて各商会の船団が動けず王都港の流通は混乱しているそうだ」
「だが今ここにはこの“緋色の復讐号”がある!
つまり?」
あたしがにやりと口の端を上げて船員達に尋ねると、リックが声を上げる。
「帝国側の船を王都港海域から撤退させて、うちの息のかかった商会の流通が復活できる!」
あたしは頷いた。
「いい線行ってるが惜しい。この船と付属する保有船で王都港の航路を確保するのはその通りだ。軍も少しはやってるようだが西のアルストイ島の遠征で数が足りないらしい」
「そこでだ。領海外に待機させたエストラ港の保有船で護衛を引き継ぐ。残り30程ある他海域の保有船と傘下の海賊どもにも引き継げば、今まで通り全海域へ商船を運べる」
「しかも他の海賊達が軒並み王にやられたおかげで王都港にライバルはいないも同然だ」
あたしがそう言うと、木箱の上でスプーンを咥えていたコンラッドが目を見開いて立ち上がる。
「ということはだ!王都港を利用する全ての商会を取り込めるんじゃねえか!?」
船員達も次々に声を上げる。
「ついでに他国からの商船もだ!」
「ここに発着する船のほとんどが貴族の為の香辛料や嗜好品、シルクなんかを積んでる。見返りもでかいな!」
「その金でまた船が買える!砲台も増やせるぞ!」
立ち上がり拳を握って色めき立つ船員達に、あたしは最後の発破をかける。
「よくわかってるじゃないか。その通りだ!さあお前ら!現王の嫌がらせをでっかいビジネスチャンスに変えてやろうじゃないか!!」
あたしの大声に全員が立ち上がり、拳を空に突き上げて叫ぶ。
「女王様万歳!!」
「バルバリア海賊団、万歳!!」
さあ、仕事を始めよう。
見てろよレオニードの野郎。あたしは体の横で強く拳を握りしめた。