番外編 コラボカフェ!?後編
あたしにぽんと背中を押されたセリウスがカウンターから姿を現すと、予想通り店内が黄色い声に包まれた。
「ステラ様とお揃いだわ...!」
「黒シャツなんて反則じゃありませんこと!?」
「もうだめ、お医者様を呼んでくださる...?」
彼は一瞬、ギッと身体を硬直させる。
しかしぐっと目を瞑って小さく息を吐くと、それらが聞こえないとでも言うように目当てのテーブルへと表情を殺して歩み寄った。
「“失礼!”」
緊張しすぎて想像以上に大きな声が出てしまったセリウスに、その場の全員がびくんと肩を上げる。
彼はその状況に狼狽え、かあっと耳を赤く染めた。
「“......挨拶が遅れて...しまった、...ようだ”」
狼狽えたまま、途切れ途切れに台詞を絞り出し、尻すぼみになると共にどんどん顔まで赤くなる。
最後の「ようだ」については聞こえないほど小さく、わかりやすく赤面する彼に、感動で目を潤ませたテーブルの女の子達が励ますように何度も頷いた。
彼はごくんと唾を飲むと、仕切り直すように微かに震える声で続ける。
「“...セリウス・ヴェルドマン、騎士として護衛の任を受けている”」
可哀想に、この飲み物のセリウスの台詞はあたしのものよりやたらと長い。
その理由は、彼が最初に渡された台本を見て
“恐れながら、妻への言葉を他人に贈る真似は控えさせて頂きたく”
と申し立ててしまったせいである。
それを聞いた王妃がいきなり地面に這いつくばり
「やはり公式が最大手...!!わたくしが解釈違いの大罪人ですわァッ!!切腹いたします!!!」
なんて叫び、心底度肝を抜かされた。
...が、彼女に慣れきったルカーシュが
「諦めたらそこで試合終了なのでは?」と微笑み
「先生、推しの絡みが見たいです...!!」
という謎の茶番で正気に戻り、“短く甘い台詞”の代わりに“ルドラーへの名乗り”へと変更された訳である。
セリウスは彼女達の視線をなるべく見ないようにしながら、震える手でグラスを置いていく。
「...混ぜるか、そのままか」
マドラーを手に取って訊ねる台詞はもはや棒読みだが、女の子達は裏返った声で「まっ、混ぜます!!」と叫び、セリウスは頷いた。
グラスと氷の隙間にマドラーを静かに差し込み、カラカラ、ときっちり2周ステアしてマドラーの先をキュッと拭く。そして混ぜ終わったグラスをすっと長い指で彼女達の前まで滑らせた。
あまりの鮮やかさにバーテンの経験でもあるのでは?と思わせるが、彼の元々の性質が無駄に器用なだけである。
「来店、感謝する」
低い声で告げるとさらりとコースターをテーブルに置き、速やかに向きを変えて立ち去るセリウス。
たどたどしい台詞で赤面していた男に急にスマートな所作を見せられ、女の子達は「はう...」とのぼせて顔を覆ってしまった。
堅物な不器用男のくせに、いきなり余裕を見せてくるこの落差。
かつてあたしも翻弄されたこの“ずるい二面性”に当てられた子達の心情は想像するまでもない。
「...もう、終わりたい...」
厨房に戻るなりあたしだけに聞こえるように弱音を発した彼に、思わず吹き出してしまう。
「なんだ、意外にこなしてきたと思ったら!」
「この無様の何が“こなした”と言うのですか...」
顔を両手で覆ってため息をつく彼を見ていると、先ほどまで全身を満たしていたこちらの緊張や照れも緩んでいく。
「あはは!一度できたんだから次も出来るさ。堂々としとけよ、旦那様」
すっかりあたしは調子が戻って笑いながら彼の背中を優しくさすってやると、セリウスは「うぐ...っ」となんとも言えない声を出す。
そして彼はあたしの顔をじっと見下ろすと、しばらくして決心するように短いため息をついた。
「...いえ、失礼しました。不甲斐ない夫をお許し下さい」
どうやら“旦那様”呼びが彼のプライドに効いたらしい。襟元をきゅっと整えて頷く様は、もはや見慣れた彼の切り替えの所作である。
「ふふ、着崩せって言われてんのに整えてどうする」
「...あ」
あたしが笑って無造作に彼の襟を崩してやると、セリウスが間抜けな声を漏らす。そして振り向けば、一部始終を見ていたらしき店長と目が合った。
「う...っ、供給過多...」
口髭を震わせてぐっと胸元を握る店長。
意味がわからず頭に疑問符を浮かべたのも束の間、厨房からオーダーが上がる。あたし達は慌ただしくホールへと足を向けた。
「はい“海賊風”ミートパイお待ち。切り分けるから待ってな」
渡されていたカットラス型の特注ナイフをくるっと回し、ホールのパイをざくざくと切り分ける。
刃に乗せて皿へサーブするとテーブルの紳士達が歓声を上げた。
「英雄にサーブされるなんて光栄ですなあ」
「あはは!たんと食ってけよ“野郎ども”」
「おおっ、船長殿だ!」
“男相手にはやや乱暴に”と言われているので快活に振る舞ってやると、何故だかウケがいいようだ。
おそらく海賊らしさを求められているのだろう。まあ、そういう事ならやりやすいってもんである。
「“魔性の瞳”、...誰の目を見ればいい」
背後でセリウスがそう言いながら皿のデザートをサーブすると、“海剣”グッズで固めた貴婦人が「わ、わたくしですっ」と小さく手を上げる。
セリウスは皿を置くとじっと彼女の目を見つめ———
「...3秒。以上だ」
ぼわっと顔から湯気を出して崩れる貴婦人から目を逸らす。
「し、しぬ...」
「お、お姉様ァッ!!」
「お気を確かにっ!!」
妹達から支えられる貴婦人を振り返らず、彼は何事もなかったように別のテーブルへと移った。
「随分こなれて来たじゃないか?」
「...無心でいれば何とか」
すれ違い様に軽く笑い合うだけで周囲がざわめくので変な感じだ。
だがまあ、どこにいたって注目されるのは普段とそう変わらない。給仕なんて初めてのものに緊張していたものの、空間に慣れてしまえば割とできるもんだな。
そんな余裕を持ち始め、気の知れたシュリー嬢やマリエラ嬢達の来店に笑顔を向けていた時だった。
「やっほーセリウス、ステラさん!来ちゃった♡」
ドアベルを鳴らして現れた明るい金髪。
そしてその側に寄り添う嬉しそうなヴィオレッタと...
後ろに控えるやたらとガタイのいい人だかり。
「いやあ、実に豪華ですなあ!」
「おお、エプロン姿もよくお似合いで!」
「何頼みます?俺、団長のコーヒーは行っとこうかな!」
「おっ、俺もぜひそれをお願いします!!」
「じゃあ私は奥方様の紅茶にしますかね」
ザイツにライデン、エルタス、ヴィゴ、ガトーにアイザックまで...!私服でいつものような堅さは無いものの、鍛え上げられた肉体はどう見ても一般人から浮き過ぎている。
そして、その異様な集団の中でにこにこと優雅に微笑む黒髪に黒目の二人。
隠しきれない気品と振る舞い...まさか!?
「帰れ。今すぐ帰れ。夫人以外は客と認めん」
「なんてこと言うのさ!僕らは正式なお客サマだよ?」
「そうですよ団長殿!我々はここにおわすお二人にご招待頂いたのですから!」
眉を顰めたセリウスが、彼らに促されてじっと黒髪の男女を見下ろす。
そして二人ににっこりと微笑まれた瞬間、銀盆を取り落としてあたしが慌てて捕まえた。
「っへ、へい...!?ん“っ、ごほごほ!!」
言いかけて慌てて口元を押さえ、咳き込む彼に騎士達が堪えきれず笑い声を上げる。
「なっ、何をして...、正気ですか...!」
髪と目の色を地味な色に変えて服装を平民仕様にしたって、耽美な顔立ちと冷ややかな美貌はとてもじゃないが隠しきれない。
「やはり自分の目で見ておかなくてはね」
「現場に赴いてこそヲタクですもの!はあ〜っ楽しみだわ!!」
慄き鳥肌を立てるセリウスを気にもかけず、ぞろぞろとテーブルに案内されていくご一行たち。
異様な団体客に勘付いた店内が一層激しくざわめいた。
「“やあ、イカついお嬢さん方。目が合ったね”」
あたしが冗談めかして彼らに紅茶を運ぶと、ライデンが瞳をきゅるんとさせて頬に手を当てる。
「ひどいですわあ、鍛え上げた筋肉美ですのよ!」
「あはは!どうせ混ぜるんだろ、ほら貸しな」
笑ってくるくると混ぜてやると、エルタスがにこにことそれを眺めた。
「紅茶に赤いジャムが沈むとお髪そのものですなあ。よく考えられている」
「ああ、味見もしたけど悪くなかった。で、はい。シチューにミートパイな」
「やはり見事なナイフ回しだな。そのナイフは売ってないのか?」
サーブが終わりナイフを拭くあたしを見て、双剣士のザイツがこちらに尋ねる。すると王妃が身を乗り出してバサッとパンフレットをテーブルに広げた。
「物販コーナーにありますわよ!銀製ですのでそこそこお値段はいたしますけれど!」
「うおっ、びっくりした...」
「目を見張る品揃えですなあ。アイザック、団長の剣のミニチュアがあるぞ」
「っ!!おっ、お金は持って来ました!」
そんな調子で彼らがわいわいと賑やかに楽しんでいると、突然、ゴゴゴ...と音が聞こえるのではと思うほどの威圧感が背後から歩み寄る。
「“失礼、挨拶が遅れてしまったようだ”...」
「“セリウス・ヴェルドマン。騎士として護衛の任を受けている”」
地響きのような低い声と共に冷たい金の瞳がぎらりと見下ろし、パチパチパチ...ッとマドラーを持った彼の手に稲妻が弾ける。
「混ぜるのか、混ぜないのか」
死刑宣告のような響きで告げる彼にアイザックがヒュッと息を吸うが、目を丸くしていた騎士達は弾けたように笑い出した。
「あははは!セリウスってば“恥ずかしくて死ぬ”って顔しちゃって!!」
「ひーっ、腹いてぇ...あっ、混ぜます混ぜます」
「ちょっ!この店員さん混ぜ方乱暴じゃないすか!?」
「チェンジチェンジ!」
「店員さん、お手拭きいただけますかな」
「コースターに偏りがありすぎるのでは?」
「ええい黙れ貴様ら!あと見つめられたい奴は誰だ!!」
セリウスがデザートを片手に怒鳴ると、アイザックとファビアンが真っ直ぐ手を上げる。
「よりにもよってお前らか!」
「すっ、すみません!!」
「さ、見つめて?この僕をオトしてセリウス♡」
「殺す...!!」
バチバチと雷光を纏いながら彼らを睨みつけ、
「3秒ッ!!帰れ!!」と大笑いするファビアンに言い退ける。
対してアイザックは羞恥と怒りの限界値のセリウスに睨まれ、震えながら「かっけぇ...」と小さく呟いて背もたれにひっくり返った。
「あっ、そうだわ!あれもやってもらわなくちゃね!裏メニューと裏セリフ!」
王妃が思い出したように声を上げ、あたしとセリウスはガチンと固まり冷や汗をかく。
「裏台詞とは?」
「観劇チケットの半券を渡すと台詞付き特別メニューを出してもらえる仕様にいたしましたの!さ!どうぞ!」
くそ、まさかこのタイミングでやらされるとは...!
あたし達は震えながらチケットを受け取り、そして青い顔を見合わせて厨房へと戻る。
そして、厨房からチケットと引き換えに出て来た豪華なケーキを銀盆に乗せると、王妃の待つテーブルへと歩み寄った。
セリウスが甘い台詞を客に向けることを拒んだ事実を受けて、王妃が考え出した最悪の台本。
彼らの前で口にする事を思うだけで舌が渇くが、もうどうしようもない。
あたしは銀盆からケーキの皿をテーブルに置くと、隣のセリウスに目配せをした。
ぐっと唾を飲み込んだ彼があたしの手を取り、店内にざわめきと悲鳴が響く。
そして彼は、あたしの目をじっと見つめた。
「“我が剣を貴女に”」
彼は小さな氷の剣を掌の上で形作ると、あたしの手のひらにそっと浮かべる。
「〜〜〜ッ、“我が自由をお前に”!」
あたしは肌が熱くなるのを堪えてそれをぎゅっと握ると、手の中からきらめく氷を纏った真紅の薔薇を零れんばかりに咲かせてみせた。
その場の全員が息を飲み、歓声と喝采が上がる。
...実際は手の中に隠れた氷魔法をセリウスが弾けさせ、あたしが隠していた薔薇を開くだけの単純な手品だ。
少し凍った薔薇の花びらをケーキに添えて王妃の前に滑らせると、王妃は両目に手を当ててぽろぽろと涙をこぼした。
「...良...!!英雄の誓いケーキ、我ながら天才かな...???」
同時に騎士達がきゃーっとわざとらしく野次を送り出す。
「うっはあ、甘ぁい、恥ずかしい〜!!」
「いやー!華やかな演出ですなあ!」
「令嬢殺しのロマンスと来ましたか〜!」
「これはにやけが止まりませんなあ!」
「「...殺してくれ...」」
あたしとセリウスが顔を覆って背中を震わせると、ルカーシュが笑顔でゆっくりと拍手を送った。
「うーん、素晴らしいね。流石はエリィの出した企画だ。見なさいこの周囲の熱狂を」
辺りの視線はあたし達に注がれ、王妃よろしく泣いている女の子が何人もいる始末...はっきり言って異様すぎる。正直怖い。
そしてルカーシュはうんうんと頷くと、あたし達を見上げて優雅に微笑んだ。
「...よし、コラボカフェは毎年恒例に決定します!」
「「は!?」」
あたし達が思わず顔を上げると、すかさず王妃が手を上げた。
「来年は開催期間を延ばして3日間!別衣装で行いますわよ!!」
その声を受けた店内がわっと喝采し、拍手が巻き起こった。もうお忍びの意味もクソもない。
「来年はどんな衣装なのかしら!」
「台詞も変わるのでは!?今から楽しみねえ!」
「次は“海研”好きな婆ちゃんも連れてこれるなあ」
あたし達の同意も待たず、次回が確定されていく。
今回限りと思っていたからなんとか出来たものを、これから毎年やらされるってのか...!?
「恨む、恨むぞルカーシュ...」
「はっはっは、不敬不敬」
「次は手の甲にキスぐらいさせたらどうです?」
「いいね!どうせなら式の再現しちゃいましょ!」
「毎年結婚式!?最高じゃない!ご祝儀という名の課金も悪くないわね!」
どんどん盛り上がっていく内容に、あたしたちは絶望して天井を見上げた。
エレオノーラ王妃に毎日マシンガントークで解説されたおかげで、元々知識欲が強いルカーシュはオタクミームを使えるようにまでなってしまいました。
番外編という事でネタに振り切り、ひたすら不憫なステラとセリウス。ドタバタコメディは描いてて楽しい〜!




