番外編 コラボカフェ!?中編
「んまーっ!!素敵!!よくお似合いよ二人とも!!」
セルヴァンテとメイド達に引きずられ、訳もわからず着替えさせられたあたしたちに向かってエレオノーラ王妃が喝采し、拳を握って語り出す。
「海剣のいちファンかつヲタクとしては二人にフリフリメイドやバニーを着せたいところをぐっとこらえて...」
「クールバディ感を押し出し、シンプルシャツとスラックスに腰巻きエプロン!“ザ・カフェ衣装”ですわよ!」
ふ、フリフリメイド!?どういう趣味だよ...!
“二人に”ってことは、2メートル弱のメイド騎士なんてイロモノが生まれる可能性があったのか...!?
こいつのガタイにフリルを着せてどうしたいんだこの王妃は。
「ばにーとは...?」
セリウスの呟いたバニーも謎だが、メイドと並ぶならおそらくロクなモノじゃないのだろう。
こらえてくれて何よりだな...。
あたしが苦々しい顔をするのも気にせず、王妃は衣装の解説に熱を込める。
「そんなわけでステちゃんには爽やか王道ホワイトシャツ、セリちゃんには乙女を殺すブラックシャツで白黒コンビ!もちろん襟元を着崩して腕まくりはマスト!ああセクシー!最高!大天才!!」
「ますと...?」
「ス、ステちゃん...?」
セリウスが未知の単語を首を傾げて繰り返し、あたしがハタチそこそこの王妃に“ちゃん”なんて呼ばれて面食らう。
その様子にルカーシュがくすくすと笑った。
「前世のエリィはステラさんより7歳も年上だそうですから」
「若い体になっても感覚は変わらないから驚きよねえ!」
あたしの7つ上...というと35歳か!?
たしかに空をはたくその手の動きはどこかしら愛嬌のある定食屋の女将を思わせ、冷ややかな美貌とのギャップが大きすぎて脳が混乱する。
「うーん、やっぱり実物は見立てを超えてるわ!スタイルの良さがシンプルに効いてるわね!」
...まあ、彼女の言う通り黒のシャツとプレスの効いたスラックスはセリウスによく似合っているし、結われた黒髪と腰巻きエプロンは正直新鮮で悪くない。
そんなことを思って眺めれば、同じくあたしを眺めていたセリウスが「ふむ」と口元に手を当てて頷いた。
「それからコラボカフェにはド定番のコースター!ドリンクを頼むと人気キャラ6種類がランダムに付いて来ますのよ!」
王妃がテーブルの上に円盤状の革のコースターをずらりと並べる。
そこにはそれぞれ焼印で押されたあたし達の名前と...んん?このやたらもちもちした絵はなんだ!?
「キャラクターグッズにデフォルメは必須!この世界、どれもお耽美な絵画ばかりなんですもの!わたくしが書き下ろし、焼印にしてミニキャラコースターを大量生産させましたわ!」
確かにこれは未だかつて見たことのない、やたらと丸っこい三頭身の絵。どうやらルカーシュにあたし、ファビアン、コンラッド...、これはルドラーか!
隣に立つ仏頂面のセリウスすらも不機嫌な顔のままやたらと幼く描かれて、よく見るとなんだか...いや、これ、すごく可愛いな!?
「なんだこれ、どの国でも見たことない...!うわっ、ルドラーまで可愛く見える...」
初めて目にする衝撃的な可愛らしさに震えていると、隣のセリウスもあたしの姿が描かれたコースターを手に取り黙り込む。
「......」
「気に入ったかい?終わればあげるから励みなさい」
彼の両手からひょいと取り上げたルカーシュがひらひらと振ってみせると、セリウスは「いや、...はい」と顔を赤らめて咳払いをした。
「じゃ、これが台本ね!覚えるだけで練習はしなくていいわ。推しの反応は採れたて新鮮が1番ですからね!」
「「はあ...?」」
やはり何を言ってるのか全くわからん。
ていうかまだ了承なんてしてないんだが。
————
その後もあたしたちの意思を無視して準備は着々と進み、王都きっての老舗有名店“カルリエ”にて初のコラボカフェが開催される運びとなった。
そして現在、開催当日である。
新聞の一面を飾った広告のおかげで開店前から長蛇の列が店前に並び、店員達による整列の声掛けも賑やかだ。
「うわ、すごいな...。こんなに人が来んのか...」
「女性だけかと思いきや男性客もいるとは...」
厨房の影からそっと覗いたあたし達が囁き合うと、準備に追われる店員達がふふ、と笑いをこぼす。
「ちっともご自分達の人気をご存知ないのですねえ」
「ご一緒に働けるなんてまだ信じられませんわ!」
「ほんとほんと!夢みたいよね!」
若い店員達が嬉しそうに皿やカトラリーを並べて笑い合うと、白い口髭を整えた初老の店長が眉を寄せて振り向いた。
「こらこら、遊びじゃないのだから。私語はおしまい!気を引き締めて!」
彼が厳しい顔でパンパンと手を叩くと、嗜められた店員達があはは!と笑い声を上げた。
「“海剣”の話が来た時に1番舞い上がってた人がよく言うわ!」
「“お二人にどう声を掛けたら”って僕に相談しに来てたんですよ」
「なのに何でもない顔しちゃって〜」
にやにやと笑われた店長は顔を真っ赤にすると、ごほんごほんとわざとらしく咳き込み厨房へと引っ込んでしまう。
あたし達が目を丸くしていると「注文はこちらで取りますからお任せください!」「合図があれば番号通りの席に運んでくださいね」なんて銀のトレーを手渡され。
そして彼らが忙しなく食器を運んだりカトラリーを拭くのを目で追っていれば早いもので。
ついに「お待たせいたしました!開店でございます!」とドアベルの音と共に扉が開かれてしまった。
うう、...は、始まった...!
ウェイター達の「いらっしゃいませ」が上品に交わされる中、ぞろぞろとお客達が入店し、次々に席へと通されていく。
「「っ......」」
あたしとセリウスは厨房から耳をそばだて、ぎゅう、と銀盆を胸の前で握りしめた。
「まあ、いつもと違ってクロスが赤いのね!待ってこの刺繍、ステラ様のコートじゃありませんこと!?」
「黒いリボンで結われた薔薇!?まさにお二人じゃない!」
「このナイフレスト、セリウス様の剣の形だわ...!」
「はあ!ど、動悸が...!」
「まだ入ったばかりですわよ!お気を確かに!」
くう...ッ、王妃め、無駄にこだわりやがって...!!
「老舗の名店をチープなスイーツヘブンみたいにしたくはありませんからね!あくまで格調高く!味もよく!でも値段は庶民でも手が届く範囲でヘイトを買わないようにいたしませんと!はあ〜っ国家が運営だと資金潤沢!やり甲斐ありますわ〜っ!!」
なんて難解な呪文のような王妃の詠唱があの高笑いと共に耳の奥で鳴り響く。
ああくそ、まだ呼ばれてもいないのに勝手に顔に熱が昇ってくる...!
隣のセリウスもお客の声を拾うたびに目が泳ぎ、耐え難い待機時間に二人とも迫り上がる唾を飲み込むばかり。
「6番テーブルに“ステラ様”、8番に“バルコニー”入りまーす!」
「7番“ミートパイ”、“セリウス様”!」
「12番”風魔法”、“ステラ様”、“セリウス様”入ります!」
ああああ、どんどん注文が入っていく...!!
基本的にはウェイターが運ぶとはいえ、自分たちの名入りの飲み物と特定のメニューは台詞付きで持って行けと言いつけられている。
「6番“ステラ様”上がりました、どうぞ!」
あたしはヒュッと息を吸って肩を上げる。
ついに来た...!心臓を落ち着けながら教わった通りに銀盆を指の上に乗せ、優美なティーカップに注がれた紅茶を手に取った。
...ええい、もうヤケだ!どうにでもなれ!
思い切ってカウンターから姿を現すと、同時に沸き立つように黄色い声が上がる。
「ステラ様だわ!」
「はうっ...え、エプロン...!」
「ほ、本当にご本人なのか...!?」
あたしは注目が一身に集まるのを感じながら、にっこりと笑みを形作った。
ここは夜会!ここは夜会!いつも通り!
この場にいる老若男女、全てがお嬢ちゃん達だ...!!
目当てのテーブルに近づくと、めかし込んだ女の子達があたしを見上げてごくんと唾を飲む。
見覚えがない...つまり市井の娘たちか。
...よし、深呼吸だ。
悟られないように息を吸って...、
「“やあ、お嬢さん方。目が合ったね”」
かつて自分が放ったままの台詞。
あの日と同じくなるべく優しく微笑みかけると、彼女達は顔を赤くして両手で顔を覆い、店内のあちらこちらから小声の悲鳴がざわざわと響く。
あたしはそのままティーカップを人数分置いて、小さなメジャーカップから琥珀色のラムを順番に紅茶に落としていく。そしてガラスの小皿に入ったジャムを置くとスプーンを手に取った。
...たしか、混ぜるかどうか訊くんだったな。
「...どうする、混ぜようか?」
同時にひゅっと息を吸って、こくこくこく!!と激しく頷く彼女達。
あたしは頷くとジャムを掬って紅茶に落としてくるくる、と混ぜる。そして彼女達へとすい、とカップを差し出した。
「火傷しないように気をつけて。来てくれてありがとな」
そう言ってコースターを置くとくるりと背を向け、速やかに厨房へと歩き去る。
後ろで魂の抜けるような音がしたが、悪いな、今のあたしに振り向けるような余裕はない!
「さあお前の番だぞ、ほら行け!」
と背中を叩くと、セリウスは「貴女の度胸が羨ましい...」と絶望するように天を仰いだ。
ついに始まっちゃいましたコラボカフェ!
思ったよりも長くなったので中編としまして、セリウスは後編へ。がんばれセリウス!




