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番外編 コラボカフェ!?前編





「“海賊女王と黒の剣”、4周年おめでとう!」

「コラボカフェをいたしますわよ!!」


 ルカーシュの部屋に入った瞬間、パンッと大きな音とともに紙吹雪が降りかかる。

あたしとセリウスは予想外の驚きにびくっと肩を震わせて固まり、色とりどりの紙きれを頭からもろに被った。


「な、...何?4周...コラボ...?」

「銃声かと...何ですこれは」


 よくわからない単語と衝撃に困惑したまま体についた紙切れをつまみ取れば、ルカーシュはくすくすと震えて笑う。


「“クラッカー”といいます。エレオノーラの発明ですよ。面白いでしょう?」


 ルカーシュは笑い終えると、ソファの隣をご機嫌に振り返る。


 彼の隣に座って微笑む、艶やかな金の巻き髪にアイスブルーの冷たい瞳を持つ女性。

エレオノーラ・ヴェルナ・イズガルズ。

つい一週間前にこの国に嫁いだばかりのセルデア第二王女である。


 挙式に出席はしたものの、“ずいぶん高飛車で性格のキツそうな女だな”という印象を抱いたくらいで、その実情はまだよく知らない。

 だがルカーシュと並んでにこにこと嬉しそうに微笑んでいるあたり、仲は悪くないらしい。


「ふふ、まだまともな紹介をしていませんでしたね。エレオノーラは本当に面白い女性でね...なんと前世の記憶がある“転生者”だと言うのですよ!」


 両手を広げて嬉しそうに語るルカーシュだが、はっきり言って意味がわからない。


「「テンセイシャ...?」」


 鳩が豆鉄砲を食らったようにあたし達が思わず繰り返すと、エレオノーラ王妃がすっくと立ち上がる。

そしてにっこりと美しく微笑んだ。


「ええ、それでは今より、わたくしエレオノーラとはなんたるか教えて差し上げますわ!」


 彼女は胸に手を当て、演技じみた笑みを形作る。

なんだか知らないがとりあえず強烈な女だな...。

あたし達がごくりと唾を飲むと、彼女は高らかに声を上げた。


「そう!かつてのわたくしは、とある大手企業の超激務商品開発部員!そんなわたくしの唯一の息抜きは乙女ゲーム、“雪国の花とロマンチカ”略して“ハナチカ”...!」


「乙女...なに?」


「しかし例によってトラックにドーンと撥ねられ、気がつけばハナチカの悪役令嬢ことエレオノーラに転生という100万回見飽きた展開!」


「トラックとは...?」


「このままでは婚約者である氷の貴公子ことイズラール様を花の聖女に奪われて死ぬ運命!死だけは絶対に回避したいので、恋愛を捨てていっそ大悪女になってやったのですわ!」


「お、おう...?」


「イズラール様をひたすら避け続け、前世の記憶で発明したありとあらゆるもので国家予算をガッポガッポ!」


「そしてゲーム通り花の聖女が現れたところで、お父様から妃を探す魔族の王と聞いて飛びついたわたくしは、入念かつ丁寧なプレゼンを重ね、すぐさま婚約破棄して嫁いできたワケでございますわ!」


「情報量が多すぎる...ちょっと整理させてくれ」

「...魔族の王」


混乱したあたしが額に手を当て、魔族の王という不敬な単語にセリウスが眉をひそめる。

 あたしには関係ないから忘れていたが、そういえばこの国の人間は他国から“魔族呼び”されているんだったな。


 ま、魔力の存在しない他の国々からイズガルズの人間が恐れられるのは昔からのこと。


「外の人間からすると珍しいんだよ、ピリつくな」

「......」


 あたしはぽんぽんとセリウスの背を叩いて落ち着かせる。


 それは置いておいて...この妃の言っている事を何度か反芻してみるも、はっきり言って知らない単語が多すぎる。さっぱり意味がわからない...。


「おほほ!流石の英雄ご夫婦も混乱すると情けない御顔になりますのね!」

「なんだか知らんが、楽しそうで何よりだな...」


 じとりと彼女を睨みつけると「おほほほ」なんてわざとらしく笑われ、あたしとセリウスはため息をついて目を見合わせる。

 そんな様子を震えて笑っていたルカーシュが、ようやく王妃の肩をぽんと叩いた。


「ふふ、あはは!素晴らしいね、エリィ。想像以上の掻き乱しっぷりだ。...さて、十分困り顔を拝めたから私が要約してあげましょう」


 しかも一週間足らずでエリィ呼びか。ルカーシュのタヌキめ、この変人をよっぽど気に入ってるらしいな...。

 



————




「この世界が“物語”で、王妃は転生してきた異世界の人間...!?」


 ルカーシュの説明を聞いたあたしが、驚いて思わず言葉を繰り返す。


「その上、元いた場所はより文明が優れた世界...。小さな鉄の板で我々の世界を覗き見ていたと...?」


 続いてセリウスが声を上げれば、王妃はうんうんと頷いてみせる。


「ええまあ、大体合ってるわね。正確に言うと物語になっていたのはセルデア王国で、この国は後々攻め入って来る敵国、“魔族国家イズガルズ”よ」


 イズガルズがセルデアの敵国だと?

あたしとセリウスが眉を顰めるも、彼女は両手をひらりと上げて語り続ける。


「シナリオでは魔王レオニードの差し金でラスボス“魔族騎士長セリウス”に王城を滅ぼされかけるの。そこで主人公の“花の聖女”が覚醒して、わたくしも巻き込まれて死ぬはずだったのだけど...」


「なぜだか王はルカになってるし、今やセルデアと友好関係にあるし、騎士団長は海賊と英雄夫婦に...」


「もしかしてわたくしがセルデアで頑張りすぎたせいで改変が...?あっ、“海剣”観たわよ!最高だったわ!!わたくし貴女が大好きなのよ!!どうしてハナチカに居なかったの!?」


 むう...と悩んでいたかと思うと、いきなり前のめりになって両手をガシッと握られる。


「そ、そりゃどうも...?」


 返す言葉に悩みつつとりあえず礼を言ってみれば、ルカーシュが愉快そうにふふふ、と笑った。


「まあそんなわけでして。観劇後に“海剣4周年”の催しについていい案がないか尋ねたところ“コラボカフェ”なんて面白い案が出てきたのですよ」


「最初におっしゃった謎の単語ですか...」


 ようやく話がなんとか理解できたところで、また知らない単語に戻ってきた。

 コラボカフェ...?カフェっていうとよくある軽食屋、つまりカフェテリアのことで間違いないのだろうか。だがコラボというのは...?


「コラボとは提携するという意味ですわ!“海剣”にちなんだ料理や飲み物を提供し、物語への没入感を高めてさらに人気を盛り上げるしくみですのよ!」


「彼女の案をもとに既に大体のメニューは出来上がっていてね。見てごらんなさい」


 ルカーシュが微笑むと同時に気配を消していたセルヴァンテの手から革張りの立派なメニューが手渡される。あたしとセリウスは同時に開いて内容に目を凝らした。


 んん、メニューにしちゃやけに文字が多いな。

なになに...?


「“バルコニーで軽食を”夜会で疲弊したステラに差し出されたセリウスの不器用な気遣い...あはは!あの時のアレを出すのか!もう何食ったか忘れたよ」


 思わず笑ってしまえば王妃がぐっと手を握ってこちらに真剣な目を向ける。


「“作中で出たもの”は重要ですわよ!台詞にあった鴨肉以外のメニューも思い出してもらわないと!」

「ええ?覚えてるか、セリウス」

「いえ。とにかく一般的な物を選んだことしか...」


 セリウスが困った顔で答えるのを聞きながら、さらにメニューを眺める。いつものパブのミートパイに、海賊船のシチュー、それから“照れ隠しの風魔法”?

...ああ、あの会議で口に突っ込まれたサンドイッチと焼き菓子か。


...本当にこんなもんで金が取れるのか?

 

「ファンとは推しの擬似体験を楽しむ生き物!良いラインナップでしょう?飲み物も種類がありましてよ」


 ふうん、まあカフェテリアなら飲み物は必須だろうしな。ぱらりとメニューを送って飲み物の羅列へと視線を移す。


“ステラ・バルバリア”

うわっ、飲み物にあたしの名前が付いてんのか。

どれどれ...?

“紅茶にラムを加え、真っ赤なクランベリージャムを添えて...、夕陽の髪とラムを嗜む女王の貫禄”

 うへえ、なんつう小っ恥ずかしい...でも味はわりと良さそうだな。


その下は“セリウス・ヴェルドマン”ね。

 “氷出ししたコーヒーにミントリキュールと蜂蜜を沈めて...、冷たく清廉な騎士団長、しかし底に沈んだ甘さは格別”


「ふはっ!!すごい煽り文句だなこれ!」

「悪質な...」


 思わず吹き出すあたしと顔を赤くしてうつむくセリウス。


「それから、お二人には給仕をしてもらいますからね!ご自分のメニューが頼まれたら持って行って差し上げるの。もちろん、台詞付きでね」


「「は!?」」


「後で台本をお渡ししますわ」




ルカーシュが目をつけて居たセルデア第二王妃は、まさかのテンプレ転生悪役令嬢。

おもしれー女〜!!と大変喜ぶルカーシュと、現代メタネタに巻き込まれる夫婦のネタに振り切った番外編。後編へ続きます!

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