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114.女王とハリアル

※前半ステラ視点、後半セリウス視点です。

※ここから先は直接的な描写はありませんが、軽い性的表現が含まれます。成人向けではありませんが苦手な方はブラウザバックをお願いいたします。





「いきなり呼びつけてすまないな」


 ソファにもたれかかった女王が、部屋の入り口に現れたあたしを見据えた。


 あれから彼女の熱は無事に下がったものの、まだ完全に本調子ではないらしい。

 祝宴の冒頭にて挨拶を済ませた女王は、“酒を飲めない者がその場にいては白けさせよう”と言って一人部屋に下がっていた。


 そしてすっかり全員に酔いが回った頃、“女王陛下がお呼びです”と侍女に声を掛けられ、あたしは彼女の部屋を訪れたのである。


「構わないが...なんであたしなんだ?」


 女王の相手であれば、同じく国王であるルカーシュが適任だろうに。

侍女に促されて女王の向かいに腰掛けながら尋ねると、彼女はあたしをじっと見つめて微笑んだ。


「...やはり、似ている」


 懐かしむような表情にあたしがさらに首を傾げると、彼女は手ずから茶を注ぎながら答えた。


「そなたは(わらわ)の死んだ妹によく似ているのだ。生きていたら同じくらいの歳だろう」


 彼女が差し出すガラスの茶器を受け取りながら、予想外の内容に言葉を返せない。


「急な話で驚かせたな。だがどうにも、その顔といい、振る舞いといい、極めつけに名前まで...。まるで生き返ったかのようでな。どうしても二人きりで話がしたかったのだ」


 どうやら、彼女の夕陽のような瞳はあたしを通して妹を見ているらしい。あたしは少し気まずさを感じながらこくりと茶を喉に送った。

ふわりと香る華やかな香り、...茉莉花(ジャスミン)茶か。


「顔はともかく名前までか。そんなに似た響きなのか?」

「ああ、アレステラと言ってな。奇しくも“ステラ”と呼んでいた。驚いた意味がわかるだろう?」


 女王はそう言ってくすりと笑い、あたしは目を丸くした。


 名前が似ていると言ったってどうせ少し響きが似通う程度だろうと思えば、本当に“ステラ”なんて同じ響きなのか。


 あたしは急に興味が湧いて、茶を置くと机に身を乗り出した。


「へえ、確かに偶然とは思えんな。そんな理由で呼び出したってことは妹さんの事を教えてくれるんだろう?」


 あたしの問いかけに、彼女は頷くとゆっくりと口を開いた。


 


「妹は...。母が、唯一愛した男との間に産んだ子だった」


 わざわざそんな言い方をするとは、つまりは愛人の子という事か。


「唯一愛した...」


 あたしが繰り返すと女王は再び頷いた。


「この国は女王の支配する女系国家。男の王は存在せぬ。しかし、血を引く後継者は産まねばならぬ」


「よって齢が18を迎えれば、国で最も戦に秀でた男が側付きとして選ばれ、女王は次代の女王を宿す」


「先代女王...、母は責を果たして妾を産んだ。そして、その四年後に好いた男とも子を残したのだ。女王になれぬ、愛し子としてな」


 あたしはその内容に思わず目を見開く。

ミケリアが女系国家であるとは知っていたが、優れた女王を産み出す為にそこまでの事が行われていようとは知りもしなかった...。


 そしてふと、国で最も戦に秀でた男と聞いてハリアルが思い浮かぶ。


 彼の女王を見つめる眼差し。

 そしてあの距離の近さ。

なるほど、女王の傍付きとは実質的な伴侶だったというわけか...。


「妹は実に聡い子でな。妾を“姉上”と慕い、立ち場を侵さぬようにと女ながらに騎士の道を選んだ」


「そして妾が15となった春、同じく騎士であるハリアルを無二の親友としてこちらに引き合わせたのだ。...だがそれが全ての間違いだった」


 女王はそう言ってあたしの目を悲しげに見つめる。

もしや、妹の死にはあのハリアルが関わっているのか。


「まだ若過ぎた愚かな姫は、同い年の騎士に一目で恋に落ちたよ。そして(つがい)が彼であればいいのにと夢見た。その頃に上がっていた番候補は妾よりも二回りも年上の男であったからな」


 女王は自嘲するように言葉を溢す。


「そして、...つい零してしまったのだ。“そなたが(つがい)であればな”なんて...」


「ハリアルは二つ言葉で“必ず”と頷いた。思わず泣いた妾を見て、狼狽えながらも手を取る彼に“救われた”と思ったものだ」


「しかし今思えばそれは命令に等しかった。次代の女王の言葉を受けて、騎士がどうして抗えよう?」


 彼女は悲哀に満ちた笑みを浮かべて続けた。


「しかし妾はそれも知らずに、18となった彼が騎士団長の座を射止め、傍付きと認められた事を素直に喜んだ。彼も自分と同じ気持ちであると舞い上がり、疑いもしなかった...」


 女王は俯いて視線を落とす。


そしてしばらく沈黙すると続きを語った。





————




 その夜、妾はハリアルが番に選ばれた事を伝えるため、妹の部屋へと向かっていた。

 いずれ来る妾の運命を想い悲しみ“どんな時も姉上の支えに”と寄り添ってくれた妹は、きっと妾の喜びを分かち合ってくれると思ったのだ。


 階下への階段を駆け下り、迅る鼓動を抑えて廊下を歩む。いざ妹の部屋の扉を開けようとした...その時だった。


「なぜお前なんだ、ハリアル!!」


 妹の激昂した叫び声に、妾はドアの前で立ちすくんだ。


「あたしとお前の気持ちは同じ筈だ!なのに、どうして...!!」

「すまない、ステラ...。だが私は...」


 ハリアルの声だ。

妹に向かって謝り、弁解するような彼の声に寒気がした。

するとまた妹の怒声が響く。


「心にもない謝罪はやめろ!お前は自らの力でその座を射止めたのだろう!この気持ちを知った上でな!!」

「...お前と同じ恋情を抱いているからこそ、そうすべきだと選択した。わかるだろう。...抗う事など元より不可能だった」


 二人の会話を聞きながら、頭が真っ白になり心が凍りついて行くのを感じた。


 同じ気持ち、同じ恋情...。

二人は互いに想い合っていたのだ。


 だが妾の命に抗えず、ハリアルは責を遂げようとしている。妹への気持ちを押し殺してまで...。


 なのに妾は一人、恋が叶ったなどと喜んで...!


「ああ、くそ...あたしが先だったのに...こんなに愛しているのに...」


 妹が小さくしゃくり上げ、鼻を啜る音が聞こえる。

そして涙声のまま彼女はハリアルに問いかけた。


「なあハリアル、あたしが妹で無ければ...。姉上が女王でなければ、立場は違ったと思うか...?このどうしようもない気持ちに、嘘を付かずにいられただろうか」


「......」


 彼女の問い掛けに、ハリアルは言葉を返さない。

しん、と静まったその場には妹の嗚咽だけが響き、永遠のような沈黙が流れた。


そしてしばらくして、妹が震える声で沈黙を破った。


「...すまない。許せハリアル...。あたしとて姉上を悲しませたくなどない。姉上の心はあの日からずっと、お前にあるのだから...」


「だが、譲りたくなかったな...」


 諦めたように妹は笑って呟く。


 ああ、なんて事を、妾は...、妾のせいで...!

そんなつもりはなかった、知らなかった。

知っていればあんな事は言わなかったのに!


 女王の地位すら産まれついて決して叶わず、“姉上の為に”と騎士となり過酷な戦に出る彼女から、あろうことか妾は想い人まで奪ってしまったのか。


 あんなに、あんなにも妾を慕ってくれた、愛しい妹から...!


 顔を覆いかけたその時、突然ドアが開けられた。こちらの姿を捉えた妹が目を見開く。


 急に現れた妹を目の前にして、声を出す事はおろか動く事もできなかった。


「姉上...!まさか、聞いておられたのか...!?」


 妾は言葉を返せず黙り込んだ。

まるで喉が張り付いたように声一つ出なかったのだ。


「...っ!」


 妾を見つめた妹は苦しげに顔を歪め、振り切るように走り去った。




————

 



「そして会話をする機会も作れぬまま、妹は戦で散った」


 女王はそう言って、悲しげに瞼を閉じる。


「ハリアルとは?」

「何も無い。ただの主従として気付けば互いに三十路を迎えようとしている。実に哀れな男よ、妾が見初めたばかりにな...」


 そうして彼女は茶器を置くと、あたしを見つめた。


「嫌な話を聞かせたな。だが、そなたを見てどうしても妾は声を掛けずにいられなかった...」


「謝りたかったのだ、高慢にも...。全く他人のそなたに謝ったところで何の意味もないのにな...」


 何とも言えない笑みを浮かべて、彼女は自嘲する。

あたしは彼女に対し、返す言葉を思いつかないまま茶を啜った。


「まあ詫びとは言ってはなんだが、褒賞とは別に望むものはあるか?できる限り叶えよう」

「いや、別にいいさ。興味深い話だった」



 ...しかしこれはまた...。


 予想の何倍もの重い話を聞かされたもんだ...。

たまたま彼女の妹に似ていた事を憎むべきか喜ぶべきか。


 だが女王の話を聞いていれば、どうにも違和感しか感じない。妹への懺悔とばかりに語った内容は、ハリアル達と食い違っているとしか思えないのだ。


 彼の女王を見つめる熱のこもった眼差し、そして妹がハリアルに投げた言葉の数々。



 “同じ気持ち”、“妹でなければ”

そして極めつけの“譲りたくなかった”



 それはどう考えても...




————




 

 女王に呼ばれたステラさんの後ろ姿を見届けると、おもむろにハリアルが俺の隣に腰掛けた。


「...彼女は。貴殿の奥方はどのような人か」


 彼の視線も彼女の後ろ姿に注がれたまま、こちらに囁く。


「なんだ、やらんぞ」

「ふっ!そうではない。...少し、友に似ていてな」


 俺が不機嫌に眉を寄せると、ハリアルは少し吹き出すように笑ってから消えゆく彼女の後ろ姿に目を細めた。


「それでどういった人物か少し気になった。お教え願えるか、ご主人」


 彼は冗談めかし酒を注いで杯をこちらに渡す。

酒が入った為か、ハリアルは幾分か堅さが抜けているようだ。


「どうと言っても...美しさは見ての通りだ。それでいて強く飾らず、肝の据わった戦女神と言ったところか」


 そう言いながら杯を受け取って口をつける。

正直こちらの酒は強過ぎてわりと酔いは回っているのだが...、手酌を断れば礼を欠く。


「飾らぬ戦上手か。よく似ている」


 ハリアルは顎に手を当てて頷いた。 

また“似ている”か。

己にとって特別な彼女を誰かに(なぞら)えられるのはあまりいい気はしない。

俺は少し不機嫌になりつつも杯を置いた。


「妻の魅力は比べられるようなものではない」

「ほう?」

「あれほど強気な癖に俺の言葉にすぐ赤くなる。憎まれ口を叩きながら縮こまっていくような愛らしい女が他にいるか」

「それはそれは」


 ハリアルが眉を上げて笑う。

すると、後ろの席にいたバシレオがこちらを振り向いた。


「ハリアル、こいつ...妻への情念がとんでもない量で頭が割れる...その話題やめろ...」


 彼は青い顔をしてハリアルを肘で押す。

俺は振り返ってバシレオを睨んだ。


「無礼な。勝手に聞いておいて何だ」

「聞きたくなくても聞こえるんだよ...執着心の化け物め...」


 彼に気味の悪い物のように見られ俺はますます眉を寄せる。ハリアルが酒に口を付けて笑った。


「くく、その澄ました顔でか。なんとも面白い男だ」

「アンタもさっきから大概だよ...、親友と女王への重い感情でこっちが潰れる...」


 バシレオの言葉に、俺はハリアルへと目を向ける。


「興味深いな。こちらだけ話させて終わりではなかろう」


俺の言葉に彼は苦笑いをしてこちらを向き直った。


「...少し場所を変えるか。友の話をしよう」




————




 深夜のバルコニーは昼間と打って変わって肌寒いほど冷えている。


 ハリアルは酒器を手にしたまま夜の風に長い金髪を靡かせ、バルコニーの柵にもたれかかった。

こちらにも杯を手渡し、口を開く。


「...我が友は、アレステラと言ってな。“ステラ”と呼んでいた。女ながらに騎士となった陛下の妹君だ」


 俺は目を見開く。まさに彼女と同じ名ではないか。

であれば重ねるのも無理はないか...。

こちらもまた柵に背をつけて彼を見やるとハリアルは続けた。


「実にさっぱりした性格の騎士でな。彼女の剣に敵う者はいなかった。私とてこの能力が無ければ勝てはしなかっただろう」


 彼は友について誇らしげに語る。

そして少し悲しげに視線を下げた。


「それも全て、慕う姉の為に磨かれたもの。彼女は何かある度に陛下の話を俺に聞かせた。そして“素晴らしい姉上”を語る彼女の話を聞くうち、俺自身が陛下に興味を持つようになっていった」


「そして、遂に会ってみたいと頼んでしまった。彼女は快諾した。...それが間違いだった」


 俺は彼の言葉に眉を顰める。

ハリアルは上階から漏れる光を見上げた。その位置は昼間訪れた女王の部屋だ。


「私は瞬く間に陛下に心を奪われた。実際、語られる魅力を怪しんでいたのが面白いほどに吹き飛んだ。美しく聡明、女王たる毅然とした瞳。だがどこか危うげな姿をお支えしたいと心から願った」


 酒が入っている為か、ハリアルの舌は滑らかに女王への想いを語る。


「陛下に番を望まれ、心が躍った。この国の最たる騎士となればそれが叶う。15の私は二つ返事で承服した」


「けれど同時に気付いてしまった。隣でその会話を悲しげに見ていたステラの眼差しは、姉に向けるものではないと」


 俺は小さく目を見開く。

女王の妹は、彼女に対し家族を超えた恋情を抱いていたというのか。


 同性であってもそのような感情を抱く事があると知識では知っていたものの、実在の話を耳にしたことは今まで無かった。


「叶わぬ想いを抱える友の心を知りつつも、俺は与えられた好機を捨てることなど出来なかった。それほどに抗えないほど私の心は射止められていた」


 ハリアルは熱のこもった瞳で語り、杯を傾けた。


「そして私は18となりついに選ばれた。彼女の傍付きである、番の役目に」


「その晩、ステラは俺を責め立てた。“互いに同じ気持ちなのにどうしてお前なのだ”と。責められて当然だと思った。俺は友を裏切ったのだから」


「さらに悪い事に、そのやり取りを陛下に聞かれてしまった。...陛下は知ってなお、彼女と私に何も仰らなかった」


「ステラは耐えきれずその場から姿を消した。そして、その後の会話もできぬまま戦に散ったのだ」


「“姉上をお支えしてくれ”とそれだけ残して...」


 ハリアルは目の下に小さな皺を寄せ、視線を足下に向ける。


「私も陛下も、番となる事を望まなくなった。私は愛する妹を裏切り、死に追いやった男だ。許せるわけがない。好いた女性の側にありながら決して手の届かぬこの関係こそ、生涯をかけた私への罰なのだ」


「だが貴殿の奥方を見て、つい謝りたくなった。無関係な人間に何を謝ろうと言うのだろうな...」


 悲しげに自嘲する彼はぐっと杯を飲み干す。

俺はその様子をしばらく眺め、なんとも歯痒い内容にため息をついた。


「...貴殿は俺に似たところがあると勝手に思っていたが、そうでもないようだな」


「どういう事だ?」


 ハリアルが顔を上げる。


「好いた女が目の前にいながら想いも告げず、友に託された言葉を無碍にする。同じ男として情けない」

「何を言い出す。私の話を聞いていたのか?」


 彼が訝しげにこちらを見るが、俺はその言葉を遮るように続けた。


「聞いていたとも。女王は貴殿を見初め、貴殿はそれに応えた。そして友にも死の間際に彼女を託された。ハリアル、全て貴殿が話せば解決した事だ。なにしろ、女王には貴殿と妹が想いあっていると伝わったのだからな」


「は...?」


「よく考えてみろ。“互いに同じ想い”だと責め立てるのを聞いて、妹が自分に恋情を向けていると思うわけが無いだろう。女王は妹からお前を奪ったのだと思い込んでいる」


 俺の言葉に、ハリアルは目を見開く。

そしてだんだんと思い当たるように顔を青ざめさせた。


「いや...だが、そういえば、...そうか...?」


「そもそも妹を殺した裏切り者に身体を触れさせる訳がない。俺なら間違いなく冷遇するが、どう見ても女王はお前を信頼していた」


 ハリアルは明らかに狼狽えて杯を持つ手を震わせる。俺は見かねて彼の手を取ると、その杯の中に酒を注いだ。


「俺の妻に友を重ねている暇があれば、とっとと女王と会話をしろ。妻が呼ばれた理由もわかった。お前と引き換えに返してもらうぞ」


 そう言って促せば、彼はぐっと杯を煽って中身を飲み干す。

俺はそんな彼の背を雑に押して、女王の居室へと螺旋階段を上がった。




「陛下、ハリアルをお連れしました。そろそろ我が妻をお返し願いたく」


 俺が入り口の扉の前から声を掛けると、女王が驚いた声を上げた。


「ハリアルを?...そなたら、示し合わせたか」


 侍女によって扉が開かれると、女王とハリアルの目が合う。振り向いたステラさんは俺達を見てにっこりと微笑んだ。


「いいタイミングじゃないか。ちょうど話し合いが必要だと背中を押したところでね」


「さあ早く行け。俺は貴殿より妻との時間が必要だ」


 ハリアルの背を強く押し、立ち上がったステラさんの腕を取る。


「陛下...少し、お話が」

「あ...、うむ」


 ぎこちなく目を合わせる二人に、俺と彼女は目配せをし合うと扉から出て階段を降りていく。

ハリアルは腹を括ったようだった。

多少拗れたとしても後は勝手にどうにかなるだろう。




————




「まさかおんなじ話を聞かされてるとはな」


 バルコニーにもたれかかったステラさんがくつくつと笑う。


「よほど似ていたのでしょうね。その妹君に」

「みたいだなあ。ま、解決するならこれも幸運の思し召しかもしれんな」


 彼女の美しい横顔が優しげに微笑むので、俺は思わずその頬に指を触れた。

くすぐったそうにステラさんが笑う。


「肌が冷たい。その服では冷えるでしょう」


 昼間と同じ肌を見せた服装の彼女に、俺は片手を広げて見せる。彼女は「うん、寒かった」と素直に答えて俺の腕の中へと身体を預けた。

 かつて夜会のバルコニーで俺を拒んだ彼女を思い出して、その変わりように少し口の端が上がってしまう。


「酔ってるのか?随分あったかいな。昼間は冷えてて羨ましかったが」


 例によって魔法で気温を調節していた俺と陛下は冷気を纏っていたのだ。その隣で汗に濡れる彼女に睨まれたのを思い出す。


「昼間もこうして構いませんが?」

「馬鹿言うな、んなみっともない真似できるか」

「実に残念です。気が変わればいつでも」


 俺が笑えば、彼女はこちらを小突く。

俺は彼女を両手で抱き込んで、こめかみに口付けをいくつか落とした。


「早く国に帰り、ずっとこうしていたい。貴女が足りません」

「あの時朝まで触れてた癖に」

「あれからもう一週間空きました。充分耐えたでしょう」


 こめかみから耳へと唇を滑らせて囁くと、彼女はびくりと肩を震わせる。


「んっ、...あのな。人様の城では流石にしないぞ」

「兵舎の仮眠室はお許しになるのに?」


 俺があえて意地悪く返すと、彼女はもごもごと言い訳をする。


「いや、兵舎はお前の管轄っていうか...」

「あくまで陛下からの預かり物ですよ」

「......。...んっ、こら!」


 口ごもる彼女の内腿を撫でると、きゅ、と脚を閉じて抵抗する。俺は指でそこをこじ開けながら、彼女の顔を上に向かせて口付けた。


 少し冷えた舌に、香る茉莉花。

酒で熱った舌に心地良くて、絡めれば彼女の声が漏れる。

布の上からさすった彼女の足の付け根がじわりと熱を持っていく。


 唇を離すと赤くなった彼女が俺を見上げ、わかりやすく焦りの表情を浮かべた。


「ん、は、...馬鹿っ!しない、しないからな!このっ、撫でさするなケダモノ!」

「何ですか?酔っているので良くわかりません」

「...っ、だっ、か、ら...!」


 俺の腕の中で身じろぎしながら、力が抜けていく彼女が可愛いらしい。彼女に与えられた部屋はすぐ先の廊下だ。もう少し虐めてから連れ込もうか...。



「随分楽しそうだね、セリウス」


 いきなり陛下の声が響き、俺はばっと両手を上げる。


 さあっと酔いと火照りが冷めていくのを感じながら声をした方へと目をやれば、真っ赤になったルカーシュ陛下が柱にもたれかかっていた。


「護衛の癖して側を離れ、残された私は酔ったマウレシオ達に散々飲まされ...やたらと熱っぽい視線を送るナタリオにからがら逃げて来れば、自分はお楽しみの真っ最中とは...」


 陛下は紅い目を坐らせて、千鳥足でふらふらと歩み寄る。ステラさんが逃げ出すと同時に、俺は滝のような冷や汗を背にひざまずいた。


「い、いえ、その...、申し開きも御座いません...」

「だろうねえ、いいなあ君は自分の欲求に忠実で...こちとら童貞にして未知の国で処女を失う危機だったというのに...」

「流石に無礼講とはいえそれはないかと...」

「いいや君はわかっていないあの空気を!とにかく今は君が腹立たしくて仕方ない!さあ来い色男、私の代わりに生贄となれ!」


 完全に酔いが回った陛下は乱暴に俺の襟首を掴むと廊下を引きずっていく。


 こ...っ、このままでは間違いなく潰される....!!

青くなる俺が視線で助けを求めれば

「いい気味だ。二人で潰れといで」

とステラさんは美しい笑顔で手を振るのだった。




 


というわけでミケリア編はこれにて終了です〜!

次回からは子供達の成長へと続きます。


リアクションや感想を頂けますと大変喜びます!

いつもお読みいただきありがとうございます!

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